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怪異に遭遇した生の声―体験談の不気味な符合にあなたも震える!黒木あるじ新シリーズ『怪談怖気帳 屍人坂』著者コメント+収録話「こっち側」全文公開

「隠れてたんじゃない。身体が右半分しかなかったんです」
ひょろひょろとした白髪の老人が物陰から… 収録話「こっち側」より


あらすじ・内容

体験者の口から紡がれる生の怖い話
怪談が生まれる現場を目撃する!

「ご自身や家族の不思議な体験を聞かせてもらえませんか?」
黒木あるじは怪談語りの催事の場で客たちに訊いてみた。
すると、リアルに語られるのは底知れぬ不気味さを孕んだ怪異ばかり。
・幽霊の出没が噂される場所で出会ったのは…「みえてますよね」
・遊んでいた人形が歩きだし…「おまえのせいで」、夜遅くに車で帰る道、電話ボックスにいたモノが…「あしあと」
・冬の夜の道、近所に住む男性と出会い…「屍人坂」
・橋から川に人が飛び込んだ!通報が頻発するわけとは…「月命日」
――など、聞くも怖気、語るも怖気な75話。
怪談はこうやって生み出されていくのか!あなたも体験者となる!

著者コメント

 長かった災禍も、ようやく収束の気配を見せはじめたようです。
 日常が戻ってきたとあっては動きたくなるのが人の常。私が暮らす山形でも、一昨年の秋あたりから催事が次第に増えはじめ、私もここ二年ばかり図書館や公民館へ招かれては、怪談語りの機会をあまた頂戴してまいりました。
 さて──そのような講演の類というのは、得てして最後に質疑応答の時間が用意されているものです。けれども此方は単なるお化け屋、専門的なことを問われたとて答えられるはずもありません。どうすべきか悩んだすえ、私は「逆に訊けばいいのだ」と閃きました。
「ご自身や家族の不思議な体験を、ぜひこの場で披露してもらえませんか」
 毎回そのように問いかけたところ、ありがたくも各会場ともに二、三名、多いときは七、八名の方が手を挙げ、突然の指名に戸惑いつつも奇妙な話を披露してくれたのです。
 そんな数々の体験談を、私はノートへ書き留めていきました。辞書ばりの分厚さが気に入って買いもとめ、思いつきで【怖気帳】なる題字を表紙に記したノートです。
 この秋、ぶじに【怖気帳】最後の一頁が埋まりましたゆえ、「自分ばかりが愉しむのでは勿体ない。ここはひとつ逸話を選りすぐって紹介しよう」との思いから、二〇二一年から二〇二三年にわたる〈奇録〉を一冊にまとめてみた次第です。読者諸兄姉にも場の雰囲気を味わっていただきたく、本書は各話を口語で綴り、日時や場所などの情報も付記してみました。いずれも荒けずりで生々しく、どこか懐かしさを帯びた、けれども奇妙な話ばかりです。お読みいただくうち、あたかも対面で耳をそばだてているような錯覚に陥ってもらえたなら、まことに嬉しく存じます。

本書収録「前口上 聞くも怖気、語るも怖気」より抜粋

試し読み1話

こっち側

【日時と場所/二〇二二年四月九日・高畠町旧時沢小学校】
【話者/県内在住の三十代女性:高畠熱中小学校「高畠の怪談」参加者】
 
 新婚時代、夫とふたりで◆◆市のマンションに住んでいたんですね。九階からの眺めは最高だったんですけど──その部屋、やけに寒いんですよ。
 クーラーも点けてないのに、厚着しないと動けないくらい冷え冷えとしているんです。はじめは「高層階だから気温が低いのかな」と思っていたんですが、マンション暮らしの知人に告げたら「タワマンの最上階じゃないんだから」と笑われちゃって。
「ウチは十二階で屋外よりすこしだけ涼しいけど、さすがに寒く感じるほどじゃないよ。それってさ、ほかに原因があるんじゃない?」
 そう言われて「あっ」と気づきました。部屋が寒いの、夫が不在のときだけなんです。私がひとりで居るときにかぎって空気がゾクゾクッとするんですよ。
 なんでだろうと疑問には思いましたが、深く追求すると怖いでしょ。だからその後はなるべく考えないように努めながら生活していました。
 寒すぎる理由を知ったのは、それから半月後のことです。
 
