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リクルートを退職してカスタマーインサイトの会社を創った理由

リクルートの皆さま、元リクルートの皆さま、14年間お世話になりました。

2006年「日本を解き放て」という採用メッセージに惹き寄せられて、200人の仲間と共にリクルートに入社してから14年。一昨日、最終出社日を迎えました。入社時に「10年は勤めよう」と決めていたのですが、4年ほど留年しつつも、自己採点ではなんとか「卒業」させてもらえたんじゃないかなと思っていますが、リクルートの皆さま、いかがでしょうか?

そして時は2020!これからも全力疾走できる仕事ってなんだろう?と考え、ポール・グレアムの「他の人にとっては仕事のようで、あなたにとってはそうと思えないこと仕事にするといいよ」という言葉に背中を押されて、「カスタマーインサイト」の会社を創ることにしました。

株式会社Lupe(ルーペ:独語)という名前の通り、デプスインタビューなど定性調査を行い、一人ひとりのカスタマーのインサイトを見つけて、プロダクトに反映していく。という一連のプロセスを、オンライン・フルリモートで行うサービスをやっていきます。

このエントリーは、もちろん「Lupeのことを知って欲しい」という気持ちで書いているのですが 笑、それ以上に「リクルートって、実はカスタマーインサイトをめちゃめちゃやってきた会社なんだよ」ということを、退職にあたってお伝えしたいなと思って書いています。少し古い事例が多い点はご容赦下さい。

「筋の良い企画を考えれば、サービスはヒットする」という勘違いをしていた...。

僕が学生だった2005年頃は、モバイルインターネット(といってもガラケー)の全盛期で、新しいサービスが次々と生まれた時代でした。僕も学生なりにヒットを狙おう!と思い「大学生をターゲットにしたガラケー特化のSNS」とか「就活生のためのBlog ポータル」とか、それっぽい企画を練っては、開発ができる友達を誘ってサービスを作っていました。ところが、どれも上手くいきません...。数ヶ月かけて開発してもらったサービスは、大して広まっていくことはなく、申し訳ない...。と思いながらも「次こそ、もっと時代の潮流を捉えたサービスを考えよう」と、筋の良い企画を練ることばかり考えていました。

その頃、テレビではリクルートが創った2つのサービスのCMがめちゃめちゃ流れていました。ひとつは「ホットペッパー」の有名なケチャップのCM、もうひとつは「R25」(というフリーマガジン)のCMでした。当時の僕には、それが「時代の潮流を捉えた良い企画」には全く思ませんでした。フリーペーパーを数十万部も刷って、街中にラックを置いて、駅前で大勢のスタッフが手配りをする姿を見て「このインターネットの時代に、うまくいかないだろう…」と、浅はかに考えていました。

ところが、その予想を裏切って、ホットペッパーやR25は、大ヒット。あっという間に、街中でたくさんの人々が手にするメディアに成長していきました。その驚くべき状況を見て「この、リクルートの謎の実現力は、一体なんなんだろう!」という興味を抱き、リクルートに入社することを決めました。

それから14年、僕なりに少しは身に付けることができた「リクルートの謎の実現力」について、書きたいと思います。

リクルートに伝承されてきた「カスタマーインサイト」の術

ありがたいことに、僕が最初に配属されたのは、R25のモバイル版を作っている部署で、僕の最初のマネージャーは、R25創刊編集長の藤井大輔さんでした。そのおかげで、僕は1年目から「リクルートの実現力」の一端を、間近で教わることになります。
(きっと、当時の人事採用マネージャーの曽和さんによるマッチングです。ありがとうございました。)

