メルティーチーズな明日の私(戯曲)

【これは、劇団「かんから館」が2022年6月に上演した演劇の台本です】

 〈登場人物〉

  川端 (男)
  村上 (男)
  大江・田山(男)
  面接官A(男)
  面接官B・住人(男)
  主婦A(女)
  主婦B・りんご(女)
  主婦C・面接官C(女)
  治子(女)
  グレタ(女)
  羊男 (女)




  暗闇の中、お囃子、拍子木。
  明かりが付くと、全員が並んでひれ伏している。(歌舞伎の口上みたいな感じ)


面接官A  いずれも様、ご機嫌よろしゅうござりまする。かくもにぎにぎしくお集まり戴き、恐縮至極に存じ奉ります。
さて、思い起こせば、今を去ること五ヶ月前、今年の一月末にこの場におきまして上演致すはずでござりましたこの演目、にっくきコロナめの来襲により、上演中止のやむなきに至りましたこと、返す返すも痛恨、断腸の極みでござりました。
その後、欧州におきましては、戦争が始まり、世界情勢がにわかに風雲急を告げる様相に相成りました次第に、いずれも様におかれましても、

グレタ  長い。
面接官A え。
治子   長い。
面接官A え。
羊男   殺すぞ。
面接官A え。

  間。

全員   長い!
面接官A え。‥‥‥。しからば。
いずれも様におかれましては、

全員 生まれてすみません。

     全員土下座。しばらく土下座。

面接官B それじゃ、行くぞ!
全員    はい!
面接官B オイッチ、ニ。
全員   オイッチ、ニ。
面接官B オイッチ、ニ。
全員   オイッチ、ニ。

  野球部員のようにランニングしながら去る。
  三人(川端、村上、大江)が残る。
  村上が舞台奥に飾ってある地球儀のボールをうやうやしく運んでくる。

村上  先生。(と、川端に渡す)
川端  うむ。

  川端がボールを持って中央に立つ。
  そばに大江と村上が座って見ている。

川端  昔々、チャイナシンドロームという映画がありました。いわゆるパニック映画です。私は見ていません。どうして見てないかというと、恐いのが苦手なんです。 だから、ホラーとかオカルト映画なんかも絶対見ません。オーメンとかエクソシストももちろん見ていません。八つ墓村なんかも見てません。古い映画ばっかりで恐縮です。比較的新しいところでも、あの貞子とかがブラウン管から出て来るのも‥‥ブラウン管? これも古いな。えーっと、あ、そうそう、おととしだったか、あのアカデミー賞をとったパラサイトという映画を見たんですが、失敗しました。コメディータッチの映画かな?とか油断してたら、ラストシーンで突然スプラッターになって‥‥。泣きそうになりました。ほんと恐かったです。見るんじゃなかった。
恐いのは、別に映画だけじゃなくて、絶叫マシンっていうか、絶叫どころか、しょぼいジェットコースターも恐いんですよ。何だったら、遊園地のコーヒーカップとかも‥‥え? コーヒーカップって知りません? あれ、もうないんですかね?
村上   先生。川端先生。
川端   え? ないの? コーヒーカップ?
村上   いや、そうじゃなくて‥‥。
川端   え? まだあるの?
村上   あの、チャイナシンドローム。
川端   村上君は、知ってるよね? コーヒーカップ。
村上   いや、だから、コーヒーカップの話はもういいですから、チャイナシンドロームはどこ行っちゃったんですか?
川端   ああ、今、そういう名前になってるの?
村上   もう!
川端   村上君とか、案外、デートの時なんかに乗ってたクチじゃないの?
村上   ‥‥‥。
川端   ほんとは好きなんでしょ? いつもジャズとかウイスキーの話なんかして、渋めにかっこつけてるけど。そういうヤツに限って遊園地とかメリーゴーラウンドとかが大好きだったりするんだよねぇ。‥‥そうだ。一度羊男とコーヒーカップに乗ってみたらどう? 絶対インスタ映えするから。ティックトックの方がうけるかな? 何なら、オレが羊男をやってあげてもいいよ。
村上   ‥‥‥。
大江   ほっとけ。
村上   え?
大江   ジジイというのは、所詮こんな生き物だ。
村上   でも‥‥。
大江   長生きはするもんじゃないね。‥‥その点に限っては、ボクは三島さんに賛同するよ。
川端   大江君、何ごちゃごちゃ言っとるんだ? 全部聞こえてるよ。
大江   ああ‥‥そうですか。それは誠に失礼致しました。
村上   川端先生。お願いですから、チャイナシンドロームに話を戻して下さい!
川端   え? チャイナシンドローム? あ、そうそう、その話だった。そうだった。‥‥ええっと、何を言おうとしてたのかな? ちょっと待ってね。
村上   先生、しっかりして下さい。
大江   だから、ジジイってのは‥‥。
川端   思い出した! ‥‥あのですね、このチャイナシンドロームって言うのは、実は、アメリカの科学者が一九六〇年代に言い出した言葉なんです。ほら、原子力発電所というのがありますよね? その頃、世界中でこの原子力発電所がバンバンと作られ始めてて、ちょっとしたブームになってたんだけど、ある原子力の専門家が「ちょっとヤバいんじゃないの?」と言い出した。
彼が言うには、何か大きな事故が起こって、原子炉内でいわゆるメルトダウンが発生したら、これはもう全く制御が利かない。溶け落ちた核燃料は、原子炉を突き破り、地面を溶かし、どこまでもどこまでも突き進んで行く、と言うんですね。
それを聞いた別の科学者が、じゃあ、その核物質は、地殻からマントルを通り抜け、コアも突き破り、地球の反対側の中国まで行っちゃうんじゃないの? って、まあ、これはいわゆるアメリカンジョークなんだと思うんですけど、科学者たちの間ではブラックジョークとして語り継がれるようになったんです。で、これがいわゆるチャイナシンドロームなんです。
村上   あのう、先生。ちょっといいですか? その地球儀。
川端   え? ああ。

   川端が地球儀ボールを村上に渡す。
   村上は、地球儀ボールをしげしげと眺めて、何かチェックしている。

川端   で、この一九六〇年から七〇年代というと、中国では、あの悪名高い文化大革命の真っ最中なんですが、まあ、科学者というのは昔からそういう政治とかにはからきし無知なわけで、まあ、単純にアメリカから中国に行っちゃったらすごいよねーという感覚だったと思うんです。当時の中国は完全な発展途上国で、世界的にはほとんど影響力なんかなかったし。
ところが、それから約半世紀経って、今や中国は世界のNO2の国になってる。そして、アメリカと覇権争いをしてとても仲が悪い。そのことを考えると、このアメリカから溶け出した核物質が中国に到達するって話は、あながち笑い話じゃなくって、ひょっとしたら新型の核兵器として研究の余地さえあるんじゃないかって‥‥まあ、瓢箪から駒って言うか、時の経つのっていうのは、言葉の意味さえも一変させてしまうって話で‥‥。
で、この話には、実は、更におまけが付いてまして、そのチャイナシンドロームという映画が公開されたわずか十日ほど後に、例のスリーマイル島の原発事故が起こりまして、「これは映画宣伝のためにハリウッドが仕掛けた陰謀だ!」なんて話が出たりなんかして、まあ、いわゆる事実は小説より奇なりというお話であります。
村上   あの、ちょっと、先生。
川端   ん?
村上   あの、決してお話にケチを付けるつもりはないんですが‥‥。
川端   え? 何?
村上   アメリカの反対側は、中国じゃないです。
川端   え?
村上   今、この地球儀で確かめてみたんですが、アメリカの地球の反対側は、どうもインド洋になるんですよね。南インド洋あたりかな?
川端   ‥‥‥。だから?
村上   いや‥‥それだけなんですけど。
川端   ふうん。
村上   ‥‥‥。
川端   村上君。君はロマンという言葉を知っているかね?
村上   え?
川端   君がいつまで経っても賞が取れないのは、そういうところだよ。
村上   え‥‥。
川端   ま、そういうことだ。
村上   ‥‥‥。
大江   アハハハハハハ!
川端・村上 !
大江   川端先生。そんな弱い者いじめは先生らしくもありませんよ。
まあ、いいじゃないですか。どこかの国の総理大臣は、自らメルトダウンして、日本の東京からブラジルのリオまで行っちゃったんですから。こいつはひょっとしたらアームストロング以上の偉業ですよ。
‥‥まあ、ワカイモンは長い目で見てあげないとね。と言って、私も村上君も、ワカイモンを名乗るのはおこがましいですが。
川端・村上 ‥‥‥。
大江   それでは、私は用事がありますので、お先に失礼します。

   大江、去る。
   取り残される川端と村上。しばらく呆然としている。

村上   そーれ。

   村上、地球儀ボールを川端にぶつける。

川端   え?
村上   ‥‥‥。
川端   あ、ひょっとしてバレーボール?
村上   ‥‥‥。
川端   そっか。東洋の魔女だな。
村上   え?
川端   回転レシーブの。‥‥大松監督だな? 
村上   え?
川端   え? 君、もしかして大松監督知らないの?
村上   ‥‥‥。
川端   ほら、東京オリンピックの、ニチボー貝塚の。
村上   ニチボー貝塚? ああ‥‥はい。ボク、一応関西出身ですから。
川端   ああ、そうなの? 関西のどこ? 大阪? 京都?
村上   芦屋です。
川端   芦屋かあ‥‥。君、実はいいとこのおぼっちゃんだったんだね。
村上   いや、そうでもないです。芦屋も広いですから。
川端   世が世なら白樺派だな。
村上   え?
川端   一見繊細な有島武郎に見せかけて、実はずぶとく武者小路実篤だったりして‥‥。仲良き事は美しきかな! そーれ。

   川端、こっそりボールを拾っていて、村上に攻撃。

村上   あ。‥‥注意一秒、ケガ一生!

   村上の反撃。

川端   人間万歳!
村上   人間失格!
川端   何だよ、それ? ウイットがないねぇ。それだから君は毎年毎年‥‥新しき村!
村上   実存は本質に先行する!
川端   お目出たき人!
村上   造反有理!
川端   この腐れ全共闘が! ベートーヴェンのデスマスク!

   へんてこなバレーボールが続く。

   音楽。
   暗転。




   暗い中で「雪やこんこ」の音楽(音質悪し)が鳴っている。
   明かりがつくと、羊男がメガホンを持って立っている。


羊男   皆様、毎度お騒がせ致しております。灯油の巡回販売に参りました。こちらは羊印の灯油でございます。空いている容器がございましたら外にお出し下さい。灯油の巡回販売に参りました。こちらは羊印の灯油でございます。(後、マイムでしゃべってるふり)

主婦A   あら、灯油の巡回販売だって。
主婦B   そうねぇ、灯油の巡回販売よね。
主婦A   買う人なんかいるのかしら?
主婦B   え?
主婦A   もう夏じゃない? 灯油なんかどこに使うわけ?
主婦B   そう言えば、そうよね。
主婦A   でしょ? 夏だったらさ、えーっと、ほら、わらびもちとかさ。
主婦B   わらびもち? そんなの売りに来るの?
主婦A   来るわよ。♪わらびーもち、かきごーりーって。
主婦B   何それ? そんなの聞いたことないわよ。
主婦A   えー、あなた知らないの?
主婦B   知らないわよ。それに、わらびもちはとにかく、かき氷はまだ早いわよ。
主婦A   そうねぇ、かき氷はまだちょっと早いわよねぇ。
主婦B   でしょ?
主婦A   それはそうと、あの音楽、何? 雪やこんこんって。いくら何でも六月に雪やこんこんはないんじゃない? それに、あの人、あんなモコモコの服なんか着てるし。
主婦B   あははは。それ、間違ってるわよ。
主婦A   え? 何が? モコモコの服?
主婦B   違うわよ。歌よ、歌。だから「雪やこんこん」じゃなくって「こんこ」。間違えて覚えてる人が多いのよねぇ。
主婦A   えー、何それ? 雪やこんこんでしょ? 雪やこんこって何よ? 意味わかんないじゃない。
主婦B   知らないわよ。テレビのクイズで言ってたのよ。
主婦A   それってフェイクニュースじゃない?
主婦B   あ、そうやって流行り言葉を言うんだ。何、かっこつけてんのよ?
主婦A   フェイクニュースなんて常識よ、常識。クラスター、エビデンス、パンデミック、オミクロン、ウクライナ、ゼレンスキー、みんな常識。ほんと、教養のない人はこれだから。
主婦B   何よ。失礼ね。じゃあ、ジェノサイドとか知ってるわけ?
主婦A   何よ? それ?
主婦B   モーニングショーで言ってたわよ。
主婦A   玉川さん? 私、あの人苦手だから。
主婦B   え? 私は好きよ。‥‥あんたスッキリを見てるわけ?
主婦A   一応つけてるけど、あんまりちゃんと見てない。洗濯してるから。
主婦B   ふーん。まあ、あの時間は忙しいからね。
主婦A   そうそう。ああいうズケズケ言う人好きなんだったら、バイキングも見てるんでしょ?
主婦B   何言ってんの? バイキングは終わったわよ。
主婦A   えー、そうなの? いつ?
主婦B   けっこう前よ。‥‥まあ、だいたい私、坂上忍は嫌いだったから。だから、サラメシ見てることが多かったわ。
主婦A   え、何それ? そんな番組あるの?
主婦B   知らない? NHKよ。中井貴一がしゃべってるの。わりと面白いわよ。ミキプルーンのCMみたいなノリだから。
主婦A   あんたNHK見るの?
主婦B   そりゃ受信料払ってるから、見ないともったいないじゃん。それに、やっぱりNHK見てない人は教養がね‥‥。
主婦A   何よ、それ? 要するに顔でしょ、顔。坂上忍より中井貴一なんでしょ?
主婦B   中井貴一は声だけよ。顔は出ないの。あなたと一緒にしないで。
主婦A   誰がメンクイなのよ!
主婦B   そんなこと言ってないじゃん。
主婦A   言ってるわよ!

