岐路

遅刻ですがぎょにく(グロスケ)さんの誕生日祝い、第五話です。
ずっとTumblrで連載してましたが編集が面倒になったので……
前回

【お借りしたよその子】
・ユージンくん、南条くん:@gyoniku_kure

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 青年はアパートのドアを開けてのち、しばらくぽかんとしていた。玄関先に立っているのは、もう長いこと顔を見ていない高校時代の友人、そしてここに来る理由が全く思い浮かばない男だった。確かに学生時代は家で集まるなどしたことがあるから、場所を覚えているのは不思議じゃない。でも——
「どしたの、いきなり」分からないから、直接聞くほかない。「久しぶり」
「まーね」白銀の髪の青年は、相変わらずの埒外な美貌を気だるげに傾けて言った。「元気してる? ユージン」
「ぼちぼち。ショーゴはどーよ?」
「俺もそんなとこ。上がっていい?」
「もちろん。あ、足の踏み場はないけど」
「マジかよ。まいーや、失礼しまーす」
 編み上げのアンクルブーツのサイドジッパーを引き下ろし、適当に脱ぎ散らかすと章吾は廊下でスリッパを履いた。キッチンの横をすり抜け内扉を開けばすぐに狭いワンルームが見える。床には紙袋や空き缶、雑誌、郵便、その他さまざまなゴミが所狭しと敷かれていて、かろうじて物がないのは窓際のベッドの上だけだ。
「マジに踏み場ねえじゃん。なんとかして」
「ハイハイ。いやあ、俺の出したゴミじゃないんだけど」
「へえ、まだ続いてんの」
「まあね」
「もう別れたと思ってた」それから章吾はすぐ話題を変えた。「お、あるじゃん」
 視線の先にあったのは壁に貼られた古いポスターだ。画面いっぱいの写真の上に文字が入っている。ギターを構える自身の姿と、マイクを握る親友を認めて章吾は少し目を細めた。「もう剥がしてると思った」
「まっさかあ。友人の晴れ姿だしね。十年後にはプレミアつくかも」
「おーおー、資産にしてやんよ。五万はくだらねえぜ」
「心強い。蔵未は最近どう?」
「変わんねーって。ずっとあのまんま」
「だよねえ」
「ホント、アイツは変わんねー。死ぬまで変わんねー気がする」
 例えば蔵未なら——と彼は考える。蔵未なら扉を開けた瞬間、用件を即座に告げていただろう。そして用が済んだらあっさり踵を返して去ったはずだ。いや、そこまでは分からない。案外久々の再会に興を覚えて上がったかもしれない。その場合、彼は俺の了承なんか得やしないだろう。決定事項のように、自分が次する行動を知らせるだけだ。
「あのさあ、ユージン」間合いを測るやり取りのあと、章吾はポスターに目を向けたまま口を開いた。
「なあに」
「鷹見佑って知ってる?」
 ユージンは章吾の口からその名が出たことに意外を覚えたが、よくよく考えれば自然なことだと気づいた。「うん、知ってる。なんで?」
「いや、最近ちょっとさあ」章吾はそう言い淀んでから、レザーパンツの尻に手を伸ばし、タバコの箱を手に取った。一本取り出し、咥える。
「ショーゴ」ユージンはそのタバコを指で弾いた。「うち、禁煙」
 ご尊顔を思い切りしかめて彼は怪訝な表情をしたが、やがて渋々といった様子でタバコを離し、箱に戻す。
「悪いね。何に引火するかわかんなくて」
「この有様じゃな。まあいいわ」
「ごめんごめん。それで?」
「んー、」
 箱をまた尻ポケットに押し込みながら、章吾はまだ躊躇っていたが、やがてこれでは埒があかないと気づいたように首を振った。
「お前が名前知ってるってこた、アイツ、やっぱこの辺来てんの?」
「うん。同居人の知り合い」
「へえ」章吾はまたタバコに手を伸ばしかけ、数秒前に言われたことを思い出したらしく舌打ちした。
「タカミンがどうかした?」
「お前そんな風に呼んでんの?」
「かわいいでしょ」
「そーかよ」
「ねえ。言わないことには始まらないよ。訪ねてきたのはそのためだろ?」
「どう聞いたらいーかわかんねえんだよ」
 章吾は再びその顔を歪めた。目の前で生きて動いてることが、つくづく信じられない美貌。
 だからユージンは彼が続けて吐いた言葉を聞き逃した。え? と間抜けた返事をすると、歪めた顔をさらに歪めて章吾はもう一度繰り返す。
「アイツさ、なんかヤバいことやってる?」
 少しの間をおき、理解する。ああ、そういうことか。


