よりまし(戯曲)

【これは、劇団「かんから館」が、2019年12月に上演した演劇の台本です】

     〈登場人物〉

      娘1
      娘2
      母親
      男
      女
      ホソミ・医者
      行者

   中央に布団。
   母親が寝ている。
   そのそばに娘が二人座っている。
   沈痛な雰囲気の沈黙。

娘1   ‥‥ママ。
母親   ‥‥‥。
娘1   ‥‥ママ。
母親   ‥‥‥。

   娘2が、娘1を見る。
   娘1は首を振る。

母親   ‥‥あ‥‥ああ‥‥。
娘1   え? ママ?
娘2   おっかあ!
母親   い‥‥今、何時だい?
娘1   え? えっと‥‥。
娘2   三時半!
母親   三時半‥‥。そう‥‥。もう、学校は終わったのかい?
娘1   ママ、何を言ってるの? 真夜中だよ。
娘2   おっかあ!
母親   ああ、真夜中かい‥‥。
娘1   うん。
母親   そんな真夜中に子供が起きてちゃダメだよ。
娘1   え?
母親   明日も学校があるんだし‥‥。
娘1   ママ、そんなのはもういいの。学校なんかどうでもいいの。
娘2   おっかあ!
母親   どうでもよくないよ。子供は学校へ行かなくちゃ‥‥。
娘1   いや‥‥だから‥‥。
娘2   おっかあ!
母親   夜更かししてたら、寝坊しちゃうだろ? そしたら、遅刻して、先生におこられ‥‥。
娘1   え? ママ? ママ!
娘2   おっかあ!
母親   ‥‥‥。
娘1   ママ! ママ!
娘2   おっかあ!
母親   ‥‥‥。
娘1   ママ‥‥。
娘2   おっかあ‥‥。

   しばしの間。

娘2   ‥‥死んじゃったの?
娘1   ‥‥わかんない。
娘2   ‥‥やっぱり、お医者さん呼ぼうよ。
娘1   そんなお金、どこにあるのよ? それに‥‥。
娘2   ‥‥そうだね。
娘1   うん。
娘2   ‥‥でも。
娘1   え?
娘2   でも、やっぱり、お医者さん‥‥。
娘1   だから、だめなのよ。うちはお医者さんは。
娘2   だって。
娘1   だから。
娘2   だって。
母親   だってじゃない。
娘1・2 え?
母親   いつも言ってるでしょ? うちはね、お医者さんはだめなのよ。
娘2   なんで? なんでだめなの? おっかあ、死んじゃうよ!
母親   死んじゃってもだめなの。だめなものはだめなの。
娘2   なんでなの? なんで‥‥。おっかあが死んじゃったら、あたし‥‥。(泣く)
娘1   キミちゃん‥‥。(泣く)
母親   聞き分けのない子だねぇ。うちはそういう決まりなの。昔からのしきたりだから。

   娘1・2、泣いている。

娘2   ‥‥だって‥‥だって、それでおとうも死んじゃったんでしょ?
娘1   キミちゃん、それを言っちゃ‥‥。
母親   ‥‥‥。あの時は、行者さんがね‥‥。
娘2   行者さん?
母親   そう。行者さんが間に合わなかったから‥‥。
娘2   行者さんって、あの、怪しい人でしょ?
母親   え?
娘1   キミちゃん!
娘2   あんな人に病気が治せるわけがないよ!
母親   喜美代! 滅多なことを言うもんじゃない!
娘2   おっかあ、だって、今は二十一世紀だよ!
母親   二十一世紀が何だい! 何でも新しければいいってもんじゃないよ! いつも言ってるじゃないか! あたしゃ、お前をそんな子に産んだ覚えは‥‥ゴホッ。ゴホッ。
娘1   ママ!
娘2   おっかあ!
母親   ゴホッゴホッ。‥‥‥。

   しばしの間。

娘2   ‥‥‥。ごめん。‥‥ごめんなさい。
娘1   ‥‥キミちゃん。

   突然、怪しい風体の男(行者)がやって来る。

行者   はいはい、ごめんなさいよ。ごめんなさい。おこんばんわ。はいはい、お待たせ。お待たせー。
娘1・2 ‥‥‥。
行者   いやいや、すっかり冬ですなあ。寒いの何のって。
娘1・2 ‥‥‥。
行者   あんまり寒いもんだから、ちょっと一杯ひっかけて暖まろうって思ったら、ほら、あれでしょ? 駅前とかすっかりクリスマスなもんだから‥‥。♪雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろって感じで盛り上がってて。
娘1・2 ‥‥‥。
行者   ほーんと、なんでいつまでもいつまでもあの歌なのかねぇ? ♪きっとキミは来ない。一人きりのクリスマス・イブって、だいたい失恋の歌じゃん。縁起でもないよねぇ?ねぇ?
娘1・2 ‥‥‥。
行者   それで、彼女たち、コレはいるのかな? コレ。ほーんと、一人きりのクリスマスってわびしいからねぇ。もう、おじさんなんか、マジでリア充爆発しろ!って感じだから。わかるでしょ? で、どうなの彼女? コレの方は? そっちの彼女は?
娘1・2   ‥‥‥。
行者   ああ、そっか。小学生って設定だったよねぇ。ごめんごめん。忘れてた。そりゃ、ないわ、小学生にカレシはねぇ。いや、そうでもないか? 最近の小学生は? どうなのかな? その辺、彼女たちの時はどうだった?
娘1・2   ‥‥‥。
行者   あ、ごめんごめん。そういう設定じゃなかったよね。そんなこと言われても困っちゃうよねぇ。こりゃ、おじさんが悪かった。アハハハ。マジメにやれって、か? そうだよねぇ。話の設定がね‥‥。
娘1・2   ‥‥‥。
行者   それじゃ、そろそろ始めますか。はい、ごめんなさいよ。

   行者、布団の前に座り、仏具とかをカバンから取り出す。

行者   (チーン)おんかかかみ さんまえいそわか(×7)
娘1・2   ‥‥‥。
行者   あ、そうそう、それで、よりましはどうするのかな?
娘1   え?
娘2   よ・り・ま・し?
行者   いや、だからね、えーっとね、こういうの見たことある?(と、形代を取り出す)
娘1   ああ‥‥見たことは。
行者   あ、そう。これね、形代って言うのね。病気の人というのはさ、だいたい悪霊っていうか、良くない霊とか邪気がさ、取り憑いて悪さをしてるわけ。それで有り難いお経を唱えると、そういう連中が苦しくなって、病人の体の中にいられなくなって逃げ出すわけよ。でもさ、そういうヤバイ系の連中だからさ、野放しにすると危ないじゃない? それで、そのヤバイのをさ、とりあえず、この形代に取り憑かせてさ、それで後でこれごとポイってしちゃうってわけ。まあ、いわば、悪霊ホイホイみたいなやつなのね。
娘1   悪霊‥‥。
娘2   ホイホイ‥‥。
行者   そう、悪霊ホイホイ。でもさ、ほんとは元々はこういう紙の人形じゃなくってさ、本物の人間、だいたい子供を使ってやってたのよね。もちろん、その方が本格的だからさ、効き目も強いわけよ。そういう子供のことをよりましって言うのね。霊が依り憑く「まし」ってことで。ん? あれ? ましって何? まし? 何だろ? え?
娘1   よりまし‥‥。
娘2   よりまし‥‥。
行者   ‥‥まあ、そういうわけで、どうせやるんだったら、効き目の強い本格派の方がいいでしょ? うまい具合にちょうど子供もいるわけだし。
娘1   ‥‥はあ。
娘2   ‥‥まあ。
行者   でさ、どっちがやる? よりまし。
娘1・2 え?
娘1   あのぅ、私たちがやるんですか?
娘2   悪霊ホイホイ。
行者   うん。

   見つめ合う娘たち。

娘1   あのぅ‥‥その悪霊ホイホイ、
行者   よりましね。
娘1   ああ、よりまし。‥‥それって、後でポイってするんですよね?
行者   え? ああ、うん。
娘1   その、ポイってどうするんですか?
行者   ああ。そうだねぇ、まあ、川に流すとか、焼いちゃうとか。
娘1・2 えー!
娘1   川に流す‥‥。
娘2   焼いちゃう‥‥。
行者   え? ああ、ごめんごめん、それはこの紙で作った人形の話ね。人間は、さすがにそんなことはしないから。
娘1   ‥‥じゃあ、どうするんですか?
行者   え? えーっとね、それはちょっと企業秘密。
娘1   企業秘密って‥‥。

   娘たち、見つめ合う。

娘2   もしかして、死んじゃったりするんですか?
行者   あー、それはないない。‥‥たぶん。
娘1・2 たぶん!
行者   で、どうするの? どっちかな? どっちなの?
娘1・2 ‥‥‥。
行者   早くしないと、朝になっちゃうよ。
娘1・2 ‥‥‥。
行者   お母さん、助けたくないのかなあ?

   娘たち、見つめ合う。

娘1   どうする?
娘2   どうするって言われても‥‥。ジャンケン?
娘1   やっぱ、キミちゃんかな?
娘2   え? ええ、何で?
娘1   何となくよりましっぽい感じじゃん。
娘2   え? よりましっぽい感じって何よ?
娘1   いや、だから顔つきが古風って言うか‥‥。
娘2   何それ?
娘1   何となく全体的に昔の人っぽいし。イマドキの感じじゃないし。
娘2   いや、だから‥‥。
娘1   あ、そうそう、私、ママのこと、ママって言うでしょ?
娘2   あ、うん。
娘1   キミちゃん、おっかあって言うよね。
娘2   うん。
娘1   何か日本昔話の人みたい。
娘2   いやいやいや、それはないっしょ?
娘1   それはあるから。
娘2   えー、ふつーだよ。
娘1   普通じゃないから。
娘2   えー。
娘1   決まりました!
娘2   ちょちょ、ちょっと待ってよ!
娘1   この子です!
娘2   いや、だから、違うんです!
行者   えー? どっちなの? 決まったの? 決まってないの?早くして。
娘1   (立ち上がり、決然と)この子です!
行者   オッケー。了解。
娘2   ‥‥‥。(口をアングリ)
行者   じゃ、こっち来て。
娘2   ‥‥‥。
行者   さ、早くしてよ。こっち来て座って。

   娘2、しぶしぶ立ち上がり、娘1をにらみつける。
   娘1は目をそらす。
   娘2「ウラギリモノ」の口。そして、座る。

行者   じゃ、始めるよ。それじゃ、彼女、お母さんをじっと見ててね。
娘2   ‥‥‥。
行者   (チーン、チーン)おん さんまや さとばん(×5)のうまく さんまんだ ぼだなん ばく(×5)おん あぼきゃべいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばらはらばりたや うん(×7)はらいたまえ、きよめたまえ、かむながらまもりたまえ、さきわえたまえ カアーッ!

   お経の途中から、母親がもだえ始める。
   神秘的な音楽。
   最後に母親はバタッと倒れ、動かなくなる。

娘1   ママ? ‥‥大丈夫? ‥‥ママ!

