『タピオカと魔法使い』(超短編小説)


「そうだ、タピオカだ。タピオカの映え写真しかない」

   タイムラインにリア充自慢と意識高い系の投稿が延々と並んでいるSNSを眺めながら、私は思いついた。

   来週ついに三十歳になる。年齢と彼女いない歴が同じ数字のまま、大台にのるのだけは避けたかった。ネットの伝説によると、このままいけば、あと一週間で“魔法使い”に変身するらしい。

   生誕三十周年をダーマ神殿で迎えるのは嫌すぎる。(ダーマ神殿とは有名な転職の聖地である)私は私のままでいたい。魔法使いになんてなりたくない。ちなみに、ドラクエで一番好きな呪文はメラゾーマだ。

   しかし、私は今日、タピオカという最高の“脱出”の糸口を見つけた。早速、準備にとりかかろう。

   私は、近所に最近オープンしたタピオカショップ「タピータピータピー」の行列に並んだ。女子高生と女子大生と森ガール的な女の子の列に、明らかに場違いなおっさんが一人混ざった感じだったが、その恥ずかしさをぐっと我慢した。

   映え写真が得意なインフルエンサーの写真を大いに参考にした。味のあるアンティークウッドテーブルやお洒落な細長い花瓶などの小道具をセッティング。入手したタピオカドリンクを中央に置く。光のアングルにこだわってシャッターを切った。

「ライデイン!」

   撮影の瞬間、無意識に呪文を口走ってしまったが、我ながら、なかなか“映え”な写真が撮れた。これはもう、どこからどう見てもリア充である。

   あとは気のきいたコメントを添えれば完璧だ。投稿後は、たちまち女の子たちから「いいね」が入りまくって、個別メッセージでやりとりして、あれがああなって、これがこうなって、それがそうなるはずだ。カタカタカタカタカタ・・・・

『 タピオカ最高!!仲間に乾杯!_ 』

   うーん。これではだめだ。設定はタピオカパーティーではない。カタカタカタカタカタカタ・・・・

『 ハッピー☆ タピオカドリンク最高だネ_ 』

   よし、これにしよう。「ギガデイン!」と叫びながら投稿ボタンをクリックした。もう呪文を口走ってしまう自分のことなんてどうでもよかった。私にはタピオカがある。

   小道具の準備や撮影ですごく疲れていた私は、そのまま布団に入って眠りにつくことにした。明日の朝には「いいね」が沢山ついているはずだ。


   夢の中で、私はラブホテルのベッドに座っていた。隣にはバスローブの女が座っている。女の顔を見ると、巨大なタピオカだった。ビックリした私は「リレミト!」と叫びながら部屋を飛び出した。

   チェックアウトしようとホテルスタッフに声をかけたら「ゆうべはお楽しみでしたね」と言われた。その瞬間、背後のエレベーターの扉が開いて、タピオカ女が出てきた。

「待って!どこいくの〜。私の写真撮って〜」

   私は必死になって逃げた。表情のないタピオカ女はバスローブをひらひらさせながらセクシーな感じで追いかけてくる。その瞬間、目が覚めた。

「くそっ、嫌な夢だった・・・」

   気を取り直して、すぐに、枕元に置いてあったスマホでSNSを確認した。

「おおっ!」

   新着通知に20近くの赤い数字が表示されていた。まあ理想にはほど遠い数字だが、自分的には合格だ。嬉しさがこみ上げてくる。ニヤニヤが止まらない。

「ん?」

   赤い数字をクリックすると、学生時代の旧友や会社の同僚からの「誕生日おめでとう」「三十路!」「魔法使い誕生!」などのメッセージが並んでいた。全員、おっさんだった。しかも、タピオカはほぼスルーされている。

「あれ?」

   私は気づいた。日付が一週間ほど前にズレていたのだ。そして、すぐに、自分がすでに魔法使いになっていることを悟った。私は、もう何もかもどうでもいいと思い、どこかに飛んでいきたくなった。

「ルーラ!」

   しかし何もおこらなかった。

(了)


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