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#2-1 STPにサヨナラを_後編(UX戦略の教科書)

前回の記事では、伝統的な事業戦略の検討枠組みである「STP」が時代遅れになっている理由・背景を説明した。そのうえで、多くのビジネスパーソンがSTPの思想にサヨナラすることができず、今も暗黙の前提に置いてしまっていることがUX戦略の策定〜実行を阻害していると主張した。

では、我々は事業戦略の検討枠組みをどのようにアップデートすればよいのだろうか。本記事では、デジタル社会の到来にあわせて、STPをどのようにアップデートするべきかを明らかにすることを目指す。

セグメンテーション ~ ターゲティングのアップデート

まずはSTPのうちの「S」と「T」。すなわちセグメンテーション(市場の細分化)とターゲティング(ターゲット顧客の決定・探求)のプロセスを、どのように更新するべきかを考えたい。

前回の記事で説明したように、伝統的な方法論では「機能(あるいはプロダクト・サービス)」×「人間の属性」の2つの変数で市場を細分化し、ターゲット顧客を選択する(絞り込む)アプローチを採用してきた。

例えば自動車メーカーであれば、自社のドメインを「移動支援の市場(あるいは自動車市場)」であると定めたうえで、その市場における人間を「価格重視 or スペック重視」や「走行性重視 or 居住性 / 世界観重視」といった属性軸を用いて細分化することで、ターゲット顧客を選択してきた。(図表-1)

(図表-1)伝統的なセグメンテーション&ターゲティングの検討枠組み

しかしこのようなアプローチを採用した瞬間に、企業は既存の事業ドメインの呪縛から逃れられなくなり、優れた事業戦略を策定〜実行できなくなる。これについては、前回の記事で詳しく説明したとおりだ。簡単に復習しておこう。「移動支援の市場」のように機能に基づいて自社のターゲットを規定してしまった時点で、その企業は移動支援サービスの枠内でしか進化できなくなり、その外部へと事業ドメインを広げていく発想を持てなくなってしまう。いつのまにか「我々は、どのような移動支援ツールを提供する存在に進化するべきか」を明らかにすることが戦略検討のゴールになってしまう。その結果、顧客の成功を行動フロー横断的に支援するモデル(=ライフスタイル提供型)に転換するような事業戦略を描くことができなくなってしまうのだ。

ではこれからの時代において、我々はどのような考え方に基づいて自社のターゲットを定めるべきだろうか。結論からいうと、ターゲットを「顧客の成功」×「行動フロー」の2変数で定める枠組みを採用するべき、というのがその答えとなる。ターゲットを「機能(あるいはプロダクト・サービス)」×「人間の属性」の2変数で定める枠組みから脱却して、「顧客の成功」×「行動フロー」で定める枠組みを新たに採用する、ということだ。

例えば自動車メーカーであれば、まず「自動車というプロダクトを通じて、顧客のどのような成功を支援したいのか」を定める。自動車は様々な用途・シーンで利用されているため、プロダクトを通じて顧客が目指す成功は様々なものが想定される。具体的には「家族や友人とのお出かけを楽しむ」「日々の生活に必要な物資を調達する」「走る喜びを味わって気分転換をする」「車を宿泊拠点として、様々な場所を旅する」などが挙げられる。こういった選択肢の中から、企業としてどの顧客の成功を支援したいのかを選択するのだ。(図表-2)

(図表-2)自動車を通じて支援できる「顧客の成功」のオプション

ここでの選択は、事業戦略を考える上で極めて重要な意思決定となる。なぜなら、ここで顧客のどのような成功を支援すると定めるかによって、企業の存在意義や提供価値、競争相手などが全て変わってしまうからだ。アフターデジタルの時代においては、同じ自動車メーカーであっても異なる顧客の成功を支援するならば、必ずしも強く競合するとは限らない。ただし、「家族や友人とのお出かけを楽しむ」という同じ成功を支援する企業同士(例えば自動車メーカーと鉄道会社)は強く競合することになる。どの顧客の成功を支援するかは、企業のビジョンや強み、過去の系譜などを踏まえて慎重に意思決定する必要がある。ここでは仮に「家族や友人とのお出かけを楽しむ」という顧客の成功を支援することを選択したとして話を進めよう。

