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(7)軍事オタクで、南国好きな傾国の老人?


 フィリピンの雨季が間もなく終わろうとしている。
台風のコースも島を外れたので、今年はまだ被害は出ていなかった。ルソン島・ピナツボ噴火被災地に大雨が降ると、少々面倒な事態になると懸念されたが、火山灰の撤去作業も済んで問題は無くなった。とは言え、日本や北朝鮮に向かわずとも、台湾、フィリピンにはまだ台風が来る可能性がある。 火山噴火後、日本の気象衛星がフィリピン全域をカバーするようになり、天気予報の精度が格段に上がった。最も喜ばれているのは1週間先の予報までピタリと当たるのと、この雨季でのエリア毎のスコール情報だ。作業をする者にとっては、雨に降られる時間帯は避けたいので、この降雨予報を元に、その日の作業時間を割り振るようになっていた。「雨具が売れなくなった」という実しやかな話まで、出始めている。
復興作業も雨に降られるのは避けたいと考えたのだろうが、そのままシステムを残してくれるそうで、「日本の、最高の贈り物」と呼ばれていた。 

男達はフローティングユニットの設置作業中だった。沈船、といってもフィリピン沖の沈んだ船の大半は日本軍艦船なのだが、海洋ロボットによって引き上げられると、台湾製鉄社や、韓国や日本のティッセンクルップ社の製鉄所に持ち込まれ、このフローティングユニットに再生される。このユニットがルソン島西岸やパラワン島の東側の内海に次々と運ばれていた。日本のお家芸でもある「浮島」は、海上発電と養殖事業のセットモデルとなる。  ビルマやタイで製造された太陽光発電パネルが到着して、設置している最中だった。フィリピンは東南アジアでも太陽光発電の導入が最も遅れている。その理由も各諸島部に居る地主の存在だった。彼らが電力会社を利権としているので、自然エネルギーの導入が遅れた。未だに化石燃料による発電所に固執するので、アジアで最も電力料金の高い国となっている。太陽光パネルの設置が進んだのは、ピナツボ火山の噴火がきっかけとなった。日本とベネズエラの復興支援をする上で電力が必要なのだが、火力発電所のタービンに火山灰が入るので発電できない事態となった。急遽、被災地に太陽光発電パネルを並べて潤沢な電力を作り出して、モビルスーツとロボットを大量に投入して、僅か3ヶ月も掛からずに、火山灰や汚泥を取り払ってしまった。 

被災地から北朝鮮に移住した人々が85万人ほど居ると言われている。農民や漁師は北朝鮮のJAや漁協に登録して、公共農場や養殖場、近海漁業で勤務しているが、大半は工場労働者となっている。彼らが居住していた環境は噴火前の状態まで改善され、徐々に街の商店も営業を始めるまでになったが、北朝鮮の暮らしが良いと見えて、帰ってこない。3つの地方都市でこれだけの住民が居なくなると、市だけではなく、国も困る。

フィリピン政府は、中南米軍との防衛協定で、自然災害まで対応してくれた御礼として、クラーク空軍基地、スービック海軍基地の無償永続利用と、スービック経済特区を海軍基地全体まで拡大し、港湾施設、軍事施設を担う企業も含めて、税の優遇措置を適用すると日本とベネズエラの両政府に打診した。各市もこの上客を手放したくはないと思ったのかもしれない、スービック市とオロンガポ市、そしてクラーク空軍基地のあるアンヘレス市は人口減少後の3都市を、日本とベネズエラの企業で活用して欲しいと直訴してきた。折しも、各社が日本国内の工場や企業を買いまくっていた頃でもある。

ダグラス家の私企業でもあるプレアデス社がこの地に進出するのは決まっていた。軍艦や航空機のメンテナンス全般を請け負う必要があるからだ。災害派遣に当たったモビルスーツ6体とロボット100体をスービック海軍基地へ残して、プレアデス社の関連会社の工場を、経済特区内に建設する予定でいる。フィリピン側は1企業群だけではなく、より多くの企業に進出して貰いたいと低姿勢だった。今後の地域経済の落ち込みを懸念したのか、ダグラス家の為に住宅まで用意して、後押しの要請までしてくる。
変な所で、アメリカのイヤな名残りを見てしまう。賄賂やリベートの文化を育て、助長したのは、明らかに米国の地主制度存続と統治の名残だ。「飛ぶ鳥、跡を汚し続ける・・」米国が介在したすべての国で起きる現象だ。勝利したベトナムとアフガニスタンだけが、米国の体制を否定し、破壊したのでマトモになった。
日本とベネズエラで協議して、フィリピン政府と合意が得られ、フィリピン、ガルベス副大統領とベネズエラ櫻田首相、杜 里子外相の共同会見の場で、クラーク基地とスービック基地がベネズエラと月面基地の発着基地にもなると発表した。日本で建設中の福島宇宙基地と同じ研究施設を、両基地に分散して作る。フィリピンはフクシマのように放射能汚染の心配は無いので、有人基地となる。そこで世界中の研究者が月面基地へ向かう為の訓練施設や、月面基地との共同研究を担う施設等を建設する一大拠点になるとブチ上げた。

