見出し画像

転倒のエアバッグ。予防から解放される技術

📖 文献情報 と 抄録和訳

脳卒中後の転倒を軽減するウェアラブルエアバッグ技術と機械学習モデル

📕Botonis, Olivia K., et al. "Wearable airbag technology and machine learned models to mitigate falls after stroke." Journal of neuroengineering and rehabilitation 19.1 (2022): 1-14. https://doi.org/10.1186/s12984-022-01040-4
🔗 DOI, PubMed, Google Scholar

画像1

✅ 図. Graphic abstract:エアバッグ装置とモデルパイプライン。転倒予測モデルの処理と開発における一連のステップ。運動学的データは、脳卒中の病歴のある個人(n  = 20)および脳卒中を経験したことがない個人(すなわち、対照、n = 15)IMUエアバッグ装置を装着しているとき。

[背景・目的] 転倒は脳卒中後に経験する一般的な合併症であり、身体の健康と社会的流動性に深刻な悪影響を与える可能性があり、介入の切実な必要性を必要とする。最近の進歩の中で、ウェアラブルエアバッグテクノロジーは、落下の影響を検出して軽減するように設計されている。ただし、これらのデバイスは脳卒中人口に対して設計も検証もされていないため、脳卒中関連の運動障害のある個人の転倒を適切に検出できない可能性がある。このギャップに対処するために、慢性脳卒中集団の転倒を事前に検出するために、集団固有のトレーニングデータとモデリングパラメータが必要かどうかを調査した。

[方法]  一連の転倒(合計842回の転倒)と転倒なし(961回)を実行しながら、脳卒中の既往歴のある人( n  = 20人)とない人(n = 15人)のウェアラブルエアバッグの慣性測定装置(IMU)からデータを収集した。脳卒中コホートの転倒を事前に検出するために、コホート依存データ(制御または脳卒中)でトレーニングされた2つの同一の機械学習モデル(適応ブースティング分類器)のパフォーマンスを比較するために、1つの被験者を除外する交差検定が使用された。

[結果] 脳卒中データでトレーニングされたモデル(リコール= 0.905、精度= 0.900)の平均パフォーマンスは、 コントロールデータでトレーニングされたモデル(リコール= 0.800、精度= 0.944)よりも統計的に有意に優れたリコール( P = 0.0035)だったが、精度はそうではなかった。特定の転倒タイプでトレーニングされた層別モデルは、前後(AP)転倒の事前検出の違いを明らかにした(脳卒中トレーニングモデルのF 1スコアは35%高く、P  = 0.019)。日常生活動作を転倒以外のトレーニングデータとして使用すると(転倒に近い場合と比較して)、両方のモデルのAP転倒を分類するためのAUC(受信者動作特性下の面積)が大幅に増加した(P <0.04)。予備的な分析は、より重度の脳卒中障害のあるユーザーは、脳卒中の訓練を受けたモデルからさらに恩恵を受けることを示唆している。最適なリードタイム(転倒を検出するためのプレインパクトの時間間隔)は、コントロールトレーニングモデルと脳卒中トレーニングモデルで異なった。

[結論] これらの結果は、脳卒中に特有の機械学習された衝撃前の落下検出のための人口感度、非落下データ、および最適なリードタイムの​​重要性を示している。他の転倒リスクの高い集団の転倒を適切に検出するために、モデル開発に神経障害のある個人のデータを含めるように、既存の転倒緩和技術に挑戦する必要がある。

🌱 So What?:何が面白いと感じたか?

ギリシャ神話の中に、プロメテウスとエピメテウスという神が出てくる。
ざっくり、以下のようなイメージだ。
プロメテウス:予知の神。あらかじめ先を予測して、行動する。
エピメテウス:後知の神。事が起こってから、それに気づく、対応する。

これまで、転倒関連の研究は、明らかにプロメテウスを育ててきた。
・転倒に関連する要因は何か?
・転倒を予測するモデルは何か?
・院内転倒した場合、医療保険の対象ではなくなる!?(medicare)

事予めすれば則ち立ち、予めせざれば則ち廃す
久坂玄瑞

僕たちは、プロメテウスを愛で、エピメテウスを憎んできた。
だけれども、ほんとうにそうなのだろうか。
近年、転倒に限らず、「潔癖に予防しきるという考えは弊害ではないか?」と思われる証拠がいくつか出てきている。

プロアクティブ・ポリッシング:Proactive Policing
まだ犯罪が起こっていないうちから、事前に極悪犯罪を防ごうとする営みは「Proactive Policing」と呼ばれる。
まさにプロメテウス的行動だが、この「Proactive Policing」、なんと大犯罪を増やしている可能性があるという(📕Sullivan, 2017 >>> doi.)
その仕組みには、ゴーレム効果があるかもしれない。
ゴーレム効果によれば、「私を悪者にしたいってわけね。いいわ、だったら悪者になってやるから。(マザーゴーテル)」の言葉に代表されるように、周囲からの猜疑的な目が、その人の悪を育てる。