 一方、南条は部活の終わり、校門前にあまりにも目立つ青年が誰かを待っていることに気がついて戦慄した。ダークインディゴのハイライズ、黒いレザーのスニーカー。上もまた黒のタンクトップだ。男は道路と歩道の間の緑の柵に腰掛けて、ギターケースを背負ったままスマートフォンをいじっていた。やがて、門のど真ん中で固まっている南条に気づいたのか顔をあげ、ニマッと笑う。
「おーい。こっち」
 周囲の視線が刺さるのを実感しながら慌てて駆け寄る。「蔵未さん。どうしたんですか」
「聞きてえことがある。付き合え」
 相変わらず有無を言わせぬ様子で彼は立ち上がり、歩き出しながらタバコを抜く。それはデニムの前ポケットにライターと共に入れられていて、銘柄を見るとピースだった。南条は何の説明も受けられぬままついていく。それでもどこへ向かっているのかだけは尋ねようとした。
「あの、」
「ん」
「付き合うって、どこに?」
「どこがいい? 決めてない。奢ってやるけど」
「え。やりぃ」
「お前音楽好きなんだっけ」
「え? あ、えと、まあまあ……」
「まあまあねえ。じゃ、ジャズバーでも行く?」
 酒は呑めないし、ジャズも分からない。だけど、なんだか、カッコイイ響き。
「ウッス」
「歩くぜ。下北な」
 頷いてバッグを掛け直す。ここから徒歩で十分ほどか。無言で歩くのも気詰まりだが、かと言って話題があるでもない。
「聞きてえことってなんすか?」
「それを話すのに場所変えてんだろ」
「いや、そーですけど」
「いーか、人いねえし」
 下校途中の生徒たちの群れを、二人はすでに抜けていた。夏休みのいま学校に来るのは、部活動に勤しむ少年少女だけだ。すぐ横に車の飛び交う広い歩道を歩きつつ、南条は街路樹の向こうに目を向ける。大きな公園で、近所の子どもが親や友人と遊んでいる。
「この前ファミレスで飯食ったろ」
「あ、はい。ごちでした」
「途中から佑が来たじゃんか」
「途中から、」少し、身構える。「はい、……あの、背の高い」
「そ。お前アイツのこと知ってる?」
「へ? え、いや、」
「机の下で何か打ってたじゃん」
 思わずヒッと声が漏れた。気づかれてたのか。
「何打ってたかは見ちゃいねえけど。佑も『会ったことある』とかなんとか匂わせてたし」
「……それは、……」
「言いにくいだろ。場所変えるって」抜き取っていたタバコを咥え、火を点ける。「そう言ってんじゃん」
 煙が風に流れてきた。燻ったような匂いのなかにほのかにバニラの香りがする。案外甘いフレーバーを選ぶのだなと思ったが、そういえばファミレスでもしっかりデザートを頼んでたっけ。
「話題ねえから困るっての?」
「あっ、いや、えと、」
「じゃあ歌うか。お前聴いてろ」
 反応する間も無く、すーっと長い息のあと、彼は突然歌い出した。張り上げているわけでもないのに、豊かに響いてはっきりと届く。たまに行き過ぎる通行人が、驚いたように目を見張り、あるいは立ち止まって見てくるが、蔵未は一向に気に留めず、知らない言語の曲を歌っていた。アコースティックの似合いそうな、伸びやかな旋律だ。こんな歌い方もできるのか。指を鳴らして拍子を取り、心なしか笑みを浮かべている。歩きながらの歌唱なのに声が全く揺れない。
「誰の歌っすか?」
 最初の曲が終わったあと、南条は足を速めながら聞いた。身長が違うので、ストロークもまた大きく異なる。
「知らねえ? 韓国のバンド」
「へえ……いや、韓国は、アイドルとかしか知らなくて。あんま聴かねえっつーか」
「あっちの音楽面白いよ。タレントバンドはダセえけどな」
「そうなんすね。聴いてみよっかな」
「いんじゃない。ソウルとか」
 一瞬首都かと思ったが、当然違う。「意外っす。R&Bも?」
「結構いい」
「へえ……」
