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(4) Noblesse oblige


 2年前、中国政治の中枢に1300年振りに雇われた日本人が現れた。
科挙など、選抜試験に合格して中国政治に関与した日本人は阿倍仲麻呂ただ一人となるだろう。請われて国政を担った最初の日本人と、日本人を誘った中国政府の間で、ある借款契約が密かに交わされた。契約締結の経緯もあって、国家顧問の職責とは別に、ロシア国境と接する黒竜江省と吉林省の開発を請け負った。男は私財を投じて、小型の水素発電所を吉林市と長春市に2基設置した。吉林市内に500坪相当の土地を中国政府から貰い受け、RS Home社を設立し、住宅設備事業と、赤い彗星という食品総菜加工工場の創業を始めた。隣接する北朝鮮内の工場から建築部材を陸路で運び込んで、公営住宅の建設事業を請け負った。後のPB Home,静岡で名前を復活させたRS Homeは、当初は住宅販売会社ではなく、公営住宅建築から始まった。市役所へ納品し、建設費を回収する。役所は市民に安価な賃貸物件として提供し、幾ばくかの家賃を回収する、そんな共産国家らしい事業だった。
日本からやってきた男が手掛けた住民サービスは次第に浸透したが、後に構造不況で頓挫してしまう。
男は社会主義の国で不動産業界に手を出す事に、二の足を踏んだ。公営住宅ならば理解できるが、社会主義国家で私有の土地財産取得が奨励され、不動産売買が罷り通っている事自体がナンセンスで、将来性の危い事業だと、当時は判断した。

これも社会主義国家では禁じ手なのだが、立場上どうしても必要なのでRed Star Bankを中国主席の認可を貰って北京で開銀した。自身で設立した銀行から融資を受けて、事業を起こす必要があったからだ。中国の「民間銀行」から金を借りるなんて、恐ろしくて とてもではないが出来なかった。中国の金融機関の、世界での評価を見て欲しい。安心できる金融機関など国営も含めて一行も無い。そんな国で 事業を起こせと言われ、地域開発を命じられたら、普通の人間ならば保険を掛けまくる。アフリカで事業を起こすよりも、より慎重になる。共産国家というものを 全く信用していないからだ。

発電所建設や住宅事業の起業と同じように、自分の銀行から融資を受けて、今のインデイゴブルーの前進のスーパーとなるPB Martを旧満州エリアの各市に出店し、世界初のロボットが運転するバスを導入して、吉林市内を循環させ、各市へ横展開していった。今ではスーパーと工場の管理をプルシアンブルー社が代行し、バスと発電所は市役所へのレンタル扱いとしている。中国の所有物にすると輸出規制の違反対象となってしまうので、スレスレの措置を講じていた。その土地が、2034年になって経済特区になると決まったので、状況も変わってくる。今後は然るべき企業の資産へ全てを移管しようと、男は考えていた。

阪本は、日本人だけの通称である「旧満州経済特区」の視察に先立ち、吉林省吉林市内の一角のモリが建設した家屋群に、柳井夫妻と共に訪れていた。敷地内に小規模ながらビール工場と、ウィスキー工場と、日本酒工場と、ミネラルウォーター工場、惣菜製造工場がある。中国国家顧問の後任者として、この区画の管理を引き継いだが、2人には事実関係を明かし、モリの子息である柳井夫妻に、以降はこの家屋を含めて委ねようと判断していた。母である柳井純子首相には相談して、伝える了解は貰っていた。

「これで温泉が出れば、ベネズエラと同じ なんだけどね・・」出来たてのビールで3人で乾杯すると、ロボットがいそいそと料理を運んでくる。「赤い彗星」の食品工場で製造されたばかりの和食惣菜の数々だった。調理したてのものが並ぶので、豪華そうに見えた。
「酔う前に、2人にどうしても伝えたい事があるの」阪本が真面目な顔で言うので、2人は緊張した。阪本は、涙ながらに話を始めた。

