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2020年の読書記録を振り返る

プロローグ


個人的にも社会的にも変化の多かった2020年。そんな1年であっても僕の読書ペースは変わらなかった。昨年は75冊、今年は73冊(12/29時点)。
毎年70冊ずつ本が増えていくので、今年の初めに買い足した本棚もすでに読了済みの本で埋め尽くされている。いよいよ来年は電子書籍に移行か、と思う今日この頃。
さて、今年読んだ73冊の中から個人的ベスト10を決めようと思う。
昨年まではツイッターでやっていたけれど、今年はnoteにしっかりとした記録として残そうと思う。
なお、紹介した作品には2020年に刊行した作品以外も含まれることをご了承ください。


閑話休題


ベスト10を決定するにあたって候補作を下記のように選出した。

計20作品
●森博嗣『人間のように泣いたのか?』
●市川憂人 『ブルーローズは眠らない』
●森博嗣『夏のレプリカ』
●岡嶋二人 『99%の誘拐』
●早瀬耕『彼女の知らない空』
●東野圭吾『どちらかが彼女を殺した』
●井上真偽『ベーシックインカム』
●貫井徳郎『微笑む人』
●エラリー・クイーン『Zの悲劇』
●村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』
●貫井徳郎『壁の男』
●呉勝浩『スワン』
●岡嶋二人『クラインの壺』
●森博嗣『馬鹿と嘘の弓』
●歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』
●青崎有吾『体育館の殺人』
●マルク・デュガン(中島さおり 訳)『透明性』
●乾くるみ『イニシエーション・ラブ』
●F『20代で得た知見』
●市川憂人『揺籠のアディポクル』

推理小説やミステリーが多いのは毎年のことではあるが、今年は早瀬耕さんの『彼女の知らない空』、井上真偽さんの『ベーシックインカム』、マルク・デュガン(中島さおり 訳)の『透明性』などいずれも近未来を描いた作品を読んだ年でもあった。SF映画が好きだから、当然の流れとも言える。
長年追い続けている森博嗣さんの作品を多く選んでいるのはいつも通りだけれど、昨年よりは少なめだ。これは数多くある作品の8割ほどを読んでしまったからだろう。

早速ベスト10から書いていこうと思う。カウントダウンの仕方はミステリ好きにはわかる仕掛けになっていると思う。


小さな兵隊さんが10人、ご飯を食べにいったら1人がのどをつまらせて、残りは9人


第10位は歌野晶午さんの『密室殺人ゲーム王手飛車取り』だ。以前から気になっていた作品で、ようやく読めた。「推理小説 おすすめ」で検索すると、必ずといっていいほど上位に表示される作品だ。

あらすじ

“頭狂人”“044APD”“aXe(アクス)”“ザンギャ君”“伴道全教授”。奇妙なニックネームの5人が、ネット上で殺人推理ゲームの出題をしあう。ただし、ここで語られる殺人はすべて、出題者の手で実行ずみの現実に起きた殺人なのである…。リアル殺人ゲームの行き着く先は!? 歌野本格の粋を心して堪能せよ。
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5人の奇妙なニックネームのネットユーザーがテレビ通話をしながら、その中の一人が実際に起こした殺人事件のトリックを推理し合うというもの。トリックも趣向が凝らされていて面白いのだけれど、終盤に物語の前提条件では想像できない大きなツイストがあって驚かされた。さらにこの作品をより面白くしているのは、時代性の先取りだと思う。本作品の初版発行は2007年だが、今の時代に読んでもまったく色褪せない。ビデオ通話しながらお酒を飲むなんて、Zoom飲み会にも象徴されるように日常的に行われている。だからこそ、多少ネット用語などが古くても問題なく設定がすっと頭に入ってくるのが素晴らしい。
もちろん作中で行われているのは、殺人事件の推理ゲームだから、安易に笑えないのだけれど。それでも推理小説というエンタメとしてめちゃくちゃ面白いので、興味ある方はぜひご一読を。
ちなみに現時点では続編が2作品出ているが、僕はまだ読めていない。