両基地の周辺に日本と北朝鮮、ベネズエラの大学を誘致し、月面基地と火星基地の研究対象の学部・学科を設けて、宇宙環境の総合研究都市に生まれ変わる。クラーク基地のあるアンヘレス市も含めて、米軍が駐留していた頃は、米兵相手のいかがわしい店舗ばかり並んだが、中南米軍の軍人数は限られているので、商売にはならない。
研究都市として研究者・学生を増やす方針を掲げたのも、金森鮎のアイディアだった。常夏の国なら、積雪の心配もないのでシャトルの打上げに向き、近場にはビーチリゾートもあるので、研究者達も息抜きできる。自身も海洋大学を建設したいと企んでいるらしい。
会見の場で、宇宙基地の具体的な説明を、アユミ・ダグラス 日本プレアデス社社長、中身は杜 蛍がロボットのアンナと共に伝えた。
フィリピン側との会談の為に日本にやって来たスザンヌとスーザンのダグラス家の姉妹が、「ホタル先生だなんて嘘でしょ?あなたはアユミなのよね?」と、いつものように胸や尻を触りまくって確認する一幕もあったが、源氏名アユミはその後も冷静にプレゼンを行う。スービック市、オロンガポ市、アンヘレス市の環境を活かして、研究者達が長期滞在する為のホテル建設やリゾート開発も行うと述べ、プレアデス社としても、ルソン島3市に留まらず、他島の海洋開発や、観光地セブ島やマクタン島、エルニド等のリゾート開発にも力を入れてゆくと発表し、聴衆の賞賛を得てプレゼンを締めくくった。           

福島で建設中の宇宙基地は、ロボットだけなので、日本の独壇場となるが、スービック市には「経済特区」があると気付いた各国の企業が、殺到する事になる。日本連合の宇宙ビジネスに深く関わろうと、大なり小なり関係がある企業が、フィリピン進出を始めてゆく。フィリピンは、海軍基地と空軍基地の無償利用から、莫大な収益を上げるドル箱を得た格好となる。   

ルソン島中部は自然エネルギーによる安い電力が潤沢に供給されると分かると、工場建設計画が次々と決まってゆく。日本としては東南アジア各国で実施してきた手順を踏襲するだけだった。
フィリピンだけが実現しなかったのは、地主制度が残っているが為だった。自然エネルギー電力を巡る扱いにしても、不明瞭になる可能性が高かった。
中部ルソンの西部各市には、特定の地主が居なかった。ルソン島中部に巨大な活火山があった。火山が度々噴火するので土壌も痩せた。そんな土地だったので、誰も拠点にしたがらず、土地が空いてたから米軍基地が作られた。そんな歴史がある土地なので地主が居ない。半ば開拓を担うように、分割された畑を耕して、市民が所有してきた稀有なエリアでもある。地主が居ないので周辺市も大胆に発案できた。

金森鮎がフィリピン・ルソン島中部を日本連合の新たな拠点としようと考えたのも、台湾、ベトナムとの対中包囲網を更に強化する為と、フィリピンが中南米と同じ、スペイン植民地だったのにも関わらず、アメリカが家主に代わったが為に大地主制度が残ったこの国のありようを、変革しようと考えたからだ。     
米国が植民地としてのフィリピンを統治する上で、都合の良さを重視して制度を変えなかったのも、住民の生活を全く考慮しない姿勢を貫いたからだ。地主に賄賂やリベートを要求すれば、簡単に小銭が手に入る現状を変えたくなかった。米国と自滅党のナアナアの構図と全く同じだ。お陰で一部の地主と大多数の小作農の体制が残り、今でも貧富の差の要因となっている。「飛ぶ鳥、跡を汚し続ける」・・最大の禍根を残したのは、アメリカ合衆国だ。