「この満州経済特区は、モリの個人資産なの・・日本政府と北韓総督府が貸借地として管理していくんだけど、実態は公に出来ないから、表向きは中国国内の経済特区として、運営される・・」夫婦は顔を見合わせてから、目を見開いて阪本の次の言葉を待った。阪本は暫く泣いていた。

「父の資産ってことは・・国家顧問の時になんかあったんですか?」太朗が恐る恐る聞く。

「中国は・・今も大変な状況にあるけど、2年前はウィルス事件を起こして、アメリカに巨額の賠償金や人的補償を支払う必要があった。それに加えて、一帯一路がまだ破綻する前だったから、トルコ、パキスタン、スリランカ、イタリア、ギリシャ等各国に借款を供給する必要もあった。でも、国庫は空っぽに近かった。自己都合で時として共産国家に転ずる中国は、金融機関の私有財産情報を掌握していた。何処からカネを奪い取るか検討していたのね。それでモリの香港の個人資産額を知り、Red Star Bankの総預金額を知って、近づいていった。中国内に於ける資産額が、他の企業や人物よりも図抜けていたのは間違いない。中国政府は既にモリを取り込んでいたから、秘密裏に大金を入手できるって判断したのね。公にならないからこそ、世界には中国の財務状況は盤石だという証にもなる。実際はモリの資産なのにね・・。その頃の中国は、カネを返す意欲は満々だった。それで返金を前提とした担保にも見栄を張った。この吉林省と隣の黒竜江省を担保にしたいって条件をモリへ提示したの。モリは個人が国家に貸し付ける話だから、自分に万が一でも何かが生じる可能性を考えた。それに、貸した金を踏み倒されるのも避けたかった。それでロシアに仲介を求めたの。不慮の事故で処分されないように、保険を打ったってわけ・・」 阪本の涙も止まったようだ。

「株で稼いだカネなのかな・・中国に貸しつけた額面は聞いてもいいんですか?」息子として、知っておくべきだと太朗は思った。

「日本円で10兆・・」阪本が目を逸らした。どうやって作った金なのか、阪本も想像もつかない。それでも、知ってる限りの情報は太朗に伝える義務がある・・「モリが不正をしたり、何かをくすねただけで、この金額にはならない。きっと、ちゃんとしたお金よ。北前新党の初代幹事長や、国連事務総長が、手に入れられる金額じゃないもの」

「驚きました・・。兆って桁が、訳がわからないけど・・」

「それでもね、日本の借金を返したのはあの人・・って、ごめんなさい、これは言っちゃいけないんだった・・」阪本の顔が酔いが一瞬、冷めたような顔になった。

「12年前・・確かに日本の借金が帳消しになりました。日銀と財務省が離れ業を演じたって世界中が騒ぎになりましたが、父が絡んでたんですか?日本の国家予算の10年分以上はありましたよね?」ヴェロニカは夫の剣幕に動揺し、これは飲まずには居られないと、自分のビールを飲み干してピッチャーからグラスに注ぎ始めた。

「ごめんなさい。機密事項だからまだ言えないの。そもそも私も触れられない内容だから。あと40年待って頂戴・・でも、日銀も財務省も手伝ったはず。そうでなきゃ、とても無理よ 1000兆を超えていたんだから・・」大半はモリの働きによるものと聞いているけど・・

「パパの土地、日本列島の何倍あるんですか?」ヴェロニカが察して話の矛先を戻そうとした。しかし、阪本には伝達事項が残っていた。

「ヴィー、もう1つあるの・・北朝鮮の北部、旧中国統治領も担保に含まれていた。つまり、北朝鮮の地下資源の一切合財の権利をモリが持っているの・・」これを言えば、勘違いしてくれるかもしれない。
ヴェロニカが「資源って、その規模は確か・・」と、目を白黒させている。

「鉱物や石油の推定埋蔵量、円換算で3000兆以上あるって、ついこないだ試算されたばかりですよ・・それを一部債権化して融資したのかな・・それならば納得です。父が当時、北朝鮮に異常なまでに拘っていたのは誰もが知ってますから、その理由がわかって納得しました。でも、腰が抜けそうなくらい驚いてます。もうこれ以上の話は出てこないですよね?」
太朗は勝手に資源と絡めて納得したようだが、取り敢えずそう思わせておくのが一番だ。しかし失念していた。つい、口を滑らせてしまったと阪本は行き着いた結果に安堵して、話を進める。

