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私たちは謝らなくていいし、怒っていい

ふだん、あまりエッセイの類は読まないのだが、ネットニュースで紹介されていたので「とりあえずお湯わかせ」(柚木麻子)を読んでみた。子育てやコロナ禍の日々、女友達との交流や子育ての工夫などのエッセイだ。
どれも軽妙な語り口で、子育ての大変さをくすっと笑える形で表現したり、男女差別について鋭い批判を述べていたりしている。

すべて面白いのだが、私が特に心に残ったのは2つ。

1つめは、お笑い芸人がテレビ番組のトークで、新幹線でずっと乳幼児に話しかけている母親を揶揄した、という話。私はこのエピソードを知らなかったが、子育て中の身として、非常に不愉快に感じた。作者はその母親に対する手紙をしたためる。その手紙は、とても優しくて、いつも感じている不自由さを言語化してくれていて、思わず泣きそうになった。
今は、子連れに不寛容な社会。子供がうるさかったり、迷惑をかけたりしないように細心の注意を払わないといけない社会。けれども、あなたが受けた批判は不当なもので、あなたは被害者です、と作者はその母親に語りかける。
そう、私たちは子供をしつけ、周囲に謝罪しないといけない。ちょっとヤフーのコメント欄をみると、「親が静かにさせようとしてればいいけど、スマホなんかいじってると許せない」「親が申し訳なさそうにしていればいいけど、当然といった態度だと嫌だ」「子連れ様」「そもそも混んでいる公共交通機関に乗るな。子供もかわいそう」といったコメントにあふれている。
ある程度泣き叫び終わって、落ち着いてからでないとどう声をかけようとムダなことや、母の仕事や子供の病院で、混んでいる時間帯に移動しないといけないことは、考慮されない。
今の私は、だいぶ神経が図太くなっているので、こういった言説に触れても「だって子育ては大変なんだ!」「私も毎日疲れていて、理想どおり行動できないこともあるんだ!」と思える。けれども、数年前、初心者ママだったころはそうは思えなかった。周囲の人に迷惑をかけてごめんなさい、子供には自由にさせてあげられなくてごめんなさい、と本気で思っていた。そのころの自分にこの手紙を届けてあげたい。そして今、育児に奮闘しているママたちみんなに届けばいいのに。そう思った。

2つめは、コロナ禍で、生活を工夫して楽しもう、という風潮に対する怒り。政策のしわよせを生活者が引き受け、自己責任論が横行する。この状況は関東大震災や戦時中と同じで、どうにもならないことを笑顔で乗り切ってきてしまったから、日本は変わらなかったんじゃないか、と。
ものすごく共感した。自分の矮小な話にしてしまって恐縮だが、私は昔、かなり仕事に精をだしてしまい、バーンアウトのような状態になったことがある。「仕事がつらいのでどうにかしてほしい」と相談し、いろいろ話を聞いてもらえたと思っていたが、後日相手から「置かれた場所で咲きなさい」という本を渡された。なんともいえない無力感を感じながら、お礼を言って受け取ったが、申し訳ないが読まずに捨てた。
客観的にみて努力が足りなかったのかもしれないが、当時の私は精一杯がんばっていた。いろいろ工夫して、努力して、でもどうにもならないからほかの人の力を借りようとしたのに。環境を変えられないか相談したのに。
正直、「他の人も、みんないっぱいいっぱいだから助けられない」とか言われたほうがましだった。ぜんぜん話が通じていないんだな、と次第に絶望感が増していったのを覚えている。

子育てに不寛容な社会も、コロナ禍も、仕事が忙しいことも、仕方がないと言って、うまく乗り切るのはもうやめたい。
子供と母親が恐怖しなくていい社会に変えたい、と言う。
コロナ禍が長引いたのが政治の失策だと思うなら、選挙に行って主張する。
仕事が忙しすぎて燃え尽きてしまうなら、他の人にお願いするなり、転職するなりする。
私たちは、もう謝らなくていいし、もっと怒っていいのだ。

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