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(6)これぞ、 王道のマネー ロンダリング。


 中米、南米諸国連合の商業地で3月の売上が上昇した。
南米諸国連合からの給付金が影響したようだ。中米各国の市場には、アメリカとアフリカからの輸入穀物が出回り、南米諸国連合内では、アルゼンチンやボリビアの肉、ペルー・エクアドル沖のマグロなど、高級食材が流通し、消費された。外食産業も好調だった。食糧が潤沢に流通し、美味しい食事を口に出来れば人々は笑顔となり、街には活気が出る。この国へ大統領がやってきて、経済復興して1年が過ぎたとベネズエラの各市で、祝賀モードのような光景が見られた。
サンクリストバル市内で温泉療養中の大統領が、市場に視察にやってきた、というニュースが流れる。公の場に姿を見せたのは訪米訪問以来となるが、市民とにこやかに会話しながら、最後は果物を買い込んでいた。週明けにカラカスへ戻って、執務を再開すると報じていた。

この祝賀モードを面白く思わないのは、南米諸国連合に加盟していない南米の国であり、市民だ。中米・カリブ海諸国には手を差し伸べても、南米の他の国には何の施しも届かない。それも当然だと判っていながら釈然としないものがある。
ブラジル政府はメスコルをより活性化して、南米諸国連合に対抗しようと各国に提案し続けて居るのだが、ブラジル以外の国は南米諸国連合の経済圏に次第に組み込まれつつあって上手くいかない。アルゼンチン・ボリビア・ペルーでの国境貿易の規模は拡大し活況を呈しており、その交易が周辺国にはプラスに作用していた。長年に渡って南米の宗主国として君臨していたブラジルは、発言権を逸したかのような今の状況を憂いた。南米諸国連合の成長拡大はもはや止めようがない。ベネズエラはアメリカのインフラ整備へ乗り出し、南米諸国連合は徒党を組んでアフリカへ進出を始めた。南米では今までに無かったこれらの積極的な外交姿勢と経済対策を、ただ傍観しているだけのでは取り残されてゆく一方だ。
焦りを感じたウルグアイ、パラグアイは、ボリビアとベネズエラ政府に首脳会談の要請をした。2カ国は苦肉の策を提示する。国内への工場誘致など新しい産業は一切求めない。南米諸国連合に加盟して、加盟国間で商取引だけ出来れば良いと要請していた。
カナモリ首相の個人的な見解は、ここまで譲歩してくれるのなら加盟を認めてもいいのではないか?と思っていたが、ベネズエラ政府としてはモリの見解を待つ事にした。南米諸国連合の加盟国がもし増えるようなら、モリが描いている計画や順序に影響が及ぶ可能性があるからだ。
現にサンクリストバルで療養中のモリに確認すると「南米は少し保留とする。3月はアジアを優先する」と応えが返ってきた。また何やら動き始めていた。モリが北朝鮮で何かをしようと企んでいるのを知ると「相変わらず、レンジの広い人だ」と大臣の誰もが思った。

ブラジルは自分たちが孤立しかねない今の状況を認識する。2か国が独自に南米諸国連合加盟に向けて動き出していると知り、当惑していた。チリ政府に対しても、何の相談すらなかったらしい。連合に加わっていない国々で異なる動きが生じ始めたのは、何よりもショックだった。2カ国の状況次第では、チリも追随するかもしれない。残るは南米北部の小国だが、ベネズエラに隣接しているだけに、既に商圏に組み込まれている。こういった動きが起きることまで、ベネズエラは視野に入れているのかもしれないとあらゆる事項が策略の様に見えてくるのが不気味だった。久々にカメラの前に現れたモリの姿に、恐怖に近いものを感じてしまう。

何れにせよ、ブラジルだけが何のアクションも起こさずに静観している場合ではない。南米でブラジルだけが蚊帳の外となるのだけは何としても避けたい。ブラジル政府は外相をウルグアイ・パラグアイに派遣して、2ヶ国の意向を窺い知る場を設けようと画策を始めた。同時に、大統領はチリに首脳会談の要請を行った。立ち止まってはいけない、今こそ動く時だ。何もしなければ、永久に後悔だけが残るかもしれない・・

