見出し画像

放課後ランプ|毎週ショートショートnote

「74番ゲートにて、進学743便にご搭乗予定のお客様にご案内します。
当便のお客様の機内へのご案内は、6時30分を予定しております」

――よし。定刻通りだな。

俺は時計を見る。

「あーもう! 就職便は25分の遅延よ。新入社員が怖気づいて部屋から出てこないって」

就職便の案内スタッフ、藤井さんが天を仰ぐ。

「またか。確か去年も同じような理由で1時間遅れたんじゃなかったっけ?」
「毎年恒例よ。勘弁してほしいわ」

藤井さんを「まぁまぁ」となだめ、お互いに表情を引き締める。誰が見ているか分からない。

3月と4月、放課後ランプサービスは卒業便と進学便、そして就職便の運行が激増して大忙しとなる。

空港において「ランプ」とは飛行機の給油や整備、乗客の手荷物や貨物の積み降ろしなどを行う場所のことを指し、「ランプサービス」とは、飛行機を駐機場へ誘導したり、ボーディングブリッジを取り付けたりする業務のことを言う。

この時期だけは、搭乗口でのアナウンスもランプサービスに含まれている。

「あの……」

青年が1人、藤井さんに話しかけてきた。スーツが似合っていない。就職便に乗る予定の青年だろうか。

「どうされましたか?」
「忘れ物をして……戻りたいんです」
「お客様、大変申し訳ありませんが、戻ることはできません」
「どうしてですか? ちょっとだけ、ちょっとだけだからいいでしょ!」

青年の語気が荒くなったところで、俺は藤井さんの前に割って入った。

「お客様、どのようなお忘れ物でしょうか?」
「よく……分からないんです。でも、何か忘れた気がして……。だからもう一度、青春時代に戻って確かめたいなって……」

青年は下を向いて黙ってしまった。

「なぁ、よく聞いてくれ」

俺は青年の肩に手を置く。

「多分、戻っても忘れ物は見つからない。いや、見つけられないんだ。みんな必ず青春時代に忘れ物をする。でも、それが見つかるのは10年先か20年先か……ずっとずっとあとなんだよ」

「おじさんは……見つかったの? 忘れ物」

「うーん、どうかな」

俺は苦笑いした。

――見つかっても、もう取り戻せないんだよ。

そう心の中で呟く。

「さぁ、もうすぐ搭乗時間だ。思い切って飛び立て! 新しい世界に!」

「はい!」

青年は元気よく返事をして、就職便の待合室に走って行った。

「青いわね」

藤井さんの一言に、俺は真顔で「青くていいんだよ」と返した。

(了)


たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
今週のお題は「放課後ランプ」でした。

北海道に住んでいる時は飛行機に乗る機会が多かったので、「ランプ」という字を見て、もう空港のランプサービスしか思い浮かびませんでした。

ランプサービスの他に、地上支援スタッフとか、グランドハンドリングとか、いろいろな呼び方があるようですね。

飛行機搭乗前の待合室って非日常な雰囲気があるので、そこでぼーっとしているのが好きです。
茨城に帰ってきた今、もうあまり飛行機に乗ることもないのかなって思うと、少し寂しいですね。


こちらもどうぞ。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

ありがとうございます!(・∀・) 大切に使わせて頂きます!