まちがえることなんて、世界のへりから見ればへでもない *
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の一部において、「世界のへりに立つ」ことをオススメしました。世界のへりに立つことで、なぜ生きるのか、どのように生きるのかという問いをもった上で日常にいた世界を見渡すことができるからです。そして、なぜ生きるのか、どのように生きるのかという問いに対し、なんらかの前向きな力を与えてくれる可能性が生じると考えているからです。
世界の中央では、よく正しいことが求められます(僕のここでいう世界とは人間社会のことです)。世界の中央、つまり学校や会社、政府、それらの規模が大きけれ