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連合の外にいる南米各国の状況をAIで盗聴している。その結果をエンジニア達が分析する作業に取り組んでいた。来週から復帰するモリの為に、情報を纏めて置く必要がある。最近の情報を整理していて気づいたのは、各政権の会話の中で「中国」の話題が一度も出てこないのが意外だった。
南米諸国連合が活性化する昨年まで、ブラジル・チリ・ウルグアイは南米の優等生だった。パラグアイも含めて4ヶ国の経済状況は決して悪くはない。単純に、南米諸国連合の成長が突出しているので霞んでしまうにすぎない。
それ故に、中国企業がこれら4カ国に足場を築いてモノ作りを行い、南米諸国連合のように北米市場へ販売攻勢を掛ける発想は理にかなっていた。中国が実際に検討していると、中国の顧問でもある阪本が連絡してきたのは1ヶ月間前の話だ。しかし、その後、中国からの具体的なアクションは見当たらなかった。
日本政府が纏めている中国レポートからは、3月末に向けて数々の政策を掲げて、改善しようと突き進んでいる中国政府の状況が窺い知る事が出来た。しかし、レポートは残酷な終わり方をしていた。「残念ながら、どの政策も空回りをしているようだ」と結ばれていた。

方や、政策プランナーとして再稼働し始めたモリを、ベネズエラ内閣がサポートしはじめていた。
ベネズエラが発行した国債価格の推移を、蛍 経産大臣が夫からの指示で調べていた。国債販売開始と同時に、モリがオーナーを務める2つの銀行が、発行した半分の国債を購入し、現在所有している。ベネズエラ国債の価格が15%上昇したら「全て売却」とモリから指示が出ていた。

「ベネズエラ国債を購入した各国は国債価格が10%上昇すれば、少しづつ売りに出すはずだ。売却益が欲しいからね。大国が小さく売りに出して収益を上げるだろうから、「ベネズエラ国債は金になる」と国債を持っていない国々は考え始める。そして市場に出てきたベネズエラ国債を、我も我もと買い漁るだろう。いいかい 蛍、その時が「売り」だ」

モリは15%位まで上昇すると見ていた。ベネズエラ国債が初物であること。無借金経営国家の新興国ベネズエラの貴重な国債であること。簡単に価格が上昇すると見ていた。
国債を販売して僅か1週間で10%ほど価値が上昇した。アメリカ、イギリス、スペインは、所有するベネズエラ国債の約3割を売却した。各国の中央銀行や財務省は、成果を上げなければならないので、早晩売りに出ると見ていた。その利益確定売りで、市場に出てきたベネズエラ国債を購入したのは、初回の国債販売時の時間帯が深夜だったアジアの国々だった。アジアでは台湾だけが銀行を進出していたパナマで購入することが出来た。今回、ベネズエラ国債をこぞってASEAN諸国が購入すると、直ぐに市場からベネズエラ国債が無くなってしまった。
この時点で母国日本の国債価格よりも価値が高くなった。この市場の反応が何より嬉しかった。世界がベネズエラを評価している現れだと、ベネズエラ政府は受け止めた。

国債価格が販売時から16%上昇したのを見込んで、RedStarBankとプルシアンブルーバンクの2社は5兆円分の国債を売りに出した。この国債売却により両行で8千億分の売却益を得た。
蛍はモリの代理として、両行の頭取に追加指示を出した。この売却益8千億円を東京に送金すると、プルシアンブルーバンクとRedStarBankは、この8千億円を北朝鮮を統治している北韓国総督府へ融資した。

10日後に行われる。北朝鮮農耕地の一斉耕作の資金源として、この八千億円が使われる。既に自衛隊の大移動が始まっていた。昨年3月に行われた農地の一斉耕作は、今回で2度目となる。
今回はロシア、ウクライナの農業技術センターからの参加を見送り、インド、バングラデシュ、ビルマ、タイ、ラオス、ベトナムの農業技術センターの方々に北朝鮮まで、ご参集いただく。その理由はインドーバングラデシュービルマ高速鉄道が開通したからだ。昨年はシベリア鉄道を使った兵站作戦を実施したが、今回は南アジアルートの鉄道輸送を試す。物資と戦力の移動が、複数選択できる贅沢な自衛隊の兵站能力を見せようとしていた。そう、高速鉄道は大量の兵士と物資を移動させる手段でもある。各国の軍司令官は自衛隊の兵站能力に再び震撼するだろう。

