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短編小説Vol.17「沈黙の教室」

夜の帳が下り、独りの影が教室の隅にひっそりとたたずんでいた。
豊島敬信、彼はその名門とされる男子校の中でも一際光る存在だった。
しかしその輝きは、金銭の余裕と女性へのあくなき追求によって、異様な発色をしていた。
彼の心は、自らが築き上げた堅固な城のように、周囲の人々、そして社会全体から自己を守る壁を高くしていた。

彼の隣には、いつも通りの場所で、日枝優吾の席が空虚に広がっている。
日枝は、掴みどころのない風のような存在だった。
その成績も、家庭環境も、クラスメイトたちの間ではひとつの謎として語られることが多かった。
だが、豊島にとっての日枝は、麻雀の牌を通じて語られる、沈黙の中の唯一の対話者だった。

受験の季節が彼らの身を包み込む中、豊島は周りが受験勉強に本腰を入れ始めるのを横目に、自らの放埒な日々を送っていた。そんなある日のことだった。

国語の授業。名前を呼ぶ声。日枝優吾。返事はない。

「またサボってるのかな?」
クラスメイトの一人が小声でつぶやいた。

しかし、真実はもっと深いところにあった。
日枝は前日、自らの命を絶っていたのだ。
この衝撃的な事実は学校中に瞬く間に広がった。
学校の空気は、しばしの間、凍りついた。

しかし、時は残酷にも前に進む。
一通りその話をみんながすると、学校はいつもの日常を取り戻していった。だが、豊島の心中は穏やかではなかった。

「おい、豊島。お前、日枝のことどう思ってる?」
授業を抜け出し、屋上で一服する間、友人が尋ねた。

豊島は一瞬、黙り込んだ。
そして、「わからない。ただ、なんでだろうな…」と声に出した。

豊島は日枝が選んだ終わりの理由を探り続けたが、皆目見当がつかなかった。
何故彼はそんな選択をしたのか。
女性のせいではないことは明らかだった。
しかし、その真実は容易には見つからなかった。

時間がどんどん流れ、豊島は日枝の過去の行動から、彼が抱えていた可能性のある苦悩を推測するに至った。
ただ、それでも日枝の心は分かりはしなかった。

高校生活の終わりが近づくにつれて、豊島敬信の心の旅は、冷たい季節の風が過ぎ去るように、一つの静寂の情熱へと収束していった。

豊島は、日枝の死から何週間もの間、自分自身と向き合う時間を過ごした。放埒な生活、自己中心的な態度、人との繋がりを蔑ろにしてきたことすべてが、彼の心を重く圧し掛かった。日枝の存在が、自分の生き方を見つめ直す鏡となったのだ。

ある冷たい冬の朝、豊島は学校の屋上に立ち、深い青空を見上げた。
その瞬間、彼の心に静けさが訪れる。

「日枝、俺は変わるよ。お前が見せてくれた世界、俺は忘れない。」

彼の言葉は、誰にも聞こえない約束だった。
しかし、その約束は彼の行動に静かな変化をもたらした。
人との関わり方に、少しずつ優しさを加え始め、自分の感情を素直に出せるようになっていった。

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