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【小説】夏の挑戦⑥


前回





そして、私たちは道の途中で、まるで当然の待ち合わせのように出くわしたのだ。港に着くまでもなかった。私が彼を探していて、そして彼もまた導かれるようにして、私たちは引きつけあったようだった。”あいつ”は今の時点ではもう航海を諦めたようであった。何かを聞くまでもなく、”あいつ”はすでに気力をすり減らしていたのだ。


目があった時、図書館であった時の”あいつ”の生き生きとした面影は少し消えていたのだが、完全に燃え尽きたわけではなかった。私は安堵した。彼がもう完全にやる気を失っていたものだと思っていたので、そうでなかったことに一安心ではあった。けれど彼の目の色は、ほんの少しの挫折と、どこか拗ねたような、臆病さを秘めこんだ、初めて見るものだった。


「地図は・・・」



気になって私が尋ねた。”あいつ”は何も言わずに、臆病な色の目をこちらに合わせたまま、右手を差し出した。そこにはビリビリに破けられた、茶色く煤けた紙切れの集まりがぐしゃぐしゃになって手の中に無理矢理に収められていたのだ。


「どうしたんだよ、やっぱり中学のやつらか」
「やっぱりって、お前会ったのか。なにもされなかったか」
「うん、なんかもう相手にもされないって感じだったから」
「そりゃ運がいいな。こっちはこれさ」


彼はようやく笑みをこぼした。けれど自嘲的で、溌剌さはなかった。ふと彼の手から、ぐしゃぐしゃの地図の一部が風に煽られてこぼれ落ちた。私は慌ててその地図の欠片を掴んで、気力を取り戻そうとしない彼の左手に握り込ませた。


「大事にしないと」
「別にいいよ、行き先はもう決まっているんだから」


そんないじけたような”あいつ”を見るのが、当時の私は嫌だった。


「もう地図を見なくたって、最初から目的地は決まっているんだから、構わないさ」
「これ自体が宝物みたいなものだろ。なんだよ、そんなにすねなくったっていいじゃないか」


私は勢い余って”あいつ”からその地図の欠片たちを取り上げた。今の状態の”あいつ”に地図を預けておくと、無気力のままどこかで捨ててくるのではと危うかったのだ。彼は無抵抗だった。最早どうでもいいと言った態度だった。


「でも、旅はどうするのさ。さすがにやめはしないよね」
「ああ、でも今日はやめておく。気が乗らないし、明日の早朝に出ようかと思う。多分その時間なら親にもばれないだろうし。今日はもう帰って、明日に備えることにするさ」


それを聞いて私は安心した。そして今回の一連の流れ、電車で”あいつ”を見つけてから出くわすまでの一連の流れが、皮肉にも私自身が”あいつ”の旅路を真剣に考えていることを気づかせてくれたのだった。全く、自分ごとでもない他人の出来事に、馬鹿みたいに心躍らせている自分が、愚かである。愚かだと認めながら、けれど決して不快ではない。むしろ心にどこか情熱が灯ったようで、面白かったのだった。


私たちはそれぞれの帰路に着くことにした。私はしっかりと”あいつ”を見送ることを約束して、待ち合わせの場所もしっかりと教えてもらい、私たちは別れたのだ。祖母の家に着いた頃には、もうすでに夕闇がすぐそこまで顔を覗かせていたのだった。


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