「この経済特区と北朝鮮北部と地下資源の権利は、実際は杜家のものだっていうことを伝えたかったの。当然、あなたたちにも引き継ぐ権利がある。長春、ハルビン、四平、松原、チチハル、大慶それらの300万人越えの都市を、これからは日本の都市になるんだと思ってデザインして欲しいの。ヴェロニカのデザインする街は、モリはとっても気に入っている。新浦港も、今、着工しているパナマのコロン市内も、サンクリストバルに作ってる介護都市も、モリが依頼する都市は全てヴィー、あなたにデザインして欲しいのよ」阪本がまた泣き出した、ヴェロニカも貰い泣きしながら、頷いている。

「この一帯は満州国の前はロシア領だった。そんな歴史もある土地だから、中国らしくない町並みも残っている。ヴェロニカ、あなた自身の、ここは自分の街だと思って、好きなようにイジってご覧なさい」阪本の提案に、既にヴェロニカはその気になっているように見える。この話をする為に3人で来たのか、と太朗は理解した。しかし、10兆か・・取られっぱなしというのも正直、面白くない・・取り戻す手段を考えよう・・

「あの・・思いつきなんですが、売電というのはどうでしょう?水素発電所を特区内に数多く建設して、それこそ北京周辺まで電力を供給するんです。中国だけでなく、モンゴルとロシアにも・・そう、青海省や新疆ウイグル自治区にも供給するんです。水素列車を走らせて、高速貨物輸送で海産物をどんどん中国内陸へ向けて運び込むんです。製鉄工場も作りましょう。エンジン車の組み立て工場も作りましょう。特区なんだから、エンジン車の販売をしてもいい。長春市でエンジン車を購入して、北京まで届ける、そんなサービスモデルを作ってもいい」太朗が思いつくままにあれこれ並べだした。

「そうよ、どんどん考えてアイディアを出して頂戴。あなた達の土地でもあるんだから、好き勝手にやっていい。農地もあるし、土地も余っている。元々肥沃な土地なんだから。巨大な北海道が手に入ったと考えて好きなようにやればいい。
この敷地の工場だって、実際は北韓総督府の総務部門に管理委託しているからね。酒の原料と容器と惣菜用の材料は、スーパーのインディゴブルー吉林店が請け負って、ドローンが届けているし、製造、警備、出荷も全てAIロボットがやっている」・・モリはここの土地が気に入っていて、ベネズエラ・サンクリストバルの私邸でも同じ様に小さな酒造工場を作った・・

「あー、あなた達の父親はね、凄過ぎるのよ。世界一の土地持ちで、資源持ち。でも世間に公表が出来ないのよ。そんなバカな話って・・どうして彼がいつまでも貧乏クジを引かなきゃならないのよ。ロヒンギャ族から始まって、ビルマ、タイ、北朝鮮、その上中国に10兆貸して、ベネズエラ、タヒチに中南米、今度はチベットに、挙句の果てに旧満州国と来たもんだ・・その間に日本の借金返して、北方領土と拉致被害者も奪還した。国連事務総長になってノーベル平和賞も貰ったけどさ、これだけやったって賞金はたったの1億よ。勲章はしこたま貰ったけど、嬉しくもなんともないでしょうね。北朝鮮の資源は国にいいようにつかわれて、彼の手元には何の見返りも入らない。それでも、あの人は立ち止まらないのよ・・まだ、前を向いて、拳を下ろそうとしない・・」

阪本が泣きながら一人で息巻いている。こうなると上司というよりも、母の親友のヒトであり、父の初めての女性でしかない。阪本の愚痴まじりの話を半分に聞きながら、この環境を最大限に活用してやろう、と太朗は半ば決断していた。

