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down the river 第二章  第三部〜再誕⑧〜

「ふぅ…。」

「ふすぅ…。」

ユウと敬人は団地の駐輪場の奥で朝の一服をしていた。

「ユウ、元気無えな…。って俺に心配されたくねえか…。」

「あぁ。ありがと。ちょっと疲れちまってね。まぁでも大丈夫だよ。と、ところで敬人凄いじゃん。2学期始まってから皆勤だぜ?まだ2週目だけど。」

「保健室だけどな。行ってねえのとあんま変わらん。」

そこまで言うと2人は同じタイミングで煙草を吸い、同じタイミングで煙を吐き出した。
そして敬人はユウをチラリと横目で見ると、再度目を下に向けもう1度煙草吸った。

「ユウ…何があった?」

ユウは敬人の方を見ずに無言で煙草を吸い込むと力無く吐き出し上を向いて腑抜けた返事をした。

「なぁんも。」

「そ、そうか。それならいいんだけど…。」

何も無いことは無かった。
あの日、結局浦野と姦通を犯してしまったのだ。
浦野の「キスだけ」「口でするだけ」という口約束はユウ自身が破ってしまった。
浦野の激しい前戯に自分を見失ったユウは、浦野を裸にひん剝くと今まで昇華してきたエネルギーを全て再結集させ、それを浦野にぶつけたのだ。
結果ユウは浦野を失神させてしまい、慌てに慌てたユウは放送室の機材に頭をぶつけたり、足をぶつけたりで痣だらけになってしまった。
更に避妊具無しで全て浦野の中に若い精をぶちまけてしまったので浦野、ユウ共々生理が来るまでの間生きた心地がしない日々を過ごした。
そしてまさに昨日、浦野から生理が来た事を知らされた。
ユウはその瞬間膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。
眠れない日々を過し、更に勉強も身が入らず、若くして胃潰瘍にでもなるのではないかと思う程のストレスから解放されたユウは長時間眠りコケてしまい、だるい身体を引きずって今ここで敬人と煙草を吹かしているのだ。

「なぁんも無いってこたぁねえけど…。まぁ気にしなくてもいいよ。うん。」

「なんだよ、ユウ、どっちなんだよ。」

「気にしなくていいってば。さてと…。」

ユウは煙草を消すとスクッと立ち上がった。

「敬人、行こう。」

敬人は最後に深く煙草を吸うと、煙を吐きながら煙草を消し無言で立ち上がった。
そして2人はまた無言で学校まで歩き始めた。

『敬人の奴…よく見てんなぁ…人の事…。はぁ…でも今は言うべき事じゃねえやな。』

『ユウ…あいつ、なんだ?なんか違和感を感じるな…。何かがあったことは間違いねえな…。』

詮索し合う雰囲気は決して不快ではなく、何となく心地良い沈黙が2人を包み、あっという間に学校に到着した。

「んじゃな、ユウ、いつも悪いな。」

「気にしなくていいよ。じゃあね。職員室、ちゃんと寄ってな。」

「ん、わかった。じゃな。」

敬人はユウが頷くのを確認すると、その足を職員室へと向けた。

「じゃ、俺も行くかね…。」

浦野は妊娠していなかった、それが判明しただけでも今は幸せな気分だ。その幸せな気分が残っている内に今まで勉強に身が入らなかった分を取り戻さなくてはならない。
ユウは教室に着くと、窓を開けて蒸し暑い空気を外へと逃した。
9月中旬、まだ残暑は厳しい。

「暑いなぁ…ふぅ…。」

換気が終わるとユウはカリカリとシャーペンを軽快に滑らせた。
集中していたのだろう、ユウは英語の問題集をあっという間に数ページ終わらせてしまった。
まだ朝のホームルームには時間がある。

「はぁ…も少しやるかな。」

ユウは英単語の暗記カードで勉強していると朝のホームルームのチャイムが鳴った。
ユウはビクッとして辺りを見回すと既に教室は満席だ。
迫島もイヤホンを取って、担任の到着を待っている状態だ。

「ほぉ…今日は集中したな…。うん、よくやったわ、今日は…。」

ユウはその後も授業に集中した。
浦野が妊娠していなかったという事実が、ユウに最高最大の集中力を与えたのだ。
4時間目の社会科の授業でさえ、性欲に乱されることなく集中して乗り切った。
4時間目が終了し浦野は教壇から降りるとユウを呼び出した。