羊男   皆様、毎度お騒がせ致しております。古新聞、古雑誌、ボロなどございましたら、こちから取りに行きます。こちらは毎度おなじみの羊印の古紙回収でございます。古新聞、古雑誌、ボロなどございましたら‥‥。
   あ、来た来た。えらく遅かったじゃん。

   治子がやって来る。

治子   あ、ごめんごめん。ちょっとお腹の調子が悪くって。
羊男   お腹? 大丈夫なの?
治子   もう平気だと思う。正露丸飲んだから。
羊男   正露丸? ふーん。‥‥じゃ行くよ。
治子   うん。

   羊男、リンゴ箱を持って来る。

羊男   はい、ここに立って。
治子   何、これ?
羊男   ビールケース。
治子   え? 何それ?
羊男   ビール瓶を入れるケースだよ。‥‥まあ、最近は、あんまり瓶のビールは飲まないけどね、
治子   何でこの上に立つの?
羊男   え? 知らないの? 選挙の三種の神器だよ。地盤、看板、ビールケースってね。昔は、リンゴ箱の上に立ってたらしいんだけど。
治子   リンゴ箱って?
羊男   リンゴ箱って言うんだから‥‥リンゴ入れる箱だろ? 見たことないけど。‥‥カクさんは、ずっとリンゴ箱だったらしいよ。
治子   カクさん?
羊男   田中角栄。
治子   へー‥‥。まあ、それはいいけど、どうしてビールケースとかリンゴ箱の上に立つわけ?
羊男   よく知らないけど、まあ、庶民派っていうアピールなんじゃない?
治子   そんなので騙されるの?
羊男   はいはい、さあ、ゴチャゴチャ言ってないで始めよう!
治子   うん。
羊男   それから、これを着けて。

   羊男、「本人」と書かれたたすきを渡す。

治子   本人? 何これ?
羊男   候補者本人ってこと。はいはい、素人は黙って言われたとおりにする!
治子   はーい。

   羊男、メガホンを持つ。

羊男   皆様、大変お待たせ致しました! たった今、候補者本人が到着致しました!

   治子、リンゴ箱の上でお辞儀をする。

羊男   それではご紹介致します。立候補者の太田治子です!

   治子、手を振る。
   羊男がメガホンを渡す。

治子   えー、あー、ただ今マイクのテスト中。ただ今マイクのテスト中。本日は晴天なり。本日は晴天なり‥‥。
はい! みなさん、こんにちは! ただ今ご紹介にあずかりました太田治子でございます。太い田んぼの治める子と書きまして太田治子です。覚えて帰って下さいね。ありがとうございます。ありがとうございます。自動車からのご声援、ありがとうございます。電気工事の電柱の上からのご声援、ありがとうございます。気をつけて下さいね。
さて、わたくしがこのたび立候補致しましたのは、最近、世界中で騒がれているエスディージーズについて思うところがあるからなのでございます。皆さん、エスディージーズ、ご存知ですか? エスディージーズというのは、サステナブル・ディベロップメント・ゴールズの略でありまして、日本では「持続可能な開発目標」と訳されています。これは二〇一五年に国連で決められたものなんです。
ちょっと難しくてとっつきにくい感じですが、要するに、これまでの開発のやり方じゃもう無理だ。持続不可能だ。だから、持続できる形の開発に切り替えよう!ということなんですね。
羊男   ちょっと、ちょっと。
治子   え? 何?
羊男   固い、固い。そんなのじゃ誰も聞かないよ。
治子   あ、そっか。ごめんなさい。
羊男   もっとわかりやすく。ほら、あそこのおばちゃんとかにもわかるように。(主婦たちに目配せ)
治子   ああ、あのおばちゃんたち‥‥。

主婦B   わたし、あのエスディーなんとかって知ってるわ。
主婦A   え、何それ?
主婦B   え? 知らないの? エスディー‥‥ジーンズ?
主婦A   何? ジーンズのブランド? 原宿とかで流行ってるの?
主婦B   バッカねー。これだから教養のない人は‥‥。
主婦A   どうせまた玉川さんの受け売りでしょ?
主婦B   違うわよ。NHKのニュースで言ってたのよ。
主婦A   へー、NHKのニュースも見るの? 私、おはよー朝日ですだから。
主婦B   私、あの気持ち悪いウサギがイヤなのよ。
主婦A   失礼ね。おき太君よ。かわいいじゃない?
主婦B   どこが? あ、それから、夕方のエビの化け物も気持ち悪い。
主婦A   エビシーのこと? あんたそれでも女子なの? 母性本能、どこかに捨てて来たんじゃない? だったらさ、NHKだって、あの茶色の四角いのがいるじゃない?
主婦B   茶色の? あ、どーも君?
主婦A   あれ、全然かわいくないわよ。
主婦B   いや、別に私NHKの味方じゃないから。
主婦A   あー、そう言えばそうよね。
主婦B   うん。

治子   確かに「持続可能な開発目標」って、何かこなれてなくてわかりにくいですよねぇ。それで、もっと良い日本語訳はできないかなあって考えたんです。で、思いついたんですが、「地球長生き計画」ってどうでしょう? いや、ほんとは長生きしたいのは人間なんだから、「人類生き残り大作戦」。これ、いいと思いません? いいですよね?
そう言えば、最近、よくわかんないカタカナ語がやたらと多いですよね。コロナになってから特にひどいと思います。クラスターとかエビデンスとか。昔はね、昔と言っても明治時代の大昔なんですけど、文明開化で一杯外国語が入ってきた時に、福沢諭吉とかがうまく翻訳したんですよね。例えば、エコノミーを経済とか、カンパニーを会社とか、ほら、いま私がやってる演説も、スピーチの翻訳なんです。他にも、例えば、野球用語のバッターを打者、ストレートを直球って翻訳したのは、正岡子規なんです。正岡子規って知りません? 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の俳句を作った人です。そういう日本語の知恵みたいなのがもうちょっとあってもいいんじゃないかと思いますね。
そうそう、思い出したんですけど、ちょっと前に「ブラック・ライブズ・マター」ってありましたよね? あれをマスコミでは「黒人の命は大切」って直訳してますけど、何かもう一つピンと来ないんですよね。それで、どこかの記事で、村上春樹が「僕が訳すんだったら『黒人だって生きている』って感じかな?」って言ってて、ああ、それならわかる!って思いました。

   主婦の所に村上がやって来る。

村上   こんにちは。黒人だって生きている。
主婦A  え? は? どなた?
主婦B  どちら様で?
村上   申し遅れました。村上です。
主婦A  え? どちらの村上さん?
村上   ええっと、ほら、昔、ノルウェイの森なんかを旅してました。
主婦B  え? JTBとかの人? それとも、探検家さん?
村上   いや、最近は、騎士団長を殺したりして。
主婦A  えー、殺人犯! えー!
主婦B  ちょ、ちょっと。こういう時はね、落ち着かなくちゃダメよ。今、一一〇番かけるから。(と、スマホを取り出す)
村上   いや、ちょっと、待って下さいよ! 怪しい者じゃありません。
主婦B  十分怪しいわよ! あんた、逃げないように捕まえてて。
主婦A  合点承知の助!(村上を捕まえる)
村上   ちょ、ちょっと!
主婦B  あれ? 一一〇番の電話番号って何番だっけ?
主婦A  そんなの知らないわよ!

   そこへ、主婦Cがやって来る。

主婦C  あら、こんにちはー。まあ、昼間っから男と抱き合ったりして、お盛んねー。
主婦A  抱き合ってんじゃないわよ!
村上   助けて、助けて下さい!
主婦C  あれ? あれあれ?
主婦A・B え?
主婦C  もしかして、間違ってたらごめんなさい。村上さんじゃありませんこと?
村上   はい、そうです。村上です。
主婦C  本物の村上さん?
村上   一応本物です。
主婦C  キャー! 村上さんよ! モノホンの村上さん! 信じらんなーい! 村上さん! キャー!

   主婦C、興奮して走り回る。

主婦A・B ?
主婦B  あなた‥‥この人と知り合いなの?
主婦C  まさか‥‥。んなわけないじゃん!
主婦B  じゃ、じゃあ?
主婦C  え? もしかして知らないの? あなたたち!
主婦A・C ‥‥‥。
主婦C  猫を棄てた村上さんよ?
主婦A・C ‥‥‥。
主婦C  パン屋さんを襲撃して、納屋を焼いた村上さんよ?
村上   えらくマニアックな所を突いて来ますね。
主婦A  やっぱり犯罪者じゃん。
主婦B  この人、テロリストなの?
主婦C  あなたたち、「ノルウェイの森」とか読んだことないの?
主婦A  そのぐらい知ってるわよ! ‥‥読んだことないけど。
主婦B  右に同じ。
村上   だからさっき言ったじゃないですか!
主婦C  まあ、確かに、物書きってのは、あんまり顔知られてないからねえ。
村上   そうなんですよ。それで、時々こういうトラブルが起きるんです。‥‥あの。(主婦Aに)
主婦A  え?
村上   誤解が解けたのなら、離してもらえません?
主婦A  え? あ、はい。(村上を離す)
村上   ふー。一時はどうなるかと思いました。ありがとうございます。
主婦C  いえいえそんな。‥‥あのぅ、助けたお礼にというわけではないんですが‥‥。
村上   はあ、何でしょう?
主婦C  サインとかいただけたりしないでしょうか?
村上   はい、いいですよ。
主婦C  え! ほんとですか?
村上   お安い御用です。
主婦C  キャー、うれしい! 今、家に帰って本取ってきますね!
村上   あ、はい。
主婦C  キャーーーーー!

   主婦C、走って去る。
   羊男が、主婦たちを見ている。

治子   で、ありますから、要するに、私に言わせれば「地球にやさしく」なんてのは、偽善の極致、傲慢の極致なのであります。エスディージーズなんてのも、例えて言えば、アパートで何年も家賃を払ってないタチの悪い住人が、大家さんの所に押しかけて‥‥

   アパートの住人が出て来てドアチャイムを押すしぐさ。
   ピンポーンの音。

治子   はーい、どなた?

   住人、押しまくる。
   ピポピポピポピポーン。

治子   はーい。どなたですかー?
住人   コンコンコン。(ノックするしぐさ)
治子   あ、入ってまーす。
住人   入りますよ。ガチャ。
治子   いや、だから入ってるって! キャー!
住人   こんちわー。
治子   な、何の用ですか?
住人   いや、オレ、家賃全然払ってないっしょ?
治子   え、ええ。‥‥まさか、払ってくれるんですか?
住人   いや、そうじゃない。
治子   そうじゃない?
住人   そうじゃないけど、今までちょっと悪かったかなーって思って。
治子   ああ、それはご丁寧に。
住人   だから、冷蔵庫あさるの、もう辞めようかなって。
治子   え?
住人   金庫から金パクんのもちょっとセーブしようかなって思って。
治子   冷蔵庫と金庫って、もしかして、それ、ウチの?
住人   そうっすよ。知らなかった?
治子   ええー!
住人   それから、ゴミを持ち込むのもね。
治子   あ、ああ‥‥ゴミね。
住人   ほんと、オレ、反省してんだよね。ごめん。
治子   あ、ああ‥‥。
住人   それだけ?
治子   え?
住人   もうドロボウにはなるべく入んない、ゴミは撒き散らさないって言ってんだよ? だからさ。
治子   だから?
住人   ほめてよ。
治子   え?
住人   ほら、こうやって反省してんだよ。ごめん。悪かった。ごめん。
治子   え。
住人   オレってさ、ほめられて伸びるタイプじゃない? だから、ほめて。
治子   えー。
住人   ねぇ、ほめて!
治子   だめだこりゃー!

