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(3) 横展開と、増殖

「スービック市の社会党本部、銃器を持ったグループにより襲撃を受ける」
という情報が、ニュース速報としてアジアと中南米全域で伝えられ 広まった。第2国籍によるフィリピン議員の日本人とベネズエラ人が狙われ、襲撃された、らしい。

本部と伝えられたものの実際は住居であり、政党を立ち上げた時に居住地を本部として登録したので、「社会党本部」と警察の広報が報じた。

即座に日本政府とベネズエラ政府がフィリピン政府や日本大使館とコンタクトして、犯行未遂に終わった事件を大胆なまでに「修正」してゆく。

「盗難車を発見し、追跡した警官のお手柄として、犯人の逮捕につながった」と、手柄をフィリピン警察が上げたように報じられる。日本とベネズエラの巨額資本がルソン島とミンダナオ島に投じられているので難なく実現してしまう。
双方で「中南米軍の技術力で犯行を防いだ事実を隠すのが懸命」という判断で一致する。

ペイント弾はボール上の代替品を警察に進呈し、警官が投擲してフロントガラスに命中させて、犯人が車内で右往左往している間に、車外から銃で威嚇して犯人をホールドアップさせて逮捕したと報じられる。
車ドロボウだろうと思って逮捕したら、社会党本部の偵察に来ていた犯行グループでしたと、偶然に事件が収束したかのように調書が作成された。

犯人達がショットガンを放ったが、ショットガンが破壊したドローン、薬莢共々、警官の到着前にロボット達が回収済みだったので、実行犯の発砲行為自体も大胆に隠蔽してしまう。
犯人の滞在していたホテルを捜作し、ターゲット対象の議員7名の写真や週間の行動パターン分析などの資料に加えて、ショットガン4式が発見、押収された。
腕ひしぎ逆十字や4の字固め等のロボット達による関節技で、犯人たちの腕や脚の腱や筋が炎症を起こして腫れ上がっているのも、ふせられた。決して、犯人の名誉の為ではない。

筋書きを変更した理由は、第2第3の襲撃犯がやって来る可能性があるので「犯人側の運が悪かった」事にしておいて、同じような内容での対処で済むのなら楽だ、と判断したからだ。

犯人全員が逮捕され、中南米軍の衛星とドローンの情報解析により、犯行グループのバックアップメンバーや犯行の監視役などの存在の確認ができなかったので、ドローンと人型ロボットの連携が整っている状況は知られていない筈だ。

襲撃された側は更なるカードを切ってゆく。
まず、記者会見を実施する。7人の議員プラス、台湾で拉致されたフィリピン滞在中のベネズエラ大使パメラ・ティフィンも同席する。
求める内容は「アメリカは首謀者と目される亡命申請者をフィリピンへ強制送還せよ」と議員と大使が訴える。

記者会見の次は、マニラ市内の会見場となったホテルのすぐ側にあるアメリカ大使館に8人と、取材に訪れた多数のメディアが徒歩で移動する。

既にアメリカ大使館前でシュプレヒコールを上げている、フィリピンの市民団体や一般の方々が居る。そこに議員達が加わり、集まった多くの方々により、今までになかったボルテージとなる。
撮影しているメディアとしては「いい絵が撮れた」。

社会党党首のアユミ・ダグラス上院議員とベネズエラのパメラ大使は、アメリカ大使館のベルを鳴らして大使館員を呼出し、アメリカ大使とアメリカ政府向けの要望書を手渡し、受理された。
ベネズエラの大使とモリの娘からの書面なので、意味合いが通常とは変わってくる。

ここで大使館員が書面の受け取り拒否などしようものなら、在フィリピンの米国大使のクビが飛ぶかもしれない。
大使館レベルで留めずに、あくまでもホワイトハウスの判断に委ねざるを得なくする。

