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17章:世直し一揆 (1)理解者達の思惑


 羽田空港には、大勢の記者とカメラマンが待ち構えていた。隣に居た娘達は後方へ回ってもらい、櫻田、越山両議員の3人で記者が待ち構えている方へ向かってゆく。
調査団として帯同していた同じテレビ局の女性の方が代表して質問するようで、一歩前に出て笑顔を見せた。3人で立ち止まる。

「杜大臣、北朝鮮での援助活動、お疲れ様でした。少しインタビューさせて頂いても宜しいでしょうか?」手招きされて、壁側に並ぶよう指示される。

「ええっと、広報部長どうぞ・・」そう言って、櫻田さんをマイクの前に押し出すも、櫻田さんがくるっと後ろに回り込んでしまう。仕方が無い・・

「今回、初めての北朝鮮だったと思うのですが、どんな印象をお持ちになりましたか?」一瞬答えに窮するが、印象などではなく、開口一番はセオリーを述べることにした。

「3カ国の調査団を受け入れて頂いた北朝鮮政府に感謝しております。国内の状況を把握することができましたし、次回以降の活動をどのようなものにすれば良いか、改めて各国と相談しまして、次回以降の活動に活かしてまいります」

「活動として出来なかった事、改善すべきポイント等がありましたら教えていただけますか」

「3カ国で、1チーム10人位の体制を取ったのですが、調査というよりも援助活動の比重が高くなってしまいました。人員を増やすなり、チーム数を増やすかにして、援助と調査の役割を分担したいと考えています。この点は各国とも同意見です」

「配給量が当初の予定より足りずに、急遽増えました。これはどう分析されていますか?」北朝鮮の見込みが間違っていたとは、この場では言えない。遠回しな発言をするしかないだろう・・

「調査団が出向かなければ分からなかった事が多々ありました。以降は修正して対応できるので、調査団を派遣して良かったと受け止めております。我が国としても、ばら撒き型の体外援助を、見直す良い機会となりました」

所々で質問がはぐらかされている事に気がついたのだろう、顔が強ばっている。すると、越山、櫻田両名に、北朝鮮の食糧事情や衛生状態を聞き出したので、テレビに写りやすいようにポジションを2人に譲った。記者の後方でこちらを見ていた樹里が、失礼な事に人を指差して笑うので、天井を見て時間を潰していた。

ーーー

 入国審査を終えて、荷物を受け取るターンテーブルの前で再会を約して、調査団は散開した。
玲子と樹里と、空港の駐車場まで移動して2人が乗ってきた車に乗り込む。このまま鶴見汐入の海岸沿いにある、ゴミ焼却熱を利用した温泉まで行こうと話をしていた。土曜の午前中なので空いているだろう。

「先生、お風呂と温水プールにも入らない?」助手席の樹里が振り向く。

「え? 水着なんか持ってないぞ・・」

「大丈夫、蛍先生から借りてきたから」大臣をプールに誘うヤツが居るか?と思い、海パンを渡す妻もどうかしていると思いながらも、最初から計画していたなら受け入れようと思った。2人の水着姿も拝めるし。

「2人とも普通の水着ですけどね・・」ハンドル握ったまま玲子が呟く。 

・・こちらの胸の内を汲み取ったのだろうか。無人島かプライベートビーチなら、ビキニがいいけど、人目があるから布地が多いほうがいいやと思って、黙っていた。

ーーー

議員宿舎に帰って来たのは夕飯前だった。帰りが遅いと、杏が仁王立ちして玄関前で待ち構えていた。玲子と樹里が、杏の肩を叩いたり さすったりして誤魔化している。親達は腕を組んで立ち塞がっている杏を見て、廊下の後方で笑っていた。プールから出て大森の家に寄って休んで来たのだが、そんな話も、今更説明する必要もなかった。

夕飯を終えて、鮎、蛍、幸乃、横浜の幸、彩乃、宮城の翔子、里子、五箇山の未来、あゆみとがネット越しに見ている前で、玲子、杏、樹里の3人からインタビューを受ける。爆発的な売れ行きとなった、週刊誌記事の続編を今回は玲子が執筆するのだと言う。

そもそもが北朝鮮政府に近づく目的の援助だったが、北朝鮮の階級制度で餓えを生み出している実態に直面し、3カ国で情報公開して世論を喚起する方針へ転換した、そんな顛末を伝えた。情報が閉鎖された国への援助は、実際自分の目で見なければ分からないし、推測や間接的な情報ではどうしても難しい。それでもイランでの経験が役立ったのは間違いないし、この経験をイランと北朝鮮の翌月以降の援助に活かしていきたい・・そんな内容だった。

次回はこの援助が巻き起こした反響、世界がどう動き、日本としてこれから北朝鮮にどう向き合うべきかという内容をインタビューして、書くという。もう22時近かった。明日は日曜だが、官邸に行かねばならなかった。ネットワークを遮断して、皆さんと別れた。

