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【物語】撃退 -sisters-

 薄暗く陰る山林の中に響く悲鳴の連鎖。

 主の手元から引き離された銀鼠色の長槍たちが、その刃先を赤黒く濡らしくるくると宙を踊っている。一帯にはモーヴ色に危うく光る細線が波紋状に張り巡らされせ、銀色の鎧に身を包んだ男たちは残らず絡め取られ身動きを封じられている。生ある者は恐怖に肩を震わせて叫び声を上げ、既に生を奪われた者は額から後頭部へ真っ直ぐに槍が刺さった状態のままぐったりとしている。
 
 
「ふふっ。的当て、的当て、よぉ~く狙って」
 
 
 波状の中心に少女が1人、この凄惨たる光景の中で無邪気な笑みを受けべている。真っ黒なエナン(円錐形に尖っている帽子)を被り同色のケープをはためかせ、魔女・シャーロット=グレインは次の獲物(ターゲット)へ狙いを定めた。彼女の頭上には男たちと同じく光の細線に絡まった数本の銀槍が空中を不可思議に浮遊している
 
 
「──えいっ」
 
 
 彼女の掛け声に浮遊をぴたりと止めた槍が一斉に射出され、生ある残党の脳天を残さず串刺しにした。飛び散った赤黒い血液が地面を恐怖に彩り、少女はその中心で尚も無邪気に笑っている。
 
 それは男たちが魔女と遭遇してからほんの数十秒間行われた、一方的な虐殺劇。命を奪われた者たちは皆兵士だった。国随一の戦力を誇る軍事組織《正規騎士団》の証である白銀の槍と鎧を持った屈強な兵士たち。これが誉れ高き彼らの最期だというならば、あまりに呆気なく無残な末路だろう。
 
 
「さてと。お姉様たちのところに戻らなくちゃ」
 
 
 そんな男たちの死に対してシャーロットは早くも興味を失くし、くるんと背を向けて同胞が待つ方角へ向けてステップを踏み出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
* * *
 
 緑が揺らめき、地表を波打ちながら激しく畝る。
 巨大な樹木の根が蛇の如く対象(ターゲット)を囲い、そのまま渦を巻くように縛り上げた。
 
 
「よし、動きを止めた。クリス、お願いっ!」
 
 真っ黒なエナンとケープに身を包んだ少女は神秘を行使して足止めに成功すると、即座に仲間へ合図を送った。
 
 
「────さっさと、斃りやがれッ」
 
 
 晴れ渡った青空から一直線に、不可思議の稲妻が雷鳴を伴って叩き落とされた。青い閃光は対象の全身を瞬時に黒焦げへと変え、巨体は鈍い咆哮を上げ地響きを立てながら地に伏した。
 
 
「やっと倒れやがったか…。随分と手こずらせやがってコイツめ」
 
 細長い棒状の物に跨り空中からゆっくりと地面に着地した少女が息を整えながらウェーブの掛かったブロンド髪をかきあげ、黒く焼け焦げた巨体を小突くように一蹴り入れた。先ほど樹木の根を操っていた少女と同じくその身を漆黒の装束に包み、魔女・クリスティーヌ=エルトライザは蒼い瞳でギロリと睨みを利かせた。
 
 
「やっぱりこの個体も『龍魔』だよね。絶滅したと思ってたのにどうして……」
 
 
「知るかよ。“マザー”はこの木偶の坊も含めて外敵排除を命じられたんだから、オレらはその仕事をすればいいだけだろ」
 
 
  仲間のつっけんどんないつもの物言いに対して若干萎縮しつつ、魔女・ナタリー=モゥリーストンは目の前で横たわる黒焦げの死体に目を向ける。
 
 
「……これは【竜】じゃないから殺めてもバチは当たらないよね?」
 
 
「よく言うぜ。オマエは【竜】だろうがこの龍魔だろうが躊躇って殺せないクセによ」
 
 
「そ、そうだよね……。ごめん」
 
 
「すぐ謝んな」
 
 
 不機嫌そうに言葉を吐いたクリスティーヌはそこで、もう片方の外敵排除を終わらせてきたであろう同胞の姿が目に入った。
 
 
「お姉様~、ただいま戻りましたわ」
 
 
 光の粒子と共に跨っていた箒を消しふわりと地面に着地すると、魔女・シャーロットはケープの下から覗く紫のワンピースの裾を摘まみクリスティーヌへ愛らしくお辞儀をして見せた。
 
 
「お疲れ様、シャーロット。怪我とかしてない?」
 
 
「大丈夫ですわ、ナタリーお姉様。ご心配ありがとうございます」
 
 
 駆け寄って来たナタリーへも頭をちょこんと下げ、紫の魔女はふふと楽しげな笑みを零している。
 
 
「たかだか数人の騎士団連中相手にシャーロットが傷を負う訳ないだろ。くそっ、オマエがこっちを手伝っていたらもっと楽にこの木偶の坊が片付いたんだけどな」
 
 
「仕方ないよ、クリス。2方向から偶然同じタイミングで侵入されちゃったんだもん」
 
 
「まぁ! 大きな竜が真っ黒焦げ。クリスお姉様の力にはいつも惚れ惚れますわ」
 
 
 巨大な死骸を前に口々に喋る3人。彼女たち魔女が住まうこの山は他からは視認できない結界が張られている為外敵が侵入することは滅多にない。それでも結界を撥ね退ける力や何かの偶然で足を踏み入れられた際、このトリオが主に排除を行っている。彼女たちにとって唯一安全な場所を守る為、そして唯一迫害を受けないコミュニティを守る為、“マザー”の言葉を絶対として少女たちは今日もこの聖域に隠れ潜む。
 
 
「──ねぇ、お姉様。人間たちの世界ってどんなところなのかしら?」
 
 
 青空の彼方を見つめ、シャーロットはぽつりと呟いた。
 
 
「シャーロットはまだ外に出たことないんだっけ?」
 
 
「ええ、ナタリーお姉様。残念ながら“マザー”のお許しがまだ出ておりませんの」
 
 
「掃き溜めみたいな下らねぇ場所さ。ま、オレは文明の発達に胡坐をかいて我が物顔で生きる下等連中なんかに興味ねーけど」
 
 
「そうなんですの?」
 
 
「そーだ」
 
 
「……そうですか。でも、なんだかワタクシとっても興味をそそられますの」
 
 
 心底不愉快そうにそっぽを向いたクリスティーヌを横に、シャーロットは再び遠く彼方へ視線を向けた。その顔を愉快そうに歪め、妖艶に舌舐めずりをしながら。

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