「新田くん、昼食が終わったら職員室に来なさい。職員室にね。」

浦野はユウをキッと睨み、いかにも呼び出して叱りつけようする体で強い口調で言った。

『職員室って2回言ったな。視聴覚室か…。何だよ、何の用だ?もうしばらくそっとしといてくれよなぁ…ったく。』

「はい。」

職員室を2回言ったら視聴覚室といった具合に、ユウと浦野は暗号を決めて通じ合っていたのだ。
ユウは素早く昼食を済ますと、視聴覚室へと向かった。

・・・

「新田くん、勉強は大丈夫?」

視聴覚室の教壇に腰を下ろした浦野は、カビ臭い絨毯に胡座をかいているユウに身を乗り出しながら聞いた。

「あぁっとまぁまぁですよ。うん。で、また何で視聴覚室なんです?」

暗幕カーテンが引かれて視聴覚室の中は暗い。

「進路聞いとこうかと思ってね。」

視聴覚室の事は無視して浦野は淡々と話を進めた。

「俺のですか?」

「そう。」

「何で浦野先生が?」

「失礼しちゃうわね。自分が可愛がってる生徒の進路を聞いて何で?ってあんまりじゃない?」

浦野は少しムキになった様子でユウに食ってかかった。

「いや、まぁそうですよね…すいません。S高にしようかと考えてますけど…。」

「ふんふん、いいんじゃない?このままこの成績をキープ出来てたらしっかりと射程圏内よ?凄いよ。S高よ?ここらの地域じゃ2番目か3番目てとこでしょ?本当に成長したわよ。」

浦野は教壇から立ち上がると腕を前で組みツカツカとユウへ近付いた。

「有田くんは定時制に行こうかって。」

「は?そうなんですか?今日聞いたんですか?」

「そう。朝職員室に来てね。」

そう言いながら浦野はユウに顔を近付けた。

「ちょ…っと先生?」

『もう…この匂い嗅いだらもうだめだ…あぁまた昇華できねぇ…。』

浦野から放出される昼食後の歯磨き粉の残り香と唾液の匂い、そしていつものフワリと香る化粧品の香りがユウを一瞬で奴隷に仕立て上げてしまう。

「口…アーンして?」

ユウはこうなるともう浦野の言いなりだ。目を閉じると顔を上げて、間抜けな顔で口を開け、舌を出した。

「勉強で疲れてない?ガカァッ!」

浦野は恐ろしく下品に痰を喉に絡ませると、その痰をユウの口の中へと導いた。
緑がかった黄色の半液体がユウの口へ全て入るとユウは一瞬ビクッとし、ゆっくりと喉を鳴らした。
ユウは目を開き浦野を見つめ、右手で口を拭った。

「先生…元気…元気出ましたよ…。」

ユウはベルトを外し膨張した男性の象徴を露出させた。

「だぁめ。バカ。」

浦野はデコピンの様に中指でユウの男性の象徴をピシャリと弾いた。

「うっ…。」

ユウは突き出していた物を腰ごと引くと、再度負けじと浦野へ突き出した。

「ダメ。昨日まで大変だったでしょ?新田くんは眠れない日々を過ごしたって言ってたけど私だって同じ。私だって妊娠してたら全てが終わり。新田くんだけじゃないの。わかったらしまいなさい。」

ユウはこの時初めて気が付いた。
浦野が言った通り、浦野も辛かったのだ。
自分の事ばかりで浦野の事を少しも気にかけていなかったことに今気が付いたのだ。
ユウは浦野と関係を持つまで性別を持たない性処理の道具として過ごしてきた。
そのユウを、形はどうあれ男にしてくれた浦野を今まで全く気にかけていなかった事実にユウは深い悲しみと自分への怒りに打ち震えた。

「す、すいません…気が付かなくて…。」

ユウは深く頭を下げると、露出した男性の象徴をしまい込んだ。

「フフフ、落ち込んじゃって…。かわいい。とにかくまた今度しよ?今度ね?今日は平日。人がいっぱいいるところで仲良くできないでしょ?」

「はい、すいません。」

「さて。進路は聞いたし…さぁ頑張って勉強しましょ?約束だもの。補習もガンガンやるからちゃんとついて来なさいよ!?」

「もちろん。俺からお願いしたんですから。でも…先生…。」

「なぁに?」

「ぶり返して本当に悪いんスけど。何を企んでるです?もし良かったら教えてほしいなって。別に言いふらしたりするつもりも無いし。敬人は学校に来る様になった。それがなぜ先生にとって大事なんです?」

最後までユウの話を聞き終わると浦野は、フッと軽く鼻で笑うとユウに顔を近付けた。

「新田くん、もう少ししたらわかるよ。今はまだ教えられない。だから今は聞かないで?勉強に集中しよ?」

「…。」

ユウは無言で頷くと、浦野の唾液と痰の匂いを反芻しながら立ち上がり視聴覚室を出ようとした。

「新田くん。」

薄暗い視聴覚室の教壇の前にいる浦野がユウを呼んだ。
ユウは浦野の方を見ると浦野は薄笑いを浮かべている。微笑みと呼ぶにはあまりにも毒々し過ぎるものだ。
浦野はその表情を全く変える事なく、ユウの目から目を反らす事なく、ゆっくりとゆっくりと頷いた。

