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一緒に、生きていこうね



心理実習初回は彼の住む街のNPOセンターでおこなわれた。

実習とは名ばかりで実際は施設の人の話を聞くだけだった4時間は終わった頃にはヘトヘトで、大学からのオフィスカジュアル指定によるパンプスの靴擦れで足はボロボロだったけれど、

前日に彼が「(彼が住む街)来るなら会おうよ」と、「現地に(迎えに)行くわ」と言ってくれたからがんばった。(実習全部この街だったらいいのにね)


実習終わりでまだ知人もチラホラいるなか、彼の姿を探しながら歩く私は挙動不審だったし、誰かに気づかれたら恥ずかしいなと思いつつ、彼の姿を見つけて駆け寄った時にはぜんぶ、そんなことはどうでも良くなっていた。これまで大学や学部が同じで授業終わりに合流したり、飲み会終わりにナチュラルに彼氏が彼女を迎えにきていたりする様子を見てきていつも気にしないようにしていたけれど、この日彼が迎えにきてくれたのはやっぱり嬉しかった。

彼に近寄りながらもまだ誰か見ているかも、と思って、少しのあいだ手を繋いだりせずにいたけれど、実習先と反対方向に1つ道路を越えたあたりで ”もう大丈夫かな” といった具合に手を繋ぐ瞬間はいつもより照れた。
社会人になって、仕事終わりに彼と待ち合わせる時にはこんな感じなのかな、と思うと頬が緩んだ。


並んで歩く中で「今日はパンプスなの?」と聞く彼に「オフィスカジュアルなんだってー。いっぱい靴擦れして痛かったー」と答えると、おんぶする、と彼は言った。それは大丈夫のー、と答えると、じゃあせめてカバンは持たせて?と、ひょいっと私のカバンを攫った。

私のカバンを持つ右手と、マップを見るスマホを持った左手。私側の手がカバンで塞がれたから逆側にまわろうとしたら、そちらが道路側だからと弾き返された。

はじめは最近行ってなかったからカフェに行こう、と言っていたけれど、目的のカフェに着くと小さいお店だったから満席で、ちょっとはやいけれど駅の方まで歩いて行って18:00前から飲むことになった。



昨年ゼミのBBQ終わりにみんなで飲んだ、駅前ビルの地下にある居酒屋フロア。フードコートの要領でいろんなお店のものを一緒に飲み食いできるようになっている。美味しそうなお店が多くて困ったけれど、ちょっとずつ彼と分け合いながら食べることにした。

焼肉串とレモンサワー(Alc. 8%)にはじまり、2杯目にはBBQ終わりに友人が飲んでて気になっていた抹茶ビア、そのお供に気になっていたお出汁めし屋さんのカツオのたたき、彼の男梅サワーを一口もらいつつ、3杯目にシャンパン、そのお供には締めのギョーザ。

レモンサワーは5%と8%で濃さが選べたので迷っていると、彼は迷わず「8%で」と言って、彼が持つカバンの中から財布を出そうと私を華麗にかわしてお金を払い「(私の名前)が酔うとこ見たいんだもん」と言った。




***


大学院、東京じゃなくてもいい?
2年間、関西と東京で遠距離になってもいい?


と彼が口にしたのは先週のことだった。

元々、留学の話が頓挫してからは特に、彼が今専門としている情報学と興味ある経営学を掛け合わせたようなことを学べる研究室が東京にあって私は東京で就職するから、それなら一緒に東京で暮らそうと話していたけれど、

いざ研究計画書を書く段階になると、筆が進まなくて、東京のその分野は自分が“研究したいこと”ではない、と気づいたのだという。


いいよ、応援する。と笑顔で送り出してあげることが正しいことだとわかっていた。そうしたいって思った。ほんとうはそうしたいっていつも思ってる、と彼の誕生日に渡した手紙にも書いた。

私は、なにもいえなかった。

これまでなら彼は「仕方ないじゃん」とかなんとか言っていただろう。そうしたら私もさらに意固地になって「寂しい」「嫌だ」と言っていたかもしれない。

だけど彼は言った。

俺だって(私の名前)と生活したいよ。

修士1年で授業ある間は毎月金土日で会いに行くし、プラスで東京開催のインターン、片っ端から受ける。2年に上がったら毎月1週間、東京で過ごす週つくる。俺の研究室、わりと融通きくからそれくらいできると思う。

