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論文紹介 19世紀の歴史は貿易のグローバル化に負の経済効果があったことを示している

国際経済学では、貿易が輸出国、輸入国の双方をより豊かにするはずだと説明しています。たとえ貿易で国際競争に敗れる業界があっても、その業界の資本はその国の衰退産業から成長産業へ移されることになるので、結果として両国の生産が増加すると考えられます。貿易を通じて経済のグローバル化を実現することは、冷戦以降のアメリカが採用した戦略の重要な目標ともされてきました。

しかし、近年の研究はこの理論の妥当性に疑問を投げかけるものが増えているようです。例えば、研究者のLuigi Pascaliは19世紀の後半に内燃機関で推進する船舶が普及したことで、貿易のグローバル化が一挙に加速したことを明らかにしていますが、それによって各国が豊かになっていたわけではなかったと分析しています。

Pascali, Luigi. 2017. "The Wind of Change: Maritime Technology, Trade, and Economic Development." American Economic Review, 107 (9): 2821-54. DOI: 10.1257/aer.20140832

19世紀の初頭にアメリカで実用的な蒸気船が開発されたことは、海上交通の様相を一変させる画期的な出来事でした。それまでの海上交通は帆船によって担われており、その航行は気象条件、特に風に依存していました。しかし、蒸気船が普及すると、風向きに左右されることなく、自在に針路を選択できるようになったので、海上輸送の効率は大幅に高まりました。

著者の分析によれば、1850年から1900年にかけて、船舶輸送の所要時間は平均で50%以上短縮され、海上交通の規模は3倍に増大しました。海上交通の技術革新は国際貿易に伴う輸送費を押し下げたので、グローバル化に大きく貢献したと考えられます。国際経済学の既存の理論によれば、この時代に各国の労働生産性は向上したはずです。少なくともそれが低下することは考えられません。しかし、実際には国際貿易が増加するほど、ほとんどの国で一人当たりの国内総生産が低下していること分析で示されています。

特に1850年の時点で一人当たりの国内総生産が世界全体で上位25%に入らず、政治制度の効率性が低い国々では貿易が経済に与えた負の影響は特に大きく現れていました。このことから、グローバル化は世界的な格差の拡大をもたらしたと考えられています。

著者は一人当たりの国内総生産が経済発展の適切な指標ではない可能性も考慮し、人口と都市化の比率も考慮に入れて分析を行っています。この場合でも貿易に負の影響があることが確認できました。分析結果は、その国の国内総生産に対する輸出の割合が1%増加するごとに、総人口が1%減少することを示しています。これはグローバル化が人口減少に及ぼす影響を考える上で注目すべき分析結果です。

19世紀のグローバル化の分析から得られた知見が、21世紀のグローバル化にそのまま当てはまると想定すべきではありませんが、著者はグローバル化が進展すると、そ国家間の不平等が拡大する可能性があることを指摘しています。つまり、国際貿易が増加するほど、相対的に貧しい大多数の国々では経済的に負の影響が生じ、経済発展が妨げられるかもしれません。

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