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ただ、一緒に生きている(坂本美雨) 読書感想文

ただ、一緒に生きている(著:坂本美雨、光文社、2022)

ミュージシャンの坂本美雨さんによる娘さんについての子育てエッセイである。

美雨さんの娘さんは、

歌やギャグの「間」がじょうずで、言葉が巧みで、よく人の気持ちに気がつき、ハスキーボイスで、手先がとても器用で、片付けの才能が皆無で(母親譲り)、超絶ツンデレで、言い方や態度は乱暴だが、心根は優しい。あと、ラーメンとギョーザが好き。

p.113

そんな娘さんのことを美雨さんは、

私は彼女のことが人として大好きになった。そしてどんな人なのか、もっともっと知っていきたい。

p.113

と語る。

それにしても子どもはすごい。

例えば、偏見も疑いもなくオープンハートでどんな人も笑顔にしてしまう。
例えば、言葉を知る時の根源的なうれしさを、大人が言語を会得するのとは違う興味そのもので知るうれしさをわからせてくれる。
例えば、「2人の間に起きたこと」、それがたとえ思いがけないことでも重要な出来事として、時系列関係なく自由自在に引き出しよみがえらせてくれる。
例えば、「なんのために生まれてきたの?」と聞いてみると間髪入れず「あそぶためにきまってるでしょ!!」と答える。
例えば、障がいがある人と知り合ったらどうする?と聞くと、なにかをしてあげる、ではなくて「友だちになるよ。いっしょになにかする」と答える。

izumiさんについての日記も印象的だった。izumiさんは美雨さんの同志のような存在だったが美雨さんの娘さんが生まれる頃ガンを患ってしまう。しかし娘さんが生まれて、
「生きるチカラ、ありがとね。おばちゃんも今月から0歳だ。いっしょに生きてく」
と書いてくれたというエピソードが心に残った。

理学博士(理論物理学)の佐治晴夫さんとの対談で、佐治さんからの言葉も忘れられない。

カナダのある民族の村に行った時、先住民の祈祷きとう師が「子どもというものは一時預かりの存在であり、親が子どもを独占してはいけない。母親の役割は、世の中はこんなに温かいんだよと教えること。父親の役割は、世の中はこんなに広いんだよと見せること」と話していて、ほんとにすばらしい視点だなぁと思いました。子どもは私有物ではないということを、全世界の人たちにもわかってほしいとも言っていて、本当にその通りだなと。

p.163-164

この本は「当たり前」のことがいかに尊いものかを気づかせてくれる。

子どもが生まれて初めて知った。なによりも傷つくことは、彼女が彼女自身を嫌いだと思うことだ。私が私を嫌っていたように、娘が娘を嫌ったら……と想像するだけで、胸がはちきれそうだ。だから、これからどんな容姿になっていったとしても(もちろん健康を維持してほしいというのが一番の願いだけれど)、彼女が自分自身を好きでいてくれたなら、なんでもいい。もしあなたが自分のことを嫌いだったら、あなたのことを愛している私が傷つくのだ。私が愛しているあなたの身体を、自分でも愛してほしい。

p.188

そうか……そうなのか。子どもが自分のことを嫌うと親も傷つくということは当たり前に気づけるようでなかなか気づきにくい。


美雨さんのお母様は音楽家の矢野顕子さんだ。美雨さんは4歳の頃、矢野さんのコンサートに行った。そこで「親は自分のものじゃない、ということ」を感じていたという。

今周りは全員、ステージにいるあの人のことが好きなのだ。もう何年も、たぶん自分が生きてきた以上の年月、ファンでいる人たちばかり。みな歓喜して名前を叫んだり涙したりしている。自分の親ではあるけれど、きっとこの人たちのほうがあの人を好きなのだ。ステージにいる親は、彼らを好きなこの人たちのものだ。そうはっきり感じていた。

p.217

そして娘さんが生まれ、同じくステージで歌う美雨さんは今こう思っている。

あの日に知ったのは、自分よりも親のことを好きな誰かがいる、そんな劣等感に似た気持ち。過去の恋愛においても、娘や猫に対しても、なにかと「好き」の強さを誇示したがりなのはそのせいなのかもしれない。だから自分の娘には、ぜったいにあの心情になってほしくないのだ。歌っている時も、彼女にとっては母親のままでいたい。

p.217

たぶんこれを書く際美雨さんはすごく勇気がいったのではと思った。ひょっとするとこの文章を読んで怒ったり美雨さんに幻滅するファンも出てくるかもしれない。でも美雨さんのすごいところはそういうリスクを承知の上でいちばん愛しているのは娘さんであると宣言したところだ。当たり前のことだが、当たり前にはなかなかできないかもしれない。




自分は子育てどころか結婚もしたことないし、お付き合いしたことも一回しか今のところない。
それでも感じたのは親が子を想う気持ちのあたたかさ、日々一日一日が学びであり気づきであり発見の連続であるということ。
その「当たり前」に深く気づかされた本であった。



余談:
あまり引用はしなかったが時々挟まれる教授こと坂本龍一さんと矢野顕子さんの幼い美雨さんとのエピソードもとても面白かった。


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