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食の風景「春の彼岸の恋しおはぎ」


 去りし寒い時季、小豆をことこと火にかけては、自家製の焼き餅入り善哉ぜんざいを楽しみました。季節は移ろい、鳥の囀り、顔出す花芽、春一番も吹いて、列島にまた春がやって来ました。

 彼岸入りして、私はそわそわし始めます。昨年は都合が付かずに出遅れてしまったけれど、今年は是非とも間に合わせたい。そう思って小豆を買い、もち米を買い、休日の来るのを心待ちにして暮らしました。そうして迎えた春分の日。生憎と寒さが戻って来ましたけれど、心晴れ。さあ、小豆を炊きましょう、美味しいあんこを作りましょう、恋しいおはぎを、作りましょう。

 この季節は今少し割烹着でお台所に立ちます。袖のゆったりした衣服でも全てカバーしてくれますから重宝して居ります。さて今日は、北海道産小豆250グラムに対して、昨年同様奄美大島の黒糖写真を文末に添付しますを今回はおよそ30グラム、それと三温糖を合わせて、全部で150グラム用意しました。甘さを控えて、小豆の味をより引き立てるあんこを探究中です。なにしろレシピが在りません。ただ家庭料理が好きなばかりの人ですから、いつもその日の体の状態で塩加減、匙加減して料理をしています。大切にしているのは、美味しいご飯ができますようにと想いながら作る事。今日はどうだろう、上手くいくでしょうか、どきどきワクワクを胸にコンロの火を点けました。


 今日の決め事は二つ。一つ目は、きちんと整形すること。これは本当に大事だと、この一年ひしひしと痛感致したものです。と云いますのも、前回のあんこの記事から凡そ一年が経ちますが、人前に出す事を前提としなかったお手製のおはぎモドキを、何のてらいもなく人様の目に曝しておくのは、後から段々恥ずかしかったのです。それでも記事を取り下げずにおきましたのは、これを教訓とする為、それでも書いたものに嘘は無い為、あれが一年前の自分の正直である為に外なりません。いつだって手探り、ひたすら「おいしい」を追い求めて未知なる世界を掻き分ける、創作の森の住人でございます。


 続きまして二つ目は、小豆の粒を残すこと。これはあんこを作るとき、いつも思うのです。粒が立ったあんこは食感よく、頬張って小豆の旨味が際立ちます。作り手の優しさが一口目から伝わって来る、そう云うあんこが理想なのです。余談ですが私は広島出身で、あちらではもみじ饅頭をよく食べました。もみじ饅頭は、こしあんが基本なのです。粒あんやその他今では味のバリエーションも随分増えましたが、元はこしあんが始まりでした。まさかその所為せいでもありませんが、私は昔こしあんが好きでした。子どもの時分には粒あんは苦手だったのです。それがいつの間にか粒あんこそあんこの真骨頂とばかりにあんこ作りに懸命になっていますから、人生とは面白いものだと思います。


 御託ごたくを並べている間に小豆の湯が沸騰しました。灰汁が出ますから一度この湯は捨てます。茹で零す、とはこの事です。それから新しく水を入れます。小豆がしっかり浸る程です。蓋をして鍋を火にかけ、愈々いよいよあんこ作りが本格化していきます。ここから重要なのは、焦らないことです。小豆は小豆のペースでじっくり火を入れています。こちらが焦ると芯まで火が入りません。小豆のペースに任せます。強火で沸騰した後は、中火以下で様子を見ながら炊いていきます。鍋の中で小豆がくるくる踊っています。まだ元気ですね。


 豆の中でも比較的早く火が入るのが小豆の良い処です。からから軽快な音を立てていた小豆は、小一時間程でごろごろからもう音を忍ばせて、ぐつぐつになりました。小豆の匂いも室内に立ち昇っています。どの位火が入ったか、鍋の内側へ一粒当てて、木しゃもじで潰してみると分かりやすいです。力を入れなくても潰せるようになったら頃合いです。一旦火を止めて、用意しておいた砂糖を順番に入れます。黒糖は塊なので先に入れます。しゃもじに触れてこつこつしなくなったら溶けた合図です。三温糖も、一度にどさっと落とし込むのではなく、さらさらと、小豆を混ぜつつ、少しずつ入れていくのがお勧めです。全て入れ終えたら火を点けます。ここから先はコンロの前を離れません。もち米はこの頃炊き始めるといいでしょうか。多少前後しても、蒸らして冷ましてしますから問題ありません。