   娘1、布団に近づこうとするが、行者が手で制する。
   突然、白衣の医者が登場。母親の脈を数え、瞳孔をチェックする。

医者   ご臨終です。
娘1   え‥‥。え? ど、どういうこと?
行者   ‥‥‥。
娘1   ねぇ、どういうことなの?
行者   ‥‥‥。
娘1   そ、そんな‥‥うそでしょ?
行者   ‥‥‥。
娘1   ねぇ、何か言ってよ。‥‥言いなさいよ。
行者   ‥‥‥。
娘1   ママ、死んじゃったの? ‥‥あんたが殺したの?
行者   ‥‥‥。
娘1   ねえ! 黙ってないで、何か言いなさいよ!
行者   たらちねの母は死に給ひけり。
娘1   !
行者   ‥‥‥。
娘1   そんな‥‥。イヤー!!!

   医者、お辞儀をしてしずしずと退場。

行者   往きて再び生まる。これ、すなわち往生と言ふなり。
娘1   え?

   娘2の体が揺れ始める。

娘2   フフフ。フフフフフ。フフフフフ。
娘1   キミ‥‥ちゃん?
娘2   フフフフフフ。アハハハハハ。アーハハハハハ。
行者   現れ出でしかな。汝は何者なるぞ?
娘2   わらわに障(さわ)りをなすは、貴様か?
行者   いかにも、いかにも。して、汝は何者なるぞ!
娘2   聞いて驚け、目にも見よ。我こそは、京は伏見の稲荷の社にましますお狐様なるぞ。頭が高い! 高ーい!
行者   稲荷の狐とは笑止千万。神の眷属なる狐が、いかで人に取り憑き災いをなすべきか。さしずめ、裏山辺りの野良狐なるべし。早う山へ帰るがよい。
娘2   甚だしくも無礼なやつじゃて。さらば、わらわの力を知るがよい。コーン!
行者   よかろう。受けて立とうぞ。悪霊退散! いな、邪霊退散! カアーッ!
娘2   コーン!
行者   カアーッ!
娘2   コーン! コーン!
行者   カアーッ! カアーッ!
娘2   コンコンコンコン、ココンコココーン! コココココココココココーン!
行者   カ、カァ~‥‥。カアー‥‥。

   行者、ヘナヘナと座り込む。

娘1   ええ! どうしたの? 行者さん。がんばって!
行者   カ、カ、カア‥‥。
娘2   ふん、何じゃ何じゃ? 口ほどにもないやつじゃな。
行者   か‥‥。
娘2   コンコンコーン! コンコンコーン!(勝ちどきの雄叫び)
コーン。コーン。コーン。

   娘2が四つん這いで去って行く。

娘1   キミちゃん!
行者   ‥‥‥。
娘1   どうしたのよ! めちゃくちゃ弱いじゃないの!
行者   いや、面目ない。ちょっとここに来る前に飲み過ぎちゃってさ‥‥。
娘1   何よ、それ?
行者   うぇっ。‥‥ちょっと、吐き気がしてきた。お水もらえる?
娘1   勝手に飲めば?
行者   ああ‥‥流し、どこ?
娘1   あっち。
行者   ああ。

   行者、フラフラと去る。

娘1   行者さん! 流しで吐かないでね! 吐くんだったらトイレにしてよ!
行者の声 了解。
娘1   もう最低! 何なの? あれ?

   突然、スーツ姿の男と女が現れる。

娘1  え?
男   このたびはご愁傷様でございます。
女   ご愁傷様です。
娘   ‥‥‥。
男   突然参上致しまして誠に申し訳ございません。
女   申し訳ございません。
娘1  ‥‥‥。
男   わたしく共、こういう者でございます。

   男、娘1に名刺を渡す。

娘1  ちいさなお葬式、ニコニコセレモニー‥‥。
男   最近はですね、家族葬というのが主流になりつつあることはご存じでしょうか?
女   テレビCMとかでもやってる、小さなお葬式というやつです。
男   お葬式というのはですね、残されたご遺族様にとっての「生きる儀式」であると弊社では考えております。
女   以前のように、見栄を張ると申しますか、大きなホールにドーンと巨大な祭壇を作り、お客様を何百人も集めて、自分の権威や財力を見せびらかすのはもう古い。いや、ダサい。いや、間違っているのでございます。
娘1  間違ってる?
男   そうです。間違っています。お葬式というのは決して虚勢を張るイベントではございません。いくら派手にやっても、いや、派手にやればやるほど、一番大切なものが抜け落ちてしまいます。
娘1  一番大切なもの?
女   さて、それは何でしょう? おわかりですか?
娘1  え? 何かな? ‥‥気持ち? 心?
男   ピポピポピポーン! 正解です! さすが、ご聡明でいらっしゃる。
女   昔から、仏造って魂を入れず、墓のない人生ははかない人生と申します。お葬式で一番大切なのは、亡くなった故人様をしのび、想い、お見送りする心なのです。埼玉スーパーアリーナに三万人集めて、静かにお見送りができるでしょうか? いいえ、できません!
娘1  何で埼玉スーパーアリーナ?
男   そういうあなたにお薦めなのが、我がニコニコセレモニーのミニマムお葬式なのです。
娘1  ミニマムお葬式?
女   とってもコンパクトでリーズナブルでご列席者お一人様からでも祭式可能。明朗会計。相談料・着手金無料。抜群の実績。年中無休。交通費は、弊社負担。勇気を!
娘1  ?
男・女  ということで、いかがでしょうか?
娘1  ‥‥‥。
男・女  いかがでしょうか?
娘1  ‥‥そんなこと、急に言われても。
男   そのお気持ち、ごもっともでございます。よーくわかります。亡くなって間無しの時に、葬儀はどうする? 遺産相続はどうする? なんて言われても、気持ちの整理も付いていないのに‥‥。そればかりか、親族の死という事実をまだ受け入れることさえできないのに‥‥。
そこへ葬儀屋がドカドカとやって来て、祭壇はどうする?香典はどうする? 参列者は何人ぐらい? 予算は? などと、人の心に土足で踏み込んで、無神経極まりない! 腹が立ってしょうがない!
お客様はみなさんそうおっしゃいます。おっしゃらなくても、そう思っていらっしゃいます。
女   そんなお客様のナーバスなお気持ちに寄り添いたいと、弊社が企画致しましたのが、ニコニコハートフルエグゼクティブプランでございます。
傷心のご親族様に成り代わりまして弊社の専属のスタッフがおうちに常駐し、通夜振る舞いから、夜とぎ、参列者へのご挨拶、さらには、代理喪主、代理遺族、代理骨拾いまで、一切合切をご親族様に100%成り代わり、誠心誠意務めさせていただく画期的なシステムです。
男   ご親族様は、弊社が用意致しました三つ星高級リゾートホテルで、初七日が終わるまでの日々を、酒池肉林で心ゆくまでおくつろぎいただけます。
長い看病のご心労も、悲しみも、ついでに日頃のストレスもスッキリ忘れて、初七日が終わる頃には、元気ハツラツ、気分は爽快、日本晴れ!
女   こちらも、もちろん明朗会計。相談料・着手金無料。抜群の実績。年中無休。交通費は、弊社負担。勇気を!
男   ‥‥ということで、
男・女  いかがでしょうか?
娘1  ‥‥‥。
男・女  いかがでしょうか?
娘1  えー‥‥。

   行者が戻って来る。

行者   よお!
男・女   !(行者を見る)
行者   今日はえらく早いお出ましだねぇ。
男・女   ?
行者   何か匂いでも嗅ぎつけるのかね? いつものことながら、ほんと感心するよ。ハイエナさん。
娘1   ハイエナさん?
男    いやいやいや、そんなことは‥‥。
女    ほんと、そんなことはありませんから。
行者   いや、ご心配無用。別に商売の邪魔をする気はないから。
男・女   ‥‥‥。
行者   ほんと、年末っていうのは、お互い、かき入れ時っていうか、忙しいったらありゃしない。猫の手も借りたいぐらいだ。‥‥でしょ?
男    ‥‥はあ。
女    ‥‥まあ。
行者   いやあ、結構結構。商売繁盛で笹持って来いだ。
男・女   ‥‥‥。
行者   いやね、ボクもね、今はこんな格好をしてるけど、明日からはサンタクロースをやるんだよ。それで、それが終わったら、神社で神主やったり、弁天さんで毘沙門天のコスプレやったりで‥‥ほんと、体がいくつあっても足りませんわ。アハハハハ。
男・女  ‥‥‥。
行者   いやあ、貧乏暇なしとはよく言ったもんです。
男    はあ‥‥。
女    それはご苦労様です。
行者   ま、お互いに頑張りましょう。
男・女   はあ。
娘1   ‥‥あのぅ。
行者   ん?
娘1   おじさんって、何者なの?
行者   え? あ、オレ?
娘1   うん。
行者   そーだなあ? 何者って言われてもなあ‥‥。まあ、そうだな。スピリチャルフリーターって感じかな?
娘1   スピリチャルフリーター?
行者   ああ、うん。
娘1   何それ?
行者   まあ、霊界の自由人って感じ?
娘1   霊界の自由人?
行者   ああ。
母親   何が自由人なものか!
母親以外 え!
娘1   ママ?

   母親、布団から起き上がる。

娘1   ママ!
母親   まともに仕事もしないで、酒ばっかり飲んで、怪しげなアルバイトを転々として‥‥そういうのが自由人なのかい?
行者   ‥‥‥。
母親   「ボクは夢に賭けるんだ!」「縛られたくないんだ!」「レールの上を走るありきたりな人生なんてイヤなんだ!」‥‥とか、まあ、十代の若者が言うんだったらさ、まあ、若気の至りっつーか、かわいらしいって言えなくもないんだろうけどさ‥‥。それが‥‥こんな、汚らしいじじいが‥‥。
行者   いや、じじいって‥‥。
母親   じじいをじじいって言って何が悪い! 往生際が悪いんだよ!
行者   あ‥‥はい。
母親   あんたは昔からそうだった。‥‥いつまでたっても大人になれない大人子供だった。それが、そのまんま、じじい子供になっちまっただけじゃないか? 違うかい?
行者   あ‥‥はい。そうですね。
娘1   え?
母親   あんたの辞書には成長って言葉はないのかい?
行者   ‥‥‥。
母親   あのさ、生き恥って知ってる?
行者   え‥‥。
娘1   ママ! ちょっと待って!
母親   え?
娘1   ちょっと聞いてもいい?
母親   何? ママは今忙しいから。このクソじじいに人生のダメ出しをしてるんだから。
娘1   だから、このじじい、いや、このおじさんと知り合いなの?
母親・行者 え?
娘1   だから、今、昔からどうとか言ってたでしょ?
母親   あ‥‥。いや‥‥それはだねぇ‥‥。
行者   ‥‥‥。
娘1   それはどうなの?
母親   ‥‥‥。
娘1   ねぇ、答えてよ! ママ!
母親   ‥‥‥。そんなこと聞いてどうするの?
行者   そうだよ。聞かなくていいから。
母親   あんたは、余計なこと、言わなくていいの!
行者   あ‥‥はい。
娘1   ‥‥なんか‥‥怪しいな。
母親・行者 え?
娘1   ママ、何か隠してない?
母親   え? ‥‥隠すって何を?
娘1   だから、このおじさんとママの関係。何かあるんじゃない?
母親   え? 何言ってるの? そんなのあるわけないでしょ?
行者   そうそう、ないよ。なーんにもない。
母親   だから、黙れって言ってるだろ!
行者   ‥‥すんません。
娘1   ふーん。
母親   何がふーんよ。子供の癖に大人をからかうんじゃありません!
娘1   子供じゃないよ。
母親   え?
娘1   いつまでも子供だって思ってるのはね、親だけなのよ。子供のままでいてくれた方が、親にとって都合がいいからね。
母親   なーにわかった風なこと言ってんの? どうせテレビドラマか何かの受け売りでしょ?
行者   ひょっとして反抗期なのか?
母親   だ・か・ら!
行者   はーい。