 ある夏の日──買い物から帰ってきたら、いつも以上に部屋が寒くて。外はニュースになるほどの猛暑なのに、部屋のなかだけ鳥肌が立ちそうな気温なんです。
 しばらくは我慢して買ってきた食品を冷蔵庫へ入れていたんですが、そのうち温度差にやられてしまったのかだるくなっちゃって、ソファーに倒れこんでしまったんですね。
 あまりにも体調が辛すぎて、寝ることもできずにうなっていたんですけど。
 ふいに視界の端で、なにかが動いて。
 目を凝らすと、誰かがキッチンに立っているんです。
 ひょろひょろした白髪の老人が、物陰から身体を半分だけ覗かせているんです。
「あ、泥棒。警察に連絡」そう思って手探りでスマホを探すうちに──ハッとして。
 老人のいる場所、物陰なんてないんですよ。
 はい、隠れてたんじゃないんです。身体が右半分しかなかったんです。
 悲鳴をあげながらソファーの背をまたいで、こっちが陰に身を潜めました。
 
 それから、十五分くらい隠れていたのかな。おそるおそる頭を出して確認したときには、すでに〈半分老人〉の姿はなかったんです。
 念のため調べたものの、ほかの部屋も無人で。ドアも窓も施錠されていて。
 それって──そういうことでしょ。つまり、あの寒気も。
 もう怖くて怖くて堪らずに、おなじ市内に住む同級生へ電話したんです。
 その子、心配してすぐマンションへ駆けつけてくれたんですけど、私がしどろもどろで説明するなり「あ、理由が判ったかも」と窓の外へ視線を移して。
 そのままベランダに踏みこんだかと思うと、私に手招きするんですよ。なにがなんだか判らないままベランダまで行ったら、その子がマンションの下を無言で指して。
「あ」
 隣、お墓だったんです。古い墓地なんですよ。
 いつも遠くの景色ばかり見ていたので、真下なんか全然目に入ってなくて。
 呆然と階下を眺める私をちらっと見て、同級生は「そうか、◆◆市に引っ越してきたの、今年だもんね」と言いました。
「私はずっと住んでるから知ってんだけど、あそこの墓地、前はもっと広かったんだよ。たぶん、敷地の一部を潰してマンションを建てたんだと思う。だから、その人」
 掘りだされずに、半分だけこっち側に埋まってるんじゃないかな。
 
 翌年、退去の際に不動産屋さんへ訊ねたら──同級生が言ったとおりでした。
 マンション、もとはお墓の敷地だったらしいんです。
 私よりも、夫のほうが「そんな古い怪談のオチみたいなこと本当にあるんだね」って驚いていましたよ。それ以来、そういう話を馬鹿にできなくなっちゃいました。
 あ、ちなみにその後は引っ越すまで平和だったことも、念のために報告しておきます。
 同級生のご親族が口利きしてくれて、墓地を管理しているお寺さんで法要をおこなってもらったんですよ。それを境に、部屋は普通の気温になりました。
 いまでは夫と「夏が終わるまで法要を我慢すれば、冷房代がお得だったかもね」なんて笑い話にしています。笑い飛ばさないと、怖い思い出になってしまうので。

―了―

★著者紹介

黒木あるじ (くろき・あるじ)

『怪談実話 震』で単著デビュー。
「黒木魔奇録」「無惨百物語」各シリーズ、『山形怪談』『怪談実話傑作選 弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。
共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「奥羽怪談」「怪談百番」各シリーズ、『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。
小田イ輔や鷲羽大介など新たな書き手の発掘にも精力的。
他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『破壊屋 プロレス仕舞伝』など。

黒木あるじ作品 好評既刊

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