見出し画像

Valeur 3 -taupe-

あたりはひっそりとしている
空はやすらかに暗い
地平線に発光する線がみえる
それは鳥居のようでもあって
扉の枠のようでもある
穴から這い出て
そっと砂浜へ足を踏み出す
つま先に感じるなにかの息づかい
砂のなかの命が
ぷつぷつとこちらの世界へあらわれて
こわくなって走り出す
草地に出た
大きな黒い塊が広い草地に点々とある
森だろうか
風にふかれて左右にゆれている

喉が渇いたので森の一つに入ってみる
想像よりも明け透けな木々の合間を縫って。
誰かが焚き火をした跡があり水はなかった
ちいさなリスが木の上で笑っていた

次の森に入った
そこは新しいらしく茂る葉は明るい
小さな池があったが
口をつけると唇がぴちぱちと弾け、いたむ
静まった水面をみると唇はあかくなっていた

もう一つ別の森へ入った
全体の大きさに比べて案外奥行きがある
だいぶ歩いたころ傷ついた白い馬を見つけた
ちいさく開けた芝生に横たわり
ぼくを見るなり、泣いた
青色の花が咲いていたので
それを腫れた唇にあてるとはらはらと
馬の傷に降り掛かった
駆けていく姿がみえなくなるまで手を振った

気づけば地平線の果てまできていた
朝日が登り、目の前がくらむ
うつくしい光のなかに門が立っている
背後に草をさらう風の音を聞きながら
門へと入っていく
眩しく目が慣れるまで時間が要った
光満ちるなかで目を細めると
なつかしい君が立っていた
すこしながい髪が宙を漂っている

約束をしたあの丘へ向かおう
手を取り合って
これから世界で起こることなど知らずに
ふたりゆく果てをただ信じて

古屋朋