   しばしの間。

男    あのぅ、ちょっといいですか?
母親・行者・娘1 え?
男    お取り込み中のところ、誠に申し訳ありません。
母親・行者・娘1 ‥‥‥。
男    あの、私共は、ニコニコセレモニーという会社でして‥‥。
娘1   いや、それは聞いたから。
男    その、セレモニーという葬儀部門とは別に、興信所業務も行っておりまして‥‥。(と名刺を渡す)
娘1   え? ニコニコ探偵事務所‥‥? え? 探偵って、コナンみたいなやつ?
男    はあ、まあ、ざっくり言えば、そんな感じで‥‥。
行者   いやいや、違うから。
母親   お黙り!
行者   ‥‥‥。

   男に明かり。

男    今は昔、イギリスはロンドンにシャーロック・ホームズという名探偵がいました。そしてエルキュール・ポアロもおりました。我が日本にも、明智小五郎がおりました。他にも、なぜか国語学者の金田一京助博士に名を借りた金田一耕助がおり、その孫の金田一少年がおり、そしておなじみ名探偵コナンに至るまで、まさに古今東西、多士済々の名探偵オンパレードの様相を呈しているのはご承知の通り。
しかして、探偵とは何か?と問われれば、その実態は、まさに藪の中なのでございます。
奇々怪々の難事件をその峻烈な推理によって快刀乱麻のごとくに解決するというのが探偵小説の定番ではありますが、そのような警察をも凌駕する探偵なる職業は、残念ながら実在してはおりません。
しかし、悲観には及びません。落胆するのはまだ早い。姿、形はやや違えど、今の日本にも、名探偵は存在するのです。京都にお住まいのご年配の方なら、かの有名な目川探偵をご存じのはず。西洞院の六条を少し下がった所に目川探偵事務所はありました。はげ上がった小太りのおじさんのでっかい看板がありました。彼を知らなければ京都人ではない!とまで言わしめた目川探偵。しかして、その彼の行っていた探偵業とは何か?
それは、すなわち身元調査、素行調査であります。結婚相手の身辺調査から、浮気、不倫の調査、そして家出人探しまで。そのために、聞き込み、張り込み、尾行、盗聴、ありとあらゆるテクニックを駆使して、依頼主様のご要望に100パーセントお答えします。
真実はいつも一つ! その信念の下に、昼夜を厭わず、誠心誠意お尽くし致します!

   娘1、女にも明かり。

女    こちらも、もちろん明朗会計。相談料・着手金無料。抜群の実績。年中無休。交通費は、弊社負担。勇気を!
男   ‥‥ということで、
男・女   いかがでしょうか?
娘1   え?
男・女   いかがでしょうか?
娘1   え? それ、私に言ってるの?
男・女   はい。
娘1   いや、だから‥‥え? だから、何?
男    行者さんとお母様の関係。
女    知りたくはありませんか?
娘1   そりゃ‥‥知りたいけど‥‥。
男    でしたら、
男・女  いかかでしょうか?
娘1   ええ? ‥‥調べてもらえるの?
男    はい。
女    喜んで。
娘1   でも‥‥それって、お金がかかるんでしょ?
女    そこのところはご心配ご無用です。私共が提携しておりますニコニコファイナンスのご融資によりまして、とってもリーズナブルにご利用いただけるようになっております。
娘1   ニコニコ‥‥ファイナンス?
女    はい。
男    ですから、
男・女   いかかでしょうか?
娘1   そっかあ。‥‥どうしようかなあ?
女    (かわいく)勇気を!
娘1   じゃあ‥‥頼んじゃおうかな?
男・女   !
行者   それはならぬ!
娘1・男・女  え?

   明かり、元に戻る。
   行者が祈祷用の三鈷剣を振りかざして立っている。

娘1・男・女 え?
行者   その者たちの甘言に騙されてはならぬ!
男    いや、甘言って。
女    そんなことは‥‥。
行者   ファイナンスとは、すなわちサラ金のことなり。
男・女  う‥‥。
行者   借金まみれ、借金地獄に陥れようとしておるのじゃ!
男    ‥‥い、いや‥‥だから‥‥。
女    そうです‥‥ちがうんです。
行者   何が違う?
男    いや‥‥だから‥‥私たちは、この子ことを思ってですね‥‥。
女    そうなんです。ほんとに心配してるんです。
行者   何! この期に及んで、ぬけぬけとまだそんな言い訳を!
男・女  ひー!
娘1   ちょっと! ちょっと待ってよ!
行者   え?
娘1   この人たちが何を考えてるのかは知らないけどさあ‥‥。
男・女   ‥‥‥。
娘1   私が、知りたいっていうのは本当だから。
男・女   (しきりにうなづく)
行者   ‥‥し、知りたいって? 何を?
娘1   あんたらの関係に決まってんじゃん。
行者   ‥‥‥。だから、サラ金地獄になるって‥‥。
娘1   だったら、教えてよ。
行者   え?
娘1   おじさんが教えてくれたらタダでしょ?
男・女   (しきりにうなづく)
行者   ‥‥‥。
娘1   ねぇ。
行者   ‥‥‥。いや‥‥そ、それはだねぇ‥‥。
娘1   それは何よ?
行者   いや‥‥だから‥‥まあ‥‥子供は知らなくていいことだから。
娘1   なによ、それ? そんなの答えになってないよ!
行者   ‥‥‥。
娘1   ほんと、大人ってのは、都合が悪くなると、いつもそうやってごまかすんだから。子供は、子供はって。
行者   ‥‥‥。
娘1   ほんと、イマドキの大人ってやつは‥‥。
男・女   (うなづく)
行者   ‥‥‥。
娘1   いいトシこいて往生際が悪いんだよ! さっさと吐いちまいな! 楽になるから。
男・女   (うなづく)
行者   ‥‥‥。
娘1   ほら、チャッチャとして!
行者   ‥‥‥。いや‥‥実はだね‥‥。
娘1   うん。
母親   それはなりませぬ!
母親以外 え?
母親   言ってはなりませぬ。
娘1   ママ。
母親   あなたは知らなくていいのです。
娘1   でも。
母親   でもじゃない!
娘1   だって。
母親   だってじゃない!
娘1   えー。
母親   ならぬものはならぬのです。世の中にはそういうことがあるのです。それをあなたは理不尽だと言うかもしれません。でも、世の中というのは理不尽だらけなのです。あなたはそういうことも知らなければなりません。
娘1   ‥‥‥。
行者   そ、そうだよ。オレの言いたかったのもそういうことなんだよ。わかるだろ?
娘1   ‥‥‥。(行者への軽蔑のまなざし)
行者   だいたいさ、お前らが悪いんだよ!
男・女   え?
行者   ほんと、年端もいかない子供をたぶらかしくさってからに。
男・女   え?
行者   何がニコニコだあ? だいたい、そういう名前の会社は悪徳企業に決まってんだよ! 成敗してくれるわ!(と、剣を振りかざす)
男・女   うわあ!(と逃げ出す)
行者   悪霊退散! りん、ぴょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ざん!(剣を振り回す)
男・女  うわあ!(逃げ回る)
行者   りん、ぴょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ざん!(剣を振り回す)

   男が母親の陰に隠れ、勢いで、行者は母親に剣を突き刺してしまう。

母親   ウグッ!
行者   あ。
二人以外 あ‥‥。
行者   ‥‥お玉。
母親   ‥‥あ、あんた。

   母親、死亡。

全員   ‥‥‥。
行者   ‥‥お玉。
娘1   ‥‥ママ。(母親に駆け寄る)
全員   ‥‥‥。
娘1   ‥‥ママ。‥‥ママ。‥‥ママー!
全員   ‥‥‥。

   悲しい音楽。
   暗転。

   娘1と男が並んで座っている。

男   ハー。(と手のひらに息を吹きかける)
娘1  ‥‥‥。
男   ずいぶん冷えてきたね。
娘1  ‥‥うん。
男   ハー。
娘1  ‥‥‥。(男を横目で見ている)
男   やってみたら?
娘1  え? 何?
男   これ。ハー。‥‥あったかくなるよ。
娘1  え? なるかな? そんなので。
男   なるって。ほら。‥‥ハー。ほら。
娘1  ‥‥ハー。
男   ほら、なっただろ?
娘1  まあ‥‥ちょっとだけ?
男   ちょっとだけ? ‥‥でも、何もしないよりはいいだろ?
娘1  まあ‥‥そっかな? まあ、気休め程度にはなるかな?
男   え? ‥‥かわいくないなあ。
娘1  え? 私?
男   うん。
娘1  ああ、それ、よく言われる。
男   え? そうなの?
娘1  うん。友達とか先生にも言われるよ。お前はかわいくないって。
男   何それ? ‥‥そんなこと言われて、何とも思わないの?
娘1  うん、別に。
男   へぇ‥‥。変わった子だなあ。
娘1  ああ、それもよく言われる。
男   へぇ‥‥そうなの?
娘1  うん。
男   ‥‥‥。ハー。
娘1  ハー。
男   ハー。
娘1  ハー。
男   ハー。ほーんと寒いよね。
娘1  うん。
男   もうクリスマスもすぐだしな。‥‥ほーんと冬だな。
娘1  (笑う)
男   え? 何?
娘1  だって、ほーんと冬だなって。あたりまえじゃん。冬なんだからさ。
男   そりゃそうだけど‥‥。でも、ああやっぱり冬だなあって思ったりしない?
娘1  そりゃ、冬だからね。ほーんと冬だから。
男   何それ? 大人をからかうんじゃない。
娘1  お兄さん、大人って言うほど大人じゃないでしょ?
男   ‥‥‥。まあ、そうだけど。
娘1  (笑う)
男   (小さな声で)くそ。
娘1  アハハハハ。
男   (つられて)アハハハ。

