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短編小説Vol.16「少女の生き様」

港の風は、若者の魂に刻まれた夢と不安を運び去ろうとするかのように、広島のこの小さな町を駆け巡る。
夏の終わり、海の匂いが混じり合う空気の中を、大輝は一人、海岸線を歩んでいた。
彼の胸の内は、これから訪れる未知の未来への恐れと、それを超える強い期待感で満たされている。

漁師という家業に生まれ、海とともに育った大輝にとって、海は生活の基盤であり、家族の絆そのものだった。
しかし、彼の心の奥底には別の夢が息づいていた。
それは、この港町を離れ、都会で新しい生を求める夢。
彼は、海よりも広い世界へと飛び出したいという切実な願望を胸にしまっていた。

この小さな町での日々は、大輝にとって、心の中の二つの声がせめぎ合う戦場であった。
一方では家族との絆と責任、もう一方では自分自身の未来への渇望が、彼の心を引き裂こうとしていた。

「大輝、いつも海を見て何を考えているの?」
ある日、陽子がそう尋ねた。
彼女の声は、夏の終わりの風に乗って、何とも慰めるように響いた。

大輝は少し間をおいてから、
「海は俺の家族だ。でも、海の向こうには、もっと大きな世界がある。俺はその世界を見たいんだ」
と語り始めた。
彼の声には、決意と同時に、葛藤が込められていた。

陽子は静かに彼を見つめ、やがて優しい笑顔で言った。
「わたしも、この町を離れて、アートを勉強したいの。わたしたち、似てるね。」

この会話が二人の間に、新たな絆を生み出した。
それは、夢に向かって歩む勇気を互いに与えあう絆になった。

日々は過ぎ、大輝と陽子は、それぞれの夢への道を模索し続けた。
夜な夜な二人は港に集まっては、星空の下で将来の夢や計画について語り合った。

そんなある夜、大輝は陽子に言った。

「陽子、俺たちは、どんなに難しくても、自分の道を進むんだ。諦めたら、それで終わりだけど、諦めなければ、きっと何かが変わる。」

陽子は彼の手を握り返し、
「うん、一緒に頑張ろう。どんなに遠く離れても、支え合おうね。」
と答えた。
彼らの言葉には、不安を乗り越える力と、夢に向かって前進する決意が込められていた。

そんな日々が続き、気づけば高校卒業の時期を二人は迎えた。
ただ安らかにそれを迎えることは叶わなかった。

卒業式の前日、広島の港町は静かな哀しみに包まれていた。
陽子が突然の事故でこの世を去ったという知らせが、小さな町を駆け巡った。
夢多き青春が、あまりにも早く終わりを告げたのだ。

大輝は、その知らせを受けた時、信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
陽子との無数の会話、共に過ごした時間、そして互いに語り合った未来の夢。
それらが突如として過去のものとなり、二度と戻らない現実に彼は打ちのめされた。

卒業式の日。
大輝は陽子の席を見つめながら、心の中で誓った。
「陽子、お前の分まで、俺は強く生きる。お前の夢も、俺の夢も、叶えるんだ。」
最愛の人の死という悲しみの中で大輝は陽子から学んだことを思い出した。それは、どんな困難にも立ち向かい、自分の道を切り開くことの大切さだった。
陽子はいつも、自分の夢に向かって一歩一歩進んでいく勇気を持っていた。彼女は生きることの美しさを信じ、それを大輝にも教えてくれた。

式が終わり、大輝は一人、港へと歩いて行った。海に向かって、彼は深く息を吸い込んだ。
海の匂いが、彼に勇気を与えてくれるようだった。
そして、海に向かって大声で叫んだ。
「陽子、見ていてくれ!俺は諦めない。お前の夢も、俺の夢も、この海を越えて運んでいくからな!」

その瞬間、風が彼の言葉を運んでいくように感じられた。
大輝は、陽子がいつもそばで見守っていてくれると確信していた。
彼女の死は、彼にとって人生を強く生きる決意を新たにした瞬間だった。
陽子の夢を胸に、大輝は未来へと一歩を踏み出した。
それは、彼にとって新しい始まりの瞬間だった。
広島の港町から始まる、彼の長い旅の第一歩だった。

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