保育園の先生が退職する日、私が思わず泣いてしまった理由

「1月31日をもって、下記職員が退職します」という張り紙を見たのは、1月30日の夜だった。息子が一番なついている、副担任の原田先生(仮名)も、そのなかに入っていた。

私はめちゃくちゃ動揺して、電車のなかで思わず「えっ!?」と口に出す。妙にそわそわした。その感情をどう受け止めていいかわからないまま、帰り道の成城石井で、先生のために、かわいいお菓子をふたつラッピングしてもらう。

帰ってお風呂に入ってから、先生に手紙を書いた。小さい賞状用紙のストックを出してきて(いつだったかまとめ買いしてあった)、預けはじめた0歳のときや、もうすぐ3歳になる最近の息子の写真を貼る。先生たちのおかげで、こんなに大きくなったのだ。去年、原田先生がつくってくれた進級祝いのメダルの写真も、感謝をこめて貼った。

翌朝、いつものように夫が息子を送りに行く。原田先生は来ていなくて、夫は挨拶をしそびれたと、ひどく残念がっていた。夜はいると聞いて、私はすこし安心する。

その日はたまたま取材や打ち合わせがなくて、一日じゅう家で原稿を書く予定だったけれど、まったく集中できない。「いまごろランチか」「お散歩に行って、公園で遊んでるかな」なんて、最後の時間を過ごしているであろう息子と先生のことばかり、考えてしまう。

そんなふうにどっぷり浸っている状態で、いよいよ夕方、息子を迎えに行った。すでに私服に着替えた原田先生が、お部屋の奥で息子とたわむれている。(あとから聞いたのだけど、原田先生はその日出勤ではなく、わざわざみんなに挨拶に来てくれたらしい)

べつの先生に申し送りを受けてから、原田先生の前に立つ。息子からお手紙とプレゼントを渡してもらい、先生の顔を見たら、思わずぽろぽろと涙がこぼれた。
個人的なお付き合いなんてまったくなかったし、日々の申し送りと連絡帳アプリだけの仲だったから、きっと驚かせてしまったと思う。本人も、周りの先生方も「えっ、そんなに!?」と思ったんじゃないかな。何を隠そう、私自身も思いました。

だから、なんでそんなに泣けたのか、冷静になってちょっと考えてみた。

1、完全に油断していたから

息子の入園と同時に新卒入社した先生だったこともあって、てっきり、卒園まで見てくれるものだと思い込んでいた。若い世代の転職なんて本当に当たり前のことだし、保育士の待遇が悪いなんて話は毎日聞いているのに。でも、目の前のこの先生がいなくなるなんて、これっぽっちも考えていなかった。(ちなみに、退職理由は転職ではなく、プライベートな事情だった)
いつも本当に一生懸命子どものことを見てくれていたし、先生方も仲が良さそうだったから、余計に危機感がなかった。人はとても、不意打ちに弱い。

2、一生会えない別れなんて、いまどきなかなかない

自分のコミュニティで起きる卒業や転職なら、これからも会いたい人とはいくらでもつながっていられる。SNSだってメールだってあるし、関係を続ける気持ちがあれば、地方だろうと海外だろうと問題ない。

でも、いち保護者として、保育園の先生に連絡先なんて聞けない。というか、連絡先を聞いて、LINEや電話がしたいわけではない。大きくなった息子とまたいつかどこかで会ってもらえたらいいな、そのためにうっすらつながっていられたらうれしいな……くらいのことだ。
でも、たったそれだけのことだけど、叶わない。きっともう死ぬまで会えないんだろうな。しかも、退職の知らせを聞いてから24時間も経たないうちに、その永遠の別れが訪れることに、激しく動揺した。(直前告知は保育園の方針で、おそらく保護者による送別会やらお礼の品やらを用意させないようにする気遣いなのだと思う)

3、先生方のことを、ずいぶん近い存在に感じていた

私はフリーランスのライターだから、職場や通勤がなくて、毎日かならず会う人がいない。保育園の先生方としか話さない日も、しばしばある。だから知らないあいだに、私のなかで、先生方の存在がずいぶん大きくなっていた。「心のよりどころ」といったら過言だし、そこまで特別な関わりはないんだけど、毎日息子にやさしく接してくれる人たちの存在が、きっと支えになっていたんだと思う。想定外の自分の涙で、はじめて気がついた。

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もちろんそんなふうに泣いたもんだから、翌日のお迎えのときは施設長まで出てきてくださって「お母さん、急な退職で不安にさせてしまいましたよね、申し訳ありません」とフォローされてしまった。ご心配をおかけして、こちらこそ申し訳ない……!
いなくなった先生以外の先生も、みんな本当にやさしくてすばらしいから、不安なんてこれっぽっちもありません。ただ、びっくりしちゃっただけなんです。恥ずかしながら、そう答えた。

息子は保育園のことを「○○(園の名前)のおうち」と呼ぶくらい、保育園が好きだ。なにをして遊んだか、先生とどんな話をしたかを、いつも楽しそうに教えてくれる。そんな日々を支えてくれた原田先生がいなくなって、やはり息子なりに寂しいらしく「はらだせんせい、もうすぐいなくなるよ」と、まだ言っている。そのたびに私は「もういないんだよ」と思い、いまいちそれを信じられない気持ちで「そうなんだ、さみしいね」と返す。

普段から、送りのときには「今日もよろしくお願いします」、迎えのときには「ありがとうございました」をちゃんと言ってはいたけれど、こうして急にいなくなってしまうと、全然伝え足りなかったな。もはや親よりも長く、息子といっしょに過ごしてくれている先生たち。子どもは大きくなったらきっと忘れてしまうから、そのぶんも私が、日ごろからもっと感謝を伝えていきたいと、あらためて思った。

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菅原さくら

書くこととわたし

わたしのことと、ライターという仕事のこと。
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