見出し画像

(11) 一握りの国家と政府が 「在るべき姿」を 模索し続ける

合同演習を終えた中南米軍の艦隊が東シナ海から黄海へ入る。北朝鮮海軍の旗艦となる予定の、空母赤城を中心に4隻で編成された小艦隊が通行量の多い黄海では1列になり、ゆっくりと速度を落として進行していた。
中国人民解放軍の海中ソナーを認識するアラーム音が艦橋内で鳴り続けていたが、赤城以外の艦橋内には それぞれ3体の人型ロボットしかいなかった。赤城の後方を航行している潜水空母イースターの上部にカーキ色に塗装されたバズーカ砲を背負った5mタイプの新型ロボット「ムーンウォーカー」2体が配置されおり、周囲を絶えず警戒していた。赤城の前には、海中から潜望鏡を出しながら半潜行の状態で海中を警戒航行するディーゼル潜水艦 千島が居る。小艦隊の殿を中南米軍独自艦であるミサイル艦が努め、後部甲板に1体のムーンウォーカーが載って、後方の海域を見続けていた。     
小艦隊はそのまま漢江河口にある中南米軍の埠頭に接岸して、投錨する。北朝鮮国防相の謁見と懇親会も有って、平壌に近い漢江河口にやってきた。 
この日は珍しく雨降りで、4艦から降りてきた20名の将校達が傘をさして船を降り、軍のマイクロバスに乗り込んだ。今夜は平壌港のホテルで宿泊し「演習後の総括」と言う名の大宴会を開催する。中南米軍ベネズエラ出納部隊が財テクで儲けた利益、所謂「あぶく銭」の一部をパーッっと使ってしまう。しかも、この宴会のメニュー内容を会が始まる前に公開する必要があった。  
と言うのも、先月末に開催された韓国軍と中南米軍の合同演習後の中南米軍陸軍の宴会の豪華さが、北朝鮮・韓国・日本等で話題となった。一晩で一人あたり100万高麗ウォン(約100万円)を120人分、飲食費だけに使う内容となり、韓国が国賓を持て成す食事を上回ると韓国の記者が記事にして騒ぎとなった。合同演習なのに韓国軍から誰も参加していないというのが、怒りの発端だったらしいのだが。ドン・ペリニヨンに始まり、ジャパンウィスキーの20年ものや南米の高級ワインがドバドバ空きボトルになっていった。2億ウォン(=円)相当を一夜で消費し、宴会場となった平壌市内のベネズエラ資本のホテルは、相応の恩恵を受けたという。
「世界一の軍隊、奢り高ぶった壮絶な無駄使い」「限度を知らない猛者達の過剰なまでの暴飲暴食」と、主に韓国のマスコミが取り上げて各国に拡散された。 
ベネズエラ政府は誤認があるようなので、補足説明をさせて欲しいとメディア各社に渋々アナウンスし、国防相を兼務するタニア外相が首都カラカスの大統領府で記者会見に臨んで、軍が独自に財テクをやっている事実を公表する。ベネズエラ国防省、中南米諸国連合軍が独立採算制を取っていた事実に、注目が集まってゆく。   
韓国のメディアは取材不足で粗忽な報道だったと逆に指摘されるようになる。会見場の韓国メディアが恥じ入るように縮こまってゆく姿が印象的だった。
「我が国の軍事費は、年間で兆の単位の額面となっております。公開している軍事費の項目内容には、遊興費やパーティー、慰労会、部隊内での感謝祭の類は存在しておりません。これらの費用は全て軍が自前の資金を投資運用した利益で賄われています。
財テクを取り纏めているのが「出納部隊」という組織です。軍の組織表に「出納」とあるので、皆さんも誤解されていたかもしれませんが、軍の金融資産管理を担っている部門で中南米諸国の金融機関をリタイヤしたファンド・マネージャー経験者を雇用しております。出納部隊が管理しているのは年間の軍事費だけでなく、各国が毎年負担されている中南米軍向けの防衛費に加えて、軍事演習の模様を編集し、公開した際の動画収益も充当しています。サルベージ部隊が海底から船舶や軍艦などの沈船を引き揚げた後の鉄クズ売却益も投資対象の原資となります。 
つまり、中南米軍は財源を満たす手段が複数用意されておりますので、軍事費を固定金利の普通預金口座でキャッシュとして持っているのです。財源は常にプラスですので、我々の前身となった嘗ての自衛隊と、資金面では真逆の環境となっています。平成の自衛隊のように部品や弾薬が手元に無いとか、継戦能力が絶対的に足りないお粗末な組織ではありません。アメリカから無駄な高額兵器を購入し続け、その一方で燃料、弾薬、食糧など兵站面では愚かな旧日本軍の体質を引き継いでおりました。莫大な軍事費を宗主国に納めるだけで、慢性的な資金不足に陥っていた自衛隊が改善したのは、防衛力を熟知していた社会党政権になってからとなります。           