藤井さんの著書「R25」のつくり方に、こんなエピソードが紹介されています。

僕は、彼らの本当の姿を見極めるために、 ちょっとイジワルなグループインタビューを開きました。インターネットでの定量調査で「新聞を読んでいない」と答えた人だけに、何度か集まってもらったのです。
そして、軽い感じでこう質問をしてみたのです。
「皆さんは社会人ですから、やっぱり新聞は読まれますよね。どの新聞を読んでいるんですか?」
すると、驚くべきことが起こったのでした。全員が「日経新聞です」と答えたのです。
ああ、 この人たちは「読んでいない」のに「読んでいる」と答えてしまった、 と僕は思いました。でも、その善し悪しに僕はこだわるつもりはありませんでした。 むしろ、 どうして ウソを言ってしまったのか。その理由こそ知りたいと思ったのです。 (中略)

後で考察して腹に落ちたことですが、新聞を読み、自分の仕事に生かしているという雰囲気を醸し出すことも、同様にステイタスでした。だから、みんな背伸びをしようとしていたのです。(中略)

実は彼らも新聞は読みたいと思っているのです。新聞くらい読んでいるとまわりには思われたいし、実際に読まないといけないと思っている。上司にも読め、読めと言われている。なので、頑張ってみるのだけど、ちょっと、というか、かなり難しいし、どこから読んでいいのかわからない。そもそも新聞って、こういうことは知っている、という前提のハードルが高くて、しかも使われている言葉や向かっている相手が、自分たちより年上になっている気がする。自分たち向けじゃないから、なんだかしっくり来ない。読んでみたいんだけど、やっぱり読む気がしない….。(中略)

新聞を読まないと言われているM1層でしたが、 読まない、ではなく、読めない、だったのです。

このカスタマーインサイトこそが、R25誕生の原点でした。そして、当時のR25編集部は「インサイトの坩堝」のような環境でした。ターゲットカスタマーと同じ世代のスタッフが多かったこともあり、あちこちで、M1層のインサイトから新しい企画が生み出されて行く日々でした、その中で僕は、何もできない新人でしたが…、リクルートに伝統芸能的に「伝承」されている「カスタマーインサイト」の術を、見て習うように仕事を覚えて行きました。

また、同じ頃、新規事業提案制度(New-RING)に、同期と一緒に応募したのですが、これまたありがたいことに、当時、ホットペッパーの事業責任者であり執行役員だった瀬口さんに企画を拾って頂いて、最終審査までの3ヶ月間、完全ハンズオンで、ホットペッパー流のカスタマーインサイトの術を叩き込まれることになります。

プロジェクトの初日、瀬口さんから言われたことは、次の3つでした
① プロダクトは作るな「体験」を作れ
② とにかくカスタマーに会って話を聞いて来い
③ 聞くべきは「困っていること」じゃない「もっとやりたいこと」だ

そして、2冊の本を渡されました。

2020年の私たちには、デザイン思考が何か? ユーザー体験がなぜ大切か?ある程度の共通概念がありますが、2006年当時の僕たちには、全く不思議としか言いようのない感覚でした。

3ヶ月しかない活動期間のうち、ほとんどの時間をカスタマーと話し、インサイトを持ち寄ることに費やしました。プロダクトが形にならないことに焦る僕たちに、マネージャーの五十嵐さんが「今は、我慢する時期」と諭してくれたのを覚えています。

ようやくプロダクトのデモを作り始めたのは、残り1ヶ月を切った頃だったと思います。最後の数週間は、いかに、リアルなカスタマー像をプレゼンテーションするか?ということに費やして、迎えたリクルートの経営戦略会議で、私たちの提案は準グランプリを頂くことになりました。

今、特許庁が旗を振って「デザイン経営」の啓蒙を進めていますが、14年前のホットペッパーでは、既にそれが行われていました。
なぜクーポンマガジンか? なぜ街頭配布か?そうした施策は、実は解像度高いカスタマーインサイトから生み出されていて、事業判断の基準には常に「カスタマー体験」が置かれていました。

