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(3)複数の副業を持つ都議(2024.1改)

「クリスマスに恒例となっている、ライバルの富山のクラブと試合をする」
同世代の高校生選手たちが鼻息荒く盛り上がっているのだが、モリ兄弟には盛り上がっている理由が何なのか分からなかった。 

富山市内の競技場に到着して、その理由が初めて分かった。双方のU18の選手たちの高校の女生徒がスタンドの一角に集まっており、黄色い声援が飛び交っている。富山と金沢各校のサッカー部出身者が集まっているから、こうなるっているのかと、モリ兄弟は納得する。

「俺ら、マズイんじゃない?富山の学校なのに金沢のチームに居るのって・・」
弟の海斗が雰囲気に飲まれたのか、オドオドしている。
「こっちのユニフォームの方が、リバプールみたいでカッコイイじゃん。金沢で正解だよ」
まだ中2なのにU18入りした、弟の圭吾の方が神経が図太いのか、全く動じていない

「リバプール?まぁチーム名はこっちの方が好きだけどさ・・本体と違って、U18クラスは富山の方が勝ちも多くて強いらしいよ。学力では富山勢に敵わないから、頭脳戦が得意なのかもしれないけどね」次男の歩が落ち着き払った姿を見せて、弟が安心するように誘導する。
「試合のデータは志乃さんが撮ってくれてるけど、全くデータが無いケースの手順通り、前半は堅実にボールを回収して、後半に仕掛けるようにしよう。3人で1点取れれば十分だ、今日はボールを回して様子を見よう」

群れの最後方に居るモリ兄弟の3人はアップ中のランニングをしながら、そんな話をしていた。

***

女子高生の群れから後方に離れたグランドを見下ろす席に座り、膝掛けの上で広げたノートPCで、村井志乃は発売したばかりのDeepForestのデビューアルバムを聞いていた。
曲自体はライブや動画で聴いたことがある曲ばかりなのだが、モリ以外のメンバーがアレンジに相当悩んで発売まで時間が掛かった。「クリスマス前までに必ずリリース」というレコード会社の圧に負けて、已む無く世界一斉発売となったらしい。
そんな事情は誰も知らされておらず、シングルもアルバムも全米ヒットチャート初登場でトップテン入りし、日本人アーティストとしては快挙なのだそうだ。

ヒットチャート入りも朗報なのだろうが、志乃を始めとするファンにとっては、AsiaVisonの放映の方が嬉しい展開となっている。
同局の放映するドラマやアニメ等の数十曲の主題歌を、GreenForestと名を変えたバンド名で演奏しているのだ。作詞作曲をしている時間が無いので、メンバーが好きな曲をカバーして、主題歌としてきた。オリジナル曲の作者にはメンバーから印税という形で御礼を渡す事ができる。
ファンはメンバーがどんな音楽を聞いてきたか窺い知る事が出来、若年層にはオリジナル曲のアーチストを知るきっかけにもなる。

主題歌を担える理由が、あらゆるジャンルを歌えるボーカルメンバーが4人も揃っているからで、例えば、昼メロドラマにロックは合わないので、どうしてもバラードやミディアムテンポの曲になったり、ロボットアニメはロックを選曲するにせよ、少女向けアニメではどうしても無難にポップス、歌謡曲になる。
また、バンドの「音」を知っているAIが楽器の演奏を見事なまでに代行してくれるので、メンバーは曲のアレンジを決めて、歌ってコーラスを録るだけで済む。それでも、DeepForestのメンバーは締め切りに追われて大変だったようだが。
結果的に、オリジナルを凌ぐ完成度と言われており、志乃も大勢のファン同様に喜んでいる。

勿論、オリジナル曲を冒涜しているという批判もゼロではないのだが、概ね、人々から賛同されており、金の亡者・レコード会社はカバー曲を集めてアルバムにしろと要求しているらしい。
しかし、動画サイトでアニメやドラマの映像を編集して、楽曲全てを無償公開しており、メンバーたちは販売するつもりはサラサラ考えていなかった。それでもカバー曲が次から次へと増えるので、結果的には広範のファン層を獲得し、新たな一面をお見せする状況となっている。

志乃の最もお気に入りは男性ボーカル曲のリバイバルソングで、モリがイヤイヤ歌わされた該当の2曲が騒ぎとなった。まだ存命と言うのもあるのだろうが、英国とカナダのミュージシャンが公式サイトに書き込んで来たのだ。
「僕たちの曲を再録してくれてありがとう。君たちの演奏で、僕も歌わせてくれないだろうか?」と。

何をやらせても卒なくこなし、作詞作曲では人々を感動させて、終いには歌い出して聴衆を魅了までする。引出しが多すぎてズルい人だ、と志乃は思っていた。次から次へと話が膨らむのだが、政治の場合は話が膨らみすぎて収拾がつかない状況になるのも、今に始まった事ではない。