梁振英と話を進めている中古のガスタービン輸出プロジェクトに、水素電力の売電が実現すれば、中国のカーボンフリー計画は達成する可能性が極めて高くなる。中国からは起死回生策となって、感謝されるだろう。旧満州だけでなく北朝鮮からも売電をすると、中国の電力環境は一新する。中国への電力事業のポジションを得れば、何年掛かるか別として、いずれは父の貸付金も回収出来るのではないか・・・
計算してみなければ分からないが、エンジン車の販売解禁が実現するかもしれない。それ以上に、周辺国との交友関係を円滑なものにするのは、送電事業がベストの方法だろうと太朗は考えた。

太朗とヴェロニカの夫妻は、この吉林省吉林市の私邸を譲り受け、旧満州の拠点とすると決めた。父親にも報告して、話をすり合わせてゆく。中国と極東ロシア、モンゴルとの交易を促進し、シベリア共同開発の足場を築く。北朝鮮ではなく、長春市に国際学園都市を建設して インド人とヒンズー教、イスラム教、ロシア正教、仏教の他宗教混在の街づくりをしよう、と。

モリは太朗達が中心になって旧満州で動き始めると聞き、感慨深く感じていた。黒竜江省と極東ロシアの開発を関連付けて取り組むのは、いいかもしれないと息子夫婦のアイディアに関心する。12年前は、太朗の存在すら知らなかった。そんな息子夫婦が担ってくれるというのだから、こんな嬉しい話はなかった。

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中国政府と北韓総督府と日本政府の3つの政府間で、吉林省・黒竜江省と北朝鮮が同一経済圏とすると、正式に決定した。暫くは公表せずに、北韓総督府で省内を隈なく視察して詳細プランを描いてから、内外に発表する方向で合意した。
この北韓総督府と中国と杜家の3者間の契約は、それぞれの首長の代理人で取り交わされ、中国政府とモリの2者契約と合わせて、極秘公文書として処理された。杜家の代理人は柳井太朗が担った。

日本は日本列島を上回る広大な土地を手に入れた。北朝鮮の5倍の面積で、北朝鮮と旧満州経済特区の面積の合計で、日本列島がすっぽり2つ入る規模となる。面積だけで言えば3倍だ。もはや小国でも、島国でも無くなる。
大きく変化するのは国土拡大だけでなく、北朝鮮の人口だ。2000万人の人口に吉林省3000万人、黒竜江省3300万人が加わる。土地の広さに比べれば少ない人口密度とは言え、漢族が5000万人近く加わる格好となる。事実上、日本政府に帰属するので、日本と北朝鮮で決めてゆくが、大前提での決め事として、2つの省に居住していた朝鮮族も北朝鮮、韓国へパスポート無しで移動できるようになる。その逆も可能だ。一方で、漢族には北朝鮮、韓国へはパスポートを必要とする。
旧満州の経済特区が成長著しい動きをすれば、中国の人々の流入を規制するために国境を閉じる動きをする必要も出て来ると中国側から提案があった。学校は従来通りだが、来年小学校に入学する児童から、北朝鮮の小学校と同じ内容で、中国語の授業に置き換わってゆく。朝鮮族学校ではハングル文字の教材に一斉に置き換わる。北朝鮮内を当初は予定していたが、長春市の郊外にインド人学校とイスラム教の国際学院を建設するように変更した。国際都市としての役割を長春市に担わせる。

成果物の第一弾として旧満州経済特区で収穫された、農薬が程々に使われた質の劣る安価な小麦が北朝鮮の港から出荷されていった。大半は菓子メーカーや食品会社が飛びついて使った。収穫量が多かったので捨てる訳にもいかなかったが、米国産、オージー産の麦に比べれば農薬含有量も低かったので、出荷に踏み切った。

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「日本と中国が何らかの手打ちをしたようだ」CIAが、中国北部の経済特区計画の存在を嗅ぎ付け、中国が北朝鮮と日本の資本を受け入れようとしている、と情報を得た。黒竜江省と吉林省の石炭火力発電所が停止し、電力が北朝鮮から送電されるという、事実とは少し異なる情報も入手していた。北朝鮮北部の羅先特別市には水素発電所が4基あって、電力の一部がロシア・ウラジオストック市まで送電されているので、それが出来るのだろうと、CIAクオリティらしい、ツメの甘い情報がアメリカ政府に報告されていた。