調査を終えて北京に戻った際の話だが、そこで中国と北朝鮮の外相が非公式の会談をしており、その場に3カ国の調査団と北朝鮮の同行者が合流した。食糧の配給が更に一週間延長となったので、それが終わってから、改めてのネット会議をして、状況を見定める事になった。
調査団が訪れていない街へは、明日以降、北朝鮮軍がそれぞれ巡回して幼児施設を中心に対処能すると聞いて、安心した。緊急度の高い状況なので、3カ国の調査団の報告書を参考にして、それぞれの街のレポートを3カ国にも開示して頂きたいと要請し、了承された。
北朝鮮が実際どこまで出来るのか、これで見定める事が出来そうだ。

また、外相から日本政府として来月は平壌に寄って欲しいと要請を受ける。協議したいのは日朝両国で大使館開設を前提とした「連絡所」の開設を相談させてほしいと言われる。これは喜んで応じる事にした。平壌での会談となると外相、もしくは首相に訪朝して貰い、正式な訪問団として組織すると伝えた。

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日曜の午後、全国知事リモート会議に出席した後で、富山県知事、富山市長とネット会談を行う。富山市で18万世帯に、スマートメーターの設置計画が予算を通ったと報告を受ける。この場に、総務大臣、国土交通大臣も同席してもらった。県知事と市長と3人で纏めたプランだった。ここから、日本の行政を変えていく第一歩となるのだが、そこは暫し伏せておいて、まだ前面には掲げない。

富山市は富山県の県庁所在地であり、県の産業の大半が集中し、県人口の6割を占める市だ。18万世帯と、富山の薬売りを発祥とする製薬会社、その製薬業から派生して生まれた金融機関などの電気メーターを、スマートメーターに一斉に交換する裏には理由があった。まず、電力消費量がリアルタイムで把握出来るようになる。各家庭の、夏と冬での電力消費量や時間消費量、そして企業の年間電力消費量といったものだ。通常は電力会社が把握して電力供給量を判断する為のデータだが、行政も判断材料として使う。他に、各企業の売上の推移、税収、人口の増減といったデータを加味して、データベースに取り入れて行くと、富山市の季節ごと時間ごとのリアルな実態を、より細かに把握できるようになる。富山県からすると、主力の富山市の状況が、県の方向性を左右するので、富山市と連携して県としての政策を立案していけるようになる。
単にメーターを変えるだけの話ではなく、行政が精緻なデータを得る意義が伴ってくる。このデータを活かすも殺すも、行政次第だ。県や市としての責任範囲を自覚して頂き、国から独立できる位に県庁と市庁が行政能力を身に付ける。まずはここが狙いだった。テストモデルとして富山市が先行して取り組み、市役所の各部門が経営能力を学び、身につけていく。

例えばの話だが、電気は北陸電力、ガスはXXガス、水道は富山市といった枠組みから脱して、県内の電力は北陸電力とは手を切って、更に安い会社と契約する。もしくは自前で自然エネルギーで発電事業を起こす。もし、行政としての経営がうまく行けば、県税、市民税を下げて周辺県からの移住を促がすPRなどをして、周辺県と人口獲得競争を始めていくのも考えられる。
富山がポテンシャルがある県なので試してみるのだが、そんなトライアルを始めようとしていた。
極端な話だが、戦国時代に戻るのだ。軍事力が無いから武力侵攻こそ出来ないものの、有力な県になれば、県民投票して他県と合併して、県境を撤廃するなんて話も、将来的には起こりうるかもしれない。
県知事や市長は経営能力が試され、議会は活性化する・・ハズだ。しかもITインフラは日本政府から提供され、システムを無尽蔵に活用できる。当然、国は富山市のデータを見れるので、県や市に対してアドバイスも行政指導も出来る。指導をする立場となる官僚も「市政、県政」といったお題で、地方行政能力が試される立場にもなる。息が抜けない国と地方の論争も巻き起こるかもしれない。もし、県政で頭角を現せば、当然、国会議員へ立候補して、大臣、首相を目指す。こうして有能な者が下克上状態で政治の場に馳せ参じる事で、国全体が活性化する・・そんな夢を描いていた。

 新聞、ニュースでは「富山市、6月スマートメーター採用へ」と2,3行の記事になるだけだが、裏の意味にはそんな意図が隠されていた。
ITインフラを見直し、各都道府県と官庁の人材を増やす事を並行して進めながら、市や県の自主独立を促す・・行政改革大臣としての大一番が、勝手知ったる富山市から始まろうとしていた。とは言え、一緒に改革をしようと考えているのだが・・
ここで得るであろうノウハウでもって、次は東京都へ。そして日本のみならず世界へ輸出していく事を考えていた。だからこそ、自然エネルギーの電力供給会社となり、ITによるスマートシティ化を促進し、日本政府として都市のコンサルタントを推進していくのだ。テヘランがその最初の都市となる、という訳だ。