コロナウィルスのクラスター対策のシステム導入が、結果的に都市セキュリティを向上させた。それを幸いに、地方の警察や司法が犯罪防止目的でシステムを活用するようになった。

今回のケースでは検察がデータの請求をして、議員と秘書の行動パターンを把握した上で、議員事務所とゼネコンへのガサ入れを行い、議員と秘書からも事情聴取を行った。
責任を秘書に押し付けて知らぬ存ぜぬと議員は言うが、議員とゼネコン幹部と面会して居る場所を特定しているし、ゼネコンが議員と秘書に企業献金として数千万円現金渡ししている現場と音声まで抑えている。政治資金収支報告書には当然のように記載されておらず、容疑者議員が地方議員に札束を渡して、選挙協力を指示している音声まで撮られているので、全て虚偽の供述だと判断されて問題となった。

この種の捜査が難なく出来るようになったので、在宅起訴から逮捕への一連の流れがスムーズに進んでゆく。

家宅捜索時に押収したゼネコン側の資料から、他の議員の余罪も次々と明らかになると、企業献金だけでなく、ゼネコンが支払ったパーティー券の購入先である全国の議員事務所まで捜査が及び始めている。パーティー券を販売した議員の収益が政治資金収支報告書に全く記載されておらず、裏金となっていたのだ。政権与党だけに留まらず、野党第一党、第二党の議員にまで及んでいるので、政治不信の嵐で世論は大荒れとなっている。

この壮大とも言えるトラップに引っかからなかった政治家は極めて限られており、彼等の株は上がり、政界での発言力が増している。

システム開発を主導したサミアの発言に、志乃は感心した。
「DX化を政府自体が推進しないのは、日本の政治の不都合が暴かれては不味いと知っているから。

デジタル庁を作ると言っても、三権と政治のデジタル化をしようとは絶対に言わなかった。
右翼系の政治家にとって都合の良い、国民監視制度作り優先が自明で、マイナンバーカードに保険証や免許証まで統合しようとしてたでしょ?
政治資金の流れをデジタル化した方が国にはいいのよ。日銀や金融機関にとっても、国の信用度が高まるからヤルべきなのに、マイナンバーありきで国民を縛って、税金を取ることしか考えない。

悪代官と越後屋が密談して「お主も悪よのう〜」的な、江戸時代から継承している裏金作りの世界はどうしても残したかったのね。だもんだから、企業が情報を奪われて経済が傾こうが、国が疲弊しようが、スパイ天国日本は、何としてでも維持しようとしていた。
もっとも、ITベンダーが優秀なエンジニアを放出するはずもないので、集った人材のレベルで出来うる話としては、デジタルとはとても言えないマイナンバー・原始的アナログ制度くらいしか無いんだろうけどね。

そこで、我がボスは悪党を監視する「黄門様の印籠」を用意しようと考えた。
悪代官と越後屋を根こそぎ捕まえてやろうと企んだ。警察も検察も動かざるを得ないよね? だってさ、本当にあらゆるものをデジタル化しちゃえばさ、犯罪行為や政治家の巨悪なんか一網打尽だよ。だって、隠しようが無いんだもの」
サミア社長はそう言って笑っていた。

「あらゆるものをデジタル化」は言い得て妙で、サッカー・野球やバスケにバレーの実況、解説までAIがやるようになった。

サッカーの試合分析を最初にAI化したのは、モリ家の子供たちと志乃の姪っ子の彩乃だった。スペインとイングランド、イタリア等の一部リーグの試合を「AIに観戦」させて、AIの監督・コーチ脳を養い、戦術をAIに理解させていった。

長男の火垂が注目したのは、名監督と言われる人の中でサッカー選手として大成しなかった人達が多い現実だった。モウリー〇ョ、ベ〇ゲルなど選手としての実績が無くとも世界の頂点を極めた監督が生まれたのは、膨大なデータ量を分析して、自分なりの戦略・戦術を構築出来る知将であり策士家だったからだ。
名選手だったとしても、膨大なデータを自己分析して自分の血肉に出来ない指導者は一様にオツムが悪いので、結果を出せずに解任を繰り返す。
サッカー以上に顕著なのは、日本のスポ根の巣窟となっているプロ野球、高校・少年野球なのだろうが。

試しにアイリーンに名監督のクラブチームの試合を見せ続けていたら、その内、アイリーンが名監督の采配を指摘するようになったと言う。
実際、相手チームに圧されてしまったり、失点すると「ほら、私の言ったとおりでしょう?」とアバターが得意気な表情をするようになったという。人間の脳内情報量と分析力よりもAIの方が勝るので、当然といえば当然なのかもしれない。