   ズッコケのジングル。
   治子役、帰って行く。

治子   みたいな感じなわけなんですよ。おわかりでしょうか? ‥‥あれ? 羊さん? どこ行ったの?

   羊男、いつの間にか主婦たちの方へやって来ている。

羊男   こんにちは。
村上   あ。
羊男   ご無沙汰してます。
村上   ‥‥‥。
羊男   村上さん、ですよね?
村上   ‥‥‥。
羊男   まさか、私のこと、お忘れになったわけじゃないでしょう?
村上   ‥‥‥。
羊男   その節は、大変お世話になり‥‥というか、お世話しました。その後、ずいぶん偉くおなりになったとか。ご活躍は風のうわさに聞いております。例のなんとか賞を獲るとか獲らないとか。
村上   ‥‥‥。
羊男   おやおや、ずいぶんじゃありませんか。ご挨拶の一つもナシですか。あなたと私の間柄なのに。ま、雲の上にお住まいになられると、私のようなシモジモとはいちいち付き合ってられないということですかね? 世知辛いもんですなあ。
村上   ‥‥‥。
羊男   それとも、私との関係はなかったことにしたいとでも? まあ、確かに、知りすぎた男‥‥と言えなくもないですからなあ。ハッハッハ。
村上   やれやれ。
羊男   やれやれ? おー、懐かしい! まだそんなことを言ってるんですね! やれやれ‥‥か。やっぱりまごう事なき村上さんだ。
村上   ‥‥‥。
羊男   ♪村上さんからお手紙着いた 村上さんたら読まずに食べた 仕方がないのでお手紙書いた さっきの手紙の御用事なあに?
村上   ‥‥‥。
羊男   まあ、単刀直入に申し上げるとそういうことです。
村上   ‥‥‥。
羊男   まあ、サスペンスじゃありませんが、口封じに消されたりするのは好みませんからね。そういうのはお書きにならないでしょうが‥‥。それでも、お偉くなるといろいろやっかいなご事情もおありでしょう? その辺のことは私もわきまえているつもりですし、無理を申し上げるつもりはございませんのですよ。
村上   ‥‥‥。

治子   人間が地球にやさしく生きるなんて、ほんとにおこがましい限りです。最も地球にやさしくあろうとすれば、それは人類が滅亡するしかないことは火を見るより明らかです。地球の最大のストレッサーは、二酸化炭素でも、メタンガスでも、大気汚染でも、放射能でもない。人類の存在そのものなのです。
そこで、私は思い出しました。それは、若くで亡くなった父から聞かされていた遺言です。それはですね‥‥

   ラウンドボーイ(面接官B)が登場して、「生まれてすみません」と書かれたパネルを掲げる。

治子   これです! 生まれてすみません! これこそが、私たち人類が、すべからく地球上の生きとし生けるものに向けて告げるべき未来へのメッセージなのではないでしょうか?シロクマさんたちに生まれてすみません! ペンギンさんたちに生まれてすみません! シロナガスクジラさん、珊瑚礁さん、生まれてすみません!

村上   ごめんなさい。
羊男   え?
村上   ごめんなさい。私が悪かった。
羊男   ‥‥‥。
村上   ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。(土下座する)
羊男   ‥‥‥。

治子   そして、言いましょう!

   ラウンドボーイがパネルを裏返すと「生きていてもいいですか?」と書いてある。

治子   生きていてもいいですか? もう少し生きていてもいいですか? 生きさせて下さい! とお願いするのです。
生まれてすみません。生きていてもいいですか? 生きさせて下さい!(土下座する。ラウンドボーイも土下座)

   スケバンルックのグレタさんが登場。

グレタ   ダメよ! あんたたちがいい加減だから、こんなになっちまったんじゃないの? あんたら大人たちの責任じゃないの? どうしていつもいつも、あんたたちは無責任なの?反省しなさいよ! てめえら、反省しろ! 反省しろ! 反省しろ! 反省しろ! 責任取れよ、この野郎!

   大歓声!

村上   ごめんなさい。
羊男   「ごめん」で済んだら警察はいらんで。
村上   え?

治子   ヴィーガンだっておんなじだと私は思っています。だってそうでしょう? ヴィーガンってどうしてみんなセレブなんですか? 貧乏なヴィーガンって知ってますか? 飢えたヴィーガンなんて見たことがありますか?
グレタ  今さえよければ良いのかよ? 自分さえ良ければいいのかよ? それで何とか逃げ切れるとか思ってるわけ? そりゃ、今まではそれで何とかごまかせて来たのかもしんないけどさあ、あたいたちもいつまでも馬鹿じゃないわけよ。
治子   全部偽善です! 偽善なんです! 私は良いことしてるんだゾというポーズです。そして、わかったような顔をして上から目線で他人を非難する。自分が五十歩百歩、目糞鼻糞に過ぎないことを棚に上げて他人を断罪する。これは最悪です!
グレタ  知ってた? あたいたちは気づいちゃったんだよね。文明社会ってのが、全ての問題を先送りにして、とりあえず今だけ楽して楽しもうっていう雪だるま式闇金地獄なんだってことをね。そして、あんたたちが借りに借りまくってさんざん遊んだツケをさ、未来のあたいたちが払わなければならないっていうとんでもない不公平、不条理をね。
治子   だったら、むしろ、二酸化炭素をまき散らして、ビニール袋を使い倒して、肉を食いまくって、残飯を捨てまくって、「生まれてすみません!」と腹を切って死にましょう! その方がよっぽど地球にやさしい生き方、いや、死に方だ。これは間違いない!
グレタ  そりゃ、遠い遠いご先祖さんの不始末なんかだったら、もう諦めるしかないかもしんないけど、これは親の借金を背負わされてるみたいなもんなのよね。そして、そのろくでもない親はまだのうのうと生きてるわけ。
これは今流行りの親ガチャ問題でさえないから。だって、どいつもこいつもそろいもそろって毒親なんだからさ。うんこ味のうんこの一択なんだから、選ぶもへったくれもない。ほんと、クソ野郎だぜ!
自分のケツぐらい自分で拭きやがれ! 馬鹿野郎!
治子   ‥‥恥の多い生涯を送って来ました。人間なんてつまるところ、そんなものです。その人生に合格も失格もないんです。強いて言えば、人間として生まれ、人間であり、人間であり続けること自体に問題の根っこがあるんです。それを原罪と呼ぶなら、そう呼んでもいいと思います。でも、そんなのはどうでもいいことです。かっこよく生きようとか、きれいに生きようとか、正義であろうとか、そういう一切合切が胡散臭い。いかがわしい。だって、私たちは人間なのですから!
グレタ  父ちゃん、母ちゃん、あたいはあんたたちに文句を言ってんだよ? わかってる? 子供だからとなめてもらっちゃ困るんだよ! 産んで知らんぷりってのはやめてくれよな。交尾してガキ産んだら、責任ってのがあるだろ? 犬とか猫じゃないんだからさ。学校で習わなかった? え? 習ってない? 教えてないの? もう! だから、てめえらはダメなんだよ!
村上   すみません。ごめんなさい。この通りです。(土下座)
羊男   だから、「ごめん」で済んだら警察はいらんて言うとるがな。
治子   生まれてすみません! これしかないのです。There willbe an answerです。これこそがWhisper words of wisdomです。生まれてすみません! さあ、みなさんご一緒に! いち、にの、さん、はい!
治子・村上  生まれてすみません!
治子   えー、何であなただけなの?
村上   すみません。ごめんなさい。この通りです。(土下座)
治子   ‥‥‥。もう!

   音楽。
   暗転。


   上手に二人(面接官)イスに座っている。(前に長机)
   下手にイスが一つある。
   ノックの音。

面接官A   どうぞ。

   田山が入ってきて、下手のイスの後ろに立つ。

田山    ‥‥あの。
面接官A・B   ?
田山    ‥‥御社の場合、どちらに立てばいいんでしょうか?
面接官A  え?
田山    いや、だから、イスの右側か? 左側か?
面接官A  え? ああ、お好きな方に‥‥どうぞ。
田山    あ、そうですか。はい。
面接官A  出身大学とお名前をお願いします。
田山    平成学園大学から参りました。田山茂彦と申します。よろしくお願いします。
面接官A  平成学園大学、ね。(半笑い)あ、学部は?
田山    あ、はい。グローバルスタンダード学部です。
面接官A  グローバルスタンダード学部、ね。(半笑い)
面接官B  どうぞ、おかけ下さい。
田山    はい。失礼します。

   田山、イスに座る。

面接官B  それでは、自己紹介をお願いします。
田山    あ、はい。自分、いや、私は、平成十三年五月二十四日に生まれました。家族は、父と母と私と妹の四人家族です。父は不動産関係の会社で営業の仕事をしています。母は近所のスーパーでレジ打ちの仕事をしています。
茂彦という私の名前についてですが、私の生まれた病院の窓から若葉が茂っているのがきれいだったので、父は茂という名前をつけようと思ってたらしいのですが、亡くなったおじいちゃん、いや、祖父が、田山家の名前には「彦」をつけるのがいいとか言い出して、結局茂彦になったそうです。
面接官B  あの、もう少し簡潔にお願いできますか?
面接官A  そう、簡潔に、簡潔に‥‥。(笑いをこらえている)
田山    え? ‥‥ああ、どうもすいません。
面接官B  田山さんはグローバルスタンダード学部ということですが、ちょっと珍しい学部ですね。どういう学部なんでしょうか?
面接官A  うん。そこんところは興味津々ですよね。
田山    あ、はい。グローバルスタンダード学部というのは、グローバルというのは「地球の」という意味で、スタンダードというのは「標準」という意味です。
面接官B  いや、それはわかりますから。
面接官A  うん、わかるよ、それは。
田山    あ、そうですか。‥‥ええっと‥‥ですから、グローバルスタンダードな人間を作る学部です。
面接官B  グローバルスタンダードな人間と言いますと?
面接官A  (笑いをこらえている)
田山    ええ? ‥‥えーっと‥‥ですから、地球の標準の人間を作る学部だと思います。
面接官B  いや、それはちょっと‥‥。
面接官A  地球の標準の人間って言われてもねぇ。(半笑い)
田山    ああ、わかりにくいですか? ‥‥そうですねぇ‥‥それじゃあ、地球の標準ですから‥‥つまり‥‥地球人を作るのではないかと‥‥。
面接官B  地球人を作る?
面接官A  アッハハハハ。‥‥だったらどうなの? 君は今まで地球人じゃなかったのかな?
田山    ああ、そうですよね。確かに私は地球人です。‥‥宇宙人だったら恐いですよね。ハハハ、なるほどねぇ。