日本とベネズエラの両政府が、ダグラス家のプレアデス社を活用しながら、中部ルソンの経済的な成功と地所の開発を目指すと、何が起きるか想像してみよう。
来年2040年は6年ぶりの大統領・副大統領選、上院、下院議員の選挙も行われる。ダグラス家も議員に何人か立候補し、アキノ家やマルコス家など、 フィリピンでは有名で有力な地主に対して「結果と内容」で圧倒してゆくのが究極の狙いとなる。フィリピンは、アメリカの前の統治者であるスペインの影響が色濃く残り、中南米に似ている。気候も似通っているのは極めて重要なポイントだ。例えば、「ベネズエラで就農しませんか?」「中南米の工場地帯で勤務しませんか?」とフィリピンの大多数の貧困層に提案してゆく。アメリカや中東にメイドさんや建設労働者として出稼ぎに出ていた流れを、中南米移住に向けてゆく。同じように、厳冬期の人材活用策としてフィリピンの農地を活用する等、幾らでもプランが描けた・・

雨季の澄んだ空気と、束の間の青空の下で、こうして仕事にありつけたのも日本連合がやってきて、フィリピンに様々な投資が集中し始めたからだ。男達は満足しながら作業に没頭していると、作業船が警報を鳴らし始めた。作業を中断して、水中に居る者も一旦上がれという。何事だと思いながら、潜水夫達の引き上げを支援し、フロートユニット上に置かれた工具や備品類をしっかりと格納する。「大型船が通過するので波が来る」のだという。
船が通過する位で大げさだなと思っていたら、彼方に巨大な船影が見える。隣の軍艦と比較しても明らかに大きさが違う。             スービック海軍基地を出港した、空母マラカイボと潜水空母2隻とミサイル巡洋艦2隻の艦隊だった。空母の巨大な船体が近づくにつれ、動悸に乱れを感じる。怖い様な、怯えたような感情に知らず知らずのうちに支配される。

「すげえな・・」「こんなの、何年かければ出来るんだ・・」「ベネズエラは半年で出来るらしいぜ」「半年!たったの半年でいいのか・・」とフローティングユニットの上で男達が話していた。「波が来るぞ、立っていないで座れ!揺れに備えろ!」作業船の拡声機が言うので、男達は慌てて座り込んだ。確かにこれだけデカければ、波打つのは当然だ・・・ 

艦隊は南沙諸島の旧海上自衛隊基地に寄港する。南沙諸島に停泊していたフリゲート艦3隻、小型空母の様相の揚陸艦が既に西沙諸島の旧海上自衛隊基地に入港していた。揚陸艦から飛び立った哨戒機がベトナム北部のダナン空軍基地へ向けて飛んで行く。ベトナム軍に、中南米軍の新型空母の配備完了の報告へ、アジア方面部隊の海軍大佐が向かった。

ルソン島のスービック海軍基地を母港としながらも、巨大空母の主な拠点は南沙諸島、西沙諸島だった。空母艦隊が所有する航空機は膨大なものだ。紫電改120機に、小型ユニット500機が新たに追加され、既存のA-1、HA-2戦闘機 50機の体制を余裕でカバーする内容となる。  

南沙諸島と西沙諸島の権益を既に失っているとは言え、中国は航空機数こそ把握できずとも空母配備は痛い。平壌港にも大型空母が配備されたので、北部と南部の沿岸部を固める必要がある。今までの空母も台湾に譲渡されたので、戦力的には更に封じ込められた格好となった。偵察衛星が使えないので、レーダーだけが頼りなのだが、空母マラカイボが故意なのだろうが、1時間おきにレーダーに現れては消えていた。つまり、衛星が無き中国軍では把握できない空母が、配備されたと解釈するしかなかった。海南島の潜水艦基地、福建省の海軍基地、空軍基地を、何時でも攻撃できる能力があると、警告しているようなものだった。中国が憂いている一方で、フィリピン、台湾、そしてベトナムにとっては心強い味方となったと歓迎していた。  

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南沙諸島、西沙諸島の海軍力が強化された。日本とベネズエラの艦船の厄介な箇所は、人員数が極端に少ない事だ。場合によっては人が乗船していない艦もあり、いつまでも停泊していられる。人員が少ないので、物資の供給も限られており、1台のヘリが定期的に食料を届けるだけで済む。その空母マラカイボに1機の零式戦闘機がゆっくりと着艦した。
操縦していたのはモリだった。南沙諸島と西沙諸島をこれまで視察した事が無かったので、時間を掛けてじっくり分析しようと考えていた。