   しばしの間。

男   ‥‥あのさ。
娘1  え?
男   これからどうするわけ?
娘1  ‥‥うーん。わかない。
男   ‥‥だよなあ。
娘1  ‥‥うん。
男   ‥‥帰らなくていいの?
娘1  帰るって? どこに?
男   そりゃ、自分のうちだろ?
娘1  うーん‥‥。ママは死んじゃったし、キミちゃんは狐になっちゃったし‥‥。
男   ‥‥‥。
娘1  ‥‥帰れない、っていうか、帰りたくない、っていうか‥‥。
男   ‥‥そっか。‥‥まあ、そうだろな。
娘1  うん。
男   でもさ、こんなに寒いからさ、どっかに行かなくちゃ。
娘1  うん、そうだね。
男   行くあてとかあるの?
娘1  ない。
男   ああ、そうなんだ。
娘1  うん。
男   ‥‥困ったね。
娘1  困ったねぇ。
男   ‥‥‥。とりあえず‥‥今晩は‥‥うち来る?
娘1  それはダメよ。
男   え?
娘1  知らない人について行っちゃダメだって、ママが言ってた。
男   え? ‥‥まあ、それはそうなんだろうけど、今は、場合が場合だからさあ。
娘1  ‥‥でも、そう言ってたママは死んじゃったから‥‥。
男   え?
娘1  ちょっと考えてみる。前向きに検討します。
男   前向きに検討って‥‥。そんな言葉、どこで覚えたの?
娘1  さあ? 忘れちゃった。
男   何だよ? ‥‥ほんと、変な子だな。
娘1  それもよく言われる。
男   もう! ほんと、君には負けるよ。
娘1  勝った。アハハハハ。
男   何だよ、それ! アハハハハ。

   しばしの間。

男   (肩をすぼめて)うー、寒い。それにしても、ほんと冷えるな。ハー。
娘1  ほーんと冬だなあ。
男   こら!
娘1  大人をからかうんじゃない!
男   もう!
娘1  アハハハハ。ハー。
男   ‥‥‥。ハー。
娘1  ハー。
男   ハー。

   しばしの間。

男   ‥‥あの行者さ。
娘1  うん。
男   お玉って呼んでたじゃん。お母さんのこと。
娘1  うん。
男   お玉って名前なの?
娘1  わかんない。
男   え? それ、どういうこと?
娘1  よく、わかんないから。
男   わかんないって‥‥キミのお母さんでしょ?
娘1  まあ、いろいろあんのよ。
男   え?
娘1  ほんと、いろいろ。うちはややこしいから。
男   そう‥‥なんだ。
娘1  うん。‥‥まあ、そーゆーの、多かれ少なかれ、誰だってあるでしょ?
男   え?
娘1  お兄さんだって。いろいろあるんでしょ?
男   え?
娘1  まだ若いのに、ニコニコなんとかとか、怪しげな会社にいるわけだからさ。
男   え?
娘1  でしょ?
男   ああ‥‥そう、かな?
娘1  いいのよ。
男   え?
娘1  言わなくていいから。そーゆーの。
男   ‥‥‥。
娘1  みんないろいろ抱えて生きてるんだから。
男   え?
娘1  人っていうのはさ、そーゆー、秘密とか、悲しみとか、そーゆーの抱えて生きてくものだからさ。
男   はあ。
娘1  ‥‥‥。昔の歌であったじゃん。涙の数だけ強くなれるよとか。
男   ああ。
娘1  でも、泣いたって、別に強くもなれないけどね。てか、強くなりたくもないけどさ。
男   ‥‥‥。
娘1  でも、そんな風に言いたい気持ちもわかるんだけどさ。
男   へぇ‥‥。すごいね。
娘1  え? 何が?
男   いや‥‥だから‥‥。
娘1  まだ子供なのに?
男   ああ‥‥まあ、そういう感じかな?
娘1  遠慮しないで言ってもいいよ。子供って。‥‥だって、子供だから。
男   ‥‥ああ、そうなの?
娘1  うん。
男   そっか。
娘1  ‥‥うん。

   しばしの間。

男   ‥‥じゃさ。
娘1  え? 何?
男   じゃさ、調べなくていいかな? 行者のこと。
娘1  それはさ、やっぱ調べてほしいかな?
男   あ、そうなの?
娘1  うん。
男   そうなんだ。
娘1  うん。
男   そりゃ、そうだよね。ママを殺したヤツだもんね。
娘1  それもあるけどさ、まあ、それは警察がやることだから。
男   ああ。
娘1  本物の探偵はそういうのはやらないんでしょ? 犯人捜しとか。
男   いや、やらないこともないけど‥‥。
娘1  お金次第?
男   まあ、そうかな?
娘1  やっぱお金かあ。アハハハハ。
男   アハハハハ。

   しばしの間。

娘1  ‥‥やっぱさ、知りたいのよね。人の子だから。
男   え?
娘1  自分の父親がどういうヤツなのかとかさ。
男   え? ‥‥父親って‥‥ひょっとして、あの行者のこと?
娘1  いや、それはよくわかんないけど。
男   え? どういうこと?
娘1  ‥‥あの二人は夫婦でしょ? いや、元夫婦かな?
男   え?
娘1  そんなの子供でもわかるよ。
男   そう‥‥なんだ。だったら?
娘1  でも、あのおじさんがパパかどうかはわかんない。
男   え? どうして?
娘1  だって‥‥だって、ママはけっこう男にだらしない女だったから。
男   え?
娘1  あ、いや、知ってるわけじゃなくってさ‥‥まあ、女の直感?
男   え‥‥。
娘1  あ。子供のくせにって思ったでしょ?
男   いや、そんなことはないけど‥‥。
娘1  ウソだね。思ってる。
男   ‥‥‥。
娘1  いや、そりゃ思うわよね。‥‥でもさ‥‥何となくわかるの。‥‥あの人の娘だからかな?
男   へぇ‥‥。
娘1  あのおじさんはパパでないような気もするし‥‥。パパであるような気もするし‥‥。よくわかんない。
男   へえ‥‥そうなんだ。
娘1  うん。
男   ‥‥苦労してるんだね。
娘1  まだ子供なのに?
男   まあ、そんな感じ、かな?
娘1  アハハハハ。
男   アハハハハ。

   しばしの間。

娘1  ハー。‥‥ほーんと冬だなあ。
男   え?
娘1  じゃ、そろそろ行かない?
男   え? ‥‥ああ、そうだね。

   娘1と男、立ち上がり、歩いて去って行く。

   ホソミが歩いて来る。

ホソミ  はい。どうも。どうも。
レディース・アンド・ジェントルメン。当会場を埋め尽くす、善男善女、老若男女の皆々様。大変長らくお待たせしました。いよいよを以て、いよいよ真打ちの登場と相成ります。
と、こう申しますと、いやいや、その前に、お前はいったい誰なんだ? フー・アー・ユー? とお思いの方もいらっしゃることでしょう。
あるいは、また、チラシやパンフレットをご覧になってご来場のお客様の中には、この芝居には、確かホソミアツシという男が出ることになっているはずなのだが、一向に登場しない。これはどうしたことか? ひょっとして良からぬ薬物の使用がバレて、あるいは、道ならぬ不倫のスキャンダルで、あるいは、また、税金逃れで税務署からお目玉を食らって急遽降板、出演取り消しになったのではあるまいか? いやいや、ヤツに限って、そんなことはあるまい。薬物はともかく、不倫騒動などあるはすがない。だいたいあいつがそんなにもてるなんて聞いたことがない。まして、年がら年中金欠のあいつが税金逃れなんて金輪際無理だ。‥‥いや、そう言えば、さっき一瞬「ご臨終です」とだけつぶやいて消えた男がいたではないか? あれがひょっとしてそのホソミか? わざわざ見に来てやったのに「ご臨終です」だけでおしまいなのか? 今日のあいつの役は「ご臨終」男なのかい?
そう言えば、小学校の学芸会で、木の役をやってましたというネタが大昔からあるけれど、実際にそんな役をやってるヤツを見たことがあるかい? だいたい、三十分も四十分もこうやって手を広げて木の役をやるなんてのは、相当の重労働たぞ。ウソだと思うのなら、一度実際にやってみるがいい。論より証拠。それじゃ、行きますよ。え? だから、木の役。木のポーズ。もしよろしければ、ご一緒にどうぞ。ハイッ!(と木のポーズ。無言の数十秒)‥‥と、ボカァ、こないだ試しにやってみたんだけど、こんな姿勢は五分も続けられない。だから、木の役なんてのは、あくまで話のタネなんであって、実在はしないのだ。とか言ってると、お前、ほんとにヒマなんだなあ。そんなのいちいちやらないとわかんないかい? だいたいそんなネタ話にいちいちツッコミを入れるなんてのは愚の骨頂、野暮ってもんだよ。ホント洒落のわからない男はイヤだねぇ。
とか申しておりますと、いやはや、いったい何の話をしてるのか? 何のために出てきたのか? もうさっぱりわかりません。
ほら、お客さんも困っていらっしゃるじゃありませんか?ここのシーンはいったい何なの? 笑うとこなの? ただの時間つぶしなの? いや、そりゃ、笑えって言われたら笑ってあげてもいいんだけどね。そりゃ、おかしかったら笑うよ。笑うんだけどさ。でも、これを笑えって言われてもねぇ‥‥。皆様のお顔を拝見致しておりますと、そんな心の声が聞こえて来そうで。‥‥ほんと、つらいんです。私も。マジで。‥‥たったひとりで、こんなとこに引っ張り出されて、長々としゃべらされて‥‥。よかったらお客さんも、一度ここにお立ちになってみたらわかりますよ。顔じゃ笑っているけれど、心はひきつっているんです。うー、つらいよー。狭いよー。恐いよー。助けてー。お母さーん。ううう。(と泣く)
と、グチを言ってても始まらないから、そろそろ自己紹介と参りましょうか。
ナゾの男、フーアーユーこと私は、ある時は、名俳優ホソミアツシに名を借りて、また、ある時は、白衣の美少年に身を変えて「ご臨終です」の一セリフに命を賭け、またある時は、学芸会の木の役に成り代わり、しかしてその実体は? ‥‥その実体は? ‥‥実体は?
さて、私は誰なんでしょう? ここはどこ? 私は誰? どこから来て、どこへ行くの? と叫べど、わめけど、それは私自身にもわからない。
それもそのはず。私はしがないよりましなのですから。
よりまし? それ、どこかで聞いたよな。ああ、さっきあのへんてこな行者が言ってたじゃねぇか? 昔々、病気の悪霊を取り憑かせるとか何とか。え? そりゃ、伏見稲荷の狐の話だろ? それだったら、コーンコーンってどこかへ行っちまったよ。ああ、そうだった。そうだった。
‥‥とご不審にお思いの方もいらっしゃるやもしれません。そのご不審、ごもっともです。ごもっともなのではございますが、私がよりましというのもこれまた事実。いったいどういうことかと申しますれば、話せば長くなりますが、その長い話を手短にまとめて言いますと、病気の悪霊を取り憑かせるのもよりましなら、神様やご先祖様の霊を乗り移らせて、そのお言葉を成り代わって語らしむる、いわゆる口寄せ、いたこの類いも、これまたよりましと申すのでございます。古今東西、この類いは世界中にございまして、民俗学では、これをシャーマンと呼び、日本ではかの邪馬台国の卑弥呼、間近なところでは、かの高名な大川某様の霊言などはご存じの方もいらっしゃることでしょう。
よって、私は、ただ依り憑かれるのがその務め故、その実体は「空」。究極のニュートラルにして、顔もなければ、名前もなく、それが故に何にでも成り代われる、いわば変幻自在のユーティリティープレーヤーなのでございます。
‥‥と、ずいぶん遅かったじゃない?