この2つの経験を通じて、少しずつ見えてきたことは、

良いサービスを作るためには、新しいテクノロジーや勝ち筋の前に、「カスタマーインサイト」に辿り着くことが不可欠だということでした。

なお、2010年頃にかけて、リクルートのほとんどの基幹プロダクトがネットに移管していきました。その中で、データ解析基盤やABテスト基盤が整備されていき、個々の担当者がそれらを扱いやすい環境が整っていき、この時代は、僕も含めて「データドリブンな施策」に夢中になって「傾倒」していきました。その進化が著しかった分、「カスタマーインサイト」のアプローチは、やや目立たなくなった時代だったようにも思います。もちろん、それらは相反するものではなく両輪の関係性なので、どちらも進化していくべきですが、カスタマーインサイトの技術は「伝承」で受け継がれてきたので、それが途絶えてしまわないか?という懸念を、そろそろ中堅の立場になっていた僕は、自責の念で懸念していた時期でもありました。

スタディサプリ進路で始めた「カスタマーフライデー」

2013年から退職までの7年間は、スタディサプリ進路(かつてはリクナビ進学)のプロダクトを作ってきました。僕自身は、それまでも比較的若いM1・F1層向けのサービスを創ってきたのですが、今度のカスタマーはZ世代の高校生たちです。

こうなるともう、カスタマーのことは全く未知なので、とにかく会って話を聞くことをしなければ、仕事は成り立ちませんでした。そんな「必要性」から、久しぶりにカスタマーインタビューを始めたところ、これまでとは少し違う現象がチームに起きました。

当時リクルートでは、デザイナー(とエンジニア)の内製化に取り組んでいたのですが、高校生のインタビューを始めた時に、そのデザイナーたちが「これを待っていた!」と言わんばかりに参加してくれるようになったのです。お隣の部署になったQuipperのデザイナーが見学にきてくれたこともありました。

その様子を見て、僕は、もしかすると、世の中全体が、再びカスタマーインサイトを必要とする時代に入りつつあるのかもしれない。と感じました。そしてスタートしたのが「カスタマーフライデー」という企画でした。毎週金曜日の夕方にオフィスで高校生と1.5時間のデプスインタビューを行うのですが、モニタールームには、事業部の様々な人が集まってきてくれました。エンジニア、マーケ、コンテンツ、営業、時にはボードメンバーも参加してくれましたが、これを「最も欲している人」は、明らかにデザイナーたちでした。(ちなみに、そのカスタマーフライデーに毎週皆勤賞で参加してくれたデザイナーの奥山が、Lupeの共同創業者です)

2010年代のスマホシフトと共に、カスタマーとサービスの接点は大きく進化し、ユーザー体験のポジティブな再構成が始まりました。
また、それがオフラインを含めた生活全般に及び、リクルートでも、スタディサプリやAirレジなど、情報によるマッチングに限らない、立体的・継続的な体験を提供するサービスが増えていきました。その中で、ユーザー体験の再構築を担っていたデザイナーたちにとっては、カスタマーとストーリーの理解、あるいは課題発見のためのインサイト、仮説検証のためのプロトタイピングやユーザーテストが必要で、そのために定期的なカスタマーとの直接接点は不可欠なものになっていたのです。

といったことは、僕が記すまでもなく、昨今のデザイン思考、UXデザイン関連の書籍に盛んに書かれていることですが、それらに触れる度に、僕は、リクルートで「体感的に」伝承されてきたカスタマーインサイトの術が、部分的に「エンジニアリング」されている、そんなふうに感じていました。それはさながら、アナログとデジタルの特性のように、カルチャーやマインドといった体感的な要素と、メソッドやテクニックといったエンジニアリング要素が、整理されつつも、それぞれ分離して行くような感覚も覚えたりしていました。

この伝統と革新を、上手に融合させながら、この時代にあったカスタマーインサイトの型を創りたい。その気持ちが、僕の中で、次第に強くなっていきました。

カスタマーインサイトの会社を創ろうと思った理由

スタディサプリ進路に携わってから、100人を超えるZ世代の高校生とのデプスインタビューを重ねて、僕自身の「インサイトの引き出し」はいっぱいになりました。

そのインサイトを反映したスタディサプリ進路のプロダクトは、カスタマーである高校生の心を次第に動かし、同時に全国の営業とクライアントの想いを一つにしていきました。こうして、カスタマーインサイトの術を通じた「リクルートの実現力」を、僕自身もそれなりに再現できるようになっていきました。

