魔女見習いになった日の話
魔女になるには、当たり前だけれど修行が必要だ。13歳までに親元を離れて、魔女見習いになる。見知らぬ街に住み、魔法を使って人の役に立たなければならない。
ハリーポッターも11歳でホグワーツに入るし、魔女のキキも13歳で独り立ちした。
私が家を出て見知らぬ街に住み始めたのは、高校を卒業した年の春。18歳の時。
魔女の要件の13歳はとっくの昔に過ぎ、そもそも魔法使いの血筋でなかった私は、魔女になりそびれた。
……はずだった。
ここでは、私が初めて魔法に目覚めた日の話をしたい。
東京にはずっと憧れがあった。
NANAがいて、セーラームーンが守って、椎名林檎が歌う街。
高校を出て、4年地元の大学に通ったのち、私は22歳で上京した。
都に行けば何かが変わると信じていた。憧れの広告代理店での仕事。
東京でキラキラ生活するはずだったのに、現実の私はヘトヘトだった。仕事が辛かった。いわゆるブラック企業で、ボロ雑巾のように使われた。
毎日仕事が終わるのは朝の3時とか4時とかで、電車がある時間には帰れる日の方が少なかった。会社の床にヨガマットをしいて身体を横たえる日もあれば、タクシーで帰宅して1時間だけ仮眠をとってまた出社する日もあった。休みはなく、50連勤、100連勤もザラだった。
同じ歳の女の子たちがするように、土日に渋谷で服を見たり、毎日ワクワクしながらメイクをしたり。そんな暇も心のゆとりもなくして仕事に塗りつぶされた。
毎日鼻血が出るのに、生理は半年きていなかった。
頭がぼーっとしてありえないミスをしては、上司に蹴りとばされた。
出した退職願いは無視された。新卒の小娘は退職願いを出す以外に、仕事の辞め方を知らなかった。
ある日、仕事中に男の先輩に言われた。
「髪ボサボサだね」
トイレで鏡を見た。睡眠不足でクマができ、頬がこけ、肌はボロボロ、髪も整える余裕がなくごわついていた。
ロングヘアが好きだったけれど、お風呂から出ると乾かす前に意識を失ってしまう。そのくせたまの休日は、仕事が気になって興奮して眠れず、眠剤が必要だった。
手入れができないのだから仕方ない。
私は髪を切った。バッサリと。
にあわねぇ。
すると今度は「社長が好きそうな髪型だね」と女性の先輩から嫌味を言われるようになった。社長はショートヘアの女性が好きと公言していたらしい。
「おぉ、髪スッキリしたな!今の方がいい!」
他の社員もたくさんいるところで社長に髪をほめられた。周りを見渡せば、女性社員はみんなショートかボブだった。
私は初めて「呪い」を見た。
10代の頃はそもそも、呪いや魔法が世の中にあること自体を知らなかったな。
見えないルールや、根拠のない序列やレッテル、時間を浪費させるための作法、ただ古くから続いてきたと言うだけで繰り返される古の儀式。
果ては、人の生命をすり減らす仕事や、お金のために傷つく魂を嫌というほど見て、私は大人になってしまった。
その後ゆっくりと髪を伸ばし、毛先が肩を過ぎた頃、私は美容院に行ってトリートメントをしてもらって、病院に行って診断書をもらって、会社を今度こそ辞めた。
修行に出そびれた私なのに、目には見えない呪いがうっすらと見えるようになった。
ふしぎ!遅咲きの魔女見習いデビュー!
どんな髪型だろうと、関係ないし。
社長好みの髪型?ふざけんじゃねぇよ。私は私好みに髪を切る。
髪がボサボサ?ハゲは黙ってろ。
今はアパレルメーカーに勤めながら、女の子に「カワイイ」の魔法をかける修行を積んでいる。
女の子に自信を持たせたり、デートで相手に「可愛いね」って言わせたりするのが仕事だ。
「良い子は天国に行ける。でも悪い女の子はどこにでも行ける」と、どこかの女優が言っていた。
こうあって欲しいと願うこと自体がエゴならば「自由であってほしい」と願うこともまたエゴだ。
だから、私は覚悟を決めた。エゴまみれの、ワルい魔女になる。
誰のためでもない、私が願う「自由」のために。私のわがままのために魔法を使おう。自由でいいんだ。辛かったらやめればいいし、他人の外見ジャッジに縛られなくて良い。
「呪い」に縛られない生き方をしよう。
13歳で親離れをした魔女見習いは、1年新しい街で働くと晴れて修行が明け、里帰りできるという。デビューが遅れた私の場合、修行明けがいつになるのか分からない。胸を張って里帰りしたいから、今日もこの街で見習い修行に励んでいる。
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