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【読書感想】黒澤いづみ『人間に向いてない』

2020/06/04 読了。

黒澤いづみ『人間に向いてない』

ある奇病が流行してしまった日本の話。その奇病は『異形性変異症候群』といい、若者の中でも引きこもりやニートと呼ばれる層が一夜にして人間の形とは全く別の醜悪な姿にしてしまう。異形になった人間は診断された時点で死亡と見なされ、保護者は死亡届を提出しなけれなならなかった。

主人公の美晴の息子・優一は、蟻と芋虫と百足を合わせたような異形になった。百足のような脚は、人間の指で先端には爪がある。美晴によく似た爪である。


■ここからは物語の核心に触れる■




567が誕生して間もないこの世界で、この小説を読むとリアル以上のリアルさがあった。異形性変異症も最初は、引きこもりの若者しかならない病気だと言われていたが、徐々にそうではないのではないかと気付く人が出てくる。治療法もない。社会的受け皿もない。「あの家から変異者が出た」と白い目で見られる。私が生きて生活している広い方の世界と、小説世界が平行していた。

美晴は、虫になった息子を捨てられない。夫はそれは人間ではないから早く見切りを付けろという。美晴は、変異者の子供を持つ親の会に参加していく。そこで、数人の変異者の保護者と関わりを持って行く。

このくだりは、既視感しかなかった。家族会の在り方や寄付金の難しさ。限定した悩みを持つ者の集まりって居心地はいいけど、悩みの本質はあんまり解決しない。なんなら、クソみたいな悩みが増えていく。

変異者とその母親を描いた小説なのに、自分と遠くない。これは私の、私たちの話だ。読み終わる頃には、本は付箋だらけになっていた。

美晴は、虫となった優一を連れ、家族会に出たり、友人の家に行ったり、実家に帰ったりする中で、どんどん考えが深まっていく。当事者になったからこそ出てくる言葉には説得力があった。 

「ひょっとすると、家族たちは理由がほしかったのではないか。手に余るほどの重荷を、合理的かつ、倫理的または社会に赦される形で投棄するだけの理由が。(中略)うんざりしていたのではないか。厭だ厭だと思っていたのではないか。できることなら、自分と無関係な存在にすることを願い、重荷を下ろして自由になりたいと思っていたのではないか。」 

親はいつまで子供の面倒をみなければならないのか。親の責任とはどこまでを指すのか。美晴を通した著者の訴えは痛いほど私を刺した。

まだ考えは纏まっていないけど、この小説を読めてよかったと思う。

なにより、終わり方に希望があった。涙涙の抱擁と思わせて、優一が美晴に殺意を露わにするところは個人的には最高で、ハッピーでもバッドでも大団円でもない、悩みも苦しみも続いていくラストが信頼が持てた。

もっと書きたいことがあるような気もするけど、もうないような気もする。

自分の心内をすっかり代弁してもらったような、そんな気持ちなのかもしれない。爽やか、です。





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