   女がやって来る。

女   ああ、すみません。いろいろと手間取ってしまって。
ホソミ それで、どうだったの? 仕事は取れたの?
女   いや‥‥それが‥‥。
ホソミ え? もしかしてダメだったの?
女   それが‥‥変なうちで。
ホソミ 変なのは百も承知でしょ? うちはそういうとこにねじ込む隙間産業なんだから。
女   いや、それが、ちょっとやそっとの変じゃないんですよ。
ホソミ と言うと?
女   何か、キツネとかタヌキとか天狗とか出てきたり、死んでた女が生き返ったりまた死んじゃったりとか、もう無茶苦茶なんです。
ホソミ キツネとタヌキと天狗? 何よ、それ? 化け物屋敷? 日本昔話?
女   まあ、そんな感じです。
ホソミ ふーん。でも、その女、最後にはちゃんと死んでくれたんでしょ?
女   はあ‥‥まあ‥‥死ぬには死んだんですが。
ホソミ だったら、そこんところ、サクサクってやってくれないと。
女   いや、私たちも天狗に殺されそうになって、それどころじゃなくなっちゃって‥‥。
ホソミ リカちゃん。何言ってんの? そんな甘いこと言ってたらダメよ。いつも言ってるでしょ? 私たちはプロフェッショナルなのよ?
女   ああ、はい。
ホソミ 殺されそうになったら、自分から進んで死んでくれなくっちゃ。そしたら、お葬式がもう一つ増えたでしょ? 一軒でダブルで仕事が取れる良いチャンスだったじゃないの?ついでにアダチも殺されたら、トリプルよ。
ニコニコ十箇条の第五条に書いてあるでしょ?「仕事はもらうのでものはない。自分で作るのだ。」って。
女   はあ。
ホソミ それじゃ、第六条は何? はい、言ってみて。
女   はい。「良いクライアントとは死んだクライアントだ。」
ホソミ 第七条!
女   「死んでなかったら殺せ。」
ホソミ そう。それがプロ意識よ。言葉で覚えてるだけじゃダメ。体で覚えないと。
女   はい。
ホソミ ほんと、最近は、働き方改革とか何とかうるさくて、社員の意識が低くて困るわ。私の若い頃なんかはね、みんなものすごい数のノルマを抱えてて、次から次から親族を殺しまくって、一族郎党全滅した人もたくさんいたものよ。どうしても仕事が取れない時は、仕事を作るために殉職するのが当たり前だったわ。
女   はあ。
ホソミ ほんと、昔は活気があってよかったわよねぇ。営業部の掲示板に、こうズラっとスローガンを並べてね、「三百六十五日、毎日がお葬式」とか、「夢中!集中!喪中!」とか、「引き下がりません、死ぬまでは」とか。‥‥あの頃は夢があったわ。「株式会社ホロコースト」なんて陰口も叩くヤツもいたけど、全然気にならなかった‥‥。
女   ‥‥‥。
ホソミ それはそうと、アダチはどうしたの? アダチは?
女   それが‥‥その家の娘を連れ出してどこかへ行っちゃって。
ホソミ えー。何それ? その娘っていくつぐらい?
女   小学生とか言ってましたけど、何か年齢不詳みたいな感じで。
ホソミ あいつ、そういう趣味があったのね。ほんとイマドキの若いもんと来たら、油断も隙もありゃしない。
女   ‥‥‥。
ホソミ ‥‥二人そろってどっかで行き倒れにでもなってくれないかしら? そしたら、良いクリスマスプレゼントになるんだけど。
女   はあ‥‥。
ホソミ どいつもこいつもクズばっかり。ほんと、やんなっちゃうわ。
女   ‥‥‥。
ホソミ ‥‥リカちゃん。
女   え? はい。
ホソミ 今晩、空いてる?
女   え?
ホソミ あなた、フレンチ好きだったわよね?
女   え? はあ、まあ。
ホソミ おしゃれなレストランがあるのよ。ホテルの最上階にあってね、夜景がとってもきれいなの。
女   え‥‥。
ホソミ 今晩からクリスマスディナーが始まるのよ。窓際のいい席予約しといたから。
女   え? 予約って‥‥。
ホソミ そうねぇ。せっかくだから、思いっきりおしゃれして来てね。‥‥今日は、もう早退していいわ。
女   いや‥‥だから‥‥。
ホソミ 私も何着て行こうかしら? 久しぶりにドンペリとか飲んじゃおうかな? リカちゃん、ドンペリ飲んだことある?
女   え? いや‥‥あのぅ‥‥。
ホソミ そうなの? だったら、私、あそこのソムリエと知り合いだから、一番いいヤツ頼んじゃおうかな? いや、だったら、思いっきり奮発してロマネ・コンティにしちゃう? ねぇ、リカちゃん、ロマネ・コンティって知ってる?
女   いや、だから‥‥。
ホソミ ロマネ・コンティはすごいわよ。一本百万とか二百万とか余裕でしちゃうから。百万よ、百万。あなた百万円のお酒とか飲んだことないでしょ?
女   ‥‥‥。
ホソミ いやあ、これは楽しみだわ。だったら、私もおしゃれしなくっちゃね。
女   ‥‥‥。
ホソミ じゃ、また、後でね。‥‥素敵な夜にしましょ。
女   ‥‥‥。

   ホソミ、去って行く。

ホソミ (立ち止まって)‥‥メリー・クリスマス。ミス・リカ。
女   ‥‥‥。

   ホソミ、消える。

女   何よ! あのクソオヤジ! だったら、てめえからさっさと死ねよな! 死ね! 死ね! 死ね!
何が「素敵な夜にしましょ」よ! てめえ、勝手に調子こいてんじゃねぇよ!
‥‥メリー・クリマス。ミス・リカ。
うわあ、気持ち悪くて、サブイボが出ちゃう!
‥‥‥。殺す!

   音楽。(坂本龍一「メリークリスマス・ミスターローレンス」)
   暗転。

   闇の中からキツネの声。

声   コーン。コーン。コーン。コーン。コーン。

   やがて明かりがつくと、母親と娘2が立っている。
   附け打ちの音。やがて太鼓、能管の音。

母親   我こそは玉梓が怨霊。にっくきは、あの能なしのろくでなし。この恨み晴らさでおくべきか。孫子の代まで祟ってやる。
娘2   いよっ、待ってました!

   再び、附け打ちの音。太鼓、能管の音。

母親   我こそは玉梓が怨霊。にっくきは、あの能なしのろくでなし。この恨み晴らさでおくべきか。孫子の代まで祟ってやる。
娘2   いよっ、大統領!
母親   (娘2に向かって、ちょっと笑う)

   再び、附け打ちの音。太鼓、能管の音。

母親   我こそは玉梓が怨霊。にっくきは、あの能なしのろくでなし。この恨み晴らさでおくべきか。孫子の代まで祟ってやる。
娘2   いよっ、千両役者!
母親   そ‥‥そんなに、いいかい?
娘2   うん。おっかあ、最高だよ!
母親   そうかい?

   附け打ちの音。

母親   我こそは、
娘2   でもさ。
母親   え?
娘2   でもさ、ちょっと聞いていい?
母親   え? 何だい?
娘2   その、能なしのろくでなしって、あの変な行者のことでしょ?
母親   ああ、そうだよ。
娘2   だったらさ、孫子の代までってのは、あの行者の孫とか子供のことだよね?
母親   まあ‥‥そういうことになるねぇ。
娘2   そっか。‥‥なるほど。
母親   え? 何がなるほどなんだい?
娘2   いや、いいよ。別にいいから。
母親   え? そんなの気になるじゃない? 何よ?
娘2   いや‥‥ちょっと聞いてみただけだから。
母親   だから、何で聞いてみたのよ?
娘2   いや、ホントにいいから。さ、続きやって。はい!

   附け打ちの音。

母親   ‥‥‥。

   附け打ちの音。

母親   ‥‥‥。
娘2   あれ? やんないの?
母親   ‥‥‥。

   附け打ちの音×2

娘2   やってよ。ほら、我こそは‥‥って。玉梓があ‥‥って。
母親   ‥‥‥。
娘2   ごめん。‥‥あたしがつまんないこと言っちゃったから。‥‥ほんとにごめんなさい。
母親   キミちゃん。
娘2   え?
母親   どうしてそんなこと言うの?
娘2   え? そんなことって?
母親   キミちゃんは私の子供だろ?
娘2   ‥‥うん。
母親   私は、キミちゃんの母親だろ?
娘2   うん。
母親   母と娘ってそんなものなのかい?
娘2   え?
母親   いつからそんな他人行儀になっちまったんだい? 隠し事はよしとくれ。何でも言っておくれよ! わたしゃ、あんたのたった一人の母親なんだよ!
娘2   おっかあ!

   附け打ちの音。
   娘2、母親に抱きつく。
   しばし涙の母と子。

娘2   おっかあ。ごめん。ごめんよう。
母親   いいんだよ。何でも包み隠さず言っておくれ。
娘2   うん。じゃあ、言うよ。
母親   ああ、何だい?
娘2   あたしもおっかあに祟られたりするのかな?
母親   え。
娘2   いや、だからさ、あたしもあの行者の孫子だっりししないのかな? ‥‥あいつがひょっとしてあたしのおとうだったり‥‥しない?
母親   ‥‥‥。
娘2   え? 何?
母親   おとうは死んだんだよ。
娘2   いや、それは、そうなんだけどね‥‥。
母親   おとうは死んだんだよ。
娘2   ‥‥‥。
母親   ‥‥‥。
娘2   あのぅ‥‥ちょっといいですか?
母親   え?
娘2   ちょっと、そういうのはナシでしょ? 反則でしょ?
母親   え?
娘2   ほらほら、これってアレじゃない? 親とか教師とかが子供に向かって「怒らないから言ってごらん」って言って、それで正直に話したら「何だとお!」って激怒するあのパターンでしょ? 違う?
母親   ‥‥‥。
娘2   そういうのダメだよ。教育として最低。親子の関係で一番大切なのは何か知ってる? 信頼だよ? 無条件の信頼、ア・プリオリな相互の信頼関係があってこそ、親子は成立するんだよ。最近の親はそこのところをいい加減にするもんだから、「大人なんか大嫌いだあ!」って、子供が非行に走っちゃう。バイクを盗んで走っちゃう。‥‥わかるでしょ?
母親   ‥‥‥。
娘2   ‥‥もう‥‥だから言いたくなかったんだよ。
母親   喜美代。
娘2   え?
母親   ここにお座り。
娘2   え? 何?
母親   いいから、ここにお座り。
娘2   あ、はい。

   娘2と母親、向かい合って座る。

娘2   あの‥‥何でしょう?
母親   あんたの父親のことだけどね。
娘2   あ、はい。
母親   今まで隠してて、すまなかった。本当に申し訳なく思っているよ。この通りだ。

   母親、土下座。

娘2   おっかあ、やめておくれよ。
母親   ‥‥本当のことを言うとね、お前の言う通り、父親は死んではいない。
娘2   あ‥‥そうなんだ。
母親   それで、あの行者が、あんたの父親じゃないかって話だけどね。
娘2   あ、はい。
母親   実のところを言うとね、
娘2   うん。
母親   ‥‥わかんない。
娘2   え?
母親   わかんないんだよ。
娘2   わかんないって‥‥それ、どういうこと?
母親   ほんと、お前には申し訳ないんだけど、お前の父親が誰なのか、私にもわかんないんだよ。
娘2   えー!
母親   恥をさらすようで何なんだけど、あの頃はいろいろあってねぇ。若気の至りって言うのかねぇ‥‥。
娘2   いろいろって?
母親   それを言うのだけは許しとくれ。後生だから、許しておくれ。
娘2   ‥‥‥。まあ‥‥いいけどさ。
母親   ほんとかい? ほんとにいいのかい?
娘2   ああ‥‥まあ‥‥。だったら、あの行者は、あたしの父親じゃないんだね?
母親   いや‥‥それも‥‥わかんないんだ。
娘2   えー! 何よ、それ!
母親   ごめん。ごめんよう。こんなだらしのないかあちゃんで、ほんとにごめんよう。

   母親、しばし泣く。
   娘2は、それを見ている。

娘2   おっかあ、顔を上げておくれよ。
母親   (泣いている)
娘2   おっかあ!
母親   ‥‥‥。(顔を上げる)
娘2   おっかあ、あたしは決めたよ。
母親   え?
娘2   あたしのおとうはやっぱり死んだんだ。
母親   え?
娘2   あたしには元々父親なんていなかったんだ。
母親   ‥‥‥。
娘2   でも、平気だよ。‥‥だって、あたしにはおっかあがいるから。
母親   !
娘2   ちょっと頑固で、融通が利かなくて、古くさくて、それで男にだらしのないおっかあだけどさ‥‥あたしは、そんなおっかあの子供でよかったって思ってるよ。
母親   喜美代!
娘2   おっかあ!