 彼の歌を聴いているうちに、下北のごちゃごちゃとした狭い街並みに入り込んでいた。人通りの多い駅前を抜け、閑散とした裏通りに入る。あまり来たことのない場所が物珍しく見回していると、前方を歩く蔵未がいきなり立ち止まり、危うくぶつかりかけた。
「ここ。下ってく」蔵未の長い指が狭い入り口を指した。地下へ下る階段がある。
「あ、はい」思わず語尾を跳ねさせて、それから道路にはみ出した立て看板を見る。英単語らしきものが書いてあるが南条には読めなかった。ジャ……ジェ……なんだろ?
「ジャガーな」薄笑いで蔵未は答えた。そうして、リズミカルに地下へ降りていく。
 南条は頰が熱くなったが、やる方もなく後に続いた。
「よ、コーイチ」
 ドアを開けるとベルがカラカラと鳴った。薄暗い店内だ。強い色合いの間接照明に横顔を照らされた店主が、カウンターの中から声をかける。頭にバンダナのようなものを巻いていて、ブリーチをかけた金髪がそこからはみ出していた。顎には無精髭が見える。
 カウンターには女性が座っていた。ウェーブのかかった黒髪を肘の辺りまで垂らしている。体にぴったり張り付いた丈の短いトップスが流行りのものなのは南条も知ってる。素材は何かわからないが、黒いショートパンツからのびた網タイツに包まれた脚は、高校生には刺激が強い。
「誰、ソイツ」思いのほか低い声で彼女は蔵未に尋ねた。
「コイツ? コイツは……」答えようとして固まった彼は、傍らの南条をすぐに見下ろす。「名前なんだっけ?」
「南条っす」
「南条。こっちはジェン」
 ジェンと呼ばれた黒髪の女は、整った眉をグッとしかめた。
「勝手に教えないでよ。なにそのちんちくりん」
「用があんだよ。話聞きてえの」
「あっそう。だからって紹介することないでしょ」
「お前が誰って聞いたんじゃん。コイツの名前知っといて、お前はナシってズルくない」
 尖った語気にも動じることなく蔵未は飄々と返すと、店主にコークハイを頼んだ。店主は流れで南条にも注文を尋ねてきて、小さな声でコーラを頼む。ソフトドリンクのほうだけど、要らぬ気を利かされたりはしないだろうかと、言ってから不安になる。
 顔を上げる。ジェンは不満げな顔つきで南条を見下ろしたままだ。身を竦めつつ、拗ねた気持ちにもなった。
「気にすんな。ジェンはめんどくせーの」
「何? その言い方」
「あ、言っとくけど、コイツ男だから」蔵未がジェンを指差す。「女扱いすると怒るぜ」
「は。へ!?」
「でも男扱いしても怒るんだよなあ」
「当たり前でしょ。俺は俺。他の扱いされたらムカつく」
「ジェンは見た目とか振る舞いとか喋り方とかは女が良くて、それ以外は男ってわけ」
「だから、男とか女とかじゃない、俺は俺なの。誰が何着て何喋ろうがそいつの勝手でしょ」
「ハイハイ。でもそのほうが分かりやすいじゃん」
「思考停止ってんだよ、それ」
 ジェンは吐き捨てるように言ってタバコを咥えた。慣れた様子で火をつける。
「コーイチ、バニラの匂いする。あんたはもっとスパイシーなのが似合うよ」
「誰が何吸おうとそいつの勝手だろ」蔵未は楽しげに笑っている。
「フン。勝手にしやがれ」
 店主がカウンターにジョッキを三つ置いた。蔵未とジェンがほぼ同時に自分のジョッキを掴み、二人の腕が去った後、南条もおずおず手を伸ばす。酒を手にしたジェンは振り返りもせず店の奥へと歩いて行き、数名が待つテーブルへ戻った。蔵未は南条に顎をしゃくって、別のスペースへと促す。
「んじゃ、話して」
 ソファーにどっかりと寛いだ彼は、当然のように南条に言った。
「話してっつわれても……」
 だが話すまで帰してくれやしないことだって分かってる。自分が目にしたものについてどこから話したらいいのかと、南条は、知らず腕を組んだ。


