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読書感想文 原田ひ香「古本食堂」

帯広で介護ヘルパーとして働いていた鷹島珊瑚は、神田神保町で小さな古書店を経営していた兄・慈郎が急死し、兄の店と店が入っているビルを相続することになり、上京する。

珊瑚の親戚で、国文科の大学院生で、慈郎の店に時々顔を出していた美希喜を始めとする周囲の人間の手助けを得て、珊瑚は素人ながら何とか店を開いていた。

珊瑚は店を訪れる悩める客の話に耳を傾け、彼らにぴったりな本を勧め、神保町にある店の美味しい料理で心をほぐしていく。

私にとって神保町といえば「本の街」というイメージが強かったけど、本作を読んで、色んなジャンルの、美味しい料理を提供する店が沢山あるということを知った。

そして、作者の料理の描写を読んでいると、まるで自分自身が本当にその品を味わっていると錯覚してしまいそうになる。

それにしても、本と美味しい料理という組み合わせはどうしてこんなにも沁みるのだろうか。考えてみた。

もしも世界から本が消えたとしても人は死なない。でも、人は誰もが生きていく上で不安や悩みや引っ掛かりを抱えている。

本はそれらに対し、明確な答えを示すわけではない。一つの方向性や可能性をただ提示するだけだ。勧められた本から何を受け取るかは読んだ人次第。そして本は今すぐ答えを出すよう急かしたりしない。

その本を勧めてくれた人とその本を書いた人の思いが、ある時はそっと寄り添ってくれ、ある時はそっと背中を押してくれる。

そうした体験が前を向いて歩んでいく力をくれるのではないだろうか。

本とは逆に、人は食べなければ生きていけない。でも、美味しい料理は単なる栄養補給の手段に留まらず、食べた人を幸せにしてくれる。

例えば、ある目標のために節約に励むあまり、食べることを楽しむことを忘れていた青年が、「ボンディ」という店のビーフカレーを食べて、思わずこう漏らす。

「……おいしい。本当においしい。やっぱり、日本一の味だ」
 彼の表情は言葉以上にそれを表していた。瞳が少しうるんで、きらきらと輝いていた。一口ごとに、ため息のような声をもらした。
「こんなおいしいものがあることを、僕は忘れていたんだな」

美味しい料理は心を豊かにしてくれる。

この場面を読んで、改めてそう思った。そして、私自身日々の生活の中で、食べることを楽しむことを忘れていないだろうかとも思った。

明日への活力をくれるような、私にとっての「ボンディのビーフカレー」は何だろうか。考えてみたい。

本によって気持ちが前向きになったところに、美味しい料理で胃袋を満たす。

これって極上の体験じゃないだろうか。本作は文章を通してそんな体験をさせてくれる極上の一冊である。

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