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毒親育ちの少年がオスカーを獲得するまで ブックレビュー『顔に魅せられた人生 辻一弘』


この本はいくつかの読み方が出来る。

一つは島国にいた物作りが好きな少年が、海を渡りハリウッドで成功するサクセスストーリーとして。

一つは特殊メイクの技術開発秘話として。

一つはゲイリー・オールドマン、ブラピ(なんと一緒に家具を製作中!) アンジー、ジムキャリーといったハリウッドスター達との交友録として (といっても辻さんはミーハーの対極な ので、淡々と書かれている)。

一つはトップフィルムメーカー達との映画制作のバックステージものとして。
 (仕事初めていきなり伊丹十三、黒澤 明、ハリウッドではティムバートン、デ ビッドフィンチャー。才能が別ジャンルの才能を呼ぶという奴です)

ここまでだと 『ああ、元々辻さんてのは 規格外に天才で凄いんでしょ』
と、遠い目をしてしまうだろう。
例えば映画『ドラキュラ』で衣装デザインでオスカーを受賞した石岡瑛子。
 (これが不思議な事に同じゲイリー・オールドマンが主役の映画なんですねえ)
父親が広告デザイナーで、芸大卒。
男尊女卑甚だしい時代 資生堂に広告デザイナーとしての面接で『男に負けない仕事をするから、男と同じギャラを頂きます』と言い放ち、作るもので周りの男共を黙らせ、渡米するやオスカーをゲット、あの大スター、ジェイロー様の『なんでこんな変なの着なきゃいけないの?』というクレームに『着るのがあんたの仕事でしょ』と言い放つ、女傑。
それくらい天才で肝っ玉もオラオラしてないと、世界トップになれないわ!
と思っていたが、辻さんのキャラクターは真逆。とても繊細で、他人の感情に振り回され心を消耗させてしまうタイプ。

そもそも、辻さんの両親は結構な毒親。
(父はネグレクト系アル中、母はヒステリック系のモラハラで秋葉原事件の加藤の母親に近い)
淡々と書かれていたが(こんなキャリアがある人がこういう告白をするのは珍しい)かなりキツかったであろうし、この生い立ちが辻さんのメンタルを不安定にしたのであろう(辻さんが日本国籍を捨てたのも、この辺りだろう)

しかし、神は辻少年を見捨てなかった。
物作りや特殊メイクに興味のあった
辻少年を、ハリウッドの特殊メイクの権威、ディック・スミスと繋げるのである。(雑誌にアドレスがあったので、手紙書いたら返事が来て文通が始まるという映画みたいな話!) これをラッキーな引き寄せと見る人もいるかもしれない。しかし、好きな事、やりたいことを真剣に考え、模索しているとこういった救いがある。
(自力の先に他力がある)

そしてディックと師弟関係になり、彼の導きもあり、そして辻さん自身の創作への真摯さもあって、コツコツと着実にキャリアを築いていく。(この辺り例えば、 無名時代のスピルバーグがプロデューサーとコネを作る為、スタジオの門番と仲良くなる、といったかましエピソードではなく、とにかく淡々と真摯に仕事して実力をつけチャンスに繋げていく感じ)

特殊メイクが海を超えて繋いだ ディックスミスと辻さんの関係は
師弟関係や、疑似親子関係なんて言葉で片付けられないくらい、美しく深遠である。(ディックスミスが施設に入ってからの二人の交流など、文芸映画のように胸に迫るものだった)

それというのもディックスミス自身、辻さんと同じく、
母親との確執を抱える人だった。
(母の死後もその感情を浄化出来ず骨壷を庭の穴に投げたエピソードは凄かった)
いわば、二人の関係は
映画『ミリオンダラーベイビー』
カポーティの『クリスマスの思い出』
のような傷ついた魂同士の繋がり
『モクシュラ』だったのであろう。

という事で、私はこの本を
『親の愛を得られず苦しんだ少年が、
 創作に没頭し、夢を実現させモクシュラを手に 入れた話』
として読んだ。

何も親の愛が最も尊いなんて事はない。
自分の夢を大切にしていれば
それ以上尊いものに
神は出会わせてくれるのだ。

大余談として本書に、名指しされはしないが
丸わかりだった、辻さんにパワハラして、心神喪失させた
ジムキャリー。
(察するに、芸風から双極性障害でしょう。ロビンウィリアム系。ああいう芸風は心身すり減らすから大変なんですよ!)
彼もまた、辻さんに『ハリウッドやだ!』と現代アーティストに舵を
切らせた一人と言ってもいいでしょう。
そんなジムキャリー、最近見ないなーと思っていたら、なんと画を描いてるんですね!(鬱病のセラピーとして)

という事で、20年後くらいにどこかのアートフェスの会場で、辻作品と、ジムキャリー作品が展示され、二人は40年ぶりに立場を変えて再会する。
と言っても、言葉は交わさず、人混みの中で離れた場所で目礼する。そしてお互い人混みの中に消えていく。
といった、ジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』のラストのような
二人の姿を妄想する。
それはそれで、また尊い一瞬だと思うのだが。いかがでしょう。

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