募集しても人が一向に集まらない自衛隊員を是正すべく、旧ミャンマー軍、旧タイ軍、旧北朝鮮軍の兵士を自衛隊に取り込み、200万人の大部隊となりました。日本を加えた4カ国の防衛を担うようになった自衛隊は、AI兵器を唯一所有していた実情から、国連軍に常連として参加するようになり、3カ国からの防衛費に加えて、国連からの派遣費用を手にして財政面が好転してゆきます。
私も、当時 事務総長だったモリの元で国連軍を組織する側におりましたので、自衛隊の無人兵器の参加には非常に感謝しておりました。
とは言え、財政健全化で最も効果的だったのは日米安保の破棄でした。兵器を全て日本国内で調達出来る様になり、継戦能力が倍速で向上していったのを覚えています。これで年間の軍事費を即座に右から左へ動かして、手持ち資金がスッカラカンの状態が解消されます。消費税を上げて、更に赤字国債を発行して軍事費の補填に当てる必要が無くなります。また、巨額の負債を解消した日本政府内には財務に明るい人材が集まっていました。さる人物のアイディアで3カ国からの防衛負担費で得た資金をプールして、財テクを始めるようになりますが、この路線を中南米軍でも踏襲し、昇華して来たのです。中南米軍出納部隊は、プールされた莫大な資金で投資を行い、その利益を余剰資金として、一部を軍人達の遊興費に当てているのです。             
中南米軍の資金源は多岐に渡ります。一端をご紹介すると、つい最近90年以上海底に沈んでいた旧日本軍の戦艦武蔵を引き揚げました。この武蔵を是が非でも見たいと願うのは、世界でも日本人の一部でしょう。それ故に日本の各港を航行できるレベルまで修復しようとしています。日本の方々に復元された武蔵艦内をご覧頂き、入艦料を徴収します。98%の沈船は鉄屑として売却しています。海底に落ちているのは船に留まりません。カリブ海で引き上げた、中南米諸国から収奪されたインカやアステカ、マヤの金銀財宝を各国の博物館で展示して、各博物館から展覧素材の提供料を頂戴します。こういった展示で得た資金も投資対象となります。引き揚げた武蔵をご覧いただくだけでは大した資金にはならないでしょうが、クズ鉄として売却すれば10億ペソ、1000万ドル位になるそうです。日本の方々が旧武蔵を要らないと判断されれば、間違いなく鉄鉱石として処理されます。一方で、カリブ海で引き上げられたお宝は延々と収益を生み続けます。お宝が何年後でも世界の博物館をグルグル移動し続けるからです。何しろ、某国に滅亡された文明の貴重な品々ですからね・・某国は金や銀を溶かして、金塊、銀塊にしてしまいました。それ故に、現存する骨董品の価値は貴重なモノとなるのです」

タニアが映像とプレゼン資料をが大画面モニターで表示している中に、「独立採算制」という言葉が各所で使われているので、記者たちは想像してしまう。軍だけでなく、国家予算の対象となる各省庁別でも財テクをやっているのではないかと。

最貧国から有数の経済大国の仲間入りをし、先進国でも堅調に成長を続けているベネズエラが、兆単位の国家予算を原資として財テクをやっているとしたら?と仮定として考え、記者たちは身震いする。
20年前「類まれな投資と経営能力を持っている」と日本の財務官僚達や日銀関係者が舌を巻いた政治家が、ベネズエラの大統領に就任している。
自らが幹事長を努めていた社会党の資金を投じて巨利を生み出し、巨額の日本の負債を精算してみせた逸話は伝説のように日銀や財務省で語り継がれている。国連事務総長を退任後、中国中南海で顧問として就任すると、国際的に脆弱な状況にあった銀行を憂いて、プルシアンブルー銀行に準ずる金融機関を目指してRedStar  Bankを設立し、中国政府から託された山東省、黒竜江省内の自治体や企業への融資や新事業に資金を提供して、今の旧満州経済特区の開発に注力していった。モリが関与し続けて中国経済がプラス成長に転じると、中国に抜かれる未来を警戒するアメリカが、モリを中国から引き剥がす策を講じて、ベネズエラの再建を託す提案を中国と日本に持ち掛ける。親ベネズエラである中国の立場をくすぐり、CIA調査によって明らかになった「モリの存在を煙たがる、モリにメンツを潰された中国政権内の一派」にアメリカ大使館員たちが接触し、モリのベネズエラ栄転を実現する動きが水面下で進んでゆく。  