 さあ、砂糖の入った小豆の鍋は焦げつきやすくなります。甘味と旨味を閉じ込めながら水分を飛ばして、あんこの姿へと着々、姿を変えてゆきます。時々鍋の底へ木しゃもじを当てては、ゆっくり混ぜます。少しずつ、重みを感じるようになります。ぶくぶくと弾けるあぶくから、甘い香りが漂います。「おいしくできますように」心の内で念じながら、ひたすら水分を飛ばします。まだかな、そろそろかな、と、この判断が一番難しいのです。

「今だ」
 そう思って、火を止め、鍋を鍋敷きの上へ下ろしました。自分の思うより、気持ち早めに引き上げたのは、これで粒がどう残るのか、水分がうまく飛ばせるのかを確かめたかったのです。時折ゆっくり、小豆全体を混ぜる様にして様子を見て行きます。湯気がもくもく、水分は順調に抜けています。混ぜ過ぎると粒が残らなくなりますから、焦らない為に、鍋から一旦離れます。ここでもち米が出来上がりましたので、少し蒸らして、状態を見ます。こちらは問題なく炊き上がりました。しゃもじで混ぜて、自分好みのもちもちに近付けます。手で触れても火傷しない位にまで冷まします。

 あんこはどうなったでしょうか。未だほんのり温かい位です。然しこのまま冷めたとしても、矢張り少し緩いようです。水分の飛ばしようが足りなかったみたいです。気を取り直してもう一度火にかけます。やや強火で、直ぐにぐつぐつ云いだします。焦がさない様に木しゃもじでしっかり混ぜて、よし、とまた鍋敷きへ。先程迄と違い、あんこに一層重みを感じます。手早く冷ます為、バットへあんこを広げて、冷蔵庫の力を借りる事にします。三十分待とう。そう決めて、この間に洗い物を済ませ、もちを分けていきます。少し温かい為手にくっ付きますが、冷めてあんこで包む頃にはもっと扱いやすくなっていますから、次々大皿へならべてしまいます。あんこをしっかり冷ます為、一度自室へ引き上げて執筆だのに時間を使います。今回はどんな記事にしようかと、少しく頭を巡らして、三十分の後、またお台所へ。

 冷蔵庫から取り出したあんこは、良い塩梅になっています。冷ます、と云う事がどれ程大事か、ようく分かりました。これならあんこ玉にできそうです。形を整えて作る為には、あんこももちも、丸めておくのが大切なようです。大きさはどの位が適当か、一つ試してみます。双方同じくらいで良さそうです。サイズも決まって、私は黙々と手を動かします。あっという間にあんこ玉がお皿に並びました。ちょっと味見。うん、美味しい。お腹が空いて来ます。

 さあ、愈々仕上げに入ります。丸めたあんこを手に取って、そこへもちを、もう冷めましたから左手でシャリの様にきゅっと楕円にして載せます。衣装纏わせるように、両手で優しくあんこで包んでいきます。たまに小豆の粒がころっと零れるのは、小豆の粒が無事残せたからだと内心喜んでいます。拾ってまた合流。

「おお!」

 とうとう、私の手のひらで、お店で見た事のあるおはぎの形が誕生しました。頬が緩みます。嬉しさが溢れて来ます。知識もないまま始めたあんこ作りが、数年を経てここまで成長遂げたのですから、驚きと共に喜びも一入ひとしおです。一個形を成す度に、この感覚を忘れない様に、これがおはぎの柔らかさだよと、手の平へ馴染ませていきます。


 全部で二十五個、出来上がりました。もち米を張り切って三合炊いてしまったので余ってしまいました。急遽きな粉と黒胡麻のおはぎを作りました。両方とも好きなので大歓迎です。他に青のりも好きです。
 出来上がったおはぎを、今日は丸型の桶に並べます。それから仏壇への御供え用に小皿へ、後は直ぐに食べるのでお皿へ盛り付けて、遂に、完成です。

 御供えを運び終えて、自分もお茶を淹れ、二階の自室の日向へ運び、早速頂くことにします。直ぐにも口へ運びたいところですが、お皿を持ち上げてしみじみ眺めてみます。ぎゅっと寄せ合うあんこの中、小豆の粒がちゃんと残っています。日向で光に当てられて、艶やかに、一粒の輝き、ほんのり香る甘い装い。

 ああ、恋しいおはぎに今年も巡り合えた

 この、夜と昼とが半分この日に、古い家の二階で、どうか世界中に平穏を、暫しの祈り込めて―それでは、「いただきます」

※下に今回のおはぎ作りの写真を並べます。

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※残しておくには恥ずかしい昨年のおはぎの写真が載った記事はこちらです。万に一つ下の記事を御覧になられる方がいらっしゃるのなら、一年分の成長だと思って、是非おおらかな心でそっとお読み下さい。


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「ごちそうさまでした」


                       文と料理と写真・いち



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