セカンドハーフ通信 第43話 将来も今と同じ状況が続くと思ってはいけない

将来も今と同じ状況が続くと思ってはいけない

熱海に住んでいた時に親しくしていただいた人に会いにいった。その人は誰もが憧れるかっこいい先輩だ。

芸大を卒業し、彫金の技術で素晴らしいナイフを作り、伝説のサーファーと呼ばれ、クラシックギターの先生でもあった。初めてお会いした時には既に60歳を超えていたが、いつも颯爽として、おしゃれなアロハシャツが似合っていた。お酒好きで理知的な風貌、いつも背筋が伸びていて、坂の多い熱海の街を颯爽と歩いていた。こんな風に年を重ねられたらいいなあと思わせる人だった。

そんな彼が進行性の難病にかかったのは4年ほど前のことだ。体の筋肉がだんだん動かなくなる病気だそうだ。その頃、私は熱海の家を引き払い転居したため、彼の近況は伝え聞くだけになっていた。

先日、久しぶりに彼に会う機会を得た。お宅に伺うとテレビのある居間に彼はいた。テレビはついていたが見ているのかどうかわからない。車椅子に座り、前を見ている。両手は動かないようで軽く開いたままで固まっている。

「お久しぶりです。お元気ですか?」

私が声をかけると目だけがわずかに動いて私を見つめる。血行はよく、元気そうだ。

「近くまで来たので寄らせていただきました。」

彼は何か言いたげのように見えたが声を出すことができない。しばらくの沈黙が続く。言葉を交わすことはなかったが、なんとなく心の中で会話をしているような気がした。

テーブルには奥さんが書いたメモが置かれていた。メモはヘルパーさんにあてた伝言だった。お昼近く、そろそろヘルパーさんが食事の補助に来るようだ。

「また、近くにきたら寄らしてもらいますから。」

持参したお菓子をおいて家を辞す事にした。

たった4年の間で彼の生活は以前とまったく違ってしまった。自分がそうならないとは誰にもいえない。将来も今と同じ状況が続くと思ってはいけないと強く感じた。自分にできることは、今この時を大切に生きるしかないと思った。

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