見出し画像

音楽を知るとは

Shazamを使うこと、それ自体を悪とするのは、あまりにもアナクロな感覚であろう。だが、考えてみて欲しい。Shazamを(盲目的に)使うと言うことは、カルチャーの文脈を無碍にしすぎている。

Shazam≠音楽を掘る

かつてのDJは、クラブで気になる曲が流れても、その場でその曲を探すことは不可能であった。己の足でレコ屋に出向き、己の手で曲を掘っていた。そうした曲との出会いに対する喜びみたいなものは、現代、薄れつつある。

また、レコ屋では、未知の曲にも出会える。ジャケだけを見て試聴した、自分の意識の外延上にある未知なる曲との出会いは、まずShazamでは得られない。叙情性やユーモアの辺境を駆けめぐる途方もない狩りの戦利品は、精神や身体の解放をもたらすのだ。

勿論、私もShazamを利用している。だが、それは曲を掘るためではない。自分が知らない曲を知らないと自覚するためだ。そのため、どこか聞き覚えのある曲が流れた時には、簡単にShazamに頼らないようにしている。一呼吸置き、その曲を頭の中で見つけるまで、思考する努力をするのだ。そうすることで、その曲を思い出せた時に、欲望の高揚を感じるのである。

幸い私の友人には、私と同様の考えの持ち主が多い。そんな友人が最近、誕生日を迎え、本とレコードをプレゼントした。本は、70年代のクラシックなソウルのカタログで、レコードは、ドナルド・バードのド級の大名盤、『Places and Spaces』だ。HIPHOP好きを語るなら、避けて通れないような大ネタの宝庫である。

音楽を掘る方法の1つに、主に90s以降の音楽の、元ネタを辿るというものがある。元ネタを掘り当てた時の感覚はまた別物で、サンプリングの面白さみたいなものも再発見できる。ドナルド・バード自体、何曲も様々なアーティストがでサンプリングしてるので、同様の感覚を得たい人はぜひ試してみて欲しい。

Shazamで掘った曲と自分の手で掘り当てた曲では、その曲への愛情も異なるような気がしてしまう。

渋谷・宇田川町が“レコードの聖地”と呼ばれていた時代に、CISCOというレコードショップがあった。しかし、00年代以降、音楽との接し方が変わってゆき、2007年には閉店してしまう。

どの店舗かは忘れたが、CISCOが閉店する際にThe Strikersの「Hold On To The Feeling」が流れたそうだ。この曲が収録されている『The Strikers』は、レアグルーヴのカタログにもよく収録されている、知る人ぞ知る名盤であろう。このアルバムは、1981年に発売されたもので、当時の音感らしいブギー色全開のダンサブルな仕上がりになっている。その中でも、異色のテイストなのが「Hold On To The Feeling」である。小気味好いカッティングが曲を通してループしているが、その中でも様々な展開があり、全く飽きない。何より、個人的にあまり得意でない80sの音感ではあるが、この曲はそのラインの中でもギリギリで、音圧はあるのに、哀愁を感じるという何とも不思議なナンバーである。また、「Hold On To The Feeling」を翻訳すると、「その瞬間に感じている感情を手放したり忘れたりしないこと」という意味になるらしい。そんな曲を閉店する日にかけるのは、グッドチョイスと言わざるを得ないだろう。

アルバム単位で曲を聴かなければ、先述したエピソードは生まれなかったはずだ。サブスクやShazamの勃興によってアルバム単位で音楽を聴いたり、曲に意味を持たせたりすることも確実に少なくなっている。今回、あえて曲の引用はしていない。今回の記事を読んだ人ならわかると思うが、自分自身で見つけて、知る喜びを味わって欲しい。そんな素晴らしい音楽体験を皆で共有したいと思う。

「誰も知らないレコードで、この町から抜け出すんだ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?