   気まずい沈黙。

面接官A  ‥‥ほら、グローバルっていうのは「地球の」の他に「国際的な」みたいな意味もあるでしょ? だから、国際人とかさ。
田山    ああ、国際人! そうです! ズバリ、それです! そう言えば、そういう国際人みたいなのを作るって先生が言ってました。今思い出しました。
面接官B  そうですか。なるほど。‥‥で、国際人を作るというと、やっぱり語学の勉強とかが多いんですか?
田山    あ、はい。英語の授業が多いです。なんか、全体の半分ぐらいは英語の授業です。
面接官B  ほう、半分が英語ですか。‥‥で、その授業はどんな形で行われているんですか?
田山    そうですねぇ。ネイティブの会話を聞くのが多いです。
面接官B  ああ、先生と会話するんですね?
田山    いや、先生じゃなくって、CDを聞くんです。ほら、聞き流すだけで英語がわかるようになるってやつがあるじゃないですか? ほら、ゴルフの石川遼も使ってるっていうやつ。
面接官A  ああ、スピード・ラーニングだっけ? ああいうのってどうなの? ほんとに効果とかあるわけ?
田山    そうですねぇ。‥‥初めの五分くらいは何とか聞いているんですが、わけわかんないから、だんだんお経みたいに聞こえてきて、やっぱり寝ちゃいますよね。もう授業の終わり頃は、教室中ほとんど寝ています。‥‥でも、先生は、それでもいいって言ってるんですよ。語学は睡眠学習でも、それなりに効果があるって。
面接官A  睡眠学習! すごいですねぇ。
面接官B  うーん。‥‥えっと‥‥留学とかは、どうなんですか?
田山    あ、留学ですか? はい、行きましたよ。夏休みとか。
面接官B  どこの国ですか?
田山    アメリカです。ホームステイして、本場のディズニーランドとかにも行きました。
面接官A  本場のディズニーランド!
面接官B  その留学で得たこととか、印象に残っていることとかありますか?
田山    ‥‥そうですねぇ。やっぱ本場は全然違うなあって思いましたね。ハンバーガーとかピザが、マジでハンパなくでっかいんですよ。それにコーラ。知ってました? アメリカのコーラのSって、日本のLとおんなじ大きさなんですよ。それに2リットルのペットボトルとかもあるし‥‥。それから、小さい子供もペラペラに英語しゃべるんですよ。
面接官A  いや、アメリカの子供が日本語しゃべってたら恐いから。
田山    ‥‥それから、留学生の友達なんかが、マリファナとかコカインとか買ってきて‥‥。それからSとかも。Sって知ってます? スピードのことをSって言うんですよ。それが本場だから、ほんとに簡単に手に入って、パーティーやってぶっ飛んでたりして、ヤバイヤバイ‥‥。
面接官A  そりゃヤバイよね。マジ、ヤバイ。
田山    でしょ? ヤバイですよね。
面接官A  うん、ヤバイヤバイ。
面接官B  おほん。ちょっとそういう話はいかがなものかと。面接試験ですから。その辺のことはわきまえて下さい。
田山    ‥‥ああ、そういう話はやっぱまずいですか? そうっすよね。そりゃそうだ。アハハハハ。
面接官A  そりゃそうだよ。当たり前だよ。アッハハハハハ。
面接官B  (Aをにらむ)‥‥それでは、英語で少しフリートークしてもらえますか? 内容は何でもいいです。アー・ユー・レディ?
田山    え? 英語でですか? ‥‥あ、はい。OK。OK。ノー・プロブレム。レディ・ゴー!
‥‥えーっと、えーっと、アイ、アイ・ライク・ジャパニーズフード・イズ・スシ、テンプラ、アンド・スキヤキ。‥‥バット‥‥バット・アイ・ライク・マクドナルドハンバーガー・アンド・ケンタッキー
面接官B  はい、そこまで。わかりました。もう結構です。
田山    あ? もういいですか? ‥‥あ、はい。
面接官A  エクセレント! ジーニャス! ジーザズ!
面接官B  (Aをにらむ)では、弊社の志望動機をお話し下さい。‥‥簡潔にお願いします。
田山    あ、はい。‥‥私が弊社を志望したのはですね、求人票に「誰にでもできる簡単なお仕事です」と書いてあったことと「あなたもグローバルな舞台で活躍してみませんか?」と書いてあったので、これはグローバルな人間を目指している自分にはぴったりな仕事だと思ったからです。それと、
面接官A  (笑いをこらえて死にかけ)
面接官B  それと?
田山    「熱意があれば何でもできる!」というキャッチフレーズが刺さりました。(突然立ち上がり)自分は、熱意だけは誰にも負けません。昔から思いっきり熱い男なんです! 燃える男です! その熱い熱い熱意で、御社で、でっかい夢をつかみたいんです!
面接官A  オー・マイ・ガー!(突然立ち上がり)♪あー果てしない夢を追い続け
面接官A・田山 ♪あーいつの日か大空駆け巡る

   二人、うっとりと遠くを見つめる。
   グレタが飛び込んでくる。

グレタ   てめえら、ざけんじゃねー!

   音楽。
   暗転。


   主婦Aと村上がいる。村上は土下座している。

主婦A  ‥‥もう大丈夫なんじゃない?
村上   え?
主婦A  連れて行ってくれたから。さっきの人。
村上   ああ‥‥。

   村上、立ち上がる。

主婦A  借金?
村上   え?
主婦A  お金借りてるの? あの人に?
村上   いや、そういうのじゃないんですけど。
主婦A  十万? いや、十万じゃそこまで謝らないわね? 百万円?
村上   いや、だから‥‥。
主婦A  もしかして一〇〇〇万円! そりゃ大変だわ! 住宅ローンでも返せなくなったの?
村上   いや、だから‥‥。
主婦A  ほーんと、コロナになってからそういう話が多いわよね。ほんと、やんなっちゃうわ。うちの二軒隣の押谷さんもね、ご主人がリストラに遭っちゃって。おととし改築したばっかりだったのよ? まだ、下の子が小学生なのに。ほんとお気の毒だわ。あなたも飲食関係?
村上   え?
主婦A  あそこのご主人、飲食関係らしくって。どこかのファミレスじゃなかったかしら? ああ、押谷さんのご主人ね。
村上   いや、だから‥‥。
主婦A  ああ、小説家さんだったっけ?
村上   はあ、まあ、一応。
主婦A  あー、そうだった。そうだった。ごめんなさいね。
村上   いや、いいんですけど。
主婦A  小説家だったら、儲かってるんじゃないの?
村上   え?
主婦A  コロナで家にいる人が多いから、マンガとか小説とか売れてるって、スッキリで言ってたわよ?
村上   いや、そうでもないですけど。
主婦A  あら、そうなの? まあ、いくらヒマでも小説なんか読まないわよねぇ。私はそういうのは読まないわ。それより、やっぱりゲームじゃないかしら? ねぇ?
村上   ああ、そうですね。
主婦A  うちの子も朝から晩までゲームばっかりやってるのよ。ご飯食べてる時でも、スマホでやってるから、いいかげんにしなさい!って怒ってるの。あの半分、いや三分の一ぐらいでも勉強やってくれたらいいのにねぇ。
村上 ああ、そうなんですか。
主婦A  ほんとそうなのよ。ほんと、やんなっちゃうわ。
村上   なるほど。それは大変ですね。ハハッ。
主婦A  ほんと、大変なのよ。‥‥それはそうと‥‥さっきの人、あの人何なの?
村上   え?
主婦A  さっきの白い服の人。
村上   あ‥‥羊男です。
主婦A  羊男? 何、それ?
村上   羊男は‥‥羊男ですね。
主婦A  羊男って‥‥羊なの? 男なの? もしかして、人間じゃないの? いや、まさか、そういうんじゃないわよね?
村上   さあ、どうなんでしょう?
主婦A  どうなんでしょう‥‥って。あなた、知り合いなんでしょ? どういうお知り合い?
村上   知り合いっていうか‥‥まあ、ボクが作ったんですけど。
主婦A  作った? 何なの、それ?
村上 いや、だから、ボクの小説の登場人物だったんです。かなり昔ですが‥‥。
主婦A  え? 何、それ? 小説の登場人物がどうしてやって来るわけ? わけわかんないわ。
村上   いや、昔は活躍してくれてたんですけど、最近はもう何十年も登場してなくって‥‥それで怒ってるんじゃないかって‥‥。
主婦A  ええ‥‥。小説の登場人物が作者に文句言って来たりするの?
村上 まあ‥‥みたいですね。
主婦A  えー。何、それ? 気持ち悪いわ。
村上   気持ち‥‥悪いですか?
主婦A  気持ち悪いわよ。あなた、何とも思わないの?
村上   まあ‥‥仕方ないというか、身から出たさびというか‥‥。
主婦A  うわあ。やっぱり小説家って変なのね。ちょっとまともじゃないわよ。
村上   まともじゃない?
主婦A  そうよ、まともじゃないわ。そこまで行ったら、あなた、もう変態よ!
村上   変態‥‥ですか? ‥‥やれやれ。

   音楽。暗転。


   再び面接会場。
   ノックの音。

面接官A  どうぞ。

   りんごが入って来る。

面接官A  学校名とお名前をお願いします。
りんご   はい。令和女学院大学アイデンティフィケーション学部から来ました芹沢りんごと申します。
面接官A  え? 令和? もうそんな名前の大学ができてるんですか?
りんご   はい。おととしまでは平成女学院だったのですが。
面接官A  ああ。なるほど。そういうパターンなんだ。‥‥何か、この人突っ込み所満載ですね。
面接官B  ああ‥‥うん。
面接官A  ええっと、どこから行きましょうかねぇ?
面接官B  うーん。‥‥あ、どうぞおかけ下さい。
りんご   あ、はい。

   りんご、イスに座る。

面接官A  えっと、芹沢りんごさん。もしかして、りんごちゃんとか呼ばれてるのかな?
りんご   え? ああ、はい。
面接官A  だったら、ここでもりんごちゃんで行きましょうか? ウソウソ、冗談です。‥‥えっと、もしかしてお母さんが椎名林檎のファンだったりするのかな?
りんご   いえ。母は、クラシックしか聞きませんから。
面接官A  ああ、そうなんだ。
りんご   ただ。
面接官A  ただ?
りんご   母は、吉本ばななが大好きで‥‥。
面接官A  バナナ? 何? それ、人の名前?
りんご   小説家です。
面接官B  有名だよ。吉本隆明の娘だよ。
面接官A  ああ、そうなんすか。オレ、小説とか読まないから。
面接官B  常識だよ。常識。‥‥それに椎名林檎だと年齢が合わないだろ?
面接官A  (Bをにらむ)ふーん。バナナが好きだからリンゴか。お母さんフルーツ好きなんですねぇ。
りんご   はい。いつも果物ばっかり食べてて、放っておくとごはんを全然食べないので、父がいつも注意しています。
面接官A  へー。
面接官B  それじゃ、始めましょうか?
りんご   はい。
面接官B  このアイディンティフィケーション学部というのは、たぶん日本に一つしかないと思うんですけど‥‥。
りんご   はい。そう聞いてます。
面接官B  どういうことを勉強するんですか?
面接官A  うん、何なのこれ?
りんご   はい。これには大きく分けて二つの学問内容がありまして、一つは、いわゆるアイデンティティ、自己同一性の問題について、心理学と社会学的なアプローチをするものです。もう一つは、集団に対する帰属意識、つまり、会社や社会や国家における個人の在り方や民族意識や愛国心の問題について考察を行っています。
面接官B  なるほど。学際的な新しい学問なんですね。
りんご   ええ、そうです。
面接官A  自己同一性って、もしかして性同一性障害みたいなのもやるんですか?
りんご   ええ、トランスジェンダーも研究の対象です。
面接官A  へー。

