マガジンのカバー画像

ホテルマンとしての記録

15
今までずっとホテルで働いていたので、noteにもホテル関係の文章を多く書いてきました。それをまとめておきます。
運営しているクリエイター

記事一覧

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった


ロックダウン中のシドニーで、私の職場であるホテルは、影響をもろに食らっています。時間だけはいやというほどあるので、どうやって現在の自分が出来たのかを振り返ってみました。なんせ20年にわたるストーリーなので、分けて書いていきます。

まずは、ホテルに就職した理由からそもそも、大学の専攻は歴史だったのでホテル業界とは全然関係がなかった。

いざ就活を、という際にどういう業界に就くべきか、と考えた。だ

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:続き

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:続き

ロックダウン中のシドニーで、私の職場であるホテルは影響をモロに食らっています。時間だけはいやというほどあるので、自分の仕事歴を振り返ってみました。なんせ20年にわたるストーリーなので、分けて書いていきます。

今回のストーリーは、ちょっと主題から逸れますが、自分にとっては大きな転機だったと思うので、当時つけていた日記を引っ張り出してきました。

1995年1月17日その日は早番出勤だったので、5時

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:続々

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:続々

ついに勤務先のホテルより3か月間休職となりましたが、給与の一部は引き続き貰えるので、まずは安心。この話は、いよいよオーストラリアに渡って、学校に行っている頃になります。

学校が始まる
さて、初めてのオーストラリア。子供の時に、父親の仕事の関係で3年ほど海外で生活していたので、それほどカルチャーショックに悩むとか、ホームシックになることもなかったような記憶がある。着いてすぐにオペラハウスにコンサー

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:まだ続く

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:まだ続く

Covid-19のせいで、3か月休職中の身の上。この話を書く時間はたっぷりあるということだな…

ついに職をゲット
さて、ハイアットリージェンシーでの仕事が始まった。ついに海外で仕事をする、という目標がかなったので感慨深かったけど、ポーターの仕事って、まさにエントリーレベル…ってカタカナで書くとまだましだけど、「下っ端」の仕事だ。なんてったって、メインの仕事内容が、荷物を運ぶことだもんね。言ってみ

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:そろそろ本篇?

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:そろそろ本篇?

就労ビザももらえたし、仕事がどんどん楽しくなってきた頃だったなあ、と今振り返ると思う。もっと勉強しとけばよかったかなあ、とも思うけど…

オレはコンシェルジュになれるのか?これでしばらくこのホテルで働けることになったので、自分の進路(っていうと学校みたいだなあ)について考え始めた。自分は何になりたいのだろう。ホテルで働くという目標は達成できたが、ホテルの中でもポジションは色々ある。

話はさかのぼ

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:ほぼ終結

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:ほぼ終結

さて、前回のストーリー(下にリンク貼っときました)でちらっと触れた問題点とは、海外で働く人にとっての大きなハードル、ビザである。

ビザが欲し~外国に行って、その国のライフスタイルが好きになり、仕事も幸運に見つかり、ああ、もっと居たいなあ~、という時に立ちはだかるこのビザという壁。これが叶わず、泣く泣く帰国した友達を結構見てきた。

自分も、最初に出してもらった期限つきの就労ビザの期限が切れそうに

もっとみる
オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:とりあえず〆ます

オーストラリアに行ったら、レ・クレドールのコンシェルジュになった:とりあえず〆ます

山あり谷ありのシドニー生活も、ひと段落。でも、これで落ち着いてはいられないよ~。

次なるステップ…?さて、永住権もとれた、レ・クレドールのメンバーにもなった。そうすると、新たなチャレンジが出てきた。それは、5スターホテルのコンシェルジュになるということだった。

グレースホテルには在籍10年になり、このホテルに雇ってもらったおかげでここまで来れた、という一面もあるから、それについては感謝してもし

もっとみる
レ・クレドールってなんじゃらほい(まずは概要)