モリが居たからというのもあるかもしれないが、日々の訓練内容もそれなりのものとなる。
紫電改とフライングユニットとの連携を日々模索し、大海ゆえに艦砲射撃の訓練を行う。ある日など、諸島に設けられた的に、海上400キロ離れた所からレールガン砲を発して、見事に射抜いていた。「射程距離は300キロではないのか!」と中国軍が慌てふためいた。  

フィリピンが中南米軍の1大拠点へと変貌する。中国も想定していなかっただけに慌て、動揺した。周辺基地で最も警戒すべきは、アジア南方方面部隊の主力部隊がいるビルマだったが、フィリピンにはビルマを凌駕する規模の部隊が配置されようとしていた。海軍だけでなく、陸空軍の揃い踏みとなる。アジア方面部隊としては初となる、中南米軍のロボット海兵隊部隊がミンダナオ島に配備されるという。平壌港の能力も大幅に改善し、沖縄、台湾以上に警戒すべき対象と見ていた。
大慌てで軍の配置を変えるが、どうしても防衛網に不備が出る。特別費として国に申請して対応を要請するのが、将校達の役割になっていた。
中国国防省には、北朝鮮国境部隊、チベット国境部隊、満州特区国境部隊、そして西沙、南沙諸島部隊からの軍備増強の要請が集まり、頭を抱えていた。優先すべきは消滅した軍事衛星を早期に打ち上げて、軍事システムを正常に戻すのが必須なのだが、各部隊からの支援要請も絡んで莫大な支出が必要となる。各地からの要請は日を追うごとに増してゆく。中南米軍と自衛隊が演習で使う新兵器に対抗策が何も見出だせない、参謀本部で至急対抗策を纏めて指示して欲しいと、対抗策や代替プランの提案もなく、要請だけがただ積み上がってゆく。既存のテクノロジーを基準とする中国軍の対抗策は、「物量作戦、人海戦術」なのだが、日本連合のテクノロジーには通用しない。圧倒的なまでの能力差があった。つまり、国境の最前線部隊の兵士は日本のテクノロジーを目の当たりにして、モチベーションは既に失っていると、首脳達は見ていた。トドメとなったのが、あの音速で縦横無尽に飛び回る無人小型機だろう・・。そこにモビルスーツやロボット海兵隊と・・人海戦術では、もはや対処出来る話ではない・・
日本が自衛隊を廃止して、中南米軍に置き換われば、満州、北朝鮮、沖縄、チベットは更にベネズエラのテクノロジー兵器によって軍事力が強化される。そうなれば中国は完全に周囲を固められてしまう。抗う術など、何一つとして無い。参謀本部としても万事休すだった・・。

中南海では、新疆ウイグル自治区の問題で紛糾しているところへ、軍事衛星や臨時軍事費支出という出費がかさみ、国内の食料卸売業者からは、穀物を始めとする食糧価格制度の見直しを求められていた。「どうして日本の食料価格よりも倍近いのか、政府が金をくすねているのだろう。国民が苦しんでいる、早急に日本並みに見直せ」と突き上げを食らっていた。コワモテを装っているが、共産党が最も恐れているのは「人民の離反」だった。天安門や香港では強権を発動して封鎖したが、あれは民主化運動であって、食料価格の是正ではなかったから、強権発動が出来たが、人民による一揆や暴動的な動きが生じると一気に瓦解するのが、中国歴代王朝の歴史でもある。

中南海は決断する。いま優先すべきは軍事ではない「日本よりも高い食料」の是正が先だ。しかし、軍事費もそうだが、その対策費用がある訳でもない。前主席の閣僚達が真っ先に思い浮かんだのは、前主席が縋ったモリだ。軍事費の為の金なら貸してはくれないだろうが、食料価格の為であれば話も聞いてくれるかもしれない・・
主席がモリとの交渉役を誰に命ずるかは既に決まっていた。閣僚達にも暗黙の了解となる。この男だけがモリとのパイプを持っている。だからこそ外相ポストから追い落とす事も出来ず、政権内で存在感を誇ったまま居続ける事が出来る。背後にモリの影が見え隠れしながらも、この男だけは謙虚な姿勢を貫き、金の亡者にもならずに質素な暮らしをしている。主席も含めて、閣僚達が私腹を肥やすのに懸命なのに、この男だけは給料以外の副収入も得ずに堅実に生活している。敢えて言うなれば、複数女性の存在くらいだろうか。この歳で未だに独身を貫いているので指摘の仕様もない。相手も年若い寡婦であったり、離婚した女性経営者であったりで、大きな問題にはならない。年若い女性を囲っている閣僚達の方がよっぽど問題だった・・