   面接官C(女性)がやって来る。

面接官A  ああ、部長。
面接官C  お邪魔するわね。(と座る)
面接官B  どうしてここに?
面接官C  いや、最近ね、就職面接でのセクハラ発言なんかが問題になってるでしょ? だから、お前も行って見とけって、社長がね。
面接官A  えー。信用されてないんだ。セクハラなんてやりませんよ。
面接官B  (Aをじっと見て)いやいや、それはなかなか賢明な御判断だと思いますよ。
面接官A  えー。どういう意味だよ。
面接官C  途中からごめんなさいね。そういう事情なので。‥‥企画部長の小島です。
りんご   ああ、はい。よろしくお願いします。
面接官C  えーっと、令和女学院で‥‥アイデンティフィケーション学部で‥‥りんごさん‥‥か。ふーん、なかなかの逸材ね。
面接官A  でしょ?
面接官C  えっと、来て、いきなりだけど、私が質問してもいいかしら?
面接官B  ええ、どうぞ。
面接官C  じゃあ、最初の質問。あなたのスリーサイズを教えて下さい。
りんご   え。
面接官A・B  え。
面接官C  ほらほら、こんなので怯んでちゃダメよ。
りんご   ‥‥‥。
面接官C  世間じゃコンプライアンスがどうとか言ってて、就職試験でも、こうやって女性面接官とか来たりするけど、そんなの建前でしょ? 建前。表向き。
りんご   ‥‥‥。
面接官C  本音の部分では、男性社会のドロドロが、沈潜化して、かえって悪質になってたりするわ。そう思わない?
りんご   ええ‥‥まあ。
面接官A・B  ‥‥‥。
面接官C  その辺をすり抜けて泳ぎ切る知恵とか度胸がなくちゃ、生きていけないわよ。
りんご   ああ‥‥はい。
面接官C  じゃあ、どう答える? スリーサイズ。
りんご   ええっと‥‥。ご質問の意図がわかりかねます。それは、私の仕事の適性や能力に関係があるのでしょうか?
面接官C  ふん。‥‥悪くはないわね。でも、もっと突っ込んでもいいんじゃないかしら? 後で労働基準監督署に問い合わせてもよろしいでしょうか? ぐらい言ってもいいんじゃない?
りんご   ああ、なるほど。
面接官C  じゃ、次の質問。彼氏はいますか?
りんご   はい。
面接官C  あら? サラッと言うのね?
りんご   はい。
面接官C  ‥‥‥。その人はどういう人ですか?
りんご   それが‥‥ちょっと悩んでるんです。
面接官C  悩んでる? と言うと?
りんご   メンヘラなんです。
面接官C  え? メンヘラ?
りんご   はい。‥‥今の彼氏だけじゃなくて、今まで付き合ってきた人は、みんなメンヘラなんです。
面接官C  へえ。
面接官A  ほう。
りんご   どうしてでしょう?
面接官C  どうして? ‥‥うーん、ちょっと答えてあげて。
面接官A  え? オレですか?
面接官C  うん。オレ。
面接官A  えー。‥‥メンヘラって‥‥どういうメンヘラなんですか?
りんご   えっと‥‥例えば‥‥毎日電話しないと泣くんです。
面接官A  え? 泣く?
りんご   はい、泣きます。電話だけじゃなくて、毎日会いたいとか言ったりします。そんなこと言われても困るじゃないですか? 私にだっていろいろ都合があるし。それに、いつもいつもしょっちゅう会ってるっていうのも‥‥。
面接官A  会いたくないですか?
りんご   会いたくないわけじゃないけど‥‥彼しかいない生活みたいなのはどうも‥‥。そう思いません?
面接官A  ああ‥‥なるほどね。束縛されるのがイヤとか、そういう感じ?
りんご   あ、はい。‥‥そうですね。
面接官A  へー、最近はそうなんだ。そういうのは、女性の専売特許だったんですがねぇ。
面接官C  それは偏見だよ。
面接官A  え。
りんご   私もそう思います。
面接官A  えー。
りんご   それから、自殺未遂の自慢話とか。
面接官A  え? 何、それ?
りんご   直接私とは関係ない話なんですけど、そんな話されると、何か脅されてるみたいな感じがするじゃないですか? 死ぬぞ、みたいな。
面接官A  えー。‥‥そういう男はよくわかんないな。わかる?
面接官B  わかります。
面接官A  え?
面接官B  あのね、何か勘違いをされてるみたいですが、男はね、みんなメンヘラですよ。
面接官A・C  え!
りんご   みんな‥‥ですか?
面接官B  はい。
面接官A  いやいや。
面接官B  まあ、まともな知性と理性のある男はそうですね。
面接官A  え。
面接官B  少なくとも、私はそうです。
面接官C  え? あなた、メンヘラだったの?
面接官B  ええ。
面接官A  こんなところでいきなりカミングアウトしなくても‥‥。
面接官C  例えば、どんなメンヘラなの?
面接官B  そうですね。思えば、恥の多い生涯を送って来ました。
面接官A  え? 何、それ?
面接官C  人間失格ね。
面接官B  ええ。
面接官A  え? 何なんすか? それ?
面接官C  あ、そっか。太宰の本名は津島修治だったわよね。
面接官B  ええ。
面接官C  それで、太宰みたいになろうとか思ったの?
面接官B  何か運命的なものを感じちゃって。学生時代は読みまくりました。
りんご   もしかして、津島さんっておっしゃるんですか?
面接官B  ええ。
りんご   ああ、そうなんだ。‥‥何か、それってわかります。私も吉本ばななを読みましたから。
面接官B  でしょ? わかってもらえるとうれしいです。
面接官C  だったら、モテモテで、心中未遂とかしちゃったのかな?
面接官B  いや、モテモテってことはないですけど。
面接官C  ないですけど? その「けど」が気になるわね。
りんご   ええ、気になります。
面接官B  そうですか。‥‥ちょっと長くなりますけど、言っちゃっていいですか?
面接官C  そこまで言われちゃうとねぇ‥‥。芹沢さん、構わない?
りんご   全然構いません。むしろ、聞きたいです。
面接官A  何かよくわかんないけど、言っちゃえ、言っちゃえ。
面接官B  それではお言葉に甘えて。‥‥選ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり。
面接官C・りんご  おお!
面接官B  昔、付き合ってた女の子がいまして、結構長く付き合ってたんですが、別れちゃいました。
面接官A  何で別れたの?
面接官B  うーん。まあ、音楽性の違い、かな?
面接官A  え? 音楽性?
面接官B  ま、それはいいんですけど、女性と別れたり失恋したりすると、ボクは思いっきりメンタルをやられちゃうんですよね? 引きずるっていうか‥‥。
面接官C  まあ、男はだいたいそうよね。
面接官A  え? そうですかあ?
面接官C  女は上書き保存で、男は別名保存って知らない?
面接官A  え? 何でパソコン?
りんご   ああ、それ聞いたことあります。
面接官B  ほんと、マンガみたいにへこんじゃって、ご飯がのどを通らないって、ほんとにあるんだなって思いましたね。
面接官A  へー。
面接官B  そういう時は、これ、飲むんですよ。

   ポケットから薬を取り出す。

面接官A  何それ?
面接官B  デパスです。
面接官A  デパス? 何それ?
面接官C  ベンゾジアゼピン系抗不安薬ね。
面接官A  え?   ベンゾジア‥‥。何か舌噛みそうな名前。
りんご   デパスって、名前は聞いたことがあるんですが、それって効くんですか?
面接官B  効きますよ。ただ、スカッと晴れ晴れとした気分になるんじゃなくて、例えると、ハチに刺された痛みが、蚊に刺されたかゆみに変わるって感じ? キリキリしてたのが、ボヤーンとなる感じですね。それで、ご飯を食べたり、寝たりはできるようになる。
面接官C  デパスとロキソニンは現代人の常備薬よね。富山の置き薬にも入ってるわ。
面接官A  え! マジっすか?
面接官C  ウソに決まってるでしょ? ロキソニンは第一種の医薬品だし、デパスは麻薬及び向精神薬取締法の指定薬よ。ヘタに人にあげると捕まっちゃうわよ。
面接官A  へー。部長、やけに詳しいですね。
面接官B  ‥‥それで、その時もやっぱりデパスを飲んでたんですが、これがなかなか重症で、何日経っても全然治らない。それで、共通の知り合いの女性に毎晩毎晩電話しました。まあ、グチを言ったり泣きごと言ったりするんですが、毎晩三、四時間。携帯でかけてたもんだから、恐ろしい電話代になりました。
面接官C  それ、そのかけられた女の人も災難ね。
面接官B  で、その時の電話が、不思議なくらいに明るい電話なんです。しょっちゅう笑いながらしゃべってる。「女に振られてデパス飲みながら他人に泣き言を聞いてもらってる情けない男」のことを、笑ったり、ディスったり。ほんと、自分のことなのに、笑えちゃうんですよね。それでいて、メンタルにダメージを食らってるという事実はもう一方にしっかりあるわけで‥‥。何か不思議な感じでした。オレって二重人格なんでしょうか?
面接官C  さあ? それはどうなのかな? ‥‥そうだ、芹沢さん、あなた、心理学とか勉強してるんでしょ? わからない?
りんご   うーん。‥‥可能性はあるかもしれないですけど、専門のお医者さんに聞いた方がいいかと。
面接官C  だよねぇ。
面接官B  それで、さすがに毎日電話するのも悪いと思って、やめたんです。それで、違う人に電話しました。誰だと思います?
面接官C  え? ‥‥まさか?
面接官B  そうなんです。本人に電話したんですよ。私を振った本人に。
面接官C  あちゃー。
面接官B  それで、やっぱり明るく話しました。「あなたに振られて死にそうになってる男、馬鹿だと思わない?」って話を、ずっとしてました。笑いながらね。ご本人に。
面接官C  ‥‥それって、一種のストーカーなんじゃない?
面接官B  はい。そうかもしれないって‥‥後になって思いました。
りんご   ストーカーですよ。私、そんな電話がかかってきたら恐いです。
面接官B  ですよねぇ。アハハハハ。
面接官A  アハハじゃないから。‥‥津島さんって、かなりヤバイ人だったんだね。
面接官B  うん。かもしんない。
りんご   私の彼氏は、そこまでヤバくないです。
面接官B  あ、そうなんだ。
りんご   はい。
面接官B  そりゃまいったな。アハハハ。
面接官C  ‥‥さてと。‥‥すっかり面接じゃなくなっちゃったわね。ごめんなさいね。
りんご   はい。‥‥でも、いいです。楽しかったし、いろいろと勉強になりましたから。
面接官A  ああ、そうなんだ。
りんご   なんか、ここの会社に入りたくなりました。ほんとは滑り止めだったんですけど。
面接官A  あ。そんなこと言っちゃっていいの?
面接官C  いいって、いいって。ノープロブレムよ。是非来てちょうだい。
りんご   ありがとうございます。
面接官C  それと、
面接官C以外  ?
面接官C  津島さん。私と付き合わない?
面接官B  え?
面接官C  何かねぇ、母性本能をくすぐられたっていうか、何かハマっちゃったのよね。そういうメンヘラダメンズ、私、嫌いじゃないわ。
面接官C以外  えー!
面接官C  実は、私も昔、太宰マニアだったのよ。‥‥ここを過ぎて悲しみの市。
面接官B  おお。
面接官C  それに、私も持ってるから。

   面接官C、ポケットからデパスを取り出す。

面接官C以外  おー!

面接官B  ‥‥でも、オレと付き合ったら、心中しちゃうかもしれませんよ?
面接官C  そうなったら、そうなった時よ。
面接官B  なるほど。良い心掛けだ。‥‥じゃ、よろしくお願いします。「弱虫は、幸福をさえおそれるものです。幸福に傷つけられる事もあるんです。」
面接官C  こちらこそ。「駄目な男というものは、幸福を受け取るに当たってさえ、下手くそを極めるものである。」
面接官B  それじゃ、行きましょうか?
面接官C  ええ。

   二人、手をつないで去る。
   面接官A、りんご、茫然と見送る。

面接官A  何なの? これ?
りんご   何なんでしょう?

   面接官A、りんご、顔を見合わせる。

面接官A  だったら、オレたちも付き合っちゃう?
りんご   労働基準監督署に相談してからお返事します。
面接官A  言うねぇ、君も。
りんご   ええ、言いますよ。
面接官A・りんご  アハハハハ。
治子の声   お父さん!
面接官A・りんご   え?

   治子が走って来る。

治子    あれ? お父さんは? 今、ここにお父さん、来てませんでした?
面接官A・りんご   え?
面接官A  あなた、誰?
治子    津島の娘です。
面接官A  えー!
治子    お父さん! どこに行ってしまったの? お父さん。お父さん。お父さーん!

   治子、走って去る。

面接官A  今の‥‥何なの?
りんご   さあ?

   川端がやって来る。

面接官A・りんご   ?
川端    つかぬことを伺うが、太宰君を見なかったかね?
面接官A  はあ?
川端   ‥‥太宰君にも困ったものだ。
面接官A・りんご  ?
川端    ちょっともてるからと思って、調子に乗ってもらっては困る。男は顔じゃないんだから‥‥。君らも、そう思わんかね?
面接官A・りんご  え?
川端    ハンサム‥‥、あ、イマドキはイケメンと言うんだっけ?
りんご   はあ‥‥まあ。
川端    お嬢さんも気をつけなさい。男は顔じゃない。心だ。魂だ。‥‥断じて顔じゃないから。
りんご   あ、はあ。
川端    断じてだよ! ‥‥イケメンって何だ? イケてる顔? イケてるメンズ? 何だ、馬鹿野郎!