レ・クレドールってなんじゃらほい(まずは概要)

ヒドイ題名だな、まあいいけど。

わたしがこのnoteにきちんとした文章を書いたのが、自分の仕事であるコンシェルジュ、そしてレ・クレドールについてで、まあ無名の一般人の書き手としては沢山の人に読んでもらった。もっとたくさんの人たちに我々のことを知ってほしい、使ってほしい!という気持ちはいつもあるので、なんとなく知ってるけど、実際何なの?という方々のために紹介文というか、取扱説明書というか、まあそん

もっとみる
レ・クレドールってなんじゃらほい(その歴史)

レ・クレドールってなんじゃらほい(その歴史)

さて、そのコンシェルジュの集団であるレ・クレドールだが、どのようにして発足したのだろう?

レ・クレドール結成言葉で察することができるでしょうが、レ・クレドールの発祥はフランスのパリ。どうしてこういうカッコいいものはフランスから出てくるんだろう…という疑問はさておいて、第一次大戦後にいわゆるツーリズム、というのがだんだん盛んになり、パリやロンドンといった都市には数々の豪華なホテルが建てられてきた。

もっとみる
レ・クレドールってなんじゃらほい(歴史の続き)

レ・クレドールってなんじゃらほい(歴史の続き)

さて、ヨーロッパに立脚したレ・クレドール。その外の地域に広がるのは、グローバル化が進む現代では時間の問題だっただろう。

1970年には、イスラエルがレ・クレドールに加盟した。そのため、名称も、UEPGH Les Clefs d’Or (Union Européenne des Portiers des Grands Hôtels "Les Clefs d'Or") から、 UIPGH Les C

もっとみる
レ・クレドールってなんじゃらほい(資格編)

レ・クレドールってなんじゃらほい(資格編)

よく、「レ・クレドールのメンバーになるのって難しいの?」と聞かれる。特に、メンバーになっていないホテルコンシェルジュから聞かれることが多いような。みなさんも、「あのバッジを着けている人はどのような過程を経たんだろう?」なんて思いませんか。

私はそう聞かれると、「うーん、大変といえばそうだけど、いつもやっていることの積み重ねですね…」と答える。あまり面白くない返事だが、これが本心だから。

メンバ

もっとみる
レ・クレドールってなんじゃらほい(トリセツ)

レ・クレドールってなんじゃらほい(トリセツ)

これまで延々とレ・クレドールの歴史とか資格とかを書いてきたけど、みなさま、つまりゲストがわれわれを使ってくれなければ存在意義がありません。ということで、コンシェルジュの取扱説明書!

何を聞けばいいの?テレビやほかのメディアなどでコンシェルジュという仕事について取り上げられるようになってきました。もちろんそれは有難いのですが、どうも、ちょっと大げさ…というか、一番華やかな部分を取り上げている傾向が

もっとみる
アフターコロナのホテル像

アフターコロナのホテル像

(ちょっとショッキングな写真でスミマセン…適当なのが見つからなかったので!)

先日、アメリカのホテルがどのように営業を再開するかについての記事を読んだ。

うわ、マジで?っていうのが一読した感想。これじゃ病院じゃん。

ま、Hospitality と、Hospitalは文字も似ているけど。

めちゃくちゃ雑かつ簡単にまとめると、

部屋や館内の清掃、消毒にめちゃくちゃ手間暇かける

それに反し、

もっとみる
ホテルを独り占めする男の独白

ホテルを独り占めする男の独白

ロックダウン8週間目のシドニー。っていうか、もう時間の感覚がマヒしているので、何週間目かなど実感ないぜ。

一応現在行われているロックダウンは8月28日までということになっているのだが、感染者数は減るどころか増えているので、こりゃあまず延長だわ。もうこれはさ、年末までに進展があればラッキーと思わなきゃ。

9月いっぱいまで延長、と正式に通達されました!

さて、今晩も仕事に行かなくっちゃ。ちなみに

もっとみる