「梁外相、日本とベネズエラに飛んでくれないだろうか・・」     「畏まりました・・」梁振英は、主席に向かって深々と頭を下げた。

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長年にわたってジェノアFCで圭吾のパートナーを努めたシミッチは、ただ感心していた。
スペインから移籍してきた圭吾の兄の海斗が、まるで圭吾と変わらぬ動きをしていたからだ。いや、圭吾よりも足が早いので、それ以上かもしれないと思いながら、シミッチもギアを上げてゆく。チームには海斗を含むスペイン国籍を持つ4人と、イタリア国籍も持つ1人、それにベネズエラ国籍の兄のホタルと、コロンビア代表の外人選手2人が加わった。 圭吾一人の移籍金で、このメンバー補強という成果はオーナーを褒めるしかない。海斗一人で圭吾の代わりになってしまうのだから、チーム自体は何も変更する必要がないのだが、有力な駒が増え、新たなゲームオプションが加わった。この日は下位チームとのプレマッチなので、サブの選手を試すのだろう・・。 

ジェノアは決して選手層の厚いチームでは無かった。有力な選手を獲得する潤沢な資金があるわけでもなく、オーナーの稼ぎが殆どだった。海浜地区のチームであって、「おらが街」のチームカラー色が強く、地中海沿いの地区で生まれ育った選手が集まっていた。本来のサッカーチームの理想的な姿でもあった。
そこにオーナーが変わって、義理の弟の圭吾という強力な武器を加入させてから、ジェノアは強くなり、上位チームを困らせるチームに変わった。それでも資金力のある巨大クラブの壁は分厚く、リーグ制覇など夢だったが、これなら行けるかもしれないと残留した選手達は思っていた。
相手チームも予想外だったのだろう、前半の途中から海斗のマークを強めて、潰しにかかり始めた。圭吾と変わらないと判断したのだろう。これで、毎度お馴染み、シミッチの負担が増してくると、味方がシミッチのカバーに廻りだし始める。ここに至ると僅かなチャンスを圭吾が見逃さずに埋没し、タイミングを窺うのがこれまでのジェノアの定番だった。この日は下位チームなので、幾らか手を抜けるが、相手が強豪だとハードワークを強いられる。 強豪チームとの試合が続くと、疲弊してしまい、3試合目で敗れるというのが定番だった。

選手兼コーチとなったホタルが、シミッチとFWの交代を進言する。テストマッチなので計算できる中心選手をシーズン前に疲れさせてはいけない、という判断だった。 FWのアレグロに代わって、レイジ・モリが入り、シミッチの代わりにオーナーの息子のハサウェイ・カッサンドラが入った。アレグロとシミッチが目を見張ったのは、カイトのマークが次第に外れていった。それだけ入った2人の動きが早かった。パスを受け取ったハサウェイがダイレクトに強いパスを前線に放り込むと、もの凄い速度でレイジが奪取して、一人を躱すと右足を振り抜いた。どこに空きスペースが出来るか、前半の段階で見抜いていた。カイトにマークを集中させた事で出来た穴だった。アレグロとシミッチでは思いもしなかったし、あの2人のようには出来なかっただろう。                
その3分後に、足の早い2人に翻弄されてマークから外れたカイトが、ハサウェイとのワンツーで2点目を上げる。ホタルから相談を受けた監督はいきなり結果を出した3人に驚き、他の控え選手の分析を慌てて始めた。ゲーム自体はホタルが見ているからいいだろうと・・

杜 火垂はサミュエルと雄大、一志に「あの3人と後半替えるぞ、アップしとけ」と指示を出して、ゲームに見入っていた。

兄が試合に出ているのを見て、セイラとキャスバルが大声を出しているが、周りの大人の歓声の方が大きくて、かき消されてしまう。それでもセイラがめげずに声を出していると、ハサウェイが気付いたのか、試合中なのに妹と弟に向かって、両手を振った。
セイラとキャスバルはご機嫌な顔をして、飛び跳ねている。

「何、今の自然な流れは・・」母のヴェロニカ・カッサンドラ・ヤナイはゾクッと背筋に寒気を感じた。5年前、ニューカレドニアのビーチで感じたあの時に似ていた。ハサウェイが、ビーチの砂でチベット・ラサにあるポタラ宮を鮮明なまでに造形してみせた、あの時に・・・。