小さな兵隊さんが9人、夜ふかししたら1人が寝ぼうして、残りは8人


第9位は早瀬耕さんの『彼女の知らない空』。『未必のマクベス』で話題となった著者の短編集。ツイッターで紹介されている方がいて、発売されてからすぐに買った記憶がある。

あらすじ

憲法九条が改正され、自衛隊に交戦権が与えられた冬。空自佐官のぼくは、妻の智恵子と千歳基地の官舎で暮らしている。しかし、智恵子は知らない。ぼくがQ国の無人軍用機を遠隔操縦し、反政府組織を攻撃する任務に就いていることを。ぼくは彼女の知らない空で戦争をしている―。表題作の他、化粧品会社の新素材の軍事転用をめぐり社員夫婦が抱えた秘密、過重労働で心身を蝕まれる会社員と老人の邂逅など、組織で生きる人々のジレンマを描く七編。抗えない状況で自らの正義が揺らぐ時、何ができるのか。今、私たちが直面する危機について問いかける短編集。
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日本の軍事状況や労働環境が著しく変化してしまった少し先の日本を舞台に、組織に翻弄されていく人々を描いている本作。社会環境が刻々と変化していく中でも変わらないのは、人と人の繋がり。それはもちろん良い面もいっぱいあるのだけれど、負の側面も立ち現れる。
どの短編も人と人の負の側面は多く表現されているが、特に表題作の「彼女の知らない空」はとても重い。上記のあらすじにもある通り主人公は妻の知らないところで無人軍用機のパイロットを務めることになったのだが、上官から敵国への攻撃を命じられる。上官から攻撃命令を受ける場面はとても残酷であるし、その攻撃がボタン1つで完了してしまうというあっけなさは非情なものがあった。それは下記の台詞によく表れていると思う。

兵器の進歩は兵士の恐怖感と罪悪感の希釈だ。
P80

人は攻撃対象の痛みがわからないからこそ残酷になる。そんな感慨を痛烈に感じ、胸が苦しくなった。


小さな兵隊さんが8人、デヴォンを旅したら1人がそこに住むって言って、残りは7人


第8位は岡嶋二人さんの『99%の誘拐』。以前から気になっていた作家で、ようやく読むことができた。
岡嶋二人という作家はエラリー・クイーンと同様に2人で共同の作家名を名乗っている稀有な存在だ。岡嶋二人の結成から解散に至るまでの経緯はなかなか面白いものがあるので、興味のある方はぜひ調べて欲しい。と言っても、ミステリ好きには周知のことかもしれないが。
ちなみに岡嶋二人で主に執筆を担当していた井上泉は現在、井上夢人として活動している。これもミステリ好きには周知のことかもしれないが。

あらすじ

岡嶋二人の代表作!末期ガンに冒された男が、病床で綴った手記を遺して生涯を終えた。そこには8年前、息子をさらわれた時の記憶が書かれていた。そして12年後、かつての事件に端を発する新たな誘拐が行われる。その犯行はコンピューターによって制御され、前代未聞の完全犯罪が幕を開ける。第10回吉川英治文学新人賞受賞作にして、2005年度「この文庫がすごい!」第1位のリバイバルヒットになり、改めてオカジマフタリの名を知らしめた作品でもある。刊行1988年。(講談社文庫)
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1998年刊行と聞いて侮るなかれ。作中で登場するコンピューター技術は確かに今の現代では古臭いものに見えるが、当時の技術をフルに活用したコンピューター制御された誘拐犯罪には読む手を止まらなくさせるほどのワクワク感があり、圧巻だった。

小さな兵隊さんが7人、まき割りしたら1人が自分を真っ二つに割って、残りは6人


第7位は森博嗣さんの『馬鹿と嘘の弓』だ。僕が長年、推し作家として敬愛している作家の待ちに待った新刊だ。
『すべてがFになる』で脚光を浴びた森博嗣は、近年では推理小説から近未来SFに世界観を変貌させている。
森博嗣さんの作品は森博嗣ユニバースとも表現されるように初期作品から現在の作品まで登場人物の繋がりが多い。だからこそ、長年追いかけているファンも多いのだろう。ただ、近年はSF作品に作風を移行しており、僕は常々「忘れ物がないかい?」と思っていた。

なぜ僕がそう思うのか?