   独り言を言いながら、川端が去る。
   続いて村上がやって来る。

村上   今、先生来たでしょ?
りんご  え? 先生?
村上   川端先生。
りんご  はあ。
村上   どっち行った?
りんご  あっちです。
村上   ありがと。‥‥やれやれ。

   村上、去る。
   羊男がやって来る。

羊男   今、来ただろ?
面接官A・りんご  え?
羊男   「やれやれ」とか言ってるヤツ。
面接官A やれやれ? ああ。
羊男   もういっか。
面接官A え?
羊男   めんどくさい。
りんご  え?
羊男   今日はこの辺にしといたるわ。
面接官A・りんご  ?
羊男   サンドイッチとかない? ローストビーフのサンドイッチ。
面接官A・りんご  え?
羊男   なかったら、キュウリとハムのサンドイッチ。
りんご  何? この人?
面接官A さあ? 人なのかな?
りんご  え?
羊男   あ、スモークサーモンでもいいけど。
面接官A シャキシャキレタスサンドじゃダメですか?
羊男   え? ファミマ? セブンイレブン?
面接官A セブンイレブンです。
羊男   だったら食べる。
りんご  何でそんなのがあるんですか?
面接官A 昼飯に食おうと思って買ったけど、バタバタしてて食べそこなったんだよね。
りんご  へー。
羊男   あと、バドワイザー。
面接官A ありません。
羊男   何だよ、それ? クソだな。
面接官A コーラがあったかも。
羊男   コーラ? まあ、いいけどさ。
面接官A それに、バドワイザーなんかビールじゃないです。コロナもチンタオも。
羊男   うるさいな。
面接官A あんなシャバシャバなのはサイダーだ。
羊男   黙れ!
面接官A おこちゃまビール。
羊男   殺すぞ。‥‥いいから、さっさと持って来い!
面接官A ふん。

   面接官A、去る。

りんご  ‥‥‥。あのぅ。
羊男   ‥‥‥。
りんご  さっきから一杯来るんですけど。
羊男   ‥‥‥。
りんご  何かあるんですか? イベントとか?
羊男   知るか。
りんご  そうですか。‥‥あの。
羊男   ‥‥‥。
りんご  あなた、何でそんなに偉そうなんですか?
羊男   ‥‥うるさい。
りんご  だから。
羊男   黙れ。
りんご  ‥‥‥。

   変な笛の音が聞こえる。「海」(海は広いな大きいな)?
   大江が笛を吹きながらやって来る。

りんご  あ、また来た。
大江   はい! お待たせお待たせ! ブレーメンの音楽隊だよ!じゃなかった。もとい! ハーメルンの笛吹き男だ!
羊男・りんご   ?
大江   だいたい、ブレーメンの音楽隊とハーメルンの笛吹き男の違いってわかってる? ごっちゃになってる人、多いんじゃない?
羊男・りんご   ‥‥‥。
大江   (羊男に)わかってる?
羊男   知るか。
大江   ほらほらほらー。
羊男   殺すぞ。
大江   うわー、恐い。恐いですねー。‥‥ハーメルンの笛吹き男ってのは、どうも実話に基づいてるみたいで、ハーメルンという町にネズミが大繁殖して、それを笛を吹いておびき寄せて川に沈めてジェノサイドしちゃったというお話なんだけど、「レミングの集団自殺」って話を聞いたことない?
羊男・りんご   ‥‥‥。
大江   (りんごに)ない?
りんご  え? 何が?
大江   ネズミが大移動して、海に飛び込んで死んじゃうって話。
りんご  ああ、その話、知ってる。
大江   知ってるよね?
りんご  うん。
大江   ブブー! 残念でした。その話はウソなんだ。レミングというネズミが大発生して大移動して、海にはまって大量に死ぬ、というのは本当なんだけど、これは自殺ではないらしい。どんくさいヤツが溺れて死んじゃうだけらしい。
でも、そんなことはどうでもいい。これに似た話は世の中にはたくさんあるのだ。生き物が増えすぎると、適当に大量虐殺して、数を調整するみたいなのだ。
まあ、言わば「神の見えざる手」というヤツだね? 「神の見えざる手」って知ってる?
りんご  え? 私?
大江   知ってる?
りんご  知らない。
大江   そう。‥‥ほら、人間の場合、例えば、戦争がこの「神の見えざる手」だって言われてるよね? それから、伝染病、パンデミック。人間が増えすぎると、戦争やペストやスペイン風邪なんかで適当に人口調整をやってるんじゃないかって。今回のコロナでもビル・ゲイツとかロックフェラー財団の人口削減計画だ! とか言ってる人がいるよね? それが、実はその総元締めが神様の陰謀だったというわけさ。
で、陰謀論はややこしいからちょっと置いておいて、この「神の見えざる手」というのはあながち荒唐無稽な話でもないんじゃないかってこの頃思ってる。考えてみたら、ほら、「ノアの箱舟」って話があるじゃん? あれなんか、完全に洪水による人口調節の話だし、バベルの塔で人間が争いを始めたってのも、その辺に通じるような気がするんだよね。

   面接官Aが、サンドイッチとコーラを持って戻って来る。

面接官A お待たせ。(と羊男に渡す)
羊男   サンキュ。(と、食べ始める)
大江   あ、いいなあ。‥‥ボクのは?
面接官A ない。‥‥ていうか、誰?
りんご  知らない。‥‥ブレーメン?
大江   だから、違うって。ハーメルンの笛吹き男だよ!
面接官A ‥‥‥。危ない人?
りんご  でもなさそう。何か一人でしゃべってる。
面接官A ふーん。‥‥なら、いっか。
りんご  うん。
大江   どうしてその人にだけサンドイッチがあるわけ?
面接官A あなたには関係ないでしょ?
りんご  そうそう、関係ない。
羊男   そうだ。関係ないぞ。
りんご  あんたもね。相当関係ないけどね。
羊男   うるさい。黙れ。(と食べ続ける)
大江   まあ、関係ないと言われちゃそうなんだけど。でも、これはみんなに、いや、全ての人類に関係ある大事な話なんだ。‥‥続けていい? ‥‥聞く?
りんご  聞かないけど。‥‥勝手に続けて。
大江   ああ‥‥ああ、そう。‥‥じゃあ、続ける。‥‥えっと、どこまで話したっけ?
りんご  だから、聞いてないから。
羊男   ノアの箱舟とバベルの塔。
大江・りんご   おお!
大江   聞いてたんだ!
羊男   ‥‥‥。(食べ続ける)
大江   そうだ、そうだ、ノアの箱舟とバベルの塔だった。
えーっと、それで、ちょっと話が変わるんだけど、この何十年、ボクは現代というのは核時代だと言って来たんだ。それぐらいは知ってるよね?
りんご  知らない。‥‥だから、あなた誰なの?
大江   あいまいな日本の私。
りんご  はあ? ふざけてんの?
大江   えー、これも知らないの? ストックホルムでしゃべったやつ。
りんご  わざわざそんな遠くまで行って、そんなどうでもいい話してるの?
大江   美しい日本の私よりマシだと思うけどな。あのじいさん、どんだけナルシストなの? イオナ。私は美しい。
りんご  何、それ?
大江   えー! イオナも知らないの? ほんと何にも知らないんだな。有名な化粧品のCMだよ?
りんご  そんな化粧品知らないわ。
大江   えー、そうなの? ‥‥で‥‥話、続けてもいい?
りんご  だから、勝手にやれば?
大江   サンキュ。‥‥ええっと‥‥(羊男に)どこまで話したっけ?
羊男   ‥‥‥。
大江   おいおい、答えてくれよ。
羊男   世の中、そんなに甘くない。(手を出す)
大江   え?
羊男   金。
大江   えー、金取るの?
羊男   当たり前だ。世の中、金だ。
大江   ‥‥‥。だったら、いいよ。自分で思い出すから。
羊男   ‥‥‥。
大江   えーと、えーと、えーと。(りんごを見る)
りんご   だから、聞いてないから。
大江   うーん。‥‥‥。

   大江、ポケットから財布を取り出し、千円札を羊男に渡す。

羊男   (札をポケットにねじこんで)‥‥核時代。
大江   ああ、そうだ、そうだった、核時代だ。ちくしょう!
‥‥それでさ、この核兵器というのが、ひょっとしたら、その「神の見えざる手」みたいなもんじゃないかって思ってたんだよね。でも、最近気付いたんだ。それはちょっと違うって。いや、核兵器が「見えざる手」であることは間違いないんだけどさ、「見えざる手」はそれだけじゃないってことにね。
「神の見えざる手」は、もっと違う所にある。もっと身近な所にね。
(りんごに)どこだと思う?
りんご  え?
大江   だから、「神の見えざる手」はどこにある?
りんご  え? 手? ‥‥手は、手でしょう?

   りんご、手を広げる。
   大江、りんごに近づき、額に触る。

りんご  うわー! キャー! セクハラ親父だ!
大江   いや、違うって。人聞きが悪い。
りんご  何が違うの! チカンはみんなそう言うんだから! キャー。チカンよー! 変質者ですよー!
大江   うるさい! 黙れ! だから、ここなんだよ。ここ!(と、強く額を指さす)
りんご  え? ‥‥ここ? ‥‥ここって何よ?
大江   ここに「神の見えざる手」がある。
りんご  え?
大江   それは、知能だ。人間の知性だ。
りんご  え?
大江   数百万年の昔、人類は直立歩行を始め、それことによって脳を肥大化させ、高度な知能を獲得したと言われているよね。ひょっとしたら、聖書のアダムとイブの禁断の実の話は、そのメタファーであるのかもしれないし、もし、そうだとしたら、この知能の獲得こそが、人間の原罪だと言えるかもしれない。
でも、それは違うんじゃないかって気づいたんだ。
りんご  ‥‥‥。
大江   知性は原罪じゃなくて、自爆装置なんじゃないかってね。
りんご  ‥‥‥。
大江   ‥‥‥。あの、聞いてる?
りんご  え? だから、聞いてないって。
大江   ええー。お願いだから、ここだけは聞いてよ。一番かっこいい所なんだからさあ。
りんご  ええ‥‥。めんどくさいおっさんだな。‥‥ええっと、何?
大江   だから、知性は原罪じゃなくて、自爆装置なんだ。
りんご  はあ? ‥‥どういう意味?
大江   あるいはリミッター。人類がウジャウジャと増えすぎないようにね。
りんご  だから、どういう意味? 話が全然見えない。
大江   人類は、知性を使って、文明を築いて来た。産業革命もそうだし、核兵器だってそうだ。それが、回り回って、世界戦争や、環境破壊や、食糧危機や、地球温暖化に繋がってる。どれもこれも、人間に知性がなければ起こりえなかったことだよね?
りんご  ああ‥‥まあ、それはそうね。
大江   で、今、人間たちは必死であがいて、この文明のひずみを何とかしようとしている。何とか生き延びようとしている。それも、また、知性を総動員してね。
りんご  まあ‥‥そうかな?
大江   それで、結論なんだけど、それはたぶん無理。人類は遠からず自滅するよ。それが、あらかじめ人類にプログラムされた時限爆弾であり自爆装置なんだ。
その巧妙なプログラムを作ったヤツがいるとしたら、それを神と呼んでもいいんじゃないかってね。
りんご  おー、突然、神様が登場するんだ。
大江   どう?
りんご  どうって?
大江   だから、この話。かっこいいって思わない?
りんご  あなた、何かの宗教の人なの?
大江   いや、違うけどさ。
羊男   ナンセンス!
大江   え?
羊男   それはナンセンスだな。全くもってナンセンスだ‥‥けど‥‥まあ、人間が滅んでくれたら、それはそれで結構な話だ。
大江・りんご  え?
羊男   だったら、次は羊の時代だな。
大江・りんご  え?
羊男   羊が地球を支配するのだ。
大江・りんご  えー!
大江   何だよ、それ?
りんご  何だかバカばっかりね。それともキチガイ?
羊男   黙れ。うるさい。

   そこへ、面接官B、Cが戻ってくる。

面接官B  小島さん。
面接官C  津島さん。
面接官B  小島さん
面接官C  津島さん。
B・C以外 ‥‥‥。
面接官B  小島さん。‥‥うーん。小島さんって言うのも何だな? 小島さんって、下の名前は?
面接官C  美貴よ。ミキって呼んで。
面接官B  ミキちゃんか。かわいい名前だね。
面接官C  シュウちゃんって呼んでもいい?
面接官B  もちろんさ。‥‥ミキちゃん。
面接官C  シュウちゃん。
面接官B  ミキちゃん。
羊男    お前らアホか? しまいに怒るで!
りんご   あなたたち、何やってるんですか?
面接官B  死に場所を探しているんです。
りんご   え?
面接官A  死に場所って、津島さん?
面接官B  それが僕らの運命だから。
面接官C  私たちメンヘラだから。
面接官B  僕たち、天の網島で一緒になるしかないんです。‥‥ね?
面接官C  ね?
大江    心中天の網島か‥‥。それは良い考えだ。
りんご・羊男・A   え?
大江    程なく人類は滅びる。その滅びの悲哀を見る前に、自ら滅びるというのは賢明な選択かもしれない。
面接官A  あんた、何言ってんだ?
りんご   ほっといたら? 頭がおかしいんだから。
羊男    だったらさ、羊になれば?
羊男以外  え?
羊男    まあ、死んじゃうのもアリかもしんないけど、羊になった方がいいかもよ? これから羊の世界になるんだから。
羊男・大江以外   えー。
大江    うーん。それもいいかもしれないな。人間がさかしらであることをやめ、知性を捨てて、アホウになるのも一つの手かもしれない。今更間に合うかどうかは微妙だけどな。
羊男    それは聞き捨てならんな。羊がアホだと言ってるわけ?
大江    いやいや、それは言葉の綾だよ。馬鹿はある意味、天才に勝る。
「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」と坂口さんが言ってただろ? 生きよ、墜ちよ、墜ちよ、生きよ、だ。それこそが、人間が知性という原罪を乗り越えて、神の御心に沿う唯一の方法なのかもしれない。
りんご   やっぱり、この人、宗教の人だわ。
羊男    何だよ? 羊になるのは、アホでバカで堕落だってか? ふざけんな、この野郎!
大江    だから、それはレトリックであってだな‥‥。
羊男    レトリックもトリックもあるか! 殺すぞ!
大江    やれやれ、困ったお人だ。
羊男    やれやれ? お前、村上か? 人のセリフまでパクるとは最低なやつだな。‥‥謝れ。世界中の羊に謝れ。世界中の村上に謝れ。
大江    嫌だ。その必要はない。
羊男    謝れ。
大江    嫌だ。
羊男    謝れって言ってんだよ! このウンコ野郎!