パパの子だから仕方がないか、とふと思いながら視線を感じる。キャスバルがこちらを見て、微笑んでいた。もう一度ヴェロニカに向かって微笑むと、ピッチのハサウェイに向かって声を出した。

パパの子たち・・。  ヴェロニカはまた寒気を感じた。

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「チベットに行こう」と言い出したのは誰だったのか、今となっては思い出せないのだが、3人が「異議なし!」と合意し合ったのは覚えている。
何故か、茨城空港からラサまでの直行便が1日1便あるのも、プレアデス社が委託しているプルシアンブルー系列の保守会社の社員達が、ラサと茨城間を毎日行き来しているらしい。それだけ需要があるのだろう。
PB Air社の機内に入ると、Aconcagua製の山岳用パーカーを羽織った人ばかりなので、プルシアンブルー社の人達だと分かる。祖父がデザインした会社で、今は叔母が社長を務めていて、本社もベネズエラから富山に移っている。フラウが照れているのも、社員達と同じ色のパーカーを着ているからだろう。茜と遥は色違いなので、辛うじてセーフだった。

「フィリピンはどこの島に行くの?」 

3人がけの中央座席のシートベルトをしながら、フラウが訊ねる。ハンドボール代表の合宿から帰ってきたばかりで変更した日程を知ったのは今朝だった。富山の叔母達から、一緒にバカンスしようと打診があったらしい。

「パラワン島のエルニドって言う、リゾート地なんだって。そこをベネズエラ軍団が開発するらしいよ」茜が早速、菓子の入った袋を取り出しながら答える。 「じゃあ、ママも来るのかな・・」 「今回はパスみたいよ。ジェノアの開幕戦が控えているからって」 茜がスナックをフラウに渡す。

「あぁ、そうだったね・・」ハサウェイとサミュエルが相性がいいというのは母からも聞いていた。確かに以前、浦和のスタジアムで見たサミュエルの右足はモリ兄弟を彷彿させるものがあった・・。

「おじいちゃんは今は新型空母に乗って、フィリピンに居るよ。南沙諸島と西沙諸島を飛び回っているらしいんだ」
遥は祖父の追っかけをしていたようだ。今回の一連の流れを勝手に分析している。政治に関心を持ち始めたのかもしれない。

「自分で操縦してるのかな?」

「今回は海軍の哨戒機の訓練に同行しているのが殆どだって。小型機の窓から珊瑚礁を眺めてるんでしょ。これ、お爺ちゃんが空から撮った写真だよ」
遥がタブレットに表示された写真を見せる。

「あ、海洋ロボットが作業してるね・・」
「うん。この辺は鉱物資源が豊富で、試掘調査してるんだって」
「本格的に掘り始めると、珊瑚礁が荒れるよね?」
「私も心配になって、そうメールしたら、大丈夫、掘らなくても火星から持ってくるからって、返信が来た。火星の鉱物の方が高くなっちゃうのにね」

「遥、その認識、間違ってるよ。火星はコストが思ったほど掛からないんだ」  「え?どうして」 「まず、火星で作業しているのはロボット達だよね。彼らは太陽光発電のバッテリーで駆動しているから、作業費用は発生しない。そして地球と月に向かう輸送船も核燃料で駆動してるし、操舵しているのもロボットだもの。運ぶ時間は掛かるけど、費用は掛からない」
茜が人差し指を立てて得意げな顔をする。

「あぁ、そっか・・ロボットと輸送船の初期費用だけって事か。凄いね、ベネズエラ。フィリピンの熱帯林は楽しみだけど、やっぱ、生活するならベネズエラかなぁ・・」

「あんたのお爺ちゃん好き指数、益々 上がっちゃった?」

「もうメロメロよ。妻の一人に加えて貰わないといけないね・・」

「妻って・・あんた、孫なのよ。遺伝子学、習ったでしょう?」茜が慌てる

「いいじゃない、あゆみオバチャンも事実婚だし。蒼も翠も、異常は見当たらないし」

「あれは、おばさんが駄々をこねたからで・・」

「じゃあ、私も駄々をこねる!」 
遥が茜との会話を打ち切って前を向いた。茜が両手を上げて左右に首を振った。フラウは姉妹に挟まれながら「なんだ遥もか・・」と思いながら、ニヤリと笑った。

(つづく)

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