コンピューター技術と密室を見事に融合させた『すべてがFになる』を第1作とするS&Mシリーズから、Vシリーズ、Gシリーズ、Xシリーズと移行するにつれて、推理小説や密室という世界観から徐々に登場人物たちの哲学的な会話や群像劇が中心になっていった。そして、森博嗣ユニバースは世界観をぐんと飛躍させ、Wシリーズという近未来SFに変貌を遂げた。
ここで森博嗣ファンの誰もが注目しているのがGシリーズだ。Gシリーズは実はまだ完結していない。後期三部作と評される『χの悲劇』、『ψの悲劇』が刊行され、『ωの悲劇』はいつ発売されるのかも不明な状況だ。少しネタバレになってしまうが、後期三部作はGシリーズの転換点と言われ、Gシリーズで主要な登場人物たちはほとんど登場しない。
やや長くなったが、ここから「忘れ物がないかい?」に繋がってくる。僕はGシリーズに登場していたキャラクターたちのその後がずっと読みたかったのだ。
そして、これもネタバレになってしまうが、その答えが『馬鹿と嘘の弓』にはある。

あらすじ

探偵は匿名の依頼を受け、ホームレス青年の調査を開始した。対象は穏やかで理知的。危険のない人物と判断し、嵐の夜、街を彷徨う彼に声をかけた。その生い立ちや暮らしぶりを知るにつれ、何のために彼の調査を続けるのか、探偵は疑問に感じ始める。
青年と面識のあった老ホームレスが、路上で倒れ、死亡した。彼は、1年半まえまで大学で教鞭を執っていた元教授で、遺品からは青年の写真が見つかった。それは依頼人から送られたのと同じものだった。
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上記のあらすじがネットに公開されたとき、森博嗣ファンは様々な予測をしていた。それは上記で述べた森博嗣ユニバースのことがあったからだ。登場人物は一体誰なのか、ということだ。僕の予想はほとんど外れてしまった。肩透かしを食らったと言ってもいい。それでも僕は嬉しかった。なぜなら、またあの登場人物に再会できたからだ。
ただ、僕のその期待感は、序盤からずっと立ち込める不穏な気配に支配されてしまった。それに蓋をして読み進め結果、ラストのあまりにも残酷な展開に胸が苦しくなってしまった。

特にエピローグの一説(一説というには少々長すぎるが)を引用しようと思う。物語の重要な部分には触れていないので、ご安心を。

警察で口から出てしまった疫病神という言葉は、彼女の中では、真珠の芯のようなものだった。異物なのだ。それを涙という体液で包み込んでいる。この5年ほどは、それが自分の大部分だった。いつか綺麗な思い出になると信じて、必死で包み込んでいるものだった。
あまりに歪だから、なかなか滑らかな球体にならないだろう。
その歪さを思い出して、もっと泣いて、必死で丸くしようとしている。
自分が悪いわけではない。それはわかっている。
運が悪い。巡り合わせが悪い。それだけのことではないか。
ときどき、自分だけがどうしてこんな目に遭うのか、と考える。
もうやめてしまいたい、と思ったこともあった。
でも、何をやめれば良いのか、わからない。
生きることだろうか。
生きることをやめるなんて、できるだろうか?
それができるくらいなら、とっくにしているのではないか?
もっとなにかできるかもしれない。そう考えているのだが、そのなにかは、いまもわからなかった。
わからないことばかりだ、本当に。
溜息ばかり出て、躰の中の空気が抜ける。心が萎んでいく。周囲の圧力で押しつぶされそうになるくらい、胸が痛い。息が重い。
(中略)
そうだ……、これまでの辛い体験も全部、なにか失ったものがある。
それは、自分が差し出した気持ちだった。
甘えて、信じて、きっと応えてくれると期待した、その気持ちが、海に向かって投げた石のように、簡単に沈んでいった。
それは自分の一部のようなもの、そう思えた。
自分の一部が失われて、今は海の底。
その分、自分が欠けたように感じるのだった。
P315~P317

あまりに苦しくて、一度、本を閉じそうになった。この心情の吐露が刺さりすぎて耐えられなかった。もちろんこれまで森博嗣作品を読み続けてきたことによるバイアスもあるだろうが、とても強く胸にずしんと来る一節だった。