「ヤバいことに手を出したとは聞いてないけど、なんかずいぶんメンドーなことに巻き込まれちゃったみたいだよ」
「へえ」
「なんでも事の発端はよくあるカツアゲらしいんだ。もちろん被害者はタカミンじゃなくて、確か背の低い〝中学生〟——」

「スマホ見ながら歩いてたんでぶつかっちゃったんすよね、俺。慌てて謝って見上げたら見るからにやばい人たちっつーか……キンパでピアスでガム噛んでるみたいな」
「今どきいんの? そんなやつ」
「希少種だったかもしんねえっす」
「まあいいや。んで、囲まれたと」

「そこにタカミンが通りかかった。まあ面白い状況だし、見て見ぬ振りで去っていくのもなんだなあとでも思ったのかな、やめなよーって声かけたらしくて」
「へえー。やさしー」
「タカミン目立つからさ。見殺しにしたヤツだって覚えられるのも嫌だったんじゃない?」
「なる。生徒会長だし」
「でもキレちゃったみたいなんだよねえ」
「ええ。生徒会長なのに」

「俺的にはなんかでけーイケメンが助けてくれるっぽいとしか思わなかったんすけど……チンピラの啖呵聞くうちに、ニコニコしてんのがニコニコしたまま……なんか、超、……分かります?」
「いや全然」
「なんつーのか、冷たいっていうか硬いっていうか、なんかすっげえヤバい感じで、俺そんときこれこっちのほうが怖いんじゃないかと思い始めて、したらやっぱ、案の定……」

「なんでもタカミン、その日めちゃくちゃ虫の居所が悪かったらしくて、要はお家と一悶着あった直後だったらしいんだね。そう思うとチンピラくんたちもとばっちりって感じなんだけど」
「アイツんちちょっとヤベーもんなあ」
「よっぽど腹に据えかねてたのか……でも家の人殴るわけにはいかないしねえ。んで、鬱憤が、ちょうどハマって爆発しちゃったと……よっぽど古典的なこと言ったんじゃない? 古典的なチンピラだったみたいだし」
「なるほどねえ……『やっていい』になった」
「……多分」

「住宅街だったんで……あの、塀、あるじゃないっすか。ブロック塀。コンクリの。あれ、時々外れてて、道端に置いてあったりして」
「うん」
「鷹見さん、それ、拾い上げて。その時点でチンピラもちょっとびびってたんすけど、そっからがマジに早くて」
「おお」
「道路脇のフェンスにそれを叩きつけて半分に割って、割れたヤツで思いっきり——」

 蔵未と沢霧は口笛を吹いた。

「『半分に割った』ってのが効いたらしい。ま、加減できるってことは喧嘩強いってことだもんね」
「慣れてんなーってなるよなー」
「んでこれ相手にしてちゃやばいって残りのやつはみんな逃げたけど、殴られたヤツは殴られたから逃げられないじゃない? それで……」
「お察しの絵面。トラウマじゃん」
「もう被害者の子ビビっちゃって。タカミンもやったあとでしまったなあって思ったって」