   「イヨーッ」のかけ声。附け打ちの音。
   ひしと抱き合う母と子。

   そこへ、男と娘1がやって来る。

男    うー、寒い、寒い。
娘1   寒い、寒い。

娘2   あ、サッちゃん。(と、歩み寄ろうとする)
母親   (それを押しとどめる)だめよ。
娘2   え? 何で?
母親   だって、見えないから。
娘2   え?
母親   私たちは、この世の者ではないから。
娘2   あ‥‥そっか。
母親   うん。

   男は、エアコンのスイッチを入れる。
   男、座布団を持ってくる。

男    はい。座って。
娘1   ありがとう。(座る)
男    今、エアコン入れたから。しばらくしたら暖かくなるから。
娘1   はーい。
男    何か飲む?
娘1   うーんとね、とりあえずナマ中かな?
男    え?
娘1   ウソウソ。冗談だよ。‥‥ホットミルク。
男    ‥‥了解。
娘1   熱くしてね。すっかり冷えちゃったから。
男    はいはい。

   男、キッチンに行き、冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出し、電子レンジに入れるしぐさ。

娘1   ほーんと冬だなあ。
男    もう! ‥‥しつこいぞ。
娘1   えへへへ。
男    性格悪いぞ。
娘1   それもよく言われるよ。
男    もう! ‥‥ああ言えば、こう言うし。どんな育てられ方をして来たの? ほんと、親の顔が見たいよ。

   娘2が、母親の顔を指さす。母親は怒った顔。
   チーン。
   男が、マグカップを二つ取り出して持って来る。

男    はい、できたよ。
娘1   サンキュ。
男    ほんと熱くしたから、やけどすんなよ。
娘1   はーい。

   二人、ホットミルクを飲む。

娘1   うー、五臓六腑に染み渡るー!
男    だから、そんな言葉、どこで覚えたの?
娘1   わかんない。‥‥ママが使ってたからかな?
男    ふーん。
娘1   お兄さんもホットミルク?
男    いや、オレはカフェオーレ。
娘1   お、シャレオツだね。
男    だから、その言葉‥‥。まあ、いいけどさ。
娘1   お酒とか飲まないの? こういう冷える夜は、熱燗でキューッとやるんじゃないの?
男    オレ、日本酒飲まないから。どっちかっていうとコーヒーの方が好きかな?
娘1   へぇ、そうなんだ。

   二人、飲む。

娘1   ねぇねぇ、カフェオレって甘いの?
男    いや、砂糖は入れてないから。
娘1   そうなの? でも、ミルクは入ってんでしょ?
男    ああ、入ってるよ。
娘1   ‥‥ちょっと飲んでみてもいい?
男    え? 飲んだことないの?
娘1   ちっちゃい頃、コーヒーを飲もうとしたことがあったんだけど、その時は苦くて飲めなかった。
男    へぇ。
娘1   うん。‥‥それで、今だったら飲めるかなって。もうおっきくなったし。
男    へぇ‥‥。はい、どうぞ。
娘1   ありがとう。

   娘1、飲む。

娘1   ‥‥‥。
男    どう?
娘1   だめ。やっぱり苦いや。
男    アハハハハ。
娘1   ‥‥‥。
男    アハハハハ。
娘1   ‥‥‥。そんなに笑うことないじゃない?
男    あ、ごめん。ごめん。いろいろ言ってても、やっぱり子供なんだなあって思ってさ。アハハハ。
娘1   ‥‥‥。

   しばしの間。
   娘1、うつむいてる。

男    アハハ。‥‥あれ、どうしたの?
娘1   ‥‥‥。
男    ひょっとして泣いてるの?
娘1   ‥‥泣いてない。
男    え‥‥。
娘1   冗談だよ。冗談。泣き真似だよ。
男    え?
娘1   ばっかだなあ。だまされてやんの! アハハハ。
男    へぇ。‥‥上手だな。お兄さん、すっかりだまされちゃったよ。
娘1   でしょ? アハハハ。
男    アハハハハ。

娘2   ‥‥なんか、いい雰囲気だね。
母親   ‥‥‥。
娘2   まるでカップルみたい。
母親   ‥‥‥。だから、知らない人にはついて行くなって、あれほど言ったのに。
娘2   え?
母親   ‥‥もう、悔しいねぇ。出て行けたらねぇ。
娘2   ‥‥だったら、出て行ったら?
母親   だめよ。私は「うらめしや~」しかできないんだから。あそこに「うらめしや~」じゃ、いくらなんでも場違いでしょ?
娘2   ああ‥‥そりゃ、そうだ。
母親   でしょ?
娘2   うん。
母親   ‥‥‥。(二人を見ている)

   二人、飲んでいる。

男    やっとあったかくなってきたね。
娘1   ああ、そうかな?
男    いや、もうけっこうあったかいよ。
娘1   そう言えば、そうだね。‥‥あのさ、お兄さん。
男    そのお兄さんって、もうやめない?
娘1   え?
男    何か、すごく他人行儀だからさ。オレ、アダチって言うの。安達真之介。よろしく。(と、頭を下げる)
娘1   ああ。安達さん?
男    うん。
娘1   (座り直して)わたくし、清原幸代と申します。ふつつか者ですが、どうぞお見知りおきを。(と、深々と頭を下げる)
男    いえいえ、これはご丁寧に。(と、頭を下げる)
娘1   いえいえ、こちらこそ。(と、頭を下げる)

   二人とも、なかなか頭を上げられない。

男    フフフフ、アハハハ。
娘1   アハハハハ。‥‥なーんか、バカみたい。
男    だよねぇ。
娘1   ほんとほんと。
男    喜美代ちゃんに幸代ちゃんか。‥‥やっぱり古風だねぇ。
娘1   えー。真之介だって、けっこう古風じゃん。
男    ああ、そう言や、そうだな。‥‥こりゃ一本取られましたな。
娘1   アハハハハ。‥‥ねぇねぇ、お兄さん、じゃなかった、安達さん。もうすぐクリスマスだよね。
男    ああ、そうだね。
娘1   クリスマスって、やっぱり、どっかのシャレオツなレストランとか行って、上玉の女の子とかとデートとかするわけ?
男    上玉って‥‥。そうだなあ、まあ、そういう人もいるだろうけど、オレの場合はないよ。
娘1   え? どうして?
男    だって、彼女とかいないから。
娘1   え? そうなの? ‥‥うちに一緒に来てたあの女の人は? ほら、「勇気を!」って言ってた人。
男    ああ、リカちゃん? あの子は、仕事仲間だよ。同僚。そーゆーのじゃないから。
娘1   へぇ、そうなんだ。‥‥でも、オフィスラブとかあったりしないの?
男    何? サッちゃん、そういうのに興味があったりするわけ?
娘1   いや、別に、そういうことでもないけどさ。
男    やっぱり女の子だなあ。オトシゴロだねぇ。
娘1   だから、そういうのじゃないって! ‥‥ほら、うちはさ、日本昔話みたいな家だからさ、世間からカクゼツされてるわけよ。でさ、テレビとか見てると、そういうのでえらく盛り上がったりしてるからさ、どうなのかなあって。
男    ああ、テレビね。‥‥あれはねぇ、信じない方がいい。
娘1   え?
男    全部ウソとは言わないけどさ、みんながみんな、ああいう生活をしてるわけじゃないからさ。むしろ、してない人の方が多いんじゃないかな?
娘1   ああいう生活って?
男    うーん‥‥シャレオツな生活?
娘1   ああ、なるほど。
男    うん。‥‥たとえばさ、日曜の原宿とか渋谷なんかにはさ、それこそ絵に描いたようなおしゃれをした人がたくさん集まってるんだけどさ、ああいう人の多くは、地方から始発電車とかでやってきた人たちでさ、テレビとかファッション雑誌で必死で勉強して「都会のヤツになめられてたまるか!」ってギンギン決めてる感じの人たちなのよ。で、そういうギンギンの人をテレビで見た地方の子が、またがんばっちゃう。って、まあ、そういうカラクリになってるわけ。
娘1   ああ、そうなんだ。‥‥いやあ、勉強になります。ごっつぁんです。
男    いえいえ。
娘1   日本昔話はウチだけじゃなかったんだ。
男    いや、さすがに日本昔話ってほどじゃないだろうけど。

   ピンポーン。ピンポーン。(ドアチャイム)

娘1   あ、誰か来たよ。お客さん?
男    誰だろう? こんな時間に。

   ピンポーン。ピポピポピポピポーン。

男    はいはい、今行きまーす。

   男、玄関に行く。

男の声   あ、今晩は。どうしたの?
女の声   ちょっと、入っていい?
男の声   いいけど、どうしたの?

