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イギリスがひらく食と音|Yussef Dayesの来日公演

ブルーノート東京では話題のジャズドラマー、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)の来日公演が行われました。ブラック・クラシック・ミュージックを標榜する音楽が観せてくれるのは、一つのストーリーにいくつものリズムが織り交ぜられた新しい世界。固定観念を捨てることで、多様性が受け入れられると思うのです。

 代々木上原にオープンしてまだ半年のイノベーティブなレストラン「Ukiyo」のランチタイムには、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)氏の『Black Classical Music』が流れていた。忙しい時間帯にも関わらず、カウンターの脇に置かれたプレイヤーでわざわざレコードを掛けるほどの拘りだから、翌月に迫る来日公演を意識した演出だったのかもしれない。決して派手ではないけれど熱い音楽が、静かに高揚感を煽る。それは、おとなしそうに見せかけて、しっかりとスパイスを効かせたUkiyoの料理にぴったりだ。シェフのToshi Akama氏は以前に勤めていたロンドンの「Ikoyi」のスタイル、すなわち地域の食材に西アフリカを中心とした各国のスパイスを組み合わせるアプローチを継承している。食文化に乏しいとされるイギリスからも、日本に持ち込める革新があるのだと驚かされる。

 Ikoyiはミシュランの星を二つ獲るほどの有名店。オーナーソムリエであるジェレミー・チャン(Jeremy Chan)氏と手を組む、シェフのイレ・ハッサン=オドゥカレ(Iré Hassan-Odukale)氏はナイジェリア出身とのこと。祖国から大量のスパイスを買い付ける一方で、Ikoyiが西アフリカ料理のレストランであると勘違いされることに憤る。イギリス版GQ誌のインタビューでは「特定の料理をベースにはしていない。フィーリングとリスペクトを持っているだけだ」と答えている。かつての宗主国に自らのアイデンティティを示しながらも、世界的に新しいものを創り上げているのだというプライドが表れているだろう。また、どうしてもオーバーワークになりがちなレストランという業態において、スタッフのワークライフバランスを保とうとする姿勢が、もう何者にも支配されないという強い意思を示しているようにも感じられる。

 かつての「中心」が貿易を名目に、周縁諸国から集めたかったものは労働力や金や胡椒だったけれど、多くの奴隷たちが自らの誇りとともにひっそりと音楽を持ち込んだ。しかしそれすらも都合よく使われてきたことが明らかになった今、ブラックミュージックは原点を振り返り、大きく変わろうとしている。このムーヴメントのイギリスにおける立役者の一人であるジャズドラマー、ユセフ・デイズ氏は、昨年リリースしたソロ・アルバムを『Black Classical Music』と名付けている。父親の出身地であるジャマイカと、西アフリカのリズムを拠り所に、イギリスのクラブカルチャーが育んだグルーヴを発展させている。そう、この三地域はイギリスの思惑によって、砂糖を軸とした三角貿易が行われていた関係性にあるのだ。いわゆるジャズにとどまらない音楽の深い可能性が示唆される。

 いよいよ、ブルーノート東京で行われた来日公演は『Black Classical Music』のコンセプトをより明確に体現するものだった。ゆったりと流れるサックスのメロディーと、キーボードのハーモニーの裏側で細かく刻まれるハイハットとスネアのリズム。シンバルの音は鋭く、バスドラムに寄り添うベースが聞き慣れないラインを描き出す。一言でいえば、おしゃれなダークさなのだ。それでもグルーヴが基本にあることは間違いない。中盤でスネアのピッチを高く調整すれば、ボンゴとの組み合わせがカリビアンな響きを醸し出す。ステージの雰囲気を変えることなく、リズムにこれだけの幅を持たせられるものなのかと感心する。それはまるで様々なスパイスによって表情を変えていく一連のコース料理のよう。これまで、ドラムとベースが曲調を決めるのだと信じ込んできた私たちは、見事に裏切られることになる。「遠慮なく踊ってくれ」とデイズ氏は客席に声を掛けた。

 スパイスとリズム。各地の文化を象徴するこの二つが今、アフリカンのアイデンティティとして見直されようとしている。もちろん、ただ西洋文化に混ぜ合わせるだけではこれまでと変わらない。本質を捉え、西側諸国に認められるだけのテクニックを持ったアーティストが自分事として扱うからこそ、表現できるものがあるのだろう。背景には受け入れる側の変化もあるに違いない。良いものは良い。ユセフ・デイズ氏の見事なテクニックを目の前で見て、賞賛しない人がいるはずもない。しかし正直、ライブを観るまではそこまでと期待していなかった。危うく、最高の瞬間を聴き逃してしまうところだった。固定観念が偏見を生み、多様性を妨げてきたことを忘れてはいけないと思うのだ。

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