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オリジナルに想いを馳せて|ゴッホ・アライブ

東京・品川の寺田倉庫で開かれているゴッホ・アライブ。パブリックドメインに移行した古典作品を新しい切り口で鑑賞すれば、ゴッホが本当に見せたかったものは何だったのかと考えさせられます。奇しくも原作者の意思が議論されるタイミング。オリジナルに想いを馳せることが大切だと思うのです。

 東京・品川の寺田倉庫G1ビルでは、ゴッホ・アライブ(Van Gogh Alive)が開催されている。これまで世界99都市を回り、延べ900万人もの来場者を誇るという話題の体験型インスタレーションが、いよいよ東京にやってきたのだ。そのコンセプトは至ってシンプル。運営するGrand Experience社によれば、「3,000点を超えるゴッホの巨大な画像が、壁、柱、天井、床までを埋め尽くすスリリングなディスプレイを作り出し、ゴッホ独自のスタイルを構成する鮮やかな色彩と生き生きとしたディテールに完全に浸ることができる」とのこと。会場は一連の作品の解説が並ぶ前室を抜ければ、広いメインギャラリーに所狭しと大型スクリーンが配置されている。そして、次から次へとゴッホの作品が映し出されていく。そのスピード感と、何より大きさに圧倒される。見上げる高さのキャンパスに描かれた「ひまわり」や「アイリス」の花を眺める体験は新しい。

 1890年に37歳の若さで亡くなったゴッホの作品はすでに著作権が消滅しており、パブリックドメインとして扱われている。個人利用はもちろん、商用利用も認められている。だからこそ実現したのが、ゴッホ・アライブだろう。元の作品をデジタルスキャンして、大きく引き伸ばして投影されている。そして、一部は動画にまで改変されていることに気付く。空が回り、汽車が走るのだ。会場内に流れるクラッシックの軽快さも相まって、楽しくも美しく、私たちの目に映る。ゴッホもまさか自分の作品がこんな風に鑑賞される時代が来るだなんて、夢にも思っていなかっただろう。生前のゴッホはほとんど評価されていなかった。絵では生計が立てられず、貧しかったと言われている。それでも、最期は自らの命を絶つほどに繊細な心によって描き続けられた多くの作品に、どれだけの感情が込められているのかは分からない。ゴッホが私たちに見せたかった世界はこれで間違っていないだろうか。

 作品が作者の手を離れて、社会の中で再構築されるケースは少なくない。例えば、小説が映画化されることも、漫画がテレビドラマ化されることも一般的だ。その過程において、色が付き、音が付き、動きが付けられる。もちろんそれぞれの媒体によって求められる表現技法は異なるのだから、第三者によって必然的に改変がなされることになる。これを当たり前のことと思っていた私たちは、先日、一人の漫画家の最悪の決断によって、誤りに気付かされたばかり。原作の世界観を維持するための必死の抵抗が、作者の心を蝕んでいたのだ。特に営利を目的に、テレビ局や出版社のような大きな組織が思惑をはたらかせる状況に、原作者一個人はなす術もない。これをきっかけに、様々な作品の作者が同じように声を上げはじめたことが何よりの裏付けだろう。作者による、作品とそのファンを守ろうとする気持ちは、大勢の前で踏みにじられてきた。

 2024年になって、初代ミッキーマウスがパブリックドメインに移行したことが話題になっている。1976年、1998年とミッキーマウスの著作権が消えそうになるたびに法律を変えてきたアメリカもいよいよ諦めたのだろう。先んじて自由になったくまのプーさんのように、今後、オリジナルを無視した二次創作が作られる可能性は高い。しかしミッキーマウスの物語はまだ続いている。ウォルト・ディズニー(Walt Disney)が新作アニメーションを発表することはないけれど、私たちはその意思を受け継いだウォルト・ディズニー・カンパニー社が新たな作品やテーマパークを作ってくれることを望んでいる。本流を凌駕するほどの亜流が生まれたときに原作は作者を離れて再構築されるのだろう。先の漫画家が強く訴求していたのが、原作がまだ最終回を迎えていない点だったのだ。

 要は私たち受け手次第なのかも知れない。その作品は誰のどんな想いによって作られているのか、私たちには、いや当事者の間でも明かされないことが多すぎる。市場の中で煙に巻かれている。残念ながらもうゴッホの意思を確認することはできない。しかし、ゴッホ・アライブで見つけた作品に原作があることは知っている。それはスクリーンには表現できないほどの複雑さで、油絵の具の質量をもって描かれていることだろう。もしも自らの眼で観ることができれば、何か訴えるものがあるのかも知れない。亜流をきっかけに、簡単には出会うことのできない遠い原作に想いを馳せることが大切なのだろうと思うのだ。

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