小さな兵隊さんが6人、ハチの巣をいたずらしたら1人がハチに刺されて、残りは5人


第6位は岡嶋二人さんの『クラインの壺』。再びの岡嶋二人作品。こちらの作品もコンピューター技術を扱った作品だ。『クラインの壺』で扱われたのは、バーチャルリアリティだ。1989年の作品でもうすでにバーチャルリアリティをプロットに組み込んでいることにただただ驚くばかりだ。

あらすじ

現実も真実も崩れ去る最後で最恐の大傑作。200万円で、ゲームブックの原作を謎の企業「イプシロン・プロジェクト」に売却した上杉彰彦。その原作をもとにしたヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることに。美少女・梨紗と、ゲーマーとして仮想現実の世界に入り込む。岡嶋二人の最終作かつ超名作。そのIT環境の先見性だけでも、刊行年1989年という事実に驚愕するはず。映画『トータル・リコール』の前に描かれた、恐るべきヴァーチャルワールド!(講談社文庫)
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小説で現実と虚構の区別をつけなくさせる手法は見事だった。まんまと騙された。
作中で主人公が現実とVRの区別がつかなくなるといった描写があったが、恐ろしいのは、今の現代が徐々にそうなりつつあるということだ。VRの技術革新が目覚ましいのは言うまでもないが、SNSやどうぶつの森を初めとするゲームの世界に自分自身をどっぷりと投影させるようなことはもうすでに起きている。それを1980年代にやってのけたのは驚嘆するばかりだ。


小さな兵隊さんが5人、法律を志したら1人が大法官府に入って、残りは4人


第5位は森博嗣さんの『夏のレプリカ』だ。先ほど紹介したS&Mシリーズの第7作で、前作の『幻惑の死と使途』の作中の事件と同時期に起こった事件が描かれる。『幻惑の死と使途』は「第1章、第3章」といった奇数章、『夏のレプリカ』はそれとは逆に偶数章で構成されており、そういった仕掛けも面白い作品だ。

あらすじ

T大学大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられた。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかへ消えてしまった。眩い光、朦朧とする意識、夏の日に起こった事件に隠された過去とは?『幻惑の死と使途』と同時期に起った事件を描く。
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これまで森博嗣作品が好きでたくさん読んできた。当然S&Mシリーズも読んでいたのだが、なぜだかこの作品は読んでいなかった。大学生のときに森博嗣さんの作品を好きになり、『すべてがFになる』から順番に読んでいったはずなのに自分でもわからない。そんなこんなでようやく読んだのだけれど、期待通りというか、期待を超えてきた。最高に面白かった。
特に第2章の「銃声が鳴り響いた」の部分にはまんまと騙された。真相がわかったあと、いやあ、よくできているなあと感嘆した。やっぱり森博嗣が好きだと再認識させられた作品だ。
最後に印象に残ったフレーズを下記に引用しておく。

みんな、編み物の毛糸みたいに曲がりくねって、お互いに絡み合っている。行き着きたいところが、すぐそこにあるのに、わざわざ回り道をして、まるでその苦労を楽しんでいるようだ。
子供には「人生に夢を持て」と言って勉強をさせる。
女の子には「良い妻になるように」とお花やお茶を習わせ、男の子には「立派な社会人になるために躰を鍛えろ」と言う。
どうして回り道をさせるのだろう?
P390~P391
何かを嫌いだ、と主張することは簡単で、気持ちが良い。
本当に嫌いだったわけではない。
嫌いだと思い込むことで、自分を確保できる、そんな幻想があった。
P397

小さな兵隊さんが4人、海に出かけたら1人がくん製のニシンにのまれて、残りは3人


第4位は呉勝浩さんの『スワン』。第165回直木賞の候補作になり、話題になった作品だ。実は『スワン』より先に昨年、『白い衝動』という作品を読んで、本作も絶対に読もうと思っていたのだけれど、なかなか読めなかった。『白い衝動』は少年犯罪をテーマに置いた重い作品だったが、本作も取り上げるテーマは重い。