ベネスエラ政府は、フィリピンの社会党とパメラ大使のアクションを踏まえて動く。北米大使がアメリカ国務省を訪れて囁く。

「モリが怒り狂っている。実は台湾での人質救出作戦を実行したのはモリだ。その上、フィリピンの家族が襲撃未遂対象になったのだから、仕方がないのだが。そうそう、これが大使救出時の写真です。モリが大使を抱えながら港内を泳いでいます。修正改竄されたものか確認して下さい。犯人逮捕の映像も提供できますよ」と。

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上院議会の休憩時間に与党議員の数名が社会党の方にやって来る。

「私にまかせて」

志乃が蛍と翔子に言ってから、立ち上がる。

「先日は大変でしたね。被害は無かったと聞いておりますが」

その発言を受けて、蛍と翔子も立ち上がる。議会の議事進行ではなく、陣中見舞いならば話は別だ。それでも最初に立ち上がった志乃が応える。

「警察のおかげで事なきを得ました。本当に助かりました」

「ご両親もご心配されてるのではないですか?」

相手がアユミ・ダグラス上院議員を見据えて言うので、影武者として蛍(=アユミ)が応える。  

「そうですね。それでも、今回の件で警備体制も強化されましたので安心したようです」 

ベネズエラ大統領と日本の官房長官にはあまり触れないように捌く。実際には両国がアメリカに対して何らかのプレッシャーをかけているのだろうが、フィリピンの議員レベルで把握など出来はしないからだ。

「お子さんたちはどうされているのですか?学校や幼稚園に通うのも大変ですよね」

「たまたまですが、日本の夏休みでもあるので、子どもたちだけで帰ってるんです。暫くは滞在を延期する事になるでしょうが」

「そうですか・・国内の愚かな分子が御迷惑をかけて申し訳ございません。お子様たちが不在なのでしたら、いかがでしょう、夕食でも御一緒できればと思ったのですが・・」

図らずも注目を集めている我々に接近する事で、ポイントを上げようとしているのか?
それとも、単なる友好的な誘いなのか?相手の思惑がつかめないが、この場は一択だ。

「ベネズエラから大使が来比しておりまして、暫くはスービックに戻らねばならないのです。お誘いいただいたのに申し訳無いのですが・・」

「そうですか、それではご無理ですよね・・。

お引き止めして申し訳ありませんでした。また改めてご連絡させて下さい」
全く残念そうには見えないのだが、一人だけが喋って戻っていった。

他の2人は互いのやり取りの確認役だろうか、と志乃は3人の後ろ姿を見続けていた。

「もしこれでスービックが再び襲撃されたら、彼らもグルって話になるのかな?」
志乃が呟くと、翔子が頷き、蛍は驚く。

「ええっ、流石にもう来ないでしょう?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、彼らにとって電力利権は極めて重要だった。公共料金として、すべての家庭から定期的に集まってくるんだもの。石炭とガスの値上がりを理由に好きなように価格改定して、利益を上げてきた。平成の日本の電力会社と一緒。先生が事業精算したくなるのも当然・・」

翔子が驚いている蛍にそう言ってから、飲みかけのお茶を飲み干してから、思い出したように発言する。

「そうだ。会食するなら、相応のお店にしたほうがいいかもしれない・・」

「そこまで気をつけなきゃいけないモノ?そもそも、やり方が乱暴過ぎるよ。なんで拉致とか暗殺になるんだろう? そんなに困っているのなら、相談してくれれば 援助の1つや2つくらい一緒に考えてあげるのに」

夫の度重なる無双で、次第に楽観主義者になってしまった蛍が嘆くと、志乃と翔子が顔を見合わせて笑う。

「平成の頃のフィリピンの大統領って、麻薬の売買関与や常用者をバンバン死刑にしたでしょ。関与もしていないのに冤罪なのに刑を執行しちゃったケースも相当あるって聞いたでしょ。利権を維持して、財閥を大きくする上で何人か殺めたかのもしれない。マルコス独裁の頃なんて政敵排除は、もっと簡単だったろうし。そんなユルユルだった国だもの、警戒は続けるべきだと思う。
東南アジア料理は香辛料も多様だし、加熱するから煮物が多いでしょ。毒を盛られたか分かりずらい。大皿料理であれば、相手が手を付けた料理を取り分けて食べるようにするとか、飲み物なら・・無難に水かなぁ、やっぱり。私は解毒剤の用意を、軍病院に相談してみますね」