会えない間はバイト頑張って、社会人になった(私の名前)に引け取らないくらい稼いで、会いに行くお金貯める。


前、大学受験のときは(彼)、遠距離はイヤ、できないって言ったじゃん、と呟いた私に、彼は言った。

(私の名前)となら、遠距離でもやっていけると思ってるよ。


いいよ、と小さな声で呟いた。

彼が「ありがとう」と言った。

ポタッ、と涙が枕に落ちる音が聞こえたのか、ズビッと鼻を啜る音が聞こえたのか、「泣いてる?」と彼は尋ねたけれど、「泣いてない」と答えた私に言った。


その代わり、俺が東京行ってからは(私の名前)のこと幸せにするね。

就職は絶対東京本社の転勤ない企業行くから、院卒業したら今度こそ一緒に暮らそう。

卒業したら、結婚かな。
1年一緒に暮らして、プロポーズしたいと思ってるよ。




その数日後、彼と少し喧嘩した。


進路の話とは関係ないことでの喧嘩で、また「別れる」って言われるんじゃないかって憂鬱になったけれど、彼は言わなかった。基本的に喧嘩しないのもあって、いつもなら大きな喧嘩の翌日以降はお互いに気を遣って、関係性が戻った感じがする。だけど今回は次の日、緊張感漂わせながらも「結局どうするの」と少し話し合ったあと「ごめんね」と言うと(私が悪かった)、頭をなでるスタンプを送ってくれて、関係性が戻った感じもなく、すんなりいつも通りの私達に戻ることができた。


彼は、私と生きる覚悟ができたのかもしれない


そう思った。


彼の変化には薄々気づいていた。


筋トレやったよ、と報告すると、えらいね!といろんなバリエーションで褒めてくれるようになった。

前は私が「好きだよ」と言っても「ありがとう」しか返ってこなかったのに、喧嘩前も喧嘩後も、最近はちゃんと「俺も好きだよ」と返ってくるようになった。

会った時に必ず「今日は(服装が)シンプルなんだね」「よく似合ってる」「これ好き」「今日もかわいいね」と褒めてくれるようになった。

外でのスキンシップは嫌がってたのに、誰も見てないのを確認して外でキスするようになった。

ずっと使いたがらなかったLINEのカップルスタンプも使って甘えてくれるようになった。

私がいくら頼んでも嫌がっていたポロシャツをデートに着てきてくれた。

浮気しちゃダメよ と言ったら、これまでならとぼけたりしていたのに、はっきりと これからもしないよ と言うようになった。

これまでなら結婚の話や子どもの話といった将来の話は、これからもずっと一緒と確定するのを恐るかのようにのらりくらり交わして「まだ俺とって決まってないじゃん」とか言っていたのに、逃げなくなった。


言葉だけでも、行動だけでも、スキンシップだけでもなく、そのすべてで愛情表現をして、安心させてくれるようになった、
そんな彼だから、ますます遠距離になるのが寂しいけれど、今の彼となら遠距離になっても安心して続いていけるな、とも思う。


***


実習終わりで疲れていたのもあって彼の思惑通り、レモンサワーの最後の方から酔いがまわって、なにも面白くなくても一人笑い転げていた(酔っ払ったら笑い上戸になる)私を見て、彼は満足そうに笑った。

抹茶ビアを買うときも自動的に上がる口角をそのままにして買いに行くと、店員さんに「お仕事帰りですか?」と聞かれて「実習終わりです〜」と答えると店員さんも同じ大学4年だった。彼にその話をすると「なにナンパされてんの!」と口を尖らせて「これから東京で(私の名前)、取られないように頑張らないとね」と言った。

「私は(彼)だけだから大丈夫だよー?」と伝えると、「正直、今はもう東京行く理由が(私の名前)しかないって話をこないだ先輩にしたら、“じゃあがんばらんとね”って言われたの。院の間はバイトして会いに行くお金稼いで、院出てからは2年分取り返せるくらい稼げるくらいのとこ行かないとねって」と彼が言った。普段、私との話をひとにあまりしない、ましてや弱音なんて吐かない彼が珍しく先輩に私の話をしたんだと思うと嬉しかったけれど、彼には「(彼)がそんな気張って稼がなくても私が稼ぐから大丈夫よー」と言っておいた。