ベトナムを除く各国は、ラオス・ヴィエンチャンまで鉄路を乗り継いで来ると、ラオスー中国の国際路線を経由して、中国・北朝鮮の国境までやって来て、北朝鮮北部の農場へ展開する。
同時に、北韓の南部に位置する日本海側の金剛山港に、陸上自衛隊の設備部隊が次々と上陸すると、南部の農場へ散ってゆく計画だ。今回は農機具は全て北韓内にあるものを使い、北朝鮮各地に拡充分散された自衛隊病院が、野戦病院の様相でテント宿舎と食堂を病院内のグラウンドに用意してゆく。

食糧配送計画も着々と進められていた。食糧は空自の輸送機で次々と運ばれる。北海道牛、千島サーモン、新潟米、奄美・沖縄諸島養殖マグロ、薩摩・宮崎焼酎、北陸日本酒、関西ウィスキーと農民、自衛官、農業技能者の胃袋を満たす高級食材の調達が日本国内で進んでいた。

今回は大規模な兵站作戦の前哨戦として、余興が用意されている。
プルシアンブルー社のMars Attackの特別企画が行われる。特別ゲストはロシア軍だ。「火星探査チーム、北朝鮮の資源探査に挑む」とタイトルが名付けられ、その探査の模様がライブ配信が行われる。撮影・編集・放映は前回は日本公共放送だったが、今回は英国BBCとなる。

自衛隊チームの隊長は北韓総督府の阪本代表が務め、ロシアチームの隊長をロシアのセルゲイ外相が務める。この2つのチームがAIロボットの探査チームに挑んでゆく。地質学の権威でもある阪本が、ロシアが統治していた12年前にロシア空軍が探査したデータを元に、探査先を幾つか選定し、そこにAIロボット達が7チームに分かれて一斉に探査を行う。このAIロボットの踏破能力に、陸上自衛隊とロシア軍は対抗出来るのだろうか?という訓練なのか余興が用意された。
自衛隊4チーム、ロシア軍3チームがくじ引きで行き先を決めて、AIロボット達と探査競争を行う。ロシア軍もシベリアで開発に当たっている地質チーム、自衛隊も中東駐屯地で油田管理をしている部隊だった。両軍が所有している探査装置も最新のもので、金が相当掛かっている。過去のAIロボットの探査映像を見て分析をして、それぞれが作戦を練ってきていた。ロボット相手に負けられるかと、両陣営とも本気モードだった。阪本の研究室の後輩でもある、日本の安本農林水産大臣が本放送の解説を担当する。放映・実況はBBC平壌支局が担当し、BBCが世界中へ放映する。

北韓総督府のオペレーション室で、1週間後の兵站計画の全体を統括する柳井太朗は、世界中の自衛隊や農業技能者が北朝鮮内に移動しようとしている様を啞然としながら見ていた。
「これを来年は俺が計画しなきゃならないのか・・」と呆けた顔で見ていた。異母弟の杜 歩は、まるでゲームのように、地質調査をメニューにぶち込んできた。放映も平壌港を統治するイギリス総督府に要請し、ロシア軍も巻き込むという内容となっていた。まるで「結果を知っている」かのように役者を揃えてきた。大量の未開発の資源が北朝鮮で発見されたら、日本の株式市場はとんでもないことになる。今回ベネズエラからプレゼントされた軍資金など、瞬時に元をとってしまうだろう。

ウラジオストクから国際列車で三浦港まで乗り込んできたロシア軍兵士達は新浦駅に降り立った。眼光鋭い連中ばかりで、冷戦時代から出てきたような兵士達だった。方や、中東から飛行機で平壌に到着した自衛隊の探査チームは、学術的なメンバーで構成され、ヒョロヒョロしている。この両陣営の対比が異様だった。また、自衛隊とロシア軍が卑怯なのは、日本の最新の探査衛星を使える点だ。ロシア軍の元データの存在を知っているのも人間だけだし、更に、探査衛星で資源の内容も量も予め精査された値が出てしまう。
第一回目の放映は、両陣営が探査衛星のデータを分析する所で終わろうとしていた。

