【400字小説】冬の雨似合う匂い
珈琲がカチャンと置かれる。
「おまちどうさん」
そう言って、ジェーンは少し笑う。
私はリュックから出しかけた本を戻して、カップを持ち上げた。
コーヒーの香りを嗅いで、わかったような顔をしてみる。
そして、一口すする。
ほっ、と息をついた。
古本とコーヒーは、どちらも冷たくて、ざらりとした匂いがする。だから、雨によく似合う。
店のスピーカーから好きな曲が流れてきた。
「L.A.ウーマン」
私はつぶやく。
「なんで知ってるの」
本を読んでいたジェーンが、こちらを向いて聞いてきた。
「もちろん知ってる。あなたがオススメって言うから聴いたの。私の好みだった」
「…本当に聴く人なんているんだ」
ジェーンは目を丸くして驚いたが、すぐに視線を本に戻した。
私も読もう。
「ねえ、チサト」
「なに?」
「わたし、こういう時間がいちばん好きよ」
私もそう思う。だから「そうね」と言ったが、彼女の耳には届かなかったみたいで、ジム・モリソンの声といっしょに消えてしまった。
珈琲と本、好きな人と好きな音楽。そして雨。
すうっと息をして、体を伸ばす。思わず笑みがこぼれた。
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*読んで頂きありがとうございます。
【日刊ボンクラ東京】は、毎日更新の400字小説です。「都会ど真ん中より、少しズレた東京」の町を切り取った連作でございます。
1話完結の短編です。どの回からでもお楽しみいただけます。ぜひ。
♩
今日の東京は雨降りでした。
それなら、と思い、わたしはとある庭園に。
案の定、他の人はいなくて、のびのびと野鳥観察が楽しめました。
雨の日はひとり遊びが捗ります。
みなさまが、風邪を引かずに、明日を迎えられることを祈ってます。
それでは。
【日刊ボンクラ東京6号】2024.3/12
【文】橋本そら
【題字】橋本そら
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