締めのギョーザも食べ終わり、珍しくスムーズに取れたカラオケに向かう。彼は追加の腹ごしらえにマクドのハンバーガーを、私はその付け合わせのポテトを、そして酔っ払ってふわふわしつつも意識はちゃんとあって吐き気もない私をもう少し酔わせようと、彼はさらにコンビニで私にクラフトビールを買った。

ふわふわのなか、私はYOASOBIの『アイドル』を歌い、彼はMONGOL800の『小さな恋のうた』や嵐の『One Love』を私の目を見て歌う。私はそのお返しにSuperflyの『愛をこめて花束を』を歌った。彼とカラオケに行くと、いつも声の調子がいい。

すごくいい気分のなか退室時間の連絡がきて、「延長しようー」と言った私に、彼は言った。

「ね、今日泊まっていかない?(私の名前)と、もっと一緒にいたい」


だめよー、と言ったけれど、よく考えたら今日は彼といることを誰も知らないのだ、と気づいて「じゃあそうしよっかなぁ」と、家に連絡を入れた。もっとよく考えたらコンタクトの替えも着替えもないことに気づいて、翌朝大学に行く前に一旦家に帰る羽目になるのだけれど、それはまた別の話。


彼の家で、彼と抱き合ったあと、朝ごはんの買い出しに24時間営業のスーパーへ行くという彼に「はやく帰ってきてね」と言った、そのあとの記憶は彼が帰ってきたかを思い出したかのように確認する夜中の3:00までない。

次の日の朝、「帰ってきたら(私の名前)、布団の真ん中で両手バンザイして寝てて、俺寝るとこなかったよ」と愛おしそうに笑う彼に、「おやすみのキス忘れた!」としょげると、「それは俺が勝手にしてるから大丈夫」と言われてすぐ笑顔になった(単純)。

そのあとも彼は「俺が布団入ろうとしたら、(私の名前)、なんて言ったか覚えてる?『帰らないで』って言ったんだよ」「もうこれは(一緒に暮らしたら、ダブルベッドじゃなくて)ツインにしないとね」などと言って愉快そうに笑っていた。
ちなみに寝るとこなかったよ、という彼は、愛してるよ、と言いながら私を後ろから抱きしめてクッションのように寝ていた。



先日「好きだよ」と言うと、サラッと「俺もだよ。でも俺は好きじゃなくて、愛してる、だけどね。」と言った。

「付き合って3ヶ月のときもそう言ってくれたの」とニコニコすると、「なんか工夫ない人みたいだからやめてくれ」と言われた。「そのときはLINEだったよ」と言うと、「なんか嫌やー」と言っていた。


もう彼は忘れてしまっていたけれど、私はずっと覚えている。

付き合って3ヶ月の頃、当時の親友(彼とも共通の知人)に彼氏ができて喜んでいると、彼から不意打ちで 愛してるよ 今までに出会った誰よりもずっと と言われたことを。



あれから4年経って、ほんとうに色々あった。

彼の中でなにがあったのか、なにがきっかけだったのかはわからないけれど、それでも私と一緒に生きていく覚悟を固めてくれた。ずっと、私と一緒にいることを選んで、3ヶ月目の言葉を4年経った今も更新してくれた。


きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ
…きみは忘れちゃいけない。きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。きみは、きみのバラに、責任がある……

星の王子さま



横で「あ、そーだ」と彼が呟いて言った。

もっとはやく思いついてればよかったんだけどさ、夏休みやっぱ旅行行こうよ。俺が払うから。今年は(私の名前)がお金余裕ないかもしれないけど、来年はあるやん?だから、今年は俺が払って来年は(私の名前)が払うってことで、どう?




来年も再来年もずっと一緒にいることを前提に話が進む。私の未来に彼がいて、彼の未来に私がいる。それを作ったのはきっと、この4年間だった。


特別な日のデートも旅行もいいけどさ、
そんなものなくたってあなたとなら幸せよ。

スーパーへ買い出しに行って一緒に夜ご飯を作ることも。私が洗い物をして、彼が洗濯物を畳むことも。一緒に飲みに行った帰りにカラオケに行くことも。同じ布団で眠ることも。電話していていつのまにか寝落ちしていることも。


だからそんなふうに、これからもずっと一緒に、生きていこうね。






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