「旧式の石炭火力発電所が全て停止して、それを補う電力が北朝鮮から送電されると、中国のCO2削減目標が達成されます・・」7割近くを石炭火力に依存しているので、全部となると些か荷が重いが、アメリカが国内を納得させる為の方便として「北朝鮮からの送電事業」と一括りにする事で、議会の承認を担おうとしているのだろう。

「最早、我が国の選択肢は限られている。原発の稼働率を上げて、アジアからの軍の撤退で浮いた資金で小型原発施設の建設を進める。これで古い火力発電所は全て止める。更にエンジン車の販売も急遽中止にする案で、議会に提案しよう」

「自動車業界が反発してくると予想されますが・・」

「仕方がない。今から日本を説得していても間に合わない。急場を凌ぐにはこれしかないんだよ・・」

やがて議会で喧々諤々で議論が始まると、PB Motors社と北米スランティス社の旧クライスラー社は本社機能をパナマのコロン市へ移転すると報じた。旧クライスラー社のエンジン車の組み立てラインはメキシコ・メリダ市のプルシアンブルー社の新工場で一本化すると報じられた。それ以外のアメリカの自動車会社は怒り心頭だった。
この期を見定めていたかのように、中南米諸国連合がアメリカの自動車工場の受け入れの表明を行った。部品の供給も申し入れた。

BlueMugs社をアメリカに残すのかと思っていたら、2週間後に販売部隊はそのまま米国へ残し、本社機能は日本に戻すと報じられた。

北米・中米向けのクラウドサービスのデータセンターはベネズエラとコロンビアに集約され、ブルーマグ社の製品の製造拠点はベネズエラなので、ベネズエラだとするのではないかという予想が覆った。
Indigo Blue Grocery社とBlue Mugs社の樹里と幸は、社長を辞任するとプルシアンブルー社の会長補佐と社長補佐に就いた。副会長、副社長格への昇格人事、僅か30歳の会長・社長後継者への大抜擢となる。政治の事情で振り回された格好となった2人には、大企業をマネージしてきた経験を買われて、アメリカ企業からも多数、声が掛かっていたが、耳も貸そうともしなかったのは、この内部昇格が予定されていたからだ。

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日曜日、梅雨明けには至らないものの、終日天候は持つとの予報だった。エスパルスのサッカー専用スタジアム上ではアルゼンチン・ラシンFCとコロンビア・メデジンFCの選手達が練習に望んでいた。サブグラウンドの方でエスパルスの選手達が調整していた。

孫の車に同乗して来た 杜 響子は、静岡入りしてから初めて訪れた日本平運動公園 周辺を見て回っていた。「Indigo Blue Cup」と銘打つだけのことはあって、三ツ沢や等々力、新横浜とは異なって、インディゴブルーの各店舗の出店が並んでいる。産直の漁港や農家の販売もあって市民市場的な要素を打ち出していて、好感が持てた。静岡の方が雰囲気がいい。ベネズエラ高原で収穫した蕎麦粉を使った手打ち蕎麦と、北朝鮮収穫の早稲小麦の手打ちうどんを無料で振る舞い。パン、ドーナッツのお得パック、ベネズエラ産コーヒー豆の格安販売と何気に北朝鮮やベネズエラ産の素材を大量に安価に提供して活況を呈していた。

