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初恋、失って、失わなくて。

こちらの企画に参加させていただきます。3月14日まで募集中だそうです。






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日和は、初恋と言うドラマを見ながら、自分の初恋にタイムトラベルする。一軒家の玄関先では少しでも暖かさを求めたデブ猫が日向で寛いでいる。

思い返せば、小学生の頃、なんであんな奴の事が好きだったのか分からない。

日和は虎太郎のことが六年間好きだった。

虎太郎は日和たちが熱狂していたアイドルとは真逆の容姿をしていた。

髪は丸刈りで、そのくせ少し髪が伸びてきたら必ず後頭部に寝癖をつけて登校してきた。

上靴も体操着も誰のよりも汚れていた。

虎太郎は親譲りの阪神ファンで、阪神が勝った時は上機嫌、負けたら不機嫌になった。

永遠のライバル巨人が勝っても負けても不機嫌になった。

虎太郎曰く、ライバルには強くいてもらわないと困る、強い相手を更に強靭な力でねじ伏せるからこそ楽しいんだそうだ。

だから虎太郎はだいたい不機嫌だった。

不機嫌な時の虎太郎は理不尽の化身。

男、女構わず当たり散らした。

お前が太っているから負けたんだと言って拳骨をくらわせる。

お前らがアイドルなんかを応援してるから負けたんだと言ってアイドルの写真に唾を吐きかける。

こんなんだからクラス中から嫌われても仕方がない。

なのに何故か虎太郎を熱狂的に支持する男どもが何人かいた。

馬鹿は一人だと檻にでも入れていればいいのだろうが、三人も四人も馬鹿が集まってしまうとどうしようもない。放し飼いにされた虎太郎一派は野良犬よりもタチの悪い存在だった。

こんな虎太郎のことを女子達は皆、嫌った。

しかし日和だけは違った。

日和自身、頭では最低な奴だってわかっているのに、日和の目はいつだって虎太郎に焦点を合わせてしまう。

虎太郎に話しかけられると、それが悪口であっても心が跳ねた。

この気持ちをなんと表現したらいいのかを、少女漫画が教えてくれた。どうやらこういうのを恋って言うらしい。

しかも初めての恋のことは初恋って言って、一生忘れられない特別なものなんだよ、とその少女漫画に出てくるお母さんは教えてくれた。

こんな最低な奴が私の初恋で、一生覚えておかないといけない対象だなんて、人生、早くもオワコンじゃないか、なんて思ったけれども、そんなので虎太郎への想いは消えなかった。

