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【オリジナル創作小説】東京アオハルキャンパスライフ 第2話①

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【第2話① 一夜明けて……】

 一夜明けた朝方、その帰り道━━。
「ごめんね」
 駅のホームでボソリと言った。
「……なんで謝るの? お、おれだって……」
「ほ、ほら、ホテルいこって強引に誘ったのもわたしだったし……。正直、こうなっちゃうなんて自分でもびっくりなんだけど、本音の本音を言っちゃうと、はじめからちょっと期待してた自分がどこかにいて……。今にして思えば……なんだけど……」
「それでもさ、謝るのはよしてくれよ」
「冬木くん……」
「いや、違うな。謝るじゃなくて、感謝だ。ありがとうなんだよ、言うべきは。それも、おれの方だ。感謝してもし切れないんだよ。サヨナラの時間は『ゴメンね』じゃなくて、『ありがとう』の時間にしようぜ」
「……うん」
 不器用な言葉だったが、胸の奥がギュっときた。
 もっと、いっしょにいたい。
 そんな想いさえ芽生え始めていた。
 まだ痛む股間を引き摺りながら、京王線に乗り込む。幸い路線は同じ方角だった。
 電車内では、ずっと冬木の服の裾あたりをぎゅっと握りしめていた。ガタンゴトンと流れる景色をぼんやりと眺めているうちに、夕夏の降りる浜田山駅にたどり着いた。
 名残惜しい。胸の奥に溜まったものを残らず吐き出したい。でも、そんな言葉を素直に口にできない。口にして、重たい女だと思われるのだけは嫌だった。
「じゃ、わたしここだから……」
「えっ」
「どうしたの?」
「……いや……」
「何よ」
「サヨナラを言うのは、もうちょっと先みたいだぜ」
「ふ、冬木くんも浜田山なのぉ?」
 駅を出る。驚くべきことに、冬木の住むアパートも夕夏のマンションの目と鼻の先だった。ちなみに家賃は冬木が45,000円で夕夏が65,000円だ。
「ご近所さん……、みたいだね……」
「そうみたいだな。じゃ、またな」
 別れ際、差し出された手をぎゅっと握り返した。
「そのさ、ま、頑張ろうぜ」
「へ、頑張るって、なにを……?」
「おいおい、忘れたのか? 約束したろ。同盟だよ、恋愛同盟。お互いステキな彼氏と彼女が出来るようにって、協力し合おうって」
「……ぁあ~っ、そ、そうだね。うん、恋愛同盟。うんうん、覚えてるに決まってるじゃない」
 すっかり忘れていた。もう付き合う流れだとばかり思っていた。
「おれは年上のイケてる女、あんたは頼りがいの有る将来性のある男。お互い理想の相手をゲットできるといいな」
「……うん」
「ずっと同士でいよう。困ったら何でも言ってくれ。ウチ、そこだから」
「うん、またね……」
 爽やかな笑顔に見送られ、夕夏は自宅マンションに帰ってきた。
 どうしてすんなり別れてしまったのだろう。
 だが、冬木の言うことにも一理ある。
 なりゆきでセックスしてしまったから付き合いましょうというのは、あまりにも安直だ。これから、もっと多くの出会いと別れが待ち構えている大学生活だ。せっかく未経験という重たい天井をこじ開けることができたのだから、これからゆっくり理想の相手を探す旅に出ればいいのだ。

 季節は巡り、半年が過ぎた。
 この頃になると女子グループ内ではもはや処女などほとんどおらず、話題と言えば今付き合っている彼氏との惚気話だとか、新しい彼との夜の相性だとかだ。
 未経験を脱した以上、話題についていけないなんて事は無くなった。
 お陰で近頃はグループ内での位置付けが『男を手玉に取る小悪魔キャラ』から『経験豊富過ぎて凡百の男じゃ満足できないオンナ』へとシフトチェンジしてきた感がする。
 カナもあれから随分変わった。
 あのときのスポーツマン風の彼と付き合い出し、一月後には無事処女を卒業したそうだ。だが、もう一月後には別れてしまった。大体2~3ヶ月ペースで新しい彼氏を作っては別れてを繰り返している。今は三人目の彼氏と付き合い始めたところなのだという。大学生ではなく、確かメーカーに勤めるサラリーマンと付き合っていると言っていた。最近は合コン三昧からマッチングアプリにシフトしてきたのだとか。
 だが夕夏はといえば、彼氏はまだできていない。
 カナの誘いで何度か合コンに参加したりもした。ちょっといい感じの男子からアプローチを受けることもあった。
 だが、どうしても交際には踏み切れなかった。理想の高さもさることながら、はじめての相手である冬木の影が頭の片隅にチラついてしまう。せめて彼よりいい男じゃないと、付き合おうという気になれないのだ。
 色々な男子のアプローチを受けて分かったことがある。自分は思っていたより結構面食いらしいということだ。
(マッチングアプリ……。わたしもはじめてみよっかな……)