ベネズエラで蕎麦の栽培なんてしてるのかと、興味本位で口に運ぶと口内で香りが広がって美味しい蕎麦だったので、乾麺を購入した。サンクリストバルという土地で栽培・製造しているらしい。
「伯母様!」香澄が声を掛けてきた。インディゴブルー社も今日は出店を多く出して書き入れ時だ。毎年、この時期は恒例のテストマッチにすると香澄も息巻いていた。興行的にも大成功だと思う。南米での視聴率も物凄く高かったとか、オフシーズン時の試合として内容もとても良かったと評価されていた。
香澄は学生時代はHookLike Cafeの横浜元町店の店長だったので、今日は臨時Cafeの店員として活躍していた。響子は蕎麦の後だけに緑茶が欲しかったのだが、カフェのメニューにはないので紅茶を所望した。
立ち飲み、歩き飲みが出来ない世代なので、練習中のエスパルス選手を見ようとサブグラウンドの周囲を取り囲んでいるサポーターを尻目に、メインスタンドに登ってゲームが始まるのを待つ事にする。
シートはゆったりとしていて、クラブ関係者が御しぼりと静岡茶とクッションを持ってきてくれた。謝意を伝えて南米のクラブの練習風景を見ていた。孫娘はこの2つのチームのオーナーでもある。そもそもオーナーって、何をするんだろう?とタブレットを取り出して、AIに問い合わせていた。タブレットと会話している老女の存在に、周囲のスポンサー企業が気が付いた。クラブ関係者に尋ねるとモリ兄弟の祖母にあたる婦人だと分かった。
今は何やら取込中のようなので、近づくタイミングを推し量っていた。そうこうしている内にプルシアンブルー社の会長がスタンドに現れ、老女に挨拶をして隣に座ってしまい、近づくタイミングを逸した。インディゴブルーの社長もやって来て、老女の左右に座ってしまう。立場的に老女が最上位であると周囲に示した格好となる。「一体、何者なのだ?」とフラグが立つ。どうやら、ただの老女ではなさそうだと左右の実業家の様子から察知した。

アルゼンチンのラシンFCがピッチに残り、コロンビア・メデジンFCの選手達はサブグラウンドに移動した。エスパルスの選手達がピッチに現れると大きな拍手や口笛で選手を迎え入れる。孫達が静岡では有名人と言っている理由が分かったような気がして、響子の涙腺が緩んだ。エスパルスは2ゲーム続けて戦うのでAチームとBチームに分かれて、2ゲームの前半をAチームが出場し、Bチームが後半に出て来ると言う。今やそれだけ選手層の厚い日本を代表するクラブチームに成長した。A代表候補、U21代表候補の選手以外は外国籍選手という状況だった。何が、この静岡のクラブを変えたのか、サッカーライターの関心事の一つではあったが、誰もその実態を把握する事は出来なかった。

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中欧の主要都市のデパートを買い取っていったプルシアンブルー 欧州社は、
各国の2番、3番目の都市の郊外に大型スーパーのIndigo Blue Groceryを出店し、ミニスーパー・コンビニのIndigo Blueを次々と出店していった。
ネットスーパーの宅配用ドローンが飛び交い、中欧内陸部に限定して席巻していた。
米国展開時の経験を活かして、迅速な広がりを見せてゆく原動力となったのが「ウクライナ、ロシア」の1次産品だった。この2カ国の低農薬の安価な野菜と食肉加工品と、ウクライナの日本企業の食品工場の生産品が、物珍しさもあって買われていった。
7月から米国内のスーパーでも、アメリカの食品会社の商品は一掃され、アジア内のスーパー同様に、欧州と日本の食品会社の商品に変更された。

Indigo Blue Grocery社は、米国食品会社の原料分析と農薬含有量、食品添加物などを公表し、販売しなくなった理由をHP上に掲載した。その商品との対比となる取り扱い商品のデータも公表した。中国向けのHPでは、中国の食品会社の商品を扱わない理由も公開した。
株価と売上に直ぐに反応が現れる。ファストフードも、バーガーショップ、ドーナツショップ、サンドイッチとデータを対比していった。

日本のファストフードでも牛丼、カレー、ラーメン、コンビニのおむすび等、とチェーン店の成分データを明らかにしていった。

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神奈川から静岡県内を経由して名古屋までの国道1号線沿いにある住宅展示場では、撤退した住宅会社のスペースにPB Homeと並んでRs Homeの住宅が並んでいった。共にセラミックソーラーパネルを使っているが、Rs Homeは欧州的なデザインで纏められていて、その分 割高だった。
PB Homeが約1千万で、Rs Homeが2千万まではしない価格が中心となっていた。それでも既存の住宅よりは割安だった。

