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多様性尊重 vs 同化-介護労働の国際化(2)-介護労働Ⅴ‐2


1.介護の国際化は介護施設を変える

 私は、介護に外国人労働者が就労し、介護現場が国際化されることによって、多様性のある、より公平公正な職場となることを期待しています。
 海外から来る、彼女ら、彼らが日本の介護を変える契機を与えてくれるかもしれないと思っています。

 介護の国際化は介護施設に「多様性尊重か同化か」、または、「相互信頼か規律訓練強化か」という岐路に立たせることになると思っているのです。

(1)多様性尊重か同化か

 介護現場は、多くの外国人労働者が就労することにより、多様な文化的背景のある人々が構成する組織となりますが、そこで、外国人労働者に同化を迫るような組織となるのか、それとも、多様性を尊重する組織になるのか、それによって全く正反対の組織文化が生まれてきます。

 多様性を尊重する組織文化を育成するすることができれば、その介護施設は入居者や職員の個性を尊重する組織となり、個性や人権を尊重した介護ができるようになるかもしれません。

 しかし、日本への同化を求めるような組織文化を強化していくことも考えられます。

 このような同化を強く求める組織文化は、硬直的で入居者や職員の人権や個性を尊重しない組織となってしまう可能性があるでしょう。
 このような組織に良い介護ができるわけがないと思うのです。

(2)相互信頼か規律訓練強化か

 海外からの人材を受入れるには介護施設の教育力強化が必須です。
 このために、業務等の最低限の標準化も必要ですし、介護現場での教育力(OJT)が重要となるでしょう。
 そして、この教育の方向性が相互信頼に基づくものなのか、それとも、パノプティコン的規律訓練(discipline)を志向するのかで、組織文化も大きく異なってきます。

 規律訓練とは、パノプティコン(panopticon;一望監視施設)で行われている管理技術のことで、フーコー(Michel Foucault フランスの哲学者)が名付けたものですが、この規律訓練は監視と規範化によって身体を取り締まる技術、人間を従属、隷属させる技術とされています。
 要するに、監視する者と監視される者、教える者と教えられる者との関係の非対称性を基に、監視する者又は教える者が、権力的、権威的、暗示的に規範を押し付け、労働者が自らその規範に従うように教育訓練するのが規律訓練だと思います。

 このような規律訓練的な教育を行う組織では、個々人の個性など尊重するわけがありませんし、介護関係(介護する者と介護される者)の非対称性が強化され、ますます非人間的介護に頽落たいらくしていく怖れがあります。

 これにたいして、相互信頼に基づいた教育もあり得ます。

 私は、ジャスト・カルチャー(Just Culture:正義の文化)を中核的な価値としている高度信頼性組織(HRO : High Reliability Organization)にそのヒントがあると思っています。
 この高度信頼性組織は航空関連会社とか救急医療の現場とか、失敗が許されない組織に採用されています。
 ジャスト・カルチャーは、人間はミスするものであるとの前提でミスをした場合、それを互いに指摘し、または正直に報告、情報共有します。
(参照:福島真人2022年「学習の生態学-リスク・実験・高信頼性-」ちくま学芸文庫P251,252)

 新人の外国人労働者は当然、ミスすることも多いでしょう。このミスを共有し、一つ一つ、一緒に学んでいく、それが相互信頼に基づく教育です。
 ポイントは失敗に気づきそれを報告し情報共有するということです。
 このような相互信頼に基づく教育は、教育の非対称性や介護の非対称性を緩和し良い介護の大前提となることでしょう。

 介護現場の国際化は必然でしょうが、この国際化によってより良い介護ができる介護施設となるのか、それとも酷い介護しかできない施設になってしまうのか、両極化していくと考えられます。

 介護の国際化は、介護現場に、「多様性か同化か」、「相互信頼的教育かそれとも規律訓練か」の二者択一的情況をもたらすのではないでしょうか。

(引用・参照:『チームが強くなる!高信頼性組織とは。東京大学 熊谷晋一郎先生から学んだこと』

2.同化圧力とレイシズム

(1)同化はレイシズムを育み組織を蝕む

 小川玲子さんは海外からの人材受入に関して顕著なレイシズム[1](racism:人種差別主義)が見られると指摘しています。ある監理組合では出身国別のランク付けをしてたこともあるといいます。

『2017年以降の技能実習生や介護養成校への学生の受け入れに関しては顕著なレイシズムが見られる。』

引用:小川玲子2018「東アジアにおける移住ケア労働者の構築」


Anti-Racism

 私の経験でも、来日した実習生が〇〇〇〇教徒だから実習実施者(実習施設)に迷惑を掛けてしまうとか、〇〇人は日本人に嫌われているとか、監理団体の役職員が人種差別的な言動をしているのを見かけることもありました。

 また、小川玲子さんは、技能実習生の約1ケ月間の入国後講習の内容が日本人に対する同化を求め、移住労働者の多様性を飼いならすための規律と管理が中心となっており、それがケアの現場にも拡大することを危惧しています。

 『「日本に対する憧れがあるかどうか」など、文化的同化を求める圧力や「高徳な人材」かどうか、など忠誠心を問う表現が見られる。このことは支配的な立場を誇示する日本と日本人に対する服従と同化を求め、移住労働者の多様性を飼いならすための規律と管理の技術がケアの現場にも拡大することを暗示している。』

引用:小川玲子2018「東アジアにおける移住ケア労働者の構築」

(2)入国の前後の講習は軍隊式教育

 さらに、小川玲子さんは、技能実習生向けの入国前後の講習は軍隊式教育であり、植民地支配を髣髴ほうふつとさせるものだといいます。私も、技能実習生の入国前研修及び入国後研修は、日本的な規律や礼儀、上司に嫌われない態度を集中的に厳しく調教・訓練する場となっていると思います。