調理師資格を持つ食品会社勤務歴のある翔子が、解毒剤調達に乗り出す。

「毒を盛るなんて、なんか戦国時代みたいだなぁ・・」

「その時代の東南アジアは、王族同士の毒殺不審死が異常に多い。日本の戦国大名のお家騒動には南蛮の毒が使われた。南蛮って言っても、明か、ルソンのものだったんでしょうけど・・」

翔子が言うと志乃が蛍を脅す。

「アユタヤの長政も毒殺説がある・・一番気をつけなきゃいけないのは、殿の姫君であるご党主、あなた様ですぞ」

「えーっ・・。よーし、暫く我が家は会食禁止にしよう!これで食に関しては一応解決!」

極端だが、蛍の判断は的を得ていた。
「・・っと前言撤回。せめてジョリビーくらいは行こうか。ミカエルもパメラのお子ちゃまたちも、家でばっかり食べるのは嫌でしょう?」

「そうね。マニラ市内のショッピングモールに入ってる日本と台湾、ベネズエラのチェーン店ならいいかも。特にロボットが調理していている店なら安心。毒の盛り様がない」

名のある店舗であれば概ね安心だと翔子も頷く。おかしな料理を一度出せば、それだけで経営が傾く。店をこちらで押えるのなら他党との会食も安心かもしれない。

3人が笑みを浮かべる。偶然だろうが、各人の頭の中には彩乃 下院議員がオーナーの「彩」の寿司の品々が頭に浮かんでいた。

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ベネズエラから500機の中古戦闘機の無償提供を受けたばかりだ・・。

一方で、多額の持参金を持っているから、亡命を認めるべきだと言っているハワイ州知事の能天気さには呆れる。小さな島にいる奴らは、島外全体を見通せないのだろう。

国務省としては、フィリピン人資本家と元議員の亡命申請を受け入れない判断を下した。

もしもの話だが、ハワイ州知事が受け取ったワイロを懐に隠し続けるのなら、大きな過失となる。本人次第だが、政府にまで非難が及ぶようだと厄介だ。

フィリピンで生じた事件の現場検証を行ったCIAによると、社会党本部は議員たちの居住地を兼ねており、議員の誰かの子供4名と保護するロボットも確認できたという。周辺に家のないエリアなので監視カメラも備えられている。家に近づくとバギータイプのロボットが門の前に居たので、通行人を装ったまま素通りするしかなかった、ようだ。
報告では、武器の所有までは確認できなかったが、議員を警備する警官などの人員が確認できたかったので、相応の迎撃体制が整っているのではないかと、見ている。

議員たちのマニラまでの移動はヘリで移動し、ヘリの操縦も議員の護衛もロボットが担当している事から、相応のレベルに至っていると見なしていた。事件の前後で変更した箇所が見当たらない、とも言う。

元々、スービック基地の敷地内のような場所にある邸宅だ。ベネズエラが月面やサハラ砂漠に建設したシェルターのような倉庫が家の隣に立ち並んでいる。倉庫の中には、何が入っているのか、当然ながらわからない。

「基地内」だといっても通用するので、相応の武器弾薬を持っても許さるのかもしれない。現に、周囲には邸宅がない。ヘリやホバークラフトの離発着音が聞こえないというのだから、銃の練習をしても、おそらく聞こえないだろう。