「ヤスモトさん、この探査衛星の能力は放映しても良いのでしょうか?」平壌支局の名アンカー、シャロン・ヴィンヤード氏が安本静香農水大臣にマイクを向ける。

「構いません。我が国はこの衛星をスペースシャトルに搭載して火星まで運びます。火星の軌道上へ、この探査衛星を載せる予定です。予め、火星の資源の概要を把握するために用いる計画を立てています。これも火星探査を、効率的に行う為です」

「なるほど。その為の衛星でもあるのですね・・ロシアチームがとても驚いていますね。ええっと、「ここまで衛星で分かってしまうのか」と言っています」

「あなたはロシア語が分かるのですか?」

「母がウクライナ人なのです。実は、英語よりも得意かもしれません」
・・それで、北朝鮮に配属されたのか・・安本は察した。

「ヤスモトさん、火星では衛星を使いますが、今回AIロボット達には事前に衛星の探査情報が提供されません。これはアンフェアではないですか?」

「そうですね。確かにフェアとは言えません。しかし、火星に運んだ探査衛星が100%使えるとは限りません。衛星自体の故障などが原因となって、宛にしていた衛星が使えない可能性もあります。それでも探査自体に支障が出ない様にAIロボットのチームには、ソナー機能を備えたロボットが1台づつ配置されているのです。今回、AIロボット達は衛星が使えないケースを試めすのです」

「そうなんですね・・しかし、この衛星の能力には驚きました。衛星の解析データを皆さんにも御覧頂いていますが、鉄鉱石、ウラン、石炭、石油、リチウムに数々のレアメタルと・・と次々に表示されています。流石に質量の情報は国家機密事項なので模細工をかけて表示していませんが、どれも相当な量ですよね・・」

「そうですね。それ故にロシア、イギリス両国にも開発事業に参加いただいて、3ヶ国の共同事業として資源開発を進めて行きたいと考えているのです」安本大臣がサラッとプランに触れてしまう。勿論、公共の電波でライブ放映中だと知った上での発言だ。

阪本総督府長は、日本の国会に審議要請を提出し、今年の兵站作戦前に、日本政府として新しい国債を発行して貰っていた。まさに、北朝鮮統治領の開発事業資金の調達を目的とした国債発行の準備をしていた。この放送が始まるや否や「北朝鮮に資源があるのか?」と各国が色めき立っていた。要は日本政府はこの国債価格の上昇を見込んでいた・・

今年も日本の圧倒的なまでの兵站力を見せつけられると警戒していた韓国政府は、「ロシア、イギリスとの資源開発」というポイントにどの国よりも強く反応する。それこそ韓国が関与すべきものではないか、何故、外国に我々の資源を盗られなければならないのか!と訝った。

早速、韓国外務省がソウルの日本大使に会談の要請を取った。これも予め想定されていた。杜 歩の作成したマニュアルがソウルの日本大使館に事前に渡されている。ソウルの日本大使館は、韓国側から内容確認を求められたと日本政府と北韓総督府へ連絡する「予定通りに対応する」と。

元々、韓国統治領が韓国国境38度線の以北にあったのだが、10年間の統治で日本統治領との差異が広がり、米中露英の判断で日本統治領となった。そのタイミングに合わせるように中国統治領も日本が預かるようになり、平壌港と平壌特別行政区を除く、北朝鮮全域を日本が統治することになった。残りの英露の2カ国とはそれぞれ協定を結んだ。平壌港を統治するイギリスには、物資の供給を継続的に行い、ロシアは北朝鮮国境付近のロシア領土の共同開発事業と北朝鮮北部の資源開発を共同で行うのを条件に、ロシア統治領も日本が預かる事になった。これも中国東北部の日本への移管をロシアが提案し、日中間契約の立会人となった経緯がある。ロシアは将来的に国境を日本と接する事を願い、中国との隣接地が無くなるように差配したのである。