企業として「どのような顧客の成功を支援するか」を定めたら、次は「その成功を顧客が実現するためには、どのような一連の行動フローを経る必要があるか」を定める。例えば「家族や友人とのお出かけを楽しむ」という成功を実現するためには、おでかけ計画の立案〜 予約・決済〜 目的地への移動〜 余暇活動の実践〜 思い出化といった一連の行動フローを経る必要がある。ここで定めた行動フローこそが、企業が支援対象とする(ターゲットとする)事業ドメインとなるのだ。

このようにして、自社のターゲットを「顧客の成功」×「行動フロー」の2つの変数に基づいて定めるのが、新たなセグメンテーションとターゲティング概念となる。(図表-3)

(図表-3)新たなセグメンテーション&ターゲティングの検討枠組み

上記のような考え方に基づいてターゲットを定めることで、企業はこれまでの事業ドメインを拡張できるようになる。自動車メーカーであれば移動支援のドメインだけではなく、その前後の事業ドメインについても施策アイデアを検討する必要性を認識できる。例えば「お出かけ計画の立案を支援するデジタルサービス」を企画・開発することにより、一連の行動フローを支援する存在に転換することを模索できるようになる。そのような取り組みを重ねることで、道具の提供者からライフスタイルの提供者へと徐々に進化できるようになるのだ。

以上が、STPのうちの「S」と「T」に関するアップデートである。これまでのように、「機能(あるいはプロダクト・サービス)」×「人間の属性」の2変数でセグメンテーションやターゲティングを考えていては、優れた競争戦略を策定することはできない。デジタル社会の到来によってもたらされた外部環境の変化に、これまでの検討枠組みでは対応できなくなっているのだ。

ポジショニングのアップデート

では次に、STPのうちの「P」。すなわちポジショニング(自社の立ち位置、提供価値の決定)の検討プロセスを、どのように更新するべきかを考えたい。

前回の記事でも説明したとおり、これまでは「機能(あるいはプロダクト・サービス」×「人間の属性」の2つの変数によって絞り込んだターゲット顧客が求めているもの / 潜在ニーズを明らかにしたうえで、自社の強みを踏まえて提供価値を定めることを通じて、ポジショニングを明らかにしてきた。(図表-4)

(図表-4)伝統的なポジショニングの検討枠組み

しかし、この検討の前段にあるセグメンテーション(S)やターゲティング(T)の考え方が変わっているために、ポジショニング(P)もアップデートが必要になっている。では、ポジショニング概念はどのような更新をかけるべきだろうか。

結論から言うと「ターゲットとした行動フローに対して、どのような一連の体験を提供することで、どのような暮らしを提供するか」を定めることが、新たなポジショニング概念となる。これからの時代においては、どのようなプロダクト・サービスを提供するかではなく、一連の行動フローに対してどのような体験の連なり(=ライフスタイル)を提供するかを定めることを通じて、自社のポジショニングを捉える必要があるのだ。(図表-5)

(図表-5)新たなポジショニングの検討枠組み

以上が、STPの思想・枠組みを現代的にアップデートするための考え方である。このように捉えると、UX戦略の枠組みに転換する必然性を理解できるのではないだろうか。

現時点では、STPの思想・枠組みを多くの人が信じており、それがUX戦略を策定~実行するうえでの大きな足かせとなっている。こういった状況を打破するためには、STPがいかに時代遅れになっており、どのような考え方に基づいてアップデートするべきかを順を追って理解していく必要がある。そうすればSTPにきちんとサヨナラできて、UX戦略を適切な視点から立案・策定したり、評価・レビューできるようになり、皆が同じ方向を向けるようになるのではないだろうか。本記事が、その一助になれば幸いである。

まとめと次回予告

本記事では、事業戦略を策定するための枠組みであるSTPを、デジタル社会の到来にあわせてどのようにアップデートするべきかを明らかにした。

しかし、STP以外にもデジタル社会の到来によって時代遅れになっているにも関わらず、現時点で正しいと一般的に信じられているがために、UX戦略の策定~実行に悪影響を与えているナレッジ・方法論は存在する。

次節では、マーケティング戦略を策定するための枠組みである「ファネル」を取り上げる。デジタル社会の到来によってファネルの枠組みが時代遅れになっていることや、現時点で多くの人がファネルの思想・枠組みを暗黙の前提にしていることがUX戦略の策定〜実行に悪影響を与えるメカニズムを提示する。そして今回と同様に、ファネル型マーケティングの枠組みをどのようにアップデートするべきかを明らかにすることを目指す。

隔週くらいの頻度で火曜日に投稿する予定である。更新情報はTwitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。

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