ベネズエラへのモリの異動と共に、中国内の金融機関で国際的な信頼を唯一受けていRedStarBankは、北京からベネズエラ に本社本店を変えて巨大な金融機関に成長し、ベネズエラ国営銀行を始めとする、中南米各国の金融機関を傘下に収めて今に至る。    
その超優良銀行の事実上のオーナーがモリだ。国家予算の投資運用の指南役をRedStarグループが担っているのは、容易に想像が出来る。    
ベネズエラの前大統領の越山が就任した北朝鮮、そしてモリと越山の祖国日本も国家予算の運用を実現しているのかもしれないと、記者達は想像し、事実関係の確認に取材活動を初めていた。 ーーー                     ベネズエラ国防省が収益を得て、財テクを行い、かなりな規模の資産を持っている事実が公表され、立場が厳しくなったのは南沙諸島沖で軍事演習を行った中国だけでなく、南太平洋・仏領ポリネシアに主力艦隊を派遣していたフランスと、そのフランスに同調し、議会で軍事派遣を議論していたイギリスとカナダの最後の英連邦の政府を挫いてしまう。    
フランス政府は議会で、タヒチ島に滞在している艦隊の経費を糾弾され、派遣の中止を余儀なくされた。フランスが南太平洋から海軍を引き上げると報じられると、カナダとイギリスの政府も議会も海外派遣の話題を何も無かったかのように封印した。          
軍事演習は各国の合同演習ともなると、巨額の資金を必要とする。中南米軍は世界各国に部隊を派遣しており、演習を好む軍としても知られている。世界各地で行われている訓練や演習の費用は計り知れない額面だろうと噂されてはいたが、演習費用を含めて、全て軍が自前で稼いだカネだと周知されて、中南米諸国に相対していた国ほど罰が悪くなる。   
「兵装備購入や部隊を派遣するために議会で議論し、予算を獲得する」世界中の国防省と軍が取っている議会制民主主義による信任とは全く異なる手法を、ベネズエラは採用している。そもそも、9年前にベネズエラ大統領にモリが就任してから、形骸化していた議会は解散され、議員は失職したままだ。ベネズエラ憲法は90年代のチャベス政権の頃の社会主義体制下で制定されてから内容の変更もなく、機能している。故に大統領と政府の権限が中国、旧ソビエト連邦並の中央集権体制となっており、中央議会を必要としない。  

人類初の社会主義革命とガガーリンを宇宙に送って「地球は青かった」と発言させた功績以外、社会主義を先取りした2つの国家は何一つとして成果を生み出さなかった。    
アメリカが勝ったように扱われたが、勝手にソ連が倒壊しただけの話だし、その後を継いだロシアもプーチンの蛮行で崩壊し、共和制に移行した。

晩節を汚した毛沢東を信奉する故・習近平が中華思想を掲げて、中国共産制の優位性を解いていたが、やはり毛と同じ失敗を繰り返して、中国経済は後退し、再浮上の兆しすら今では見通せない。皮肉な話だが、ロシアとの友好関係を維持し続け、中国中南海に顧問として一時的に身を寄せた御仁が就任したベネズエラは、建前上の社会主義国家としては史上最大の経済大国となった。
国営企業が日本の技術を採用してから、独自技術に昇華させて日本の先端技術を上回るまでに至った。世界最高峰の技術が宇宙環境のみならず、様々な分野でイノベーションを生み続けている。ベネズエラが中南米諸国を束ねて、EUやCISの既存の国家間の枠組み僅か5年間強で簡単に凌駕してしまう。各国の軍と福祉をベネズエラが請け負い、諸国内の国家予算の負担を引き下げる。各国の経済と産業にベネズエラの企業グループと資本が投入され、諸国内の役割分担が理路整然と進められて行った。    

「EUとCISは単なる寄り合い所帯に過ぎない」と揶揄されても仕方がなかった。唯一、中南米諸国に勝てるとすれば、グタグタな組織の存続期間が延々と続いただけとも指摘される。
「民主主義国家が中央集権国家に勝つ事が出来ない」この一面だけを切り取って「社会主義が最終的に大逆転した」と語るような無教養な学者が跋扈して、当のベネズエラから糾弾される。
 