そこでサミアが閃いて、「AIが監督になれるのなら、試合の実況も解説も当然出来る」と考えた。ASIAVisonのスポーツチャンネルでのチャンピオンズリーグやUEFAカップ、そしてスポーツNEWS番組の放映は人気を博している。

同じAIが複数の役割を同時にこなしてしまうので、実況と解説に加えて、故人となったマラドーナやペレ、プラティニ、ベッケンバウアーをゲスト解説者として召喚して、「ボケとツッコミ」のように軽快にこなす副音声まで用意している。「漫才もアイリーンにやらせてみてはどうだろう?」と志乃は考えていた。

・・そうこうしている内に試合が始まってしまった。志乃は慌てて「アヤ」と名付けられたサッカー分析用のドローンを飛ばす。彩乃が作成したドローンをエンジニアが改造して、AIが飛ばしている。ハーフタイムでもう一つの「アヤ」と交代させるだけで良い。
音楽を聞くのを止めて、「Soccer Vison」AIを起動させると、試合の実況と解説が始まった。
ライブ放映を見ているのと全く同じだ。サッカーは好きでも、あまり詳しくはない志乃にとっては、実況・解説の音声は非常に助かる。目の前のゲームに集中していった。

息子たちの試合を何度も見ているからなのだろう、時折、アイリーンも辛辣なコメントを投げかける。
「反応がいつもより遅い。ゲームに集中していないようですね」
「海斗選手、後ろの圭吾選手に気付いていなかったか」と。

(実況)「フリーのアユム選手にパスが通った、これは得意な角度です。狭いスペースですが振り抜けるか、おおっと強引に蹴ったボールがディフェンダーに当たってコースが変わったぞ!・・惜しい、サイドネットに外れてしまいました」

(解説)「今のは相手にワザと当てましたね。彼はミリ単位で蹴り分けられますから」

(実況)「そんなことが出来るものなのでしょうか?」
(解説)「だからこそ、10番のポジションなのですよ。兄弟達はチームに合流して間もない、明らかに連携不足のチームなんです。コーチ陣に信頼されているから、ピッチに立った。逆に言えば試されているとも言えますが、前半半分過ぎて起用は正しかったようですね、兄弟3人の連携が機能して、相手が戸惑っているように見えます」

☆ ☆ ☆ ☆

(実況)「あー、富山のパスミスを圭吾選手が狙ってましたね、インターセプトしました。おや?左サイドを海斗選手が駆け上がって来ました。大きくサイドチェンジした、ロングパスが海斗選手の足元へ・・凄い、素晴しいトラップです!」

(解説)「さぁ、見せ場ですね海斗選手、相手を躱せるか・・あー、これは驚きましたクライフターンを決めました。トラップからのボールコントロールも見事でしたが、ゲームで伝説的なターンを決めたのは初めてじゃないですか!」

(実況)「コーナーの逆サイドには味方選手がなだれ込んできました。あー、海斗選手、折り返しピンポイントでフォワード選手の足元へ・・ゴール、決まりました。前半22分ツェーゲン先制点です!」

(解説)「見事でしたね、海斗選手。ナイスアシスト、これは首脳陣も大喜びでしょう」

(実況)「はい、美しかったですね。ツェーゲン、ボール奪取からのカウンターで先取点をもぎ取りました!・・」

息子たちも才能をしっかり継承しているようだ。何故、クラブチームに参加して2日目の試合に3人とも先発し、チームの中心選手たちのようにプレイしているのか、志乃には分からなかったが、それもAIのお陰だった。
秋以降、試合後にAIがプレーごとに選手に映像を見せて指導をするようになり、選手たちの理解が深まり、練習内容が充実した。
世界最高峰のコーチ陣の指導を受けているのと同じなので、高校生も驚くようなスピードで成長してゆく。数学教師がサッカー部の顧問であり監督をついでの様にやっているのとは、月とスッポン以上に違うのだ・・。

誰の目からでも3人が目立っているのは明らかで、黄色い声援を送っていた女子高生が黙ってしまい、ザワついている。

「あの20番、21番、22番は兄弟なんだって」
「3人共美形じゃん。背も高いし」
「あ、ビーピーでモデルやってる子たちだよ」と、お目当ての選手をそっちのけにして、女子達の注目を集めている。これでは当初の目的だった選手が不憫だし、可哀想だ・・
志乃は苦笑いしていたが、スタンドに在京在阪のクラブのスカウトが居るのまでは、気付いていなかった。
神奈川県U18の中心だった歩と弟の海斗は、スカウトの注目の的だった。その2人が金沢の下部組織に入ったのも誤算だったが、それでも富山まで態々足を運んだ甲斐はあった。兄達にも劣らない逸材、杜 圭吾の存在まで知らなかった。