 『送り出し国における技能実習生向けの研修所では、日本語教育以上に重視されているのが態度に関する教育である。現地の教員の言葉を借りれば「日本人に気に入られるような態度」を養うために、朝晩のラジオ体操や5S(整理、整頓、清潔、清掃、躾)が一日に何度も唱和され、うっかり教員に対する挨拶を忘れれば、「トイレ掃除 1 週間」や「校庭 100周」などの罰則が待っている。
 日本語を学ぶための研修所が、軍隊式教育により「あるべき日本人」を作りだし、「劣った他者」を対置させて構築する方法は、植民地支配を髣髴ほうふつとさせる。そこでは、労使問題が生じた際に必要な交渉をするための日本語も、多様性に対する理解も教えられることはない。』

引用:小川玲子2018「東アジアにおける移住ケア労働者の構築」千葉大学グローバル関係融合研究センター p15.16

 海外からの労働者が介護現場に押寄せてくるようになり、彼女ら、彼らに日本への同化を強く求めれば、意図的または無意識的にでも、人種差別、民族差別が介護現場をむしばむ可能性が高いと思います

 日本は先進国でアジアの国々は発展途上と信じて疑わない日本人もまだまだ多いのです。その日本人が発展途上の労働者を雇用して賃金を払い、しかも指導してやっているのだという「誇り」というか「おごり」「勘違い」がある限り、必ず人種差別的、民族差別的で日本への同化を当然視する組織風土となることでしょう。

(3)コミュニケーションにおけるネイティブスピーカーの役割

 特に、気になるのは外国人労働者とのコミュニケーションです。コミュニケーションが上手くいかないと・・・
「あんた、日本語がわかってるの?私の言ったことわかる?」
「あんた、何言っているの?あんたの言っていること、わけわかんない。もっと日本語勉強してよ!」等々
 日本語で上手くコミュニケーションできない外国人労働者を責めたりしている光景を時々目にします。これも、日本への同化圧力の一つでしょう。

 しかし、コミュニケーションは相互行為です、この相互行為を成立させるのは双方の努力が必要ですが、介護施設では当然、彼女らの母国語でも英語でもなく、日本語でコミュニケーションすることになります。
 その際、コミュニケーションを成立させる責任は日本語のネイティブスピーカー(native speaker)[2]にあります
 N4,N3の外国人労働者の日本語が下手だから会話が成立しないのではなく、ネイティブスピーカーである日本人がきちんと理解し、リードしていく責任があるということを強調しておきたいです。

 例えば、出入国在留管理庁と文化庁が、共生社会実現に向けたやさしい日本語の活用を促進するため、「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を作成しています。
 「やさしい日本語」などはネイティブスピーカーの責任を全うするためには大切なノウハウと言えるように思います。

 この「やさしい日本語」とは、外国人労働者にとっての「やさしい日本語」で、これを学ぶのは日本人です。
 例えば、外国人労働者とコミュニケーションする時には、文を短くする、外来語(カタカナ)はなるべく使わない、擬態語・擬音語は避ける、二重否定の表現を避ける等々、なるほど、なるほどと思うような工夫が紹介されています。
 文化庁の以下の資料等をご参照願います。

(4)他国の文化への敬意

 そもそも、入居者の人権さえ、まともに守れていない介護施設では、海外からの労働者の人権など存在しませんし、「先進国?」である日本への同化の強制は当然、当たり前とされることでしょう。

 個別介護とは建前にすぎず、実際には当事者を監視し、決められた日課へと同化し、プライバシーを剥ぎ取り、訴えを無視し、abuseを繰返し、基本的人権すら守れない介護施設にダイバーシティ[3](Diversity:多様性)を重視し、尊重し、多様な人材を登用し、活躍してもらうことで、組織を活性化するなど、夢のまた夢かもしれません。

 日本の介護現場の国際化が、外国人労働者の日本への同化に向かうとしたら、介護現場は国際化によるダイバーシティ、多様性をとうとぶ組織へと向かうのではなく、外国人労働者の流入をに国粋化、レイシズムにおちいり、視野狭窄しやきょうさく状態となってしまい、外国人労働者の受入れが、経営上の強みではなく、自らの弱み、欠点を拡大することになってしまうでしょう。

 外国人労働者を受入れるのであれば、彼ら・彼女らの文化について、敬意を払えるくらいの知識を得るために勉強すべきでしょう。

 基本は自国を誇ることではなく、他国、他民族、他の文化への敬意なのです。
 そうすれば、Cool Japanの視野狭窄症から脱却できます。
 そして、彼女ら・彼らの文化、服飾、料理、行事、お祭りなども取り入れ、介護施設を国際色豊かな文化的な空間にできるでしょう。

 蛇足ですが、以下のラーメン店店主の考え方、対応はモデルにしたいですね。


[1] レイシズム(racism:人種差別主義)とは、人種間に根本的な優劣の差異があり、優等人種が劣等人種を支配するのは当然であるという思想、イデオロギー。

[2] ネイティブ‐スピーカー(native speaker)とは、ある言語を母国語として話す人。この文脈では日本で生まれ育った人。

[3] ダイバーシティ(Diversity)とは多様性という意味。集団において年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態のこと。もともとは人権問題や雇用機会の均等などを説明する際に使われていたが、現在では多様な人材を登用し活用することで、組織の生産性や競争力を高める経営戦略として認知されている。

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