   女がズカズカと入って来る。

女    あ。
娘1   あ‥‥ども。今晩は。

   男が戻って来る。

女   やっぱり、いたんだ。‥‥連れ込んでたのね。
男   いや、これにはいろいろ訳があって。
女   ふーん。
男   まあ、それは後でちゃんと話すから。‥‥いったいどうしたの?
女   お酒ある?
男   え? ‥‥ウイスキーならあるけど。
女   ちょうだい。ロックで!
男   ああ‥‥はい。

   男、台所へ行く。
   女、座り込む。

女    ‥‥‥。(娘1をにらんでいる)
娘1   ‥‥‥。(ミルクを飲む)

   男、グラスを持って、戻って来る。

男    おまたせ。

   女、グラスを奪い取って、一気飲み。
   男、娘1、唖然として見ている。

女    おかわり!
男    あ、はい。

   男、台所に行く。

男    何があったか知らないけど、そういう飲み方したらダメ だよ。
女    ‥‥‥。

   男、戻って来る。

男    一気飲みはダメだよ。ゆっくり飲もうよ。ゆっくりね。わかった?
女    ‥‥わかった。
男    はい。(とグラスを渡す)

   女、今度はチビチビと飲む。

男    ‥‥で、どうしたの? 何かあったの?
女    どうしたもこうしたもないわよ!
男    え?
女    殺して!
男・娘1 え!
女    もう、殺しちゃってよ、あのクソジジイ!
男    ‥‥ホソミ部長?
女    (うなづく)
男    そっか。‥‥ホソミ部長ねぇ。
女    セクハラ、パワハラ、モラハラ‥‥もう、あんなの人間じゃないわ。ハラスメントに足が生えて歩いてんのよ、あのオヤジ。
男    まあ‥‥ああいう人だからねぇ。
女    ねぇ、安達君、殺しちゃってよ! お願い! お金はいくらでも出すからさあ。
男    もう酔っちゃったの? ちょっと落ち着こうよ。
女    酔ってないから! マジで言ってんの!
男    ‥‥‥。

   女、ウイスキーを飲む。

娘2   ‥‥何か、穏やかじゃないねぇ。
母親   ああ、何か、殺気立ってるねぇ。「恨み晴らさでおくべきか」って感じ? こりゃ、完全に怨霊のお株を奪われちゃったね。
娘2   ほんと、すごいねぇ。
母親   ああいうのをね、生き霊って言うんだ。
娘2   生き霊? 何、それ?
母親   生きながらにして怨霊になっちゃってるの。
娘2   へぇ‥‥。人間って恐いね。
母親   そうだよ。狐より怨霊より、一番恐いのは人間なのさ。
娘2   ふーん。勉強になるねぇ。
母親   そうだよ。いい機会だから、よーく勉強しておくんだよ。後で観察日記でも書くといい。
娘2   はーい。

男   ‥‥気持ちはわかるけどさあ。
女   わかるでしょ? 安達君だって、相当被害受けてんじゃん。
男   でも、殺すとかさ‥‥思うのはいいけど、冗談でも人には言わない方がいいよ。
女   だから、冗談じゃないから。本気だから。
男   ‥‥‥。
女   「仕事は自分で作れ!」とか「死ななかったら殺せ」とか、あいつが言ってんのよ? そういう会社なのよ? だったら、自分が殺されたって、仕事が増えたって喜ぶんじゃない?
男   まあ‥‥それは、そうなんだけどさあ。
女   だからさ、計画立てちゃおうよ。計画をさ。
男   え? 何の計画?
女   決まってんじゃん。ホソミ暗殺計画よ。
男   え? だからさ‥‥ちょっと待ってよ。
女   やっぱり完全犯罪にしないとね。あんなヤツのせいで、こっちが刑務所に入ってたんじゃ、割に合わないわ。
男   いや‥‥だから‥‥。
女   あなた、探偵事務所の仕事もやってるんだから、そっちの方のノウハウもあるでしょ?
男   ‥‥‥。
女   (娘1に)あなた、ちょっと席を外してくんない?
娘1  え?
女   子供が出る幕じゃないから。
娘1  子供じゃないよ。
女   ああ、わかった。わかった。そういうめんどさいのはどうでもいいから、とにかくあっちに行って。
娘1  私にも考えさせてよ。
女   え?
娘1  私、サスペンスドラマとか好きだから。いっぺんそういうのやってみたかったの。
女   そういうのって?
娘1  暗殺計画。
女・男 え?
娘1  ねぇ、やらせてよ。ねぇ。
女   ‥‥‥。もう、変な子ねぇ。
男   うん。変な子なんだ。かなり。相当。
女   ‥‥‥。わかったわ。好きにすれば?
娘1  え? いいの? わーい。
男・女  (目を合わせる)
娘1  ‥‥だったらさあ、刃物とか拳銃は足が付きやすいから、やっぱり薬がいいんじゃない? 薬って言っても、青酸化合物とかの劇薬は、検視ですぐにバレちゃうから避けた方がいいわね。睡眠薬とか使って自殺に見せかけて突き落としちゃうってのは古典的だけど、割と有効なやり方だよ。後、放射能物質を食事に混ぜてジワリジワリと殺しちゃうなんてのもあるけど、これはちょっと時間がかかりすぎるかな?
男・女   (目を合わせる)

   ピポピポピホピホピホーン。(ドアチャイム)

男   あ。
男・女 (目を合わせる)

   ピポピポピホピホピホーン。(ドアチャイム)

男   はーい。今、行きますから。

   男、玄関へ行く。

男の声   どちら様でしょうか?
ホソミの声 こら、安達、開けなさい! さっさと開けるのよ!
男の声   あの、今、あいにく取り込んでまして‥‥。
ホソミの声 何つまんない言い訳してるの! そこにいるのはわかってんのよ! ほら、開けなさい! 開けなさいったら、開けなさい!

   この辺りで女は奥の部屋に隠れる。

男の声   いや、だから‥‥。大声出したら、ご近所の迷惑になりますから。
ホソミの声 うるさい! 開けなかったら、ぶち破っちゃうわよ!
男の声   わかりました。開けます。今、開けますから。

   ホソミが入って来る。

ホソミ ‥‥‥。(男に)どこに隠したの?
男   え? 何を‥‥ですか?
ホソミ 何白々しいこと言ってんのよ! リカちゃんに決まってるじゃない? ここにいるんでしょ?
男   い、いや、来てませんよ。(娘1に)ねぇ?
娘1  うん。来てないよ。全然来てない。
ホソミ ん? あんたが例の子供ね。‥‥ねぇ、おじさんに教えてくれないかなあ? 怒らないから正直に教えてくれない?教えてくれたら、お小遣いあげちゃうよ。(財布から万札を抜き出して)ほらあ。
男   ‥‥‥。
娘1  ‥‥(男に)これが例のセクハラオヤジ?
男   !
ホソミ くおぉらあ! 誰がセクハラオヤジだあ!
娘1  うん。確かに野蛮そうな顔してるね。
男   サッちゃん!
ホソミ ぬ、ぬあにぃぃぃ!

娘2   おっかあ、これ、ちょっとヤバイんじゃない?
母親   ああ、そうだね。
娘2   あたし、ちょっと行ってもいいかな?
母親   ああ、行っておやり。
娘2   わかった。
母親   気をつけるんだよ。人間をあなどっちゃいけないよ。
娘2   はーい。

   明かりが点滅し始める。やがて、怪しい雰囲気の照明。
怪しげな音楽。

娘2   コーン。コーン。コーン。
全員   !
娘2   コーン。コーン。コーン。
全員   !(狼狽して、あたりを見回す)

   娘2に明かり。

ホソミ  誰?
娘2   聞いて驚け、目にも見よ。我こそは、京は伏見の稲荷の社にましますお狐様なるぞ。頭が高い! 高ーい!
娘1   あ、キミちゃん!
娘2   (娘1にピースサイン)
そこの者! 頭が高いと言っておろうが!
全員   ははー。(と土下座)
娘2   よし。
全員   ‥‥‥。
娘2   ‥‥ホソミと申す者。おもてを上げよ。
ホソミ  え?
娘2   ホソミ! おもてを上げよと言うが、聞こえぬのか?
ホソミ  え? おもて? おもてって何よ?
男    顔ですよ。顔を上げるんですよ。
ホソミ  ああ、そうなの?(と、顔を上げる)
娘2   汝がホソミか?
ホソミ  ああ、はい。
娘2   なるほど、なるほど。いかにも貧相にして性根の悪そうな顔じゃて。
ホソミ  え! ‥‥性根って、何?
男    いや、それは‥‥。
娘2   汝、ホソミとやら、よく聞くがよい。汝は、自らのちんけな職位をかさにかけ、横暴、狼藉をほしいままにし、なかんずく、婦女子に劣情を高からしめて籠絡せんとする段、断じて許しがたし。
ホソミ  えー? ‥‥何言ってんの? さっぱりわかんないわ。
男    さあ?
娘2   おごれる者も久しからず、たけき者も遂には滅びぬの道理によって、市中引き回しの上、打ち首、獄門と致すべきところ、衷心より改悛の情を示すものならば、御仏の慈悲をも授かることもやあらん。いかなる所存のあるべきか?
ホソミ  えー、何言ってんのか、わかんないよ。
男    打ち首、獄門って、時代劇のアレじゃないですか?
ホソミ  あー、そういえば、聞いたことがあるわ。遠山の金さん?
男    打ち首って言うんですから、ギロチンですかねぇ?
ホソミ  えー、ギロチン!
男    まあ、たぶん死刑ですよ。
ホソミ  えー、死刑!
娘2   汝はいかなる所存ぞ?
ホソミ  お、お代官様!
娘2   ?
ホソミ  おねげえでござりますだ。どうか、どうか死刑だけは許して下さい。私には、妻も子供もいるのです。どうか助けて下さい。
娘2   何? 妻も子供もいるとな?
ホソミ  あ、はい。います。いっぱいいます。
娘2   何? いっぱいいる? 妻をあまた有したる上に、更に横恋慕を致したと申すか?
ホソミ  あ、はい。そうです。そうです。ですから、どうか、どうか、お許しを。
娘2   何と畜生にも劣る不埒な輩ぞ。
ホソミ  はい、そうなんです。よろしくお願いします。
娘2   では、御仏の慈悲にすがるまでもあるまいな?
ホソミ  はい。すがりません。決してすがったりしませんから。
娘2   よし、わかった。よかろう。汝の所存はしかと心得た。
ホソミ  あ、そうですか! わかって下さいましたか! ありがとうございます。ほんと、助かります。
娘2   者共、こやつを引っ立てい!
男・娘1 はっ!
ホソミ  え?

   男、娘1、そして女も登場してホソミを後ろ手に捕まえる。

ホソミ  あ、何するの? 痛い! 乱暴はやめて! あ、リカちゃん! どこに隠れてたの? あんた、そんなのずるいわよ! やめて! 助けて!

   ホソミがまさに引きずられて行こうとする時、チーンという音。

全員   え‥‥。
声    おん あぼきゃべいろしゃのう まかぼだら まにはんどまじんばら はらばりたや うん

   チーン。
   サンタクロース姿の行者が登場。

行者   メリークリスマス!
全員   ?
行者   メリークリスマス。
男    ‥‥あなた、誰?
行者   見てわかんない? サンタさんだよー。
男    ‥‥‥。
行者   ってウソウソウソ。ほら、オレだよ、オレ。
男    ‥‥オレ?
行者   え? 何だよ? もう忘れちゃったの?
男    え?
行者   今日からはサンタクロースって言ってたじゃん?
男    ああ‥‥‥え?
行者   おいおい、マジなの? 冗談やめてよ。‥‥もう、しょうがねぇなあ‥‥。
悪霊退散! 祓いたまえ、清めたまえ。カアーッ!
全員   ああ!
行者   わかった?
全員   わかった!
行者   じゃ、やり直し。
全員   え‥‥。

   行者、引っ込む。
   チーン。
   再び登場。

行者   待たせたな。
娘2   ‥‥‥。
行者   稲荷のお狐様とやら、性懲りも無くまたお出ましか?
娘2   ‥‥‥。
行者   ここで会ったが百年目。こないだは、酒気帯び気味で、まともに勝負ができなかったけど、今日のボクはちょっと違うよ。
何せ完全シラフだもんね。‥‥悪いけど、リベンジさせてもらうから。
娘2   フフフフフフ。フフフフフフ。アハハハハハ。
行者   何だよ? 失敬なやつだな? 何がおかしい?
娘2   のこのこと現れ来るとは、愚かと言うも愚かなり。飛んで火に入る夏の虫、カモのネギしょいとは貴様のことだよ。
行者   はあ? 何なの? その根拠のない自信は? 何強がり言ってんの? それ、もしかして口三味線ってやつ?
娘2   今にわかるよ。
行者   え? 何? 何だよ! もったいつけるなよ!