そして、その頃から僕は「どうすればこのインサイトを組織に共有浸透ができるだろうか?」ということを考えるようになりました。

というのも、事業部のキックオフなどで、カスタマーの声を紹介した時には、みんな「本当によかった!あの高校生のために情報を届けたいと思った!」という言葉をくれるのですが、インタビューのお知らせを送っても、なかなか見にきてくれません。

その様子を見ながら、徐々に感じるようになったことは、こういうことです。

デプスインタビューは、みんなにとって有意義なのだけど、
・行くのも、見るのも、読むのも大変で、取り扱いコストがとても高い
・直後のラップアップでは、熱量や「憑依する感覚」を参加者間で共有できるけど、それを記録/再生することは難しい
・そもそも、主催者の準備や片付けが大変過ぎて、非参加者に「共有」するところまで手が回らない

だから、みんな「とても大切なこと」とは思っているけど、他に優先すべきことにかなわない。その結果、決まったメンバーだけがやっていて、その人たちの間では、インサイトが共有されているけど、外から見るとアウトプットがよく見えない…。わかりやすい説明もしてもらえない…。
そして、悪い状況になると「インタビューって何のためにやってるの?」という言葉が聞こえるようになってくる…。(ショック…)

もし、デプスインタビューを、もっと取り扱いやすいものにして、みんなが短い時間で、少しの興味で、忙しい時でも、インサイトを共有することができたなら。
デザイナーや、エンジニア、プロダクトマネージャーだけじゃなく、マーケターや営業、そしてボードメンバーまで、カスタマーの理解が浸透できたなら。

プロダクトはカスタマーオリエンテッドに姿を変え、チームはカスタマーを中心とした求心力でひとつになり、事業はもっと新しい価値を提供できるようになるんじゃないか?2010年代にデータ解析のツールが組織に浸透することで、データオリエンテッドな施策が増えていったように、2020年代にカスタマーインサイトのツールが組織に浸透することで、カスタマーオリエンテッドなプロジェクトを、もっともっと増やせるんじゃないか?

そんなことを実現したくて、Lupeという会社を創りました。

Lupeでは、カスタマーインサイトに必要なプロセスを、全てオンラインで、完全リモートで実施しています。オンラインで行う利は、場所、時間を問わないという効率性はもちろんですが、より重要なことは、事業の誰もがいつでも、取り扱いやすい形で、カスタマーのリアルなインサイトに触れることができる点だと考えています。

組織が大きくなって、ファウンダーの皆さんが当時見つけたカスタマーインサイトは、新しいメンバーの皆さんに、どのように引き継がれていますか?
カスタマーが拡大して行く中で、セグメントが発生し、それぞれのカスタマージャーニーが分化して行く。それを、プロダクトを形作る皆さんは、どのようにキャッチアップされていますか?

製品やサービスは、本来「使う人の気持ちに応えたい」という、創る人々の想いが具現化したものであるはずです。
ところが、使う人の声に直接触れることは大変で、気持ちを読み解くには技術が必要で、それを続けていくことは困難な仕事です。
そして、携わる人が増え、変わっていく中で、その想いを繋ぐことができなければ、「使う人の気持ち」と「創る人々の想い」は徐々に劣化してしまいます。

私たちは、使う人の声こそが、役割を超えて組織の想いを一つにし、チームの一体感、携わる人たちのやりがい、そして生み出す価値をより大きくできると信じ、世界のモノづくり・コトづくりをもっとワクワクさせる存在を目指します。

「使う人の気持ちを、創る人々の想いに」

まだまだ、漕ぎ出したばかりの会社ですが、お力になれることがございましたら、お気軽にご相談頂けますと幸いです。応援のほど何卒よろしくお願い致します。

株式会社Lupe
代表取締役 竹田宗平


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