そもそも、警官が一人もいなくても大丈夫なのだから、万全の対策が何かしら施されていると考えるのが普通だ・・。

そんな家に歯向うなんて、愚の骨頂だろう。
国務長官はヤレヤレと言った後で大きなため息をついた。

ーーーー

マニラのアメリカ大使からの連絡は、驚異的とも言える速さになった。

フィリピン警察にチャーターされた中南米軍の輸送機がハワイの米軍基地に降り立つ。

基地内に移送されてきたアメリカ亡命申請していた資本家と元議員2人の元に 警察職員が引き取りに向かう。ハワイ州の役人による強制送還が執行されると、3人を連れて移動し輸送機に搭乗させた。通常の機体ではなく中南米軍の輸送機だったので、送還者の顔が更に深刻な表情になったのが印象的だった。ハワイは観光地なのと、取材するメディアが殺到するのを回避するために民間機と国際空港を使わなかった。

フィリピン領海に入ると3人は逮捕され、送還者は容疑者に転じた。

マニラでは一転して「見せしめ」となる。まだ容疑者なのに申し訳ない箇所ではあるが、自分たちが置かれている状況を理解してもらう必要がある。

国際空港には各国のメディアが集まっていた。

警察官に連行される容疑者に、罵声とカメラのフラッシュの洗礼が浴びせられる。

総選挙後のフィリピン政界の風向きが大きく変わった。
その中心にいるのが政府ではなく、少数政党の社会党であり、外国籍も持つ7人の議員となっている。これまで政治と関わりのなかった市民団体やNGO、学者、大学関係者などの組織と協議を重ねながら、政策や法案を立案に取り組んでいる。
中身や骨子は日本とベネズエラ政府の法案の踏襲なのだが、フィリピン向けに内容の一部を変更修正しながら組み立てているので、議員とのディスカッションの場が民間組織の人々の学習、経験にも繋がる。

社会党からすれば、彼らを社会党の準スタッフのように使えるし、近い将来の州や市会の議員の候補者として擁立出来る。7名は日本とベネズエラで大臣や議員、大企業のCEOを努めたメンバーなので実績もあるし、フィリピン社会党自体が日本政府とベネズエラ政府が後ろ盾になっているので、少数政党でありながら最も資金力のある政策集団となっている。

上院議会では志乃議員が、下院議会ではスザンヌ、スーザン姉妹の口達者な手練による質問回数が議員でも最多回数を誇っており、与党の提案を議論でぶち壊してゆく。

フィリピンの法案審議は平成までの日本に似ており、議員が法案そのものを殆ど理解していない。日本では官僚が作成した法案を議員が学習し続けながら審議するので、討議も低レベルなやり取りで終始した。
数の論理だけで法案が成立しても、政治家は最後まで理解していないので、永遠に学習し続ける。

つまり、選挙に勝てさえすれば議員など誰でも良いのが日本だった。
つい先日までアメリカの属国だったフィリピンはもっとタチが悪い。官僚の能力がそれほどでもないので、財界、大地主、そしてい大統領周辺が都合よく法案を準備し、法案通過する為の投票の賄賂がバラまかれて法案成立する。そんな議会に、上院では日本とベネズエラで大臣を経験した3人が、下院では日本とベネズエラの大企業CEOが日本連合各国、中南米諸国の実績と成功事例を掲げて論戦に挑むので、残念ながらフィリピン政府も議員たちも議会では全く競えずに、敗退を続けている。

今回の亡命騒動でも、諸悪の疑いがある有力者が罪から逃れるために安易に亡命を選択する道を断つために、市民運動と連動する形で社会党議員が先頭に立って見せた

亡命申請者の強制送還に中南米軍輸送機が使われたことで、何らかの圧力がアメリカを揺さぶったのは間違いない、と見られている。フィリピン政府の抗議など、なんの約にも立たなかったのだ。

フィリピン政界の議員からすれば、社会党の存在自体が驚異の連続となり、抵抗勢力からの多少の反発は想定していた。それが高じての襲撃ターゲットとなってしまった。
それでも動じずに粛々と臨んでいる7人の議員の姿に対して、国民からの支持は日に日に高まりつつあった。

(つづく)

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