「我々政府は憲法は遵守しているが、大統領を始め、閣僚達は制度としての社会主義を未だに懐疑的に捉えている。その一方で、議会制への移行を今は必要ではないとも判断している。中央集権国家として適切に機能していると捉えている」と、ベネズエラの報道官が語っていた。
ーーー                     暦も6月となった平壌市内のニュースの一つに、平壌港を統治していた旧英国総督府をベネズエラが買い取ったという情報が伝えられていた。購入の目的も、何の用途で使うのか欠落していたが、ベネズエラが大使館として使うのだろうと誰もが想像する。北朝鮮では話題にすら取り上げられなかったが、台北と横浜でも同じ日にベネズエラが不動産を購入していた。プルシアンブルー子会社のIndigo blue Grocery社からデパートとして営業している不動産を買い取り、新たに2棟のビルを建設すると報じられていた。共に中南米諸国でよく見る11階建ての低層ビルを建てる計画で、2棟の間を中間階と地下で接続し、低層階と地下では従来通りデパートの店舗として利用される。バンコク、ジャカルタ、クアラルンプール、シンガポール等のMillenniumやS0G0の店舗もIndigo blue Grocery社から買収して、新ビル建設を協議しているという。家族間で一体何をやっているのか?と関係者は噂していたが、デパート自体も老朽化しており、何れ建て直しは必要で、その建設費をベネズエラの国営企業が負担し、Indigo blue社はデパートフロアの賃料をベネズエラ企業に経費として払い、双方が丸く収まる・・と考えたようだ。

モビルスーツが解体作業を手伝い、人型ロボットと共に建設作業に従事するとはいっても、建物は直ぐには完成しない。入店している店舗は一時的に店じまいする必要があるが、それぞれの企業売上にも影響が及ぶ。デパート運営側企業だけでは済まない話だ。

「日本も本格的に梅雨入りしたってさ、早いんだねぇ、今年は・・」梅雨の無い北朝鮮に居ながら傘をさす不条理を感じつつ、櫻田外相兼国防大臣が入港した空母赤城に独り言を言いながら近づいてゆく。目当てはベネズエラから到着した、5m丈の「モビルスーツ」だった。南沙諸島沖の演習を終えると「ムーンウォーカー」と巷では呼ばれていたが、中南米軍内部ではモビルスーツと呼称している。50体のモビルスーツは旧満洲内の基地への所属が決定しており、列車で長春市へ向かう。18mを超えるモビルスーツに比べれば、圧倒的に輸送しやすいのが特徴と言える。

北朝鮮・新浦市内のプレアデス社の工場では5mタイプの量産が始まっているが、今後、旧満州と北朝鮮内の各交番と警察署に5mタイプをそれぞれ複数体配置する計画だった。5mならば、警戒に当たる「警察官」として辛うじて成り立つと北朝鮮政府が考えた。18mでは少々大きすぎる・・ 

櫻田が要請して完成し、今回の演習に初めて参加した5mモビルスーツには、実は人型ロボットは搭乗していない。ヒトが搭乗できる仕様モデル、ムーンウォーカーを用意したので、兵器にも人型ロボットが乗っているものと人々は認識しているようだが、そもそも、戦闘用モデルにロボットが搭乗する意味合いは無い。人型ロボットと同じ、AIと通信できるユニットが内臓されていれば、同じなのだ。
18m以上のモビルスーツも、現行機はロボットが搭乗する必要が無くなった。人型も、5mタイプも、そしてオーバー18mタイプも全て同じAIで等しく稼働する。筐体が大きくなる程にパワーも大きくなり、携帯する武器の威力も強力なものとなるが、AIの器であるロボットの変更点をヒトが意識する必要も無い。
「ヒトが介在しない方が、何かと好都合なのよね・・」櫻田は5mタイプを隈なく触って、眺めて一人で悦に入った後で、中南米軍の将校達の宴会場であるホテルにタカリに向かっていった。  ーーー                     「突然言われても・・。私の国籍、日本とイタリアなんですけど・・」
どうして黙ってたのよ、と日々大統領と同じ家で過ごしている杏が「誰かさん」に対して怒っているのが、タニアにも分かった。
「一応、外相の担当なのよね、ゴメンね」といった姿勢を滲ませながら苦々しく笑う。何も言わないボスが一番悪いのよ、とタニアは開き直ってから、言った。       

「大統領秘書官の2人は大使館員として平壌に行くことに同意してる。多分、世界で1番穏やかな大使館になると思うのよね・・ 」  
3人共妊娠しているし、協力し合えるだろうと、タニアも流石に口にはしない。
穏やかな大使館と言われると「妊婦でもOKっていう意味なんだろうな」と杏も察する。ベネズエラには身籠る為にやって来た感じになっちゃったな、と考えて イラッとする。あっさりとモリが妊娠を受け入れたのも、この為だったのではないかと あらぬ方向に考えてしまう。
「どうぞ、ボスをとっちめてやって下さいな。大統領府では、あなただけにしか出来ない芸当なんだから」とタニアが同性ならではの思考回路を働かせて、杏の心象を読み取る。       