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「富山市でスマートメーター採用決定」のニュースを知り、モリの思惑を察知した人物が世界に一人だけ居た。中国、内務省の梁だった。
梁は、モリがイランでとロシアで油田や農地で発電事業を立ち上げる意味がようやく分かった。コンサルタント事業を、海外での収益源としたいのかもしれない。モリが自前でネットバンクとIT事業を立ち上げようとしている意図とガッチリと符合する。

「なんて人だ・・」そこで気が付いた。彼は福建省の知事と厦門市長と北京で2度に渡って会談をした。単にカフェだけで話した訳ではないのだが、ひょっとしたら、コレを狙っているのかもしれない。
もし福建省がモリのコンサルを受け入れ、アモイ市がスマートメーターを導入したならば、それは、中南海に取って潜在的な脅威となるかもしれない。
モリが福建省のオブザーバーになったなら・・そう思うと笑いだしてしまった。中南海は勝てないかもしれないと思ったからだ。福建省は事実上、日本の統治下になるかもしれない。そのうち台湾も・・となると、中南海は党内で権力争いをしている場合では無いだろう。気が付いた時には隣の国の友人だった男が、強大なライバルとなって立ち塞がるかもしれない・・

何年で成し遂げるのだろう?まだ政治家になって2ヶ月半で、これだけ実績を上げる男だった。恐らく、世界有数の資産家でもある。しかもイランと中国、ロシアでの投資は、利益を生む投資ばかりで全く損をしていない。既に原油を手に入れ、今度は農地を手に入れようとしている。次は何を狙ってくるのだろう・・ 梁はそう思って世界地図を見た。恐らく人だろう、人材を何処からともなく集めて、国を跨いで移動させるに違いない。
プルシアンブルーグループの情報検索をすると、情報が幾つか引っ掛かった。ウクライナ、ベトナム、インドネシア、そして今回の福建省か・・このパズルゲームを梁も試してみた。30分掛かったが、何となくパズルが解けたような気がした。

残りの人生、彼に掛けてみるのもアリだろう・・改めてそう思った。

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幸が五箇山とネット会談をしていた。会話相手は高校時代の担任だった未来と、あゆみだった。富山市がスマートメーターの導入を決めたというニュースで、ミクがあゆみから執拗に質問を受けたという話になった。

「サチ、この娘にスマートメーターの説明をしてくれないかしら。私には単なる電気メーターにしか思えないんだけど、絶対に何かあるって譲らないのよ・・」

「ミクちゃん、富山一区の代議士でしょう、大丈夫なのかしら・・。ねぇ、あーちゃん、スマートメーターって調べてみたんでしょ?普通の電気メーターと違って、どんな事が出来るんだっけ?」

「検針の必要が無くなるとか、電力会社のメリットばかりだけど、電力会社だけでなく富山市が電力量を把握できれば、市の経済の分析が出来るんじゃないかって思ったの」

「あーちゃんは賢いねぇ、もうミクちゃんと役割交代ね。あなたが国会議員でいいよ。ミクちゃんのバッジ、取っちゃいなさい」

「あなたね・・でも、電力量が分かった所で、市役所にそんな経営分析できる人なんて、居るわけ無いじゃないの」

「今はそうかもしれないけど、今度の夏の県会議員選と市議会選、北前新党の候補者が乱立するんでしょう?このままだと全員当選しちゃうんじゃない?そこに、どんな方々が立候補するんだっけ?」

「ええっと、富山大の経済学部と理学部、薬学部の准教授や研究者だね。他は鮎先生のお友達の漁協関係者と、富山高の同窓生と、県庁の職員も居る」

「ミクちゃんの次のライバルだね。議会で実績を上げて、みんなで参院と衆院に立候補するだろうね」

「サチ、何言ってんの。まだ当分先の話じゃない・・」

「県や市の経営って観点でこれからどんどん改革しちゃうんだろうなぁ。季節毎の電力消費量の推移と、製薬企業の売上や利益だとか、県内人口の増減とか、色々なデータが手元に集まってくるんだから、経営学やコンサルやってたら、お手のモンだろうなぁ・・あーちゃんはもう分かったよね?」

「分かった! 有難う、さっちゃん」

「どういたしまして。例えばだけどさ、あーちゃんもパン工場の電力消費量を毎月調べてご覧。第二工場が出来るから、電力消費量も増えるけど、年間や季節ごとで中国と国内のパン売上の推移で電力量がどう変わるかが、ある程度見えてくるとさ、バターとジャムをどの位作ればいいかって、分析が出来るでしょう? 工場長が「この位、バター作って」ってアバウトに言って来ても「この位でいいんじゃないですか?」って逆提案した方が、カッコいいでしょう?」

「うん、カッコイイ!」

「ね、ミクちゃん。やっぱ、あーちゃんが議員やった方がいいってば」

「ちょっと待って・・もう一度、私に分かるように説明してくれない?なんで、電力量でそんな分析が出来るのよ・・」

未来が、急に真剣な顔になった。自分の議員生命が脅かされる事が、何となく分かってきたのだろう。

(つづく)

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