「チンピラボロ泣きだし、許してください許してください言ってるし、なんかかわいそうっつーか、それに全く答えずに殴り続ける鷹見さんのが百倍こええってか……いや、マジ、あの人なんです? ヤバすぎたんすけど……」
「そお? いいヤツだよ」
「いい人なのかもしんないすけど怖すぎでしたよ」
「殴られるほど怒らせなけりゃいいだけじゃん。んな難しいこと?」
「でも……何でキレるか分かんねえし、キレられたら終わりじゃないっすか」
「寄ってたかって金奪うような雑魚が、ブチギレるまで煽ってきたから殴ったんだろ。悪くなくない」

「まあ怖いよねえ」
「いくらキレててもブロック塀で人殴るのは怖いよな」
「胸ぐらひとつ掴むことさえできない人もいる世の中で、——それができちゃうのはね」
「そーいうことか」
「あ、で、その件についてはそれでおしまいなんだけどさ」
 ユージンの言葉に、沢霧は目をあげた。いつのまにやらベッドに腰掛け、ライターをパチパチ鳴らしている。
「メンドーなこと、っていうのはそのあと。タカミンがボッコボコにしたチンピラの親分が、タカミンと似たような『インテリ不良』だったらしくて。まずいことにタカミンを知ってた」
「ほお」
「凌星ってデカいじゃない。そこの生徒会長だからさ、味方にできればラッキーってわけで……アプローチ受けてて困ってんだと。タカミン的には弱みを握られてる状態でもあるし、かと言って半グレはねえ。そっちのインテリは、まあもうヤクザの道筋が決まってるようなものみたいだから」
「ヤーさんね…………」
「前来たときに愚痴ってたよ。火消しに四苦八苦してるってさ」
「それさあ、直接なんじゃねえの」
 今度は立ったままのユージンが目を丸くした。「直接?」
「だから」パチン、と蓋を閉める。「ヤクザから直のスカウトなんじゃない」


「ヤクザ!?」
「たぶん。誘われてるって聞いた」
 コークハイを傾けて、蔵未は平然と答えた。
「へ、……え、でも、鷹見さん、……マジヤバっすけど、不良ですらないんすよね?」
「でも売られた喧嘩は買うタイプだから知られちゃってるっぽいよ。向いてるってんでいくつかが目えつけてるらしい」
「えええー……」
「チンピラの親分にってのは、アイツ自身が撒いた〝カバー〟だな」
 南条はコーラをちびちびとすすりながら呟く。
「まあ……とりあえず。俺が知ってるのはそんくらいで……」
「どーも。よくわかった。フライドポテト食う?」
「いんすか?」
「いーよ」
 言うが早いか、蔵未は店主に向かって大声でオーダーを飛ばした。運んでかねえぞ、と彼は言う。
「どーする気、なんすかね」
「ん?」
「鷹見さん」
 聞くと、蔵未は今日初めて、表情から笑みを消した。それから珍しく目を逸らし、店の入口を見やる。
「どうだろね」
「蔵未さんは、どう思ってんすか」
「どうって?」
「……なるべきじゃないとか、……」
「それはお前の考えだろ」
 言葉に詰まる。カウンターで、油が弾ける音が響いている。
「でも、だって……」
「うん」
「……幸せになれる気、しないじゃないすか……」
 蔵未は、視線をゆっくりと戻した。俯き縮こまる南条を、じっと見つめる。
「俺も、そう思う」
「……」
「でも、なったほうがラクだと思う。アイツが、——どっちを望むのか、俺たちには、決めらんねえよ」
 金属の響く音がして、店主が大声で呼びつける。向かいの男に顎をしゃくられ、南条は慌てて席を立った。

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2020/10/27:ソヨゴ

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