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4つの枕とのくらし

去年の9月にシアトルにやってきた。海外での長期生活が初めてなのはさることながら、ひとり暮らしをするのも初めてである。大学の寮で暮らしているわけだが、入居時には部屋は空っぽで、ベッドカバーも揃える必要があった。節約生活を心がけているので、地元の安いお店にベッドセットを探しに行った。お世話になっていたアメリカ人のおばさんが連れて行ってくれたのだ。お店にはなかなか可愛いものも多いのだが、良いデザインほど値段は高い。世の道理である。その中でひときわ目を引くものがあった。25ドルのセット。他のものは安くても50ドルほどであるので、破格である。うすいピンクの生地にゾウのあしらわれたデザインで、なかなかかわいらしい。よし、これで決まり。

セットなので、何が入っているのか表示を確認してみると、comforter, decorative pillow, sham..などと書いてある。20年以上たたみの上で眠ってきた身としては、西洋のベッドのパーツに関するボキャブラリーがない。おばさんにも聞いてみたがよくわからない。まぁこれで一応そろうのか、と思っていると、おばさんが白い枕を2つ持ってきた。「$4」と書いてある。ずいぶんと安いものだ。「これもあったほうがいいわよ!」え、でも2つも...?と戸惑っていると、「私なんて枕8つもあるの!枕がたくさんあるのはいいことよ、オホホ」と言われる。ほんとかいな。まぁ一つ4ドルだしいいか、余分な枕のある生活も。

いよいよ、味気ないベッドに購入したゾウ柄のピンクのベッドセットを備え付ける。パッケージを開けてみると、あれ、すでに枕が2つ入っている。「?」待って、別に枕2つ買ってあるんですけど...

そういうわけで、枕4つの生活が始まった。今まで枕なんて一つなのが当たり前だと思っていた。家ではもちろん一つだし、ホテルでも、一人分のベッドに対して一体どうして2つも枕があるのだろうと思っていた(しかもたいてい大きな枕だ)。ところがこれから一人分の狭いベッドに対して4つも枕を所持することになるのだ。なんて贅沢な生活。というか、そんなにあってどうするのだ?

しかし、実際に4つの枕と共に暮らしてみると、これがなかなかに快適なのである。使う枕の奥にもう一つ枕があると寝心地が向上するし、かたい椅子の背もたれに枕を置けば身体も痛くならない、ベッドの上で何かするときは、枕を作業台にしてちょうどよい高さに調整することもできる。何よりも、ふかふかなものにたくさん囲まれながら眠るのは非常に心地が良い。そして、枕の一つ(shamという種類の枕であるようだ)には「WILD&FREE」などと書いてあって、野生動物の勉強をする私にとってはピッタリである。将来新しいベッドを揃えるときもきっと、いくつもの枕を用意しよう。

異国の地での生活は、枕というひょんなものに対する新しい発見まで与えてくれる。この枕の話は、シアトルでの生活において、なんだか象徴的な出来事のような気がする。

それにしても、枕を一人で8つも使いこなしているおばさんに比べれば私なんてまだまだである。学ぶことはたくさんある。

* 2019年2月9日のエッセイ

海外生活経験や、自然に関する研究等を通して培ってきた私なりの視点で、ほっと一息つけるような楽しいエッセイを書いていきたいと思っています。支援いただけましたら、ぜひ活動の幅を広げるために最大限使わせていただきます。