あらすじ

首都圏の巨大ショッピングモール「スワン」で起きたテロ事件。死者二十一名、重軽傷者十七名を出した前代未聞の悲劇の渦中で、犯人と接しながら、高校生のいずみは事件を生き延びた。しかし、取り戻したはずの平穏な日々は、同じく事件に遭遇し、大けがをして入院中の同級生・小梢の告発によって乱される。次に誰を殺すか、いずみが犯人に指名させられたこと。そしてそのことでいずみが生きながらえたという事実が、週刊誌に暴露されたのだ。被害者から一転、非難の的となったいずみ。そんななか、彼女のもとに一通の招待状が届く。集まったのは、事件に巻き込まれ、生き残った五人の関係者。目的は事件の中の一つの「死」の真相を明らかにすること。彼らが抱える秘密とは? そして隠された真実とは。圧倒的な感動。10年代ミステリ最後の衝撃!
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物語は巨大ショッピングモール「スワン」にテロリストが次々と客を銃殺していく描写から始まる。これだけでも読んでいて惹きつけるものがあるが、物語は主人公のいずみを含めてテロからの生存者が何を隠しているかに主眼が置かれる。生存者だけ集められて、互いに疑心暗鬼になる様はとても生々しかった。
また、作中には、ただテロリストから逃げただけなのにも関わらず、なぜ目の前の人を助けなかったのかとネットを中心に誹謗中傷を受けるという場面が何度も登場し、今の日本を痛烈に描写しているなあと感じた。
重いテーマで読んでいてしんどくなることもあったが、前半で提示した謎が終盤で回収されるのは読んでいて爽快感があった。

幕間


ベスト3の前に少し休憩。
ここまでかなり文章量を書いてきたわけだけれど、実は7位くらいまで書いたところでnoteのバグで書いた文章がすべて消えてしまうトラブルに見舞われた。冗談でもなんでもなく発狂してしまった。復旧方法もないようなので、Wordで文章を書いて、投稿時にはnoteにコピペする予定。
ちなみにここまでの文章は、ミスチルをBGMに酒を飲みながら書いている。ここまで読み返してきて誤字脱字が酷いので、かなり修正をするはめになった。
第10位から第1位までの見出しのモチーフはミステリ好きならわかるはずなので、あえて言及はしない。気になる方は調べてみて欲しい。
では、ベスト3位からどうぞ。


小さな兵隊さんが3人、動物園を歩いたら1人が大きなクマにだきしめられて、残りは2人


第3位は市川憂人さんの『ブルーローズは眠らない』。前作『ジェリーフィッシュは凍らない』で綾辻行人さんの『十角館の殺人』とアガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』に挑戦し、話題となった著者。本作は『ジェリーフィッシュは凍らない』に登場したマリアと連が再登場するシリーズ第2作。前作が面白かっただけに期待値は嫌でも上がってしまうが、予想以上の面白さだった。

あらすじ

両親の虐待に耐えかね逃亡した少年は、遺伝子研究を行うテニエル博士の一家に保護される。彼は博士の助手として暮らし始めるが、屋敷内に潜む「実験体七十二号」の不気味な影に怯えていた。一方、ジェリーフィッシュ事件後、閑職に回されたマリアと漣は、不可能と言われた青いバラを同時期に作出したという、テニエル博士とクリーヴランド牧師を捜査することになる。ところが両者と面談したのち、施錠されバラの蔓が壁と窓を覆った密室状態の温室の中で、切断された首が見つかり……。
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冒頭で日記が出てくるのだけれど、僕は小説の中に日記や手記が出てくる作品が堪らなく好きで、それらが出てきただけで何割増しにもその作品が好きになり、のめり込むことができる。本作もそんな作品で、しかも日記が効果的に使われており、終盤の展開に大きく絡んでくる。最高だった。真相も切なかった。次作の『グラスバードは還らない』も時間を見つけて読もうと思う。

小さな兵隊さんが2人、ひなたに座ったら1人が焼けこげになって、残りは1人


第2位は森博嗣さんの『人間のように泣いたのか?』。またかよと思われるかもしれないけれど、推し作家なので、仕方がない。
本作は前述したように森博嗣ユニバースのはるか近未来を描いたWシリーズの最終巻である。
シリーズ作品の最終巻だけ紹介するのは難しいので、Wシリーズの説明を少ししようと思う。Wシリーズの第1作『彼女は一人で歩くのか?』の説明をすれば、世界観は掴みやすいと思う。下記に『彼女は一人で歩くのか?』のあらすじを載せておく。