「タニアさん、もしもの話ですけど、私が日本かベネズエラで議員にでも立候補するとなったら、後任を派遣して下さるんですよね?」
しまった、半ば受領してしまったような質問だと思いながら、杏が苦笑いする。

「うん。パメラとアマンダの孤児院仲間から、選ばれると思うよ」   
タニアが深々と頭を下げてから返答した。

これで決まった格好になっちゃったな・・杏が溜息をついてから笑ったので、タニアが杏を抱きしめる。
「あなた達がアジアに居てくれるとね、私も何かと行きやすくなるのよ。ほら、私なんかよりもずーっと有能な前任者が平壌には居るでしょう?」

タニアが先任の櫻田を立てていうが、杏はタニアの方が凄いと見ていた。モリの後任を杏が指名するとしたなら、夫のドラガンよりも、妻であるタニアの方がいいと考えていた。       

メインの滞在地は平壌の大使館にして、東京と台北は用事がある時に寄ればいい。その2箇所の運営は北朝鮮のスタッフに委ねてしまえばいい、と機を逃さないタニアが畳み掛けるので、杏も段々とその気になる。
ベネズエラ大使の方が、大統領秘書官よりもメディアに濾出する機会が多い。北朝鮮と台湾、韓国も兼務するとは言え、駐日大使でもあるのだから日本人の目には留まるだろう、と先走る分析が脳内を駆け巡る。
「イタリア国籍は樹里に持ってて貰って、私は諦めちゃおうかな・・」と半ばその気になっている自分に改めて気が付いた。     

「突然の話でごめんね。回答はそんなに慌ててないから、ボスとも話し合ってくれるかな?」
タニア外相兼国防相に言われて、杏が微笑みを返す。姉の笑顔は日本の外相とそっくりだな、とタニアが驚く。素顔はイタリア人とのミックスなのに、笑うと里子の面影が現れる。ホント、ボスの周りは美人ばっかりだよ・・タニアは心の中で両手を挙げて降参の意味を込めて溜め息をついた。

ーーーー                     平壌港を統治していた頃に使われていた英国総督府がベネズエラによって落札されてしまい、建屋の獲得を狙っていた中国は悔しがる。英国が香港資本と共に、香港をブラッシュアップした様な摩天楼を平壌港に作り上げたのだが、香港財閥との接点を更に強めてゆくだろう。平壌の中国大使はベネズエラの手に渡った結末を憂いていた。  

香港資本とモリの関係は、モリが日本の政治家だった20年前から関係が築き上げられてきた。海運やホテル、流通業、金融など香港資本を牛耳る財閥の支援を受けて、プルシアンブルー社が世界進出する際に共闘体制を組んだ。モリは対外的な事業拡大を狙い、片や香港資本は、中国との2国制度を維持するために、日本を後ろ盾にし続けてきた。 

プルシアンブルー社が世界最大の企業グループになってゆく際、最初の一歩が香港資本との結託だったのは言うまでも無い。結果的に中国は自治権を獲得するまでになった香港経済に助けられる。香港は中国と見做されないので自由な交易が続けられており、中国に対する規制や制裁の対象にならない。経済制裁中に香港経由で食糧などの必要な物資を獲得出来た。
香港は低迷する中国経済左右されず、日本と台湾経済と共に成長軌道を描いていった。

プルシアンブルー社が香港資本に引続き、インドの財閥と提携して欧州・中東へ進出するのに合わせるかのように、モリが当時ミャンマーと呼んでいたビルマで軍事政権を追い出すクーデターを起こして、軍事政権を打倒すると、インド軍と当時は自衛隊との2軍でインド洋を統治し始め、中国の一路一帯、インド洋上の「真珠の首飾り」を終焉に追い込んだ。北朝鮮統治でも頭角を現していた日本と香港資本の良好な関係に目をつけた英国は、香港資本に擦り寄って、平壌港を香港の様にしようと囁き、英国は香港財閥の資金力に全面的に依存する事に成功し、平壌港周辺の都市開発を完成させた。  

しかし英国はアルゼンチンの第二次フォークランド紛争で中南米軍に屈して、日本連合との関係を悪化させてしまう。その跡地を香港資本と日本政府が再びタッグを組んで対処するようになっていた。英国総督府だった建屋が誰に買われるのか・・単なる出来ゲームに過ぎなかったのだと人々が察するまで、然程時間は掛からなかった。

(つづく)

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?