韓国は従来通り、38度線以南の地だけとなった。ただ、経済的な低迷が続き、中国が経済支援に乗り出す事になった。当時はアメリカに韓国経済を支援するだけの力が無かった。とは言え、在韓米軍の維持には拘り、中国と3カ国で協議を重ねて、アジアに於ける軍事拠点としての韓国を残し、経済支援を中国が担うことになった。
しかし、中国企業による吸収や合併だけが進んだ他は、経済の回復は実現していない。中国自体に余裕が無くなったのと、米国とベネズエラ間の問題が解消された事で、韓国の周辺の環境が大きく変わってきた。日本政府は韓国との関係改善の糸口として、今回の北朝鮮の鉱物資源を用いようと画策していた。「隣国として普通に接する事が出来る関係」を今回の目標に定めた。

阪本は韓国政府との交渉役として柳井太朗を指名した。ビルマとタイでの経験が活かせるだろうとの読みがあった。事の重要性を認識した太朗は、ボストンで療養中の歩にネット会談中に中指を立てた。「てめえ、覚えてろよ!」と。

中国は侵食した韓国経済を手放して、国内事業に特化したい。韓国はアメリカと日本の支援を仰いで、疲弊した経済を回復する糸口を見出したかった。旧北朝鮮の経済が順調に成長を続けており、韓国はGDPでも抜かれている
筈だった。平壌がフリーゾーンで、各国の統治代表者の滞在先となっており、イギリス統治領もあるので、北朝鮮がGDPの算出対象とならない「地域」なので、推測値で見るしかない。しかし、客観的に見て北朝鮮経済に抜かれているのは間違いなかった。アメリカが日本に救済されているように、あわよくば韓国も助けて貰おうと、韓国の一部の政治家達は考えていた。

ーーーー

週末、高速鉄道で大統領が戻ってきた。カラカス駅まで大統領専用車で迎えに行った自衛官は、歩行がゆっくりとしたものだが、外観上は以前と変わらないと見て取った。
樹里とサーシャもモリを支えようともせずに車に乗り込む。しかし、これも周囲の目を警戒した動きだった。杖を付いた方が完全ではない足の為には好ましいのだが、人々の印象の悪化を懸念していた。公共の場では杖を使わないようにする。

週末なので車は私邸へと戻る。そこで皆がモリを出迎えるのだが、この時モリは登山用のストックを使った。動き始めて、まだ3日。部位に負担をかけるのは好ましくないと判断していた。

家族としてはストックを使うにしても、自力で歩めるようになっただけでも儲けものと見ていた。全く動かなかったのだから。温泉が良かったのか、それとも若い女性が交代で付き添ったのが良かったのか、回復に至った理由はよく分からない。ただ、神経と筋肉と骨が、ようやくリンクされるようになったのは間違いない。無意識に立ち上がり、歩ける。この当然のことが無性に嬉しかった。

・・とにかく良かった・・主治医でもある幸乃はほっとしながら、モリの両足の太さをメジャーで図る。「先生、何かなさってました?・・」
細かったはずの右足が太腿の太いところで1.2cm、ふくらはぎが0.7cmしか変わらない・・。

「それは、左足も細くなったからですよ。右がいきなり太くなった訳ではありません」

「そうですか・・」 いや、そんなに変わった様には見えない。何かおかしいぞと、幸乃は思った。

ーーー

家の廊下や階段の往復にも飽きたので、家を出て畑に向かって歩いてゆく。家のドアが開いた時から、AIロボの監視が始まったのが分かる。蛍とあゆみがモリの後ろからついて来る。自衛隊のカラカス基地では畑の周りを歩行している様をAIロボットの目線で見ながら、周囲の状況を警戒していた。モリが失踪騒ぎを起こした際は、警備レベルを最大の5に上げたが、今は3に落としている。ふらついて転倒して病院搬送も可能性としてはあり得ると見ていた。

「イーグルワン、家を出て歩行中。スワン1とピジョン1、イーグルワンのカバー対応中。畑の方向に向かっている。畑からサンドバギーを離れるように移動させて」

「了解しました。AIロボも視界に入らぬよう、移動させます」

この自衛隊カラカス駐屯地の通話内容は、バレンシアの駐屯地にも自動で繋がる。カラカス基地のバックアップ先となる「イーグルワンが杖なしで歩いている」と通信班が、司令に報告を送った。