   村上が走り込んで来る。

村上   ごめんなさい! すみません! この通りです!(土下座)
羊男   あ。
村上   ‥‥‥。
羊男   村上さんじゃありませんか? ずっと探していたんですよ。
村上   ‥‥‥。
治子の声   生まれてすみません!
全員   え?

   治子がやって来る。

治子   生まれてすみません! 生まれてすみません! 生まれてすみません!
親がなくとも、子が育つ。ウソです。 親があっても、子が育つんだ。親なんて、バカな奴が、人間づらして、親づらして、腹がふくれて、にわかに慌てて、親らしくなりやがったできそこないが、動物とも人間ともつかない変テコリンな憐れみをかけて、陰にこもって子供を育てやがる。親がなきゃ、子供は、もっと、立派に育つよ。
面接官B   ‥‥‥。
治子   お父さん! お父さんなんでしょ?
‥‥会ったことはないけれど、それでも私にはわかります。その含羞のよそおいが、鼻持ちならない気取ったしぐさが。
‥‥お父さん! 治子はこんなに大きく育ちましたよ。
面接官B   ‥‥‥。
面接官A   津島さん。
面接官C   シュウちゃん。
治子     ‥‥お父さん。
面接官B   ‥‥‥。
面接官A   津島さん。‥‥何か言っておやりよ。
面接官B   子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
面接官A   津島さん!
治子     やっぱりあなたはお父さんなのね。そんな憎まれ口でしか子供への愛情を語れないその不器用さ。見え見えの意地っ張り。あなたは間違いなく私のお父さんです。
面接官B   いや、人違いだよ。君は誰なの? 僕はまだ結婚もしていないし、子供もいないよ? 第一、君のお父さんは、もう亡くなっているんだろう?
治子     そんなことはどうでもいいんです。私があなたをお父さんと決めたんだから、それでいいでしょ? だったら、あなたは私のお父さんなんです。
治子です。はじめまして。こんにちは。私はあなたの娘です!
面接官B   え?
面接官C   シュウちゃん‥‥。
りんご    また、頭のおかしいのがやって来たよ。どいつもこいつも‥‥いったいどうなってるの? 何なのよ、これ!

   「ラ・マルセイエーズ」が高らかに鳴り響く。
   三色旗を掲げたグレタが入ってくる。
   パンクファッションの川端も入って来る。

グレタ・川端 ♪ 行け!子供たちよ 立ち上がる時だ
愚かな大人を 血祭りに上げて
武器を取れ! 戦え!
勝利は我が手に

村上   川端先生! どうしたんです? そのお姿は?
川端   いやあ、村上君、この子はジャンヌ・ダルクだよ!
村上   え? ジャンヌ・ダルク?
川端   そして、革命の自由の女神でもある。
大江   先生。先生ともあろうお方が‥‥。時代考証が無茶苦茶ですよ。
川端   そんな細かいことはどうでもよい!
グレタ  そうだ。どうでもいい!
大江   細かいことって‥‥。
川端   村上君。君はどうしてそんなに這いつくばってばかりいるのかね?
村上   あ、申し訳ありません!(土下座)
川端   だから、それだよ、それ!
グレタ  それだ!
村上   え‥‥。
川端   君は、ひょっとして、そうやって嵐が通り過ぎるのを待っているんじゃないか?
村上   え。
川端   そうやって頭を下げていれば、全てが許されるとでも思っているのではないかね?
グレタ  そうだ! 「ごめん」で済んだら警察はいらんで。
村上   え。
羊男   こら! 人のセリフをパクるな!
グレタ  何言ってんだよ? このセリフがお前のセリフだと? いったい何年、何月、何日、何時、何分、何秒に著作権を申請したんだよ? 商標登録したんだよ?
羊男   うるさい。黙れ。殺すぞ。
グレタ  フフフ‥‥馬鹿の一つ覚え、じゃなかった、三つ覚えか。
羊男 何!
グレタ  まあ、それはどうでもいいんだけど、いくら口先でもっともらしいことを言っても、あたいたちはもうだまされないからね。反省してるフリをしたって許さない。そんなのじゃ何も解決しない。
態度で示せよ! 実際の行動で示せよ! 机上の空論なんか犬にでも食わせろ!
さあ、あんたら、どうするわけ? どう落とし前つけんだよ?
川端   いいね、いいね。かっこいいね。元気があって大変よろしい。さあ、その火を飛び越して来たまえ。君たちに今、その勇気があるかどうかが問われているのだ。「その火を飛び越して来い!」キャー! 百恵ちゃーん!
大江   あの、それ、三島さんですけど‥‥。
りんご  このじいさん、単に女好きなだけなんじゃないの?
村上   ダメだ! それを言ってはいけない。
りんご  え? どうして?
村上   小説家というのは、実は単なる女好きかドスケベでしかなかったりするからだ。
大江   村上君! 何てことを言うんだ! それは危険思想だ! ボクは、ボクは‥‥その意見に、激しく同意せざるを得ない。
大江以外 おおー!
面接官A そうだったのかー!(絶叫)間。
治子   ふん、くだらない。‥‥お父さん。
面接官B ‥‥‥。
治子   お父さんってば!
面接官B え? オレのこと?
治子   あんなこと言わせてていいんですか? 小説家がセックス依存症だとか。
村上   いや、そんなことは言ってないから。
治子   お父さんは、芸術のために命を懸けて来たんでしょ? 作家の矜持というものがあるでしょ? あんなの許していいの?
面接官B いや‥‥女好きでドスケベというのは、当たってなくもないんじゃないかな? オレは小説家じゃないけど‥‥。でも。
治子   でも?
面接官B もう一つ付け加えるなら、
治子   付け加えるなら?
面接官B 小説家は、一つの変態でもある。
治子   何よ、それ!
面接官A そうだったのかー!(絶叫)
面接官C いいのよ。あなたが女好きでドスケベでも、それがあなたなら。
面接官B ミキちゃん!
面接官C 変態? 素晴らしいじゃないの!
面接官B ミキちゃん!
面接官C シュウちゃん!

   面接官B・C、抱き合う。

川端   仲良きことは美しきかな。人間万歳!
大江   いや、だから、それは実篤さん。
面接官B 富士には月見草がよく似合う。ミキちゃん、君はボクの月見草だよ。‥‥今夜は月がきれいですね。
面接官C まあ素敵! シュウちゃん!
面接官B ミキちゃん!

   また、抱き合う。

羊男   お前らええ加減にせーよ! このクソバカップルが!
治子   もう! あんたらがゴチャゴチャ言ってるから、何が何だかわかんなくなっちゃったじゃないの!
治子以外 すんませーん。
治子   とにかくね。そんなのは偽善なのよ。大人が悪い? 責任取れ? 甘ったれてんじゃないわよ! あんたは尾崎豊なの? あんた、尾崎が生きてたら、今何歳だと思う? もう五十代半ばのおっさんよ。五十代で「大人が悪い」とか言ってたらいい笑い者よ。誰にも相手にされないわよ。運良く若死にして生き恥さらさなくてすんだけど、ああいうやつはね、今頃、絶対若者の悪口言ってんのよ。「イマドキの若いもんは」とか一番に言い出すのはああいう手合いなんだから。若い時は若さが正義。三十代になったら三十代が正義。五十代になったら五十代が正義。何のことはない。いつだって自分が正義で、自分を中心に世界が回ってるんだから。ジェームスディーンだって、ケネディだって、長生きしてたらどんな老害になったかしれやしない。それで「オレも若い頃はずいぶんヤンチャしたけどな」とか武勇伝を語って、自分の愚かさや誤りは都合よく水に流す。‥‥最低だわ。
面接官B 治子‥‥さん。
治子    何? お父さん。
面接官B あんまり興奮しちゃダメだよ。何が言いいたいのかよくわかんない。
治子   え‥‥。だから‥‥とにかく、目クソが鼻クソに文句言うようなことはやめなさい。
グレタ  誰が目クソだって? お前、ケンカ売ってるのかよ?
治子   売らないわよ。あんたみたいなのを相手にしちゃ、私の沽券に関わるからね。
グレタ  逃げるのかよ? お前みたいな物わかりのいい大人の親衛隊がいるから、世の中はいつまで経っても腐ったままなんだよ!
治子 だから、いつまで正義の味方気取りなの? 完全無欠のヒーロー気分は、さぞやお気楽で気持ちのいいもんでしょうね? 自分は安全地帯に身を置いて、決して傷つくことはないんだからね。
グレタ  やんのか? この野郎!
治子   狂犬に噛みつかれるのも面白くないから、自衛のためにやむなく戦いますか?
面接官B 治子!‥‥さん。

   村上が、いつの間にかお立ち台に上っていて、メガホンで演説する。

村上  我々の闘いは勝利だった。全国の学生、市民、労働者の皆さん、我々の闘いは決して終わったのではなく、我々に代わって闘う同志の諸君が、再び解放講堂から時計台放送を行う日まで、この放送を中止します。
川端  おお、さすが腐れ全共闘。懐かしいのう。
グレタ だから、あたしたちが闘ってるっつーの!

     大江が旗を持って、村上の所に行く。

大江   村上君、これ。(と旗を手渡す)
村上   あ、どうも。(旗を見て)え? 大江さん、何なんすか、これ?

   旗には羊の絵が大きく描いてある。

大江   まあ、何でもいいじゃん。景気づけに振ってよ。
村上   はあ‥‥。

   村上、羊の旗を振る。

羊男   あ、羊印だ! ‥‥どうして、それを?
大江   これからは羊の時代なんだろ?
羊男   ああ‥‥。
大江   それから、何かいろいろあるみたいだけど、これで村上を許してやってよ。
羊男   あんた‥‥。結構、やるな。
大江   そりゃ、ブレーメン、もとい、ハーメルンの笛吹き男だからね。
羊男   ‥‥‥。(感慨深く旗を見ている)
川端   グレタ君。
グレタ  え?
川端   こりゃ、こっちも負けてられんぞ。
グレタ  ああ、うん。そうだな。

   グレタ、三色旗を振る。
   音楽。「ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)」

面接官C ちょっと壮観ね。
面接官B ああ、そうだね。ちょっとかっこいいね。
りんご  これって、ひょっとして?
面接官A ひょっとして‥‥何?
りんご  何かの運動会?
面接官A え? 運動会?
りんご  三色旗チーム対羊チーム?
面接官A あ、そっか。
りんご  それとも、紅白歌合戦かな?
面接官A まあ、そうとも言えるな。
りんご  だったらさ。
面接官A え?
りんご  私たちも、どっちかのチームに入らなくちゃなんないのかな?
面接官A ああ‥‥そうかな? どうなんだろ?
りんご  どっちにしようかなあ?
面接官A でもさ。
りんご  え? 何?
面接官A どっちがどうで、どっちがどうなの?
りんご  え? 何それ?
面接官A 違いがよくわかんない。
りんご  ああ‥‥。うーん。そうねぇ‥‥「お前ら反省しろ」チームと「ごめんなさい」チーム、かな?
面接官A え? それだったら、戦う必要ないじゃん。
りんご  あ、そうか。‥‥だったら、こっちは「お前らも謝れ」チーム?
面接官A みんなで謝ってどうすんの? 誰に謝るの?
りんご  あー、そうよねぇ。‥‥うーん、あ、そうそう、地球に謝るのよ。‥‥それとも、羊かな?
面接官A 「羊に謝れ」って、羊の旗を振ってるわけ?
りんご  ‥‥‥。うーん。よくわかんないな。
面接官A うん、わかんないねぇ。
りんご・面接官A  ‥‥‥。
りんご  あ、わかった!
面接官A え、何、何?
りんご  だから、こっちが「生きましょう」チーム。あるいは「生きたい」チーム。
面接官A 「生きましょう」チーム? うん。それで?
りんご  で、こっちが「死にましょう」チーム。あるいは「滅びましょう」チーム?
面接官A えー、死にましょう? 何、それ?
りんご  いや、違う? やっぱり、羊さんチームかな?
面接官A え? 全然違うじゃん。
りんご  いや、だから、人類は滅びて、羊さんに世界を譲り渡しましょう、という意味で、羊さんチームよ。
面接官A それは、何か無理矢理だな。
りんご  だよねー。
面接官A ま、どっちにしても、よくわかんないわ。
りんご  だよねー。

   音楽(「カシミール」レッド・ツェッペリン)。

三色旗チーム  昔々あるところに、
羊チーム    昔々あるところに、
三色旗チーム  地球という星がありました。
羊チーム    人間という生き物が住んでいました。
三色旗チーム  地球は二三時間五六分四秒で一回転し、
羊チーム    三六五日五時間四八分四六秒で太陽の周りを一周します。
三色旗チーム  人間は五三年ぐらい生きていたり、
羊チーム    九五年ぐらい生きていたり、
三色旗チーム  そうかと思うと一年も生きていなかったり、
羊チーム    二二年で戦死したり、
三色旗チーム  十七年で車に轢かれたり、
羊チーム    六十四年で自殺したり、
三色旗チーム  生まれる前に殺されたり、
羊チーム    いろいろです。
三色旗チーム  適当です。
羊男   そんな適当でいいかげんな人間が、
大江   そんな律儀に回り続ける地球の上に、
グレタ  住みついたというのも、
女    これも何かの巡り合わせ、
治子   運命のいたずらというものなのでしょうか?
村上   親の因果が子に報い、かわいそうなのはこの子でござい。
三色旗チーム  さあさ、寄ってらっしゃい、
羊チーム   見てらっしゃい。
全員     お代は見てのお帰りだ!
面接官B   いよー!