あらすじ

ウォーカロン。「単独歩行者」と呼ばれる人工細胞で作られた生命体。人間との差はほとんどなく、容易に違いは識別できない。研究者のハギリは、何者かに命を狙われた。心当たりはなかった。彼を保護しに来たウグイによると、ウォーカロンと人間を識別するためのハギリの研究成果が襲撃理由ではないかとのことだが。人間性とは命とは何か問いかける、知性が予見する未来の物語。
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時代設定は2200年くらいと思ってもらえればいいだろう。この時代では主人公のハギリ初め人間は、人口細胞を取り入れることで寿命がなくなっていて永遠に生きられる。世界には人間だけではなく、人口細胞で作られたウォーカロンという生命体も存在し、人間と共存している。ハギリは、人間とウォーカロンを区別する研究をしていて、それが原因で命を狙われることになるが、局員のウグイによって護衛されることになる。ウグイは人間の女性ではあるが、人間的な感情があまり表出しないキャラクターとして描かれる。見ようによってはウォーカロンの方が「人間的」に描かれることもある。
そんなWシリーズはトランスファとい実体を持たない生命体も登場し、人間とは何かという問いを常に考えさせられるシリーズになっていく。
そんな中で『人間のように泣いたのか?』はどのような物語なのか?

あらすじ

生殖に関する新しい医療技術。キョートで行われる国際会議の席上、ウォーカロン・メーカの連合組織WHITEは、人口増加に資する研究成果を発表しようとしていた。実用化されれば、多くの利権がWHITEにもたらされる。実行委員であるハギリは、発表を阻止するために武力介入が行われるという情報を得るのだが。すべての生命への慈愛に満ちた予言。知性が導く受容の物語。
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人間、ウォーカロン、トランスファなどあらゆる生命体との交流を通じて、Wシリーズでは一貫して「人間とは何か?」を問いかけてきた。そして、ラストの本作では人間と人間の話に帰着する。

ハギリとウグイは敵対勢力から逃れるために逃亡する。逃亡した先のホテル(明確な説明はないが、カプセルホテルのようなものだろう)で対話をする。そこに人間と人間の本質を見た気がしたのだ。少々長いが、引用する。

こんな狭い空間に、彼女と二人だけでいるのが、奇跡的な時間のように感じられた。
危機的な状況ではなかったのか、と思い出す。
どうしてこんなふうになったのだろう?
こんなふうになれたのだろう?
それは、世間から、ネットから、多くの仕事、人間関係から、遮断されたためだろう。孤立したことで、普段は意識に上らないような、本来の自分を再確認したような気持ちになった。
ウグイは、これまでのどの彼女よりも素直に思えた。
じっと僕の話に耳を傾けてくれて、つい、僕もしゃべりすぎてしまった。
そう思ったから、ここで僕は黙った。
「どうされたのですか?」ウグイが尋ねた。
「うん、いや……、ちょっとしゃべりすぎたから」僕は言った。
「もっと聞かせて下さい」
僕は彼女の顔を見た。
距離は、1メートルほどしかない。こんなにじっくりと、しかも長く、ウグイの顔を見ることは滅多にない体験かもしれない。
いつの間にか、彼女の頬が濡れていた。
ウグイは、それに気づいたのか、目を瞑り、片手で頬を拭った。
「どうかした?」僕は尋ねた。
「なんでもありません」ウグイは声を震わせている。珍しいことだ。
「でも、泣いている。どうして?」
「大丈夫です」
「何か辛いことでも思い出した?」
「違います。悲しいのではなくて、嬉しいから……」ウグイは、言葉の途中で笑顔になった。「どうして、涙が流れたのか、わからない」
「何が、嬉しいの?」
「はい、先生のお話が、その……、きちんとした考えだと思えて、そういうふうに、きちんと考えている人がいる、ということが、なんだか、とても嬉しく思えて……」
P220~P221