トマトときゅうりの黄色い花が咲いている。来月から収穫が出来るだろう。
今やこの畑もAIロボットに管理を依頼している。トマト、ナス、きゅうりの脇芽もきれいに取ってあったし、熱帯という土地柄、エンドレスで収穫が可能なので、挿し木をして新しい株も作っている。
種を蒔いて、苗も作っている。お陰でナスもカボチャも常時食べれる。3週間不在にしていてもロボット達がしっかり育ててくれていた。ただ感謝しかない。

ミツバチよりも小さな蜂が花から花へ飛び回っている。ベネズエラ内の農薬使用量は極めて少ないので昆虫が多い。お陰で害虫も多いのだが、害虫を捕食する蜂や蟻の生育を最近は始めており、農業技能者の入植地で放って様子を見ている。それから、酢の醸造も始めている。霧吹き状に散布して農薬として利用する。その蜂の羽音よりも大きな音が耳に入ったので、空を見た。驚いた。ドローンが侵入している。ステルス機能付きか・・

「2人共、小屋まで走るんだ。急げ!」 遮蔽物が無いので近いのは作業小屋だ。武装している可能性を考慮する。観察対象なのか、攻撃対象なのか分からないが、対象は間違いなく自分にある。

「お父さんは、走れるの?」

「こっちの心配はいいから、とっとと行け!」
2人が走っていくが、ドローンは上空に留まったままだ。ドローンの対象はやはりモリだ。兵器らしいものは見当たらないが・・

3人に集中していた自衛官達は、3人の慌てっぷりから上空のドローンの存在に気が付いた。AIロボがドローンを捕捉して、その映像でドローンの解析が並行して行われている。
自衛隊の監視システム網に引っかからず、侵入に成功したドローン。まずはモリの安全を確保してから、このドローンを捕獲する必要がある。危険な兆候が確認されたら、即座に撃墜だ。
予想していなかった展開でも、マニュアル通りに事は進んでいく。カラカス基地から3機のグライダー型迎撃ドローンが急発進する。2分もせずに私邸の上空に到達する。その間にサンドバギーを2機モリの隣に急行させ、各家屋と、蛍とあゆみが逃げ込んだ小屋へAIロボとサンドバギーを配置させる。

未確認のドローンがゆっくり近寄って来るのが分かると、先制攻撃でサンドバギーが発砲した。命中。ガシュッとプラスチックが破壊された音がして墜落した。あっという間だった。モリがサンドバギーを撫でる。初めて攻撃したのを見たが、弾は複数連射で恐らく全弾命中だ。
AIロボが高台で操作していた人物を発見し、サンドバギーを2台で追い掛ける。もう逃げられないだろう。
各家屋は既に自動ロックされていて、外には出られない。子供達がサッシ越しにこっちを見ているので笑顔で手を振る。しかし、心の中は荒んでいる。自衛隊の監視システムが破られたのがショックだった。レーダーにも引っかからなかったのだろうか。何れにせよ、それなりの組織と言えるだろう。今日が初めてではないかもしれない・・

上空に3機のドローンがやってきた。これで当面は安心だ・・後は自衛隊に処理を任せよう。撃墜したドローンに触れる訳にはいかない。

警備車両が到着すると、4名の自衛官が走ってゆく。1名が小屋に逃げ込んだ2人を確保に向かう。隊長らしき人物が駆け寄ってくる。女性だった。
「失礼します。小屋にいらっしゃるのは奥様とお嬢様で宜しいでしょうか?」

「ご苦労様です。そうです・・あの・・自衛隊のレーダーには何の反応も無かったのですか?」

「はい。解析班がドローンが飛んでいた時間帯のデータ解析をしています」

「そうですか・・」・・相手と状況次第だが、大統領府で暫く生活しないといけないかもしれない・・

「大統領、母屋にお戻り願います。暫く私共で検証します。追って部隊が参ります。皆さんは、暫く家の中でお過ごし頂きます」

「分かりました・・」モリが家へ戻るとサンドバギーが付いてくる。かわいいもんだなと初めて思った。

家の手前でロックが解除された音がする。家の中に入ると、鮎が玄関までやってくる。「爆発音がしたわよ・・」

「ええ、正体不明のドローンが不法侵入してきました。それをサンドバギーが撃墜したんです・・」

「そう・・監視システムが破られたって事?」

「残念ながら。ものすごくショックです・・」 居間に入ってゆっくりと座った。

・・さて、どこの国だろう・・

(つづく)

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