・・・

ユウはその日の夕方、迫島から渡された曲を繰り返し聴いた。
そして思考の迷宮へと自らを沈めていく。

「平和…平坦…幸せ…そんなもんじゃ歌詞は浮かばない。乗せるんだよ…乗せる…悲しみを…苦しみを…思い出せ。俺は何に囚われてたんだ?それを乗せるんだよ。この曲に。」

ユウは1曲目の作詞が成功したものの2曲目の作詞が停滞してしまっていた。

「イメージするんだ。何が…何が見えてくる?今の俺がこの曲の中に何を見る事が出来る?何を見せれる?」

3分を僅かに超えるその曲を繰り返し聴いていると浦野の顔が浮かんできた。

『浦野先生…俺に性別を与えてくれた…男っていう性をくれた人…。性別無き性欲の化け物に、身体を捧げてくれた人…。浦野…浦野さと美…。』

以前仕上げた〈苦き復活〉は自分の事を自分で装飾しながら、自分自身を抽象的に表現したものだった。
いつもタイミングの悪い自分、復活の兆しがあるもいつも含みを持ち、気持ち良い復活をさせてくれない苛つき、そう、全て自分だった。

『この曲だったら…。』

「ハァハァ…クッ…ハァハァ…。」

ユウはテープの最後に入っている曲を息を切らしながら繰り返し聴いた。
すると1つの物語が浮かび上がる。
歳の離れた男女の物語だ。
まるで川の激流を下る様なイメージと共にスラスラとあっという間にエンディングまで辿り着く。
そしてユウは呼吸を整えると1つの答えを導き出した。

「平坦な道に物語は無い。だから俺の前には凸凹道しか無いんだ。よし…。物語を紡いでいくんだ。俺が、俺が紡いでいくんだ。」


〜川下り〜
〈A1〉
泉は突然現れる
そこで出会い手を取り合う
血だらけで山を下る

〈B1〉
でも君は言った
前を向かなくていい
羽ばたかなくていい
それだけだと

〈chorus1〉
Down the river
目を閉じて
その身を沈めて

Down the river
使命など
かなぐり捨てて

Down the river…

〈A2〉
君は小さな意味をくれた
そこで出会い歩き始めた
生まれ変わりに胸踊らせ

〈B2〉
でも君は消えた
体温だけを残して
思考だけをその場に置き
海へ消えた

〈chorus2〉
Down the river
見なきゃ
僕が今の目で

Down the river
行かなくちゃ
君を歌う為に

Down the river
1人の
僕をさらけ出して

Down the river
海へ
その手を伸ばして

〈C〉
幾重にも重なる夢を切り落とし
剣の血さえやがて水となる
鉄を噛み千切る力も無いけど
僕は海を目指す
Down the river…

〈chorus2〉✕1


「で、出来た…。ヒデに…お、…しえな…いと…。」

ユウはそのまま眠りについた。
そして夢を見た。
水と化した自分が暗い地下から湧き出て、泉から溢れ、川に入り、川を下りそして海へ出る。
潮に溶かされ、太陽に焼かれその身が天へと昇っていく。
それまでに様々な出会いと別れを経験した。
支流へと流れ、沼へと辿り着くもの。
汲み上げられ、人の体内へ行くもの。
汲み上げられ、汚物と共に流れ行くもの。
口を突っ込まれ、動物の体内へと行くもの。
木々の根に近付き、植物の中へと行くもの。
途中で蒸発し、天へと昇るもの。
それらは自分が幸せだったと思い込ませながら、海への夢を諦めて、自分の役割を果たそうとする。
海が天国か地獄かもわからないのに涙を流す。
そしてまた、手を振る水草を底に見ながら、走り始めるのだ。
浦野と手を取り合って。

やけにリアルでやけに視界が開けている夢ということは、この夢の意味がわかる日がもう近いと言うことなのだろうか。

そして疾風の様に時間は過ぎて行く。
戻らない時を見つめるその時間すら無いままに。


※いつもありがとうございます。
次回更新は本日より3日以内を予定しています。
更新の際はインスタグラムのストーリーズでお知らせしています。是非チェック、イイね、フォローも併せてよろしくお願いします。

※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※今シリーズの扉画像は
yuu_intuition 氏に作成していただきました。熱く御礼申し上げます。
yuu_intuition 氏はInstagramに素晴らしい画像を投稿されております。
Instagramで@yuu_intuitionを検索して是非一度ご覧になってみてください。






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