はるか近未来でなくても、今の人と人はあまりに繋がりすぎている。そういったすべてから遮断されたからこそ、人間本来の対話が生まれた場面だった。人間と人間が対話するのに場所はどこだっていい。それは重要なことではない。そう思わせてくれる素敵な場面だった。
上記でも書いたように人間であるのに他のどの生命体よりも「人間的」ではないウグイが最後に感情を露にし、それが対話によって生まれたものということに深い感動があった。
全10作あるWシリーズを読み進めるのが大変なときもあったけれど、本当に読んで良かったなと思えた。最後にこういう景色を見せてくれたのだから。

小さな兵隊さんが1人、あとに残されたら自分で首をくくって、そして、誰もいなくなった


第1位は貫井徳郎さんの『壁の男』。『慟哭』、『愚行録』、『乱反射』で衝撃を受けた僕としては、嫌でも期待せずにはいられないけど、その期待値は軽く超えてきた。
貫井徳郎さんと言えば、緻密に張り巡らせた伏線とどんでん返しが素晴らしい作品が多く、特に上記の3作品もその類のものだ。
本作についてもそれは健在で、帯の推薦文には「“最後の一撃”には思わず涙が込み上げるほどの感動があるが、本書は謎が解かれて終わりではない」とあり、最後に鈍器で後頭部をがつんとやられたような感覚に陥った。

あらすじ

彼はなぜ絵を描き続けたのか? 〈最後の一撃〉が読者の心を撃ち抜く感動の傑作長編。 北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。 決して上手いとは言えないものの、その色彩の鮮やかさと力強さが訴えかけてくる。 そんな絵を描き続ける男、伊苅にノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが、寡黙な彼はほとんど何も語ろうとしない。 彼はなぜ絵を描き続けるのか——。 だが周辺を取材するうちに、絵に隠された真実と、孤独な男の半生が次第に明らかになっていく。 〈最後の一撃〉が読者の心を撃ち抜く感動の傑作長編。 解説・末國善己
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あらすじは上記の通りなのだけれど、この物語の凄いところは、「なぜ男は街中の壁に奇妙な絵を描き続けるのか?」という謎の1点で最後まで貫き通すところだ。
物語はノンフィクションライターの「私」が絵を描く男にインタビューをするという体裁だが、大半が男の半生を三人称で過去に遡りながら描いている。ノンフィクションライターの「私」は男に何度インタビューしてもそっけない態度を取られるが、読者だけは男の真実を読むことができるというところが面白い。
男の半生はまさに激動で、そのたびに、なぜ?という疑問符が続き、回収が繰り返される。しかし、「なぜ男は街中の壁に奇妙な絵を描き続けるのか?」の謎は一向にわからない。
そして、ラスト。本当に最後の一撃だ。ラスト1行で、「なぜ男は街中の壁に奇妙な絵を描き続けるのか?」という謎に明確な答えが提示される。この一節を読んだときに、ああとも溜息ともなんともつかない声が漏れた。圧倒された。
上記で、過去に遡りながら、と書いたが、時系列を複雑にしていて、それが最後の一撃に効いてくる。構成が本当に素晴らしいと思った。
文句なしの1位。


エピローグ


今年はどんな1年だっただろうか。
数年経過したときに2020年のことを思い返してみても、コロナ以外のことを思い出せないのではないだろうか。
ある意味、非常に印象に残る年であり、ある意味、まったく印象に残らない年なのかもしれない。
そんな中にあって、読書ペースが乱れず、昨年と同じくらい本を読めたのは自分にとって幸福以外の何物でもないと思う。

僕は、基本的に本は家でしか読まないけれど、お気に入りのカフェで、公園のベンチで、近所の図書館で、そんな自分にとって大切な場所で本を読みたい人には大きく影響があっただろうと思う。
来年こそは何の気兼ねもなく外に出掛けられるような年になればいいなあと思う。

上記の候補作を見てみても、推理小説やミステリが多い。どうしてもそっちの方角に吸い寄せられてしまうようだ。来年はもう少し他のジャンルも読んでみたいと思う。

上記の候補作や他に読んだ作品の中でも紹介したいものはまだまだたくさんあるので、時間があれば番外編でも作ろうかな。

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