Re: 【短編小説】デーモン眠り睡眠コア薬剤コカレロ跳満ALICE
リモコンを操作して部屋の電気を消すと孤独や不安が黒鉄の戦車隊となって押し寄せてくる気がする。
馬鹿馬鹿しい妄想だ。
統合を失調しているのか?酒を飲んだ訳でもマリファナを吸った訳でもあるまい。
女でも抱くべきか?
精神科の女医はヤらせてくれない。何もNSでとは言ってないのにな。まぁ患者はおれだけじゃないから仕方ない。
メガロシティと言う壮大なメタボリズム的社会実験システムの落伍者としてマンションの部屋でうずくまる。
おれは代替の効く存在だ。
それでいい。
疫病流行期などと言ってインテリゲンチャたちがヘラヘラしていた時期が過ぎた。
バックトゥザフューチャー、おれたちは帰ってきた。だが世界は荒廃してしまった。また耕して種を蒔かなきゃならない。
祈り。それは労働だ。
おれたちに対した神は無く、そこらへんに偶像がある訳でもない。マットを敷いて祈る代わりにおれたちは労働をする。
潤滑油の無い労働はすり減っていく。
労基だか保健局だかがやってきて祈りは中断される。でもそこに救いなんてものはない。
電気を消して布団に埋まっていると過去の悪夢が脳味噌から背骨を伝って全身に広がっていく。まるで黴に侵された牛肉みたいにどんどんと変色していく。
全自動の風呂で死んだ男の死体みたいにおれの思考回路はスライム化していく。
だが年々溜まっていく過去の些細な失敗が今でもついさっきの事みたいに甦って全身の神経を揺り動かすから神経を覚醒させる。
心臓は厭な記憶を全身に送り込み続け、髪の先から足の指まで隈なく陰鬱さが支配する。
おれは黴そのものになって布団の上で横たわっている。
祈りは叶えられない。
変態する虫の様に布団にくるまって、弱々しい息遣いで眠りを探る。浜辺で落とした指輪を探すのに似ている。見つかりっこない、だがこのどこかにあるはずだ。
精神科の女医も商売女もいないクソ狭いベッドのどこかにある眠りを探す哀れで惨めで不細工な友だちのいない孤独な存在。しかしもうロック音楽だとかに救われる時期も過ぎ去ってしまった。
このまま虫になってしまえばそれでいい。
明日の朝に虫になっているのだとしたら俺はどんな風になるのだろうか。毒虫や害虫、それとも蝶だとか蛾だろうか。
そして朝日に向かって飛んで死ぬ。
だがその途中で巨大な網が落とされておれは飛行を中断させられる。
巨大な手がおれを掴んで虫籠に放り込む。
捕まえられたおれや他の虫たちはそこで過ごすことを余儀なくされる。
枯れた木の枝の陰でうずくまる。
その箱の中には眠りがあるだろうか。分からない。だが仕方ない。それがいまのおれたちの祈りだ。
おれたちを捉えた巨大な存在の部屋にある太陽のような電球は眩しく、細くなった腕を伸ばす。
遮られない光り。
虫になったところで叶えられない祈り。
夏が終わるとおれたちの半分は死ぬ。
生き残った半分が飽きられて捨てられる。遠くまで運ばれてきたおれたちは途方に暮れる。
どちらにせよ待っているのは死だ。
取り返しのつかない事を悔やんで眠るしか無い。少なくとも死ぬよりは安易だ。
眠っているうちに食われるならそれで良い。人間の形をしていた頃もそう思っていた。
そうであるならば、その願いは叶えられない。
足りないものばかりだ。
死んだって構わないと言ったり死んでも仕方ないと思ったりしていたが、結局は死なずに生きて今日まで眠りを探り続けている。
このまま眠り続けて死ぬことは不可能なはずだ。
本当に死にたかったわけじゃあないがどこか諦めていた部分は否めない。
しかしおれはどんな虫にもなれない。
この布団は繭でもないしおれは蛹じゃないからだ。
頭まで引き寄せた宇宙の外側を確かめる。
この内側まではおれの宇宙だ。少なくともいまこの瞬間だけはそれが確かだ。
眠りが欲しい。
眠りは安全だ。
少なくとも眠る瞬間だけは安全だ。
メタボリズム的社会実験システムと言う現実から切り離されて眠りに落ちる瞬間までは何もおれを苦しめる事が無い。
おれは代替可能な存在だ。
精神科の女医はおれと眠らない。
おれは商売女に祈りを捧げない。
おれは眠れずに死ぬ可能性だけを握りしめたまま朝日を迎える溶けたスライムだ。
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