   拍子木。カン、カン、カン‥‥‥チョーン!

面接官A   人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。
男   この世のなごり、夜もなごり、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜。
全員   僕らはみんな生きている。生きているから歌うんだ。

   拍子木。チョーン!

三色旗チーム  生きよう! 生きましょう! 生き続けよう!
羊チーム    滅びよう! 滅びましょう! 死に絶えよう!
三色旗チーム  我々はこの世に生の奇跡を受けた者として、その責任を全うしなければならない。私は私として生まれ、私として生き、その生を貫徹しなければならない。
羊チーム 我々は愚かな人間の末端に位置する者として、その責任の所在を自覚しなければならない。それは自らの滅びによってのみ実現され得るということを。
三色旗チーム  生きよ!
羊チーム    墜ちよ!
三色旗チーム  生きよ!
羊チーム    墜ちよ!
三色旗チーム  生きよう!
羊チーム    滅びよう!
三色旗チーム  生きよう!
羊チーム    滅びよう!
全員      選ばれてあることの
三色旗チーム  恍惚と
羊チーム    不安と
全員      二つながら我にあり!

   主婦Aが出てくる。

主婦A 何よ、何よ、何やってんの? もう! あんたたちうるさいわよ! 落ち着いて本も読めないじゃないの!
全員  ‥‥‥。
主婦A え? 何、これ? こんなにたくさん集まって‥‥。何かのお祭りなの? ‥‥そんなの聞いてないわよ。町内会の回覧板にも書いてなかったし。
全員  ‥‥‥。
主婦A あら。
全員 ‥‥‥。
主婦A あら、あら、あら、あら。誰かと思ったら、芹沢さんじゃないの?
りんご ‥‥こんにちは。
主婦A 何よ? そんなに若ぶっちゃって。もう! 誰かとおもったわよ。‥‥あなた、案外そういうのも似合うのね。へぇ。あれ? そこにいるのは、ひょっとして、小島さん?
面接官C あ‥‥どうも。
主婦A  何よ? 何よ? ‥‥ひょっとして、これって、仮装パーティー? コスプレパーティーなの? ええー、あんたたち冷たいわね。言ってくれたら私も参加したのに。冷たい、冷たい、ほーんと冷たいわ。‥‥あ、そうそう、小島さん、本取って来るって、家に帰ったまま、戻って来なかったじゃない? その‥‥あの‥‥ほら、あ、そうだ、村上さんのサインもらうとか言って‥‥あ! その村上さんもいるんだ。
村上   あ、ども。
主婦A  どうも。‥‥こんにちは。
村上   こんにちは。
主婦A  ‥‥あれ? 小島さん、そのお隣の男の人は?
面接官C え? ‥‥ああ、知り合いの人。
主婦A  ‥‥どういうお知り合い?
面接官C いや‥‥だから‥‥職場の知り合いよ。
主婦A  ふーん。‥‥匂うわね。
面接官C え。
主婦A  あのね、古畑任三郎や名探偵コナンは騙せても、主婦の嗅覚と直感はごまかせないわよ。
面接官C え‥‥。
主婦A  匂うわ。プンプン匂うわ。甘く切ない禁断の香り‥‥。
川端   美徳のよろめきじゃな。
大江   いや、だから、それも三島さんですから。

     主婦A、スマホを取り出して、面接官B、Cを写しだす。

面接官C やめて! やめて下さい!
主婦A  ごめんね。コロナでうちも大変なのよ。フライデーか文春に買ってもらわなくっちゃ。
面接官C そういうのは、事務所を通して下さい!
りんご  大東さん。大東さん!
主婦A  え? 何?
りんご  さっき、うるさくて本も読めないって‥‥言ってなかった?
主婦A  そりゃ、あれだけ騒がれると読めないわよ。
りんご  いや‥‥そうじゃなくて。あなた、本なんか読むの?
主婦A  失礼ね。‥‥私だって、本ぐらい読むわよ。
りんご  へー‥‥。ひょっとして‥‥女性セブンじゃなくて?
主婦A  女性セブンじゃなくて。
りんご  四柱推命占いじゃなくて?
主婦A  四柱推命占いじゃなくて。
りんご  子育てママがおうちにいながら年収一〇〇〇万円稼ぐ投資術じゃなくて?
主婦A  子育てママがおうちにいながら年収一〇〇〇万円稼ぐ投資術じゃなくて。
りんご  何なのよ? それ?
主婦A  これよ!(と、本を取り出す)
りんご  え。
主婦A  (前を向き)聖書。バイブルよ。
りんご・面接官C えー!

   音楽。(ベートーヴェン交響曲第七 第二楽章)
   主婦Aにサス明かり。聖書を広げる。

主婦A  主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。
そこで神はノアに言われた。「私は、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、私は彼らを地と共に滅ぼそう。私は地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。」

治子   私のお父さんは、私のお母さんとはいわゆる不倫の関係で、でも、私が生まれた次の年に、別の不倫の人と心中しちゃって、何かとってもややこしいんですが、それでも、やっぱりお父さんはお父さんなんですよね。不思議ですね。
村上   私は本当はビートルズは好きじゃないんです。でも、村上龍に「百万部売れる小説を出したら世界が変わるよ」とか言われて、畜生、オレだって売れる小説を書いてやるって、「ノルウェイの森」なんて題名を付けちゃいました。ビートルズファンの人、ごめんなさい。
羊男   だから「ごめん」ですんだら警察はいらないって言ってんだろ?
村上   あと‥‥実は‥‥。
羊男   え? 何だよ? まだあんのかよ?
村上   ドライブ・マイ・カー‥‥。
羊男   はあ?
村上   何か、映画になって話題になっちゃったんですが、あれは、別にビートルズの名前で売りたいとかそういうのじゃなくて。単に、話の中身がね、あれだから‥‥。
羊男   何、セコい言い訳してんだよ! お前、ほんとにクソだな。どうしようもない野郎だ。

主婦A  雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。地の表にいた全ての生き物は、みな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。水は百五十日の間、地上にみなぎった。

川端   太宰君が玉川上水で入水自殺したこととか、三島君が市ヶ谷で割腹自殺したこととか、大抵の人間は知っているが、私が何で死んだのか知らないやつが結構いる。君は知っとるかね?
グレタ  知るわけないだろ? それよりあんた死んでたの?
川端   聞いた人間が間違っておったようだな。
面接官A 私も知りませんけど? それよりあなた誰なんです?
大江   川端先生だよ? 知らないの? 先生とボクは日本史の教科書にも載ってるはずだよ?
面接官A オレ、世界史だったから。残念でしたー。
大江   聞いた人間が間違っていたようだ。
りんご  うーん、吉本ばななより昔の作家は読まないですねぇ。
面接官B 「共同幻想論」とかも読んだことないの?
りんご  何ですか、それ?
面接官B パパの作品。
りんご  パパ?
面接官B 吉本隆明。超有名だよ?
りんご  へぇ。
面接官C シュウちゃん、誰と話してるの?
面接官B あ、ごめんごめん。
面接官C 私だけと話して。私だけを見て。‥‥シュウちゃん。
面接官B うん、そうするよ。ミキちゃん。

主婦A  二月二十七日になって、地は全くかわいた。
この時、神はノアに言われた、「あなたは、共にいる肉なるすべての生き物を連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい。」
生めよ、ふえよ、地に群がり、地の上にふえよ。
生めよ、ふえよ、地に満ちよ。
生めよ、ふえよ、地に満ちよ。
生めよ、ふえよ、地に満ちよ。
生めよ、ふえよ、地に満ちよ。
生めよ、ふえよ、地に満ちよ。

   大江が笛を吹き始める。(曲「官軍マーチ」)
   大江が歩き始めると、羊チームを中心にぞろぞろとついて行く。
   全員、舞台上をぐるりと回り、やがて去って行く。

残った人々(川端・グレタ・羊男・村上・主婦A) ‥‥‥。
川端  (羊男に)あれ? そこの羊君、君は行かなくていいのかね? 君があっちのカシラじゃなかったのか?
羊男  うるさい。勝手に決めるな。オレは群れるのは嫌いだ。
グレタ そこだけは気が合うな。
羊男  黙れ。お前と一緒にするな。‥‥第一、これから羊の時代なんだぞ。オレが去る理由は全くない。‥‥(村上を指さして)それに、こいつを逃がすわけにはいかないからな。
村上  やれやれ。参ったな。(主婦Aに)あなたはどうするんです?
主婦A あ、そろそろ洗濯物を取り込まなくっちゃ。‥‥それから、なにわ男子のテレビも見なくちゃね。‥‥それじゃ、お邪魔しました。

   主婦A、去る。

残った人々  ‥‥‥。
村上   ‥‥ここから、やりなおすの? ‥‥やれやれ。
川端   ‥‥生めよ、増えよ、地に満ちよ‥‥だな。
村上   ‥‥生めよ、増えよ‥‥か。‥‥ボクたちは、ノアなの?それともアダムとイブ?

   川端、村上、グレタをチラッと見る。

グレタ  お前ら、殺すぞ。
村上・川端 え?
グレタ  お前ら、今、気持ち悪いことを考えただろ?
川端   いやいや。
村上   滅相もない。
グレタ  ウソつけ。殺すぞ。
羊男   二回言ったな。二千円。(手を出す)
グレタ  何だよ?
羊男   それはオレのセリフだ。
グレタ  何?
羊男   殺す。
グレタ  何だよ、こいつ? ケンカ売ってんのか?
村上   はいはい、ケンカはしないしない。少ない人数で仲間割れをしても意味ないじゃん。
グレタ・羊男   仲間じゃねーよ!
村上   お、あんたたち、案外気が合うんじゃない? コンビでも組んだら?
グレタ・羊男   うるさい! 黙れ! 殺すぞ!
村上   ほらほらほらー。
グレタ・羊男   ‥‥‥。

   村上、地球儀ボールを取ってくる。

村上 さ、チームワーク作りにはスポーツが一番。いい汗流しましょう! 筋肉は裏切らない!
川端 村上君、何、気持ち悪いこと言い出すんだ。たとえ冗談にしてもだな、そんなことを言ってるから、君は何年経っても‥‥
村上   そーれ!(と、地球儀ボールを打つ)

   音楽。(「What a Wonderful World」ルイ・アームストロング)

川端   うわ。‥‥こら、不意打ちは卑怯だぞ。武士の風上にも置けん。そんなんだから君は(とボールを打つ)
グレタ  何だよ!(とボールを打つ)こんなの趣味じゃないんだよ!
村上   おっと。風の歌を聴け!(とボールを打つ)
川端   メロスは激怒した!(とボールを打つ)
村上   だから、それは‥‥
グレタ  お前ら、何言ってんだ? 変態か? 反省しろ!(とボールを打つ)
川端   何だ? 馬鹿野郎!(とボールを打つ)

   と、地球を打ち合うヘンテコなバレーボールが続く。羊男は、それを羊の旗を持って眺めている。
   あたりは漆黒の宇宙空間に変わって行く。

   音楽、大きくなる。ゆっくりと溶暗。

                         おわり

※ ビデオもありますので、よかったら御覧下さい。
  https://www.youtube.com/watch?v=VJ_bqArG5ug&t=2073s

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