国道沿いのロードサイド店として、ほっくりっく社が都内と横浜・川崎で展開しているファストフード店「不二そば・うどん」「回転寿司・彩」が3:1の比率で神奈川県西部から愛知県東部まで進出を始めていた。

社長の岩下香澄は樹里以上に、日本の流通業界や食品業界に懐疑的だったのかもしれない。
コンビニ業界に進出して、先行企業の急所を付いて困らせ、立ち食い蕎麦・うどん屋でありながら、安全な食材で良質な牛丼、天丼、親子丼、カレーも提供し、既存のファストフード店を困惑させつつあった。どちらにも共通するのは「中身」で勝負し、他社の客を奪う極めて標準的な手法だった。既存の企業が悪役のようになってしまう。

どんな商品でも手を抜かない、良質なものを提供し続けるというコンセプトは貫きながら、企業姿勢を、客に訴えていた。このスタンスをファストフードで続けていれば、他社は真似出来るはずも無かった。ファストフードの原料選びは、どうしても利益優先となる傾向があり、いかにして利益を上げるかが重要だった。同じ飲食業界に身を置いている岩下香澄は、如何にもあからさま過ぎると嫌悪していた。

カフェで販売するパンに使う小麦も、樹里が日本法人の社長の頃はウクライナ・ロシア産が固定だったが、香澄に変わってからはアルゼンチン、オーストラリア、北海道産、旧北朝鮮北部産と色々と試し続けている。
コーヒー豆も紅茶の茶葉もそうだ。同じ農園であっても、毎年、同じクオリティの作物が取れるとは限らない。
常に選択肢を広げながら、原料の選定を行うようになっていた。
そんな香澄の姿勢を知り、各国の責任者も刺激を受けたのかもしれない。それぞれの地域でテストを重ねながら、それぞれのやり方を情報共有しながら、模索し続けていた。

香澄が社長になってから初めて、杜家の重鎮だと見ていた響子から連絡を貰った。「食」に関しては、日本は大きく変わった。「衣」は国民が豊かになれば自然解決するので良しとしても、「住」は「うさぎ小屋」からの逸脱までには至っていない。一緒に変えてみない?と響子から提案され、その気になった。プルシアンブルー社は「住」に対するプランを用意していなかった。建設労働力をロボットに置き換える、そのプロセスだけを変えようとしていた。響子の提案は、日本の地価や不動産の本質を付いていた。
ゼネコンと不動産会社は、楽をして儲ける組織になってしまった。社会生活を送っている人々に、豊かな環境を提供していないように見える。一掃すべき対象と言えるのではないか、と。しかし、相手は丸の内や銀座といった一等地に巣食い、東京をものの見事に破壊し続けながら、政界と癒着してきた企業でもある。そのコンセプトの無秩序、無節操さが、東京を始めとする日本の都市部の猥雑で纏まりのない街並みを齎し、日本の品位を大きく歪めている。
京都や金沢の古都が尊ばれる一方で、後世の日本人が世界に誇る都市づくりが何一つ実現できていないのは大きな矛盾だ。景観美を誇る近代都市は日本列島には一つも無く、北朝鮮や南米ばかりにあるのは、実に可笑しな話だ。
この横浜からでもいい。みなとみらいのように軟弱な地盤の上に高層ビルを並べ、耐久性の弱いタワー型マンションを建てる街づくりをヤメて、堅牢で美しい 欧州のような街を目指すべきではないかと訴えた。
日本の街をメチャクチャにしながらも、明治維新で台頭した地主としての岩崎家が今でも丸の内に君臨し、主流であり続けている状況に疑問を持とう。流れを変える為にも、どうかプルシアンブルーの看板を貸して欲しい。会長の山下智恵に頭を下げて、全面協力の了解を取り付けた。

食以外に、「住 も」あるべき姿に変革する・・プルシアンブルー社が新たな方針を作り出したきっかけとなったのは、杜 響子だった。

(つづく)
     

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