   明かりが点滅。一転、にわかに怪しい照明。

行者   あ!

   附け打ちの音。母親登場。
太鼓、能管の音。

母親   我こそは玉梓が怨霊。にっくきは、この能なしのろくでなし。この恨み晴らさでおくべきか。孫子の代まで祟ってやる。
行者   お、お前は!
母親   我こそは玉梓が怨霊!
行者   ‥‥お玉!
母親   玉梓が怨霊!
行者   ‥‥お玉。‥‥生きていたのか‥‥。
母親   え?
行者   てっきりオレ、この手でお前を殺しちまったんじゃないかと‥‥。
母親   いや‥‥殺したから。
行者   ほんと、そんなつもりはなかったんだよ? それなのに、気がついたら、ブスリって‥‥。今でもこの手に感覚が残ってるんだ。ほんとイヤーな感覚だよ。あれで、もし、お前が死んじまったら、オレ、もうこの手で箸握れないんじゃないかって思ってさ。
母親   だから‥‥死んでるんですけど。
行者   それにさ、お前、かなり執念深い性格だからさ、もし、殺されたりしたら、絶対、化けて出るだろ? 真夜中に夢枕に立ったりするだろ?
母親   もう、立ってるから。化けて出てるから。
行者   オレ、スピリチュアルフリーターとか言ってるけど、ほんとは恐いの苦手なんだよ。ホラー映画は一回も見たことないし、テレビで怪談話とか始まると、すぐに消しちゃうんだよ。‥‥だから、お前に真夜中に立たれたりした日にゃ、マジでおしっこもらしちゃうよ。
母親   じゃ、今度、夜中に行くから。
行者   いやあ、ほんとよかった。生きててよかった。
母親   おい! 人の話を聞けよ! だから、玉梓が怨霊って言ってるだろ! 怨霊だよ、怨霊。生きてねーよ!
行者   ほんと、生きててよかったよ‥‥。あんたにまで死なれちまったらさ、オレ、ほんとどうやってやって生きて行けばいいのかって‥‥。そればっかり考えてた。
母親   え‥‥。
行者   オレ、兄貴と約束したからさ。この子たちをちゃんと育てて、嫁に行かせてやるって。立派な結婚式をさせてやるからって。
娘1・2   え?
行者   あの日も、こんな寒い日だった。朝から雪が散らついてた。

   雪がハラハラと降ってくる。
   いつの間にか、ホソミが立っている。

ホソミ   それでは、行って参ります。
娘1・2  え?
ホソミ   私は変幻自在のユーティリティープレーヤーだから。
娘1・2  え?
男     それでは、清原雅史君の武運長久を祈って。バンザーイ!
娘以外   バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!

   拍手。
   ホソミは敬礼をしている。

行者   兄さん。
ホソミ  おう。
行者   どうか、ご無事で。
ホソミ  お前もな。
行者   はい。‥‥オレもすぐ後から行きますから。
ホソミ  そのことだけどな‥‥。ちょっといいか?
行者   え? 何です?
ホソミ  いいから、こっち来い。
行者   あ、はい。

   ホソミと行者、舞台隅へ移動。

ホソミ  隆、‥‥ここだけの話だがな。
行者   はい。
ホソミ  お前は行くな。
行者   え?
ホソミ  お前は、戦地に行くな。
行者   え? どういうことですか?
ホソミ  そのままだ。お前は、戦争に行かずに、ここで生き残れ。
行者   兄さん、何を言ってるんですか?
ホソミ  時間がないから、手短に言う。アメリカ軍の空襲が激しくなってきた。B29が毎日のように飛来しているのはお前も知っているだろう?
行者   はい。
ホソミ  それは何を意味すると思う?
行者   え? さあ?
ホソミ  我が日本軍は、もはや制空権も制海権も失っているということだ。
行者   え‥‥。
ホソミ  制空権と制海権を奪われて戦争ができると思うか?
行者   ‥‥‥。
ホソミ  この戦争は負ける。遠からず負ける。
行者   え‥‥。
ホソミ  だから、今更戦っても意味はない。戦って死んでもお国のためにはならん。
行者   でも、兄さんは‥‥。
ホソミ  オレはたぶん、死ぬだろう。いや、必ず死ぬだろう。
行者   兄さん。
ホソミ  そこで、お前に頼みがある。よく聞いてくれ。
行者   はい。
ホソミ  オレが死んだら、お前は玉代と結婚してくれ。
行者   え? ‥‥お義姉さんと?
ホソミ  そうだ。あいつと結婚して、あの子たちを育ててやってほしい。
行者   あの子たち‥‥。(娘1・2を見る)
ホソミ  玉代とあの子たちを守ってやってほしい。それがオレの遺言だ。
行者   遺言‥‥。
ホソミ  そのために、お前はどんなことをしてでも生き残ってくれ。仮病でも何でもいい。どんな卑怯な手を使ってでも生き残れ。
行者   ‥‥兄さんは‥‥オレに非国民になれと?
ホソミ  ひどい兄貴だと思うだろうな。だが、お前しかいないんだ。こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ。頼む! この通りだ!

   ホソミ、土下座をする。

行者   兄さん‥‥。

   全員が歌い出す。(「露営の歌」)

   ♪勝ってくるぞと 勇ましく
   誓って故郷(くに)を 出たからは
   手柄立てずに 死なりょうか
   進軍ラッパ 聞くたびに
   まぶたに浮かぶ 旗の波

男    清原雅史君、バンザーイ!
全員   バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!

   敬礼するホソミ。

娘2   おっかあ。
母親   何だい?
娘2   これは何なの?
母親   さあ、何だろうね?
娘2   え?
娘1   いつの時代の話なの?
母親   さあ、いつだろうね?
娘1   え?
母親   ‥‥「徒然草」にこんなのが書いてある。
亡き人の来る夜とて魂まつるわざは、このごろ都にはなきを、東のかたには、なほする事にてありしこそあはれなりしか。
‥‥今じゃ、お盆しかやらないけど、昔は、年末のこんな寒い夜にも、ご先祖さんは戻って来てたのかもしれないねぇ。
娘1   へぇ。
娘2   へぇ。
母親   だから、クリスマスだけじゃなくってさ、ご先祖さんもおまつりしてあげなくっちゃね。
娘1   はーい。
娘2   はーい。

   チーン。

行者   おん あぼきゃべいろしゃのう まかぼだら まにはんどまじんばら はらばりたや うん

   母親、娘1・2、拝んでいる。
   人々が、ゆっくりと去り始める。

娘1   あれ? ママ、みんな行くよ。
母親   ああ、行くんだね。
娘2   どこへ行くの?
母親   さあ、どこへ行くんだろうね? どこかに帰って行くんだろうね。
娘1・2 え?
娘1   帰るって?
娘2   どこに帰るの?
母親   さあ? おうちかな?
娘1   おうちってどこにあるの?
母親   さあ? どこなんだろう?
娘1・2 ‥‥‥。
母親   ‥‥もうすぐ今年も終わる。新しい年をお迎えに行くのかもしれないね。
娘1・2   ‥‥‥。

   チーン。
   経を読み終わり、行者も去って行く。

母親   キミちゃん。
娘2   何?
母親   よりましってのがあっただろ?
娘2   うん。
母親   病気の霊とか、神様とか、いろんなものが依り付くのがよりましなんだけどさ。ひょっとしたらね、生きとし生けるもの、この世の中はみーんなよりましなんじゃないかって‥‥そんな風に思えて来てね。
娘2   え? どういうこと?
娘1   どういうこと?
母親   みんな、いろんなことを考えて、悩んで、じたばたして、泣いたり、笑ったり、怒ったりして、自分でがんばって生きてるように思ってても、結局、生かされてるだけなのかもしれないって‥‥。そんなのを、何遍も、何遍も、何十年も、何百年も繰り返して‥‥。
娘2   え? 何それ? わかんない。
娘1   わかんないよ。
母親   まあ、かあちゃんにもよくわかんないんだけどさ。
娘2   何よ、それ?
娘1   えー、わかんないの? バッカみたい。アハハハ。
母親   ほんと、バカみたいだね。アハハハハ。
娘1・2 アハハハハ。
母親   ‥‥さて‥‥私もそろそろ行こうかね?
娘1   え? ママ、どこに行くの?
娘2   おっかあ‥‥。
母親   ちょっと、そこまで、だよ。
娘1   だったら、私も行く。
娘2   あたしも。
母親   ダメよ。あんたたちは、もうしばらくここにいなさい。
娘1・2 えー。
母親   また、もうすぐ会えるから。
娘1   もうすぐって?
母親   もうすぐは、もうすぐさ。
娘2   ほんとにもうすぐ?
母親   ああ。‥‥だから、それまで良い子にしてなきゃダメよ。
娘1   はーい。
娘2   はーい。
母親   じゃ、また、後でね。
娘1   バイバイ、ママ。
娘2   おっかあ、バイバイ。
母親   ‥‥バイバイ。

   母親、ゆっくり歩き出す。

母親   ‥‥知らず、生れ死ぬる人、いづかたより来たり、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、誰がために心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。

   母親、去る。
   しばしの間。

娘1   あーあ、二人ぼっちになっちゃった。
娘2   なっちゃったね。
娘1   ヒマだねー。
娘2   うん、ヒマだ。
娘1   何かして遊ぶ?
娘2   うん。遊ぼう。遊ぼう。
娘1   何して遊ぶ?
娘2   うーんとね、うーんとね‥‥そうだ! よりましごっこ!
娘1   えー、何それ?
娘2   あたし、行者さんやるから、サッちゃんはよりましね。
娘1   えー、何で私がよりましなの?
娘2   さっきあたしがやったじゃん。
娘1   あ、そっか。
娘2   じゃあ、やるよ。サッちゃんは、そこに寝ててね。
娘1   了解。

   娘1、横になる。
   娘2、行者が置いて行ったおりんを鳴らす。チーン。

娘2   むにゃむにゃむゃむにゃむにゃむにゃ‥‥‥。祓いたまえ、清めたまえ。祓いたまえ、清めたまえ。カーッ!

   音楽。(ジョン・レノン「ハッピー・クリスマス」)

   よりましごっこを続ける娘たち。
   キラキラと雪が降って来る。
   ゆっくりと照明が消えて行く。
   やがて、電飾が光り出す。
   クリスマスツリーの夜が更けて行く。

                              おわり
                                            

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