 ◇

 ある日のキャンパスでのことだ。
 カナと学食に向かって歩いていると、
「よっ、久しぶり」
 後ろからポンと背中を叩かれた。
 振り返ると見慣れない男が立っていた。180センチ強の長身、アッシュブロンドに染めた髪。ちょっとファッションモデル風のイケメンだ。
 夕夏は身構えた。こんな知り合いが交遊範囲にいるわけがない。
「え、え~っと……」
「おれだよ、おれ」
 男は澄んだ瞳でじっと見つめてきた。
「同士のこと、忘れちまったのか?」
「……あっ!?」
 長身に似合わぬ悪戯っぽい笑み。
 冬木であった。
 髪を染め、野暮ったい服装から随分とスタイリッシュなスタイルに変貌していたので気づかなかったのだ。しばらく近所で見かけないなと思っていたが、そのからくりはこういう事だったのだ。
「よかったらメシでも行かないか? 奢るぜ」
「ご……ごめん。友達と一緒だから……。後でね」
「……っと、悪い悪い。じゃ、夜にでも。またな」
 そう言って立ち去っていった。せわしない奴である。
「ひゃっ!?」
 脇腹をつんつんとつつかれた。カナだ。
「ちょっ……、なによ、もう」
「ね、誰よ。今のイケメン」
「ただの知り合いだってば」
「本当~? それにしてはユーカを見る目に随分熱が籠ってたような」
「たまたまアパートがご近所さんなだけよ」
「単なるご近所さんなら、どうしてニヤケてるのかなぁ?」
「えっ!? 嘘!? わたし、そんな顔してた!?」
「フッフッフッ。どうやらワケありそうね。今日はもう午後の授業はないから、たっぷりと話を聞かせて貰おうかしら?」
 その後6時間にも及ぶインタビューの結果、夕夏は冬木との出会いに始まり、初体験の顛末までを洗いざらい話し尽くすこととなった。
 彼について知っていることはほぼほぼ全て開示してしまった夕夏であるが、最後の一線で、彼との一夜以外まだ他の誰にも体を許していないことだけはカナにも秘密にした。

 ◇

「よっ」
 駅を出てすぐの地点。駅前にあるブックオフから出てきた冬木と再び出くわした。
「えっ、まさか待っててくれたの?」
「い……いや、たまたまだよ。ついつい本屋に長居しちゃってさ。出てきたらたまたま……さ」
「ふぅ……ん……」
 ちょっとだけ期待してしまった自分がいた。
 嘘でも何でもお前を待ってたんだと言ってほしかった。
(えっ……、な、何考えてるのよ……。冬木くんはなんでもないのに、友達、同盟相手!)
「ん……どうしたんだ?」
「な、何でもないっ! 何でもないから!」
「で、どうだい? これから。時間ある? それとも愛されモテガールの南夕夏ちゃんは夜もびっしり予定が詰まってるのかな?」
「じ、時間はあるけど……」
 内心、ちょっとムッとした。夜の予定なんてあるわけがないのに。
「おっと、怒らないでくれよ。それならコレ、どうだい?」
 冬木は親指と人差し指でUの字を作り、クイッと傾ける仕草をした。
「わ、わたし、お酒はまだ……」
「ああ、悪い悪い。でもさ、バレなきゃ大丈夫だよ。じゃあ、よかったらウチ来て飲まないか? 最近おれ、ちょっとワインに凝っててさ」
 ワイン!
 ちょっぴり惹かれる気持ちがあった。東京で独り暮らしをはじめてやってみたいことといえばオシャレなホテルのレストランで夜景をバックにワイングラスを傾けて……というシチュエーションだ。やっぱりビールよりも焼酎よりもワインだ。
 しかし……。
「……なんか他に目的、あるでしょ?」
 まさかとは思うが、あわよくばまたヤらせてくれる軽い女とでも思われているのだろうか?
「ヒヒヒ、バレたか。あれから結構経ったしさ、報告会、したくってさ」
 冬木は意味ありげな笑みを浮かべた。
「報告会?」
「そうさ、約束したろ? お互い理想の相手をゲットできるように頑張ろうって。そろそろあんたもお相手の一人や二人くらい出来たんだろ? 折角だから聞いてみたくってさ」
「う……」
 耳が痛かった。まさかあれからまだ一人も彼氏が出来たことが無いなどと、どうして言えようか。
 さらに、夕夏の胸はざわめいた。このような話を持ちかけてくる以上、冬木はおそらく彼女ゲットに成功したのだろう。しかも、彼はただの男友達などではない。お互いに恥部を見せ合った経験のある相手だけに、話は相当生々しく赤裸々なものになるだろう。そんな話は聞きたくなかったし、夕夏の側から出せそうな話題が皆無なのも嫌になってくる。
 しかし━━。
 そのときだ、グーという音がどこからともなく聞こえてきた。
 気まずい沈黙。一拍遅れて、冬木が大爆笑した。そういえばお昼はカナのせいでろくに食べられなかったし、晩ごはんももちろんまだだ。
「丁度いいや! 飯でも食いながら呑もうぜ。作るよ」
「あっ、ちょっと……もう!」
 こうして強引に手を引かれ、冬木のアパートにお邪魔する事となったのである。男の独り暮らしの部屋を訪ねるという意味を、このときはまだ気づいていなかった。

第2話②へつづく)


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