***

J2チームの監督とコーチは、次男の 杜 歩の部分昇格を決めていた。
圭吾は14歳なので時期早々にしても、海斗も本チームで練習参加させて、じっくり検討してもいいかもしれないと首脳陣は見ていた。

獲得して来日した南米3選手も、プルシアンブルーのゴードン会長から「モリ3兄弟を見てきて欲しい」と言われてスタンドで観戦していた。

「あの20番はいい。是非彼と組ませて欲しい」サンチェス・クレイグが言えば、
「あれだけ正確なキックはエクアドルでも見たことがない」とダグラム・アンヘレスが絶賛し、シメオン・ヘイルウッドが大きく頷いていた。

「仙台、山形、新潟、群馬、そしてホームの金沢での週末の試合にはチームに帯同させるつもりだよ」と指揮官がAI翻訳ツールを使って、南米からの助っ人に約束していたのを、志乃が知る由もなかった。

ーーーー

ブルネイはイスラム圏なので、クリスマスは休日ではない。
モリは首相官邸へ出勤して公務に就いていた。公務に就いたといっても初日なので、官僚達からブルネイ政府に関してガイダンスを受け、2日間の集中トレーニングを受けていた。

主の居ない女性陣は、2手に分かれた。

祖母と母に任せた石巻店のオープン状況を、店内の監視カメラの映像を時折ネットで参照しながら、バンダルスリブガワン店で高校生3人と共に応援で手伝っていた平泉姉妹は、店舗内の客の多さに忙殺されていた。
杏も樹里も知らなかったのだが、アラブ圏で売上を誇るドバイとカタールのファッション誌がpbの特集を組んでいて、その影響でクアラルンプール、ジャカルタ、バンダルスリブガワンの3店舗から、中東のショッピングモールに出店している小売業者へ、商品を大量に卸しているのだという。

それでイスラム圏3店舗の売上が都内の店舗の売上を上回っているのが、漸く 分かった。
秋冬物よりも安価な春夏物しか扱わない店舗だけにバカ売れしている理由を知りたかったのだが、まさかイスラム圏ネットワークが絡んでいたとは思わなかった。

「家電品も、アジア以外の国に横流しされているのかな?」杏はレジで接客しながら、ふと気になっていた。

***

三重県と同じ面積の小国なので、観光地も限られている。前回、ブルネイ入りした玲子が引率して、王宮と新旧のモスクを見学してから、ショッピングモールにやって来た。

フロアを上がると衣料店PBと、家電品を販売するプルシアンブルーショップがどちらも混雑しているので、蛍と翔子が家電品店の応援に入っていった。玲子とサチはあゆみと彩乃を連れて衣料店の応援に入った。

暫くして平泉姉妹と高校生4人が、店から出てきた。残されていた高校生の母親たち4名は、一同と共にショッピングモールのフードコートに移動して、休憩に入る。
そこにバンダルスリブガワンのオフィスを探しに出掛けていたプルシアンブルーの社員、志木佑香、結城 綾、 吉田 圭、岡山皐月の4名が合流する。

新顔の3家族以外はモリの「お手つき」だと知っている樹里は思い出し笑いをしてしまい、昨夜、新顔3家族全員がモリを狙っているのを知ってしまった姉の杏は、寒気を感じていた。フードコートの空調が強すぎるのもあるのだが・・

「シンガポールよりもコッチの方がいいかもしれない」
杏に言われて、プルシアンブルー・アジアの社長に就任する志木佑香が言うと、バンダルスリブガワンに残る吉田 圭、結城 綾の2人が嬉しそうに笑う。

「あなた達もこの4人に媚を売っておけば、駐在員になれるかもよ」樹里が高校生に声を掛けると、元CA3人と政府専用機のパーサーだったお姉様達が頷くので、娘たちはその気になってしまう。
バンダルスリブガワンの宿舎と食事は素晴らしいし、街自体も安全且つ清潔さで溢れているので、母親達も感心している。

数カ月おきにモリがブルネイの政府顧問として訪問すると聞けば、娘たちも願ったり叶ったりだ。

「落ち着け、トモちん。
高卒なんか雇ってくれないぞ。それにトモちんの英語の成績じゃあ、絶対に採用されないと思う」妹の紗季が言いだしたので、姉が制しようとするのだが阿東紗季はすり抜けるように口にしてしまう。
英語力を親友の紗季に明かされてしまったトモちんは、意気消沈して塞ぎ込んでしまう。富山から毎度繰り返されている光景だった。

毎度暴走しては撃沈するトモちん・・池内知代に声を掛けて、誘ったのは姉の杏だった。
笑いの渦の中で母親の池内知美と顔を見合わせて、互いに苦笑いしていた。

(つづく)


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