「経験機会」が欠落しつつある
以前、「決して転倒を起こしてはいけない」という信念は、患者の移動を制限する環境をつくる、という論文を抄読した。
アメリカ版の医療保険「メディケア」では、近年、院内で発生した転倒に対しては医療保険が適応されない(ネバーイベントに院内転倒が指定された)という鬼のルールができた。
そのルールによって、患者が移動量を増やし、自らよくなっていくという機会が奪われつつあるのではないか、と主張していた。

ここで、考えたいことがある。
子どもは、プロメテウスか、エピメテウスか。
明らかに、エピメテウスが強い。
ことが起こる前に、すべてを予測して・・・、なんていう諸葛孔明のような3歳児はいないのだ。
だが、力強く、歩く、走る、木に登る、自転車に乗ることを学習する。
考え方をグルンと逆向きにして、考えてみよう。
子どもは、エピメテウスが強いから、試行錯誤型が成り立つ。
転んでから「こうすると転ぶのね」と感じ、転ばないと「こうすると転ばないのね」を感じる。
こちらの方が自然で、おおらかで、手づくりで、豊かな感じがする。
だが、問題なのは高齢者では、これが許されないということ。
なぜなら、1度の転倒で「骨折」してしまうから。
だから、失敗できない、予防する「しか」ないというわけだ。
その世界に一石を投じたのが、今回抄読した「エアバックシステム」だ。

転倒におけるエピメテウス技術は、大きく2つの流れに支流する。
受け身と、衝撃吸収とに。
受け身とは、その名の通り、転んだときにうまく受け身をとる練習をし技術を獲得すること。
“Physical Therapy” に載った症例報告に、臨床理学療法の場において、1人の患者に対して安全な受け身技術介入(safe fall landing strategies: SFLS)をどのように安全かつ実用的に進めていったかが示されている(📕Kinney, 2021 >>> doi.; 以下note参照)。

ところで、子どもは「受け身」を極めているのだろうか。
そうではない。
転んでも「骨折しにくい」身体特性を持っているだけだ。
その子どもをつくる技術が、衝撃吸収のパッド技術になろう。

この衝撃吸収、さらに2つに支流する気がする。
ウェアラブルか、インフラ整備か。
ウェアラブルは、今回の抄読研究に示されたように、身につけ、自動検出し、守る。
インフラ整備は、路面側のシステムで、転倒者は何も身につけておらず、ただ転倒しそうになると路面が感知し、当該部分の路面だけがビーズクッションのようなフワッとしたものになる(のようなイメージ)。
ウェアラブル、これが今のところ現実的。
だが、拘束感が強く、装着の自由を守るために、全員を救いきれない。
そして、衝撃力は救えるが、折れ応力や捩れの力は救いにくい。
いまはまだ夢物語だが、いずれインフラ整備の世界に入る気がする。

そろそろ、まとめよう。
プロメテウスは、人の頭を警察的、検閲的にする。
そして、その目に晒された人は安心できない。
近ごろ、ぼくたちの生活から豊かな感じが摩耗し、窮屈に、無機質的に感じているのは、一つにはプロメテウスの網の目が緻密になり過ぎていることがあるだろう。
エピメテウスは、動物的。野蛮。無能。怠惰。と思われ過ぎていないか。
ただ、自然なだけなのに。
もっとも原始的な学習スタイルなだけだ。
アーティストの精魂が、その一曲目に凝集されているが如く、最も原始的な学習が最も強く効果的なのではないだろうか。
神様が、子どもの学習スタイルに「試行錯誤型」を選択したことからも、それは明らかな気がする。
プロメテウス、制約を強める方向への努力は結実しつつある。
エピメテウス、次は、解放する方向への進軍を!
知恵の実を手放す方向に、知恵を使うべき時が、来ている。

娘たちを信頼していたし、娘たちもわたしを信頼した。
危険なことは避けたけれど、リスクが限られていれば娘たちが新しいことに挑戦するのを邪魔しなかった。

『【エスター・ウォジスキー】TRICK:世界一の教育法』より

○●━━━━━━━━━━━・・・‥ ‥ ‥ ‥
良質なリハ医学関連・英論文抄読『アリ:ARI』
こちらから♪
↓↓↓

【あり】最後のイラスト

‥ ‥ ‥ ‥・・・━━━━━━━━━━━●○

#️⃣ #理学療法 #臨床研究 #研究 #リハビリテーション #英論文 #文献抄読 #英文抄読 #エビデンス #サイエンス #毎日更新 #最近の学び

この記事が参加している募集

最近の学び