じゃあ虎太郎の何が好きだったかって、それはただ一つだった。

走る姿がカッコよかったのだ。

特別に速いってわけじゃない。

歓声を浴びるのはいつだって速くて人気者の聡くんだった。

それでも虎太郎の走る姿を見るたびに日和の恋心は燃やされた。

大地を踏みつけるようにして走るその力強さが日和の身体を震わせる。

日和は五年生の時に勇気を出して虎太郎にチョコレートを渡した。

虎太郎は何個もチョコを貰ったモテ男がする様な顔をしていた。

一度だってチョコレート、貰ったこと無いくせに。

通学路の名物柴犬が自前の毛皮だけでは耐えきれず厚手の服を羽織っている。息はすぐに白にされる。

チョコを渡した翌日以降、虎太郎は皆の前ではそれまでと変わらない様子だった。

けれど、日和と廊下ですれ違う時は、なんだか緊張した様な雰囲気を醸し出していた。

その様子を知っていたから日和の期待は膨らんだ。

もしかしたら虎太郎も私のことが好きなんじゃないかって。

そしてあっという間に3月14日、ホワイトデー。

季節外れの寒気に覆われ、濡れ雪が時々降った。

日和は浮き足だっていた。虎太郎からお返しを貰えるのはいつなのか、ばかり考えていた。

その、いつか、は授業の合間の休憩時間にも昼休みにも訪れず、あっという間に放課後になった。

ひとり、またひとりとクラスメイトが教室から去っていく。

日和は40分程粘ったけれど、虎太郎が来る気配はしなかった。

諦めかけて帰ろうと教室から廊下に出た時、虎太郎が走ってきた。

日和は満面の笑みを浮かべた。

ほら、やっぱり。

皆は虎太郎は最低だと言うけれど、こうやってお返しを渡しにきてくれる誠実な面を虎太郎は兼ね備えている。そのことを知っているのは私だけなのよ。

日和は優越感に浸った。

虎太郎は大声で叫ぶ。

「おい、待ってくれ」

「待ってくれ」

「椿」

虎太郎は日和の真横を通りすぎ、その奥にいた椿の前に立った。

「椿、お前が聡のことを好きなのを知ってる。俺のことを嫌いなのも知っている」

「チョコだって貰ってない、お返しできるものは何もない」

「それでもこれだけは伝えさせてくれ、俺は椿のこと入学式で初めて見た時から好きでした」

そう言った後、虎太郎は椿を強く抱きしめた。

そしてこう言った。

(キスしていい?)

口には出していないがそういう表情で椿ちゃんを見ていた。

椿ちゃんは当然拒絶すると思っていた。だって虎太郎が言うように椿が聡くんのことを好きだってのはクラスの皆知っていることだったから。

それなのに椿ちゃんは頭を縦に振った。

それで二人はキスした。

日和は、目の前の光景が信じられなかった。

身体が自分のじゃ無いみたいに言うことをきかない。

それからの事は殆ど覚えてない。

帰宅してしばらくしても、なんの音も味もしなかった。

ママに、あんた話聞いてんの?と怒られた気がする。

ママのハンバーグは今日も美味しかった気がする。

けど覚えてない。

一刻も早くひとりになりたかった。

なりたかったのに、こんな日に限ってパパが扉をノックしてくる。

去年から与えられた待望のひとり部屋。

扉を少しだけ開けるとパパは

「日和、これバレンタインのお返し、毎年ありがとな」

って言って綺麗に包装された四角い箱を渡してきた。

箱の中には色とりどりのマカロンが四つ。

どこかのデパートで買ってきたのだろう。

そのマカロンにチョコペンで『ひより♡』とパパの不器用さがそのまま反映されて書かれていた。

日和はマカロンを泣きじゃくりながら全部食べた。

想像していた結果とは全く違うけどマカロンが美味しいから、まあ良いかと日和は思った。

そう、日和は切り替えが早い。

太陽は曇天に隠れていつの間にか沈んでいた。そしてまた昇るのだ。

翌日、日和は椿と一緒に下校した。

それとなく昨日椿ちゃんと虎太郎がキスしてたの見ちゃったんだよね、と打ち明けた。

なんで聡くんのこと好きなのにキスしたの?っとも聞いた。

椿ちゃんは何食わぬ顔で

「別に好きな人としかキスしちゃダメってルールは無いでしょ」

「あんなに真っ直ぐに好きだなんて言われたらキスくらいしちゃうよ」

「それに虎太郎よくよく見ると案外かっこいいしね」

と言った。

なんて大人びているんだと日和は驚愕した。

大人になったら理解できる、その考えが如何に幼稚であるか。

しかしこの時の日和は純粋に椿のこの考え方に賛同し憧れた。

だからって訳じゃないんだけど中学一年生の冬。

バレンタインでもホワイトデーでもないごくごく平凡な水曜日。

体育館裏で日和は聡とキスをした。

日和にとっての初キスだった。

そしてそこから一年で日和は聡から沢山の初めてを貰った。

初デート、初交換日記、初ホワイトデーのお返し

どれも聡が初めての相手だった。

日和は聡のことを猛烈に愛していたわけではないが、聡は日和のことを毎日好きでいてくれた。

こんなに誰かに想われたのも人生初だった。

じゃあ日和はこの期間幸せに満ちていたかと言うと、そうでもなかった。

日和と聡が付き合っているのを知った椿が露骨に態度を変え、仲間を従えて日和を徹底的にイジメだしたからだ。

ここでも日和はそんなに人生上手くばっかりいくはずないし、まあ良いか、とあっけらかんとしていた。

おお、なんと楽観的な。

そんな楽観的な日和でも、まあ良いか、では片付けられない事件が中学二年の時に起きた。

冬空に久しぶりに青が戻ってきた日だった。

虎太郎が三ヶ月の停学処分を受けたのだ。

学校の情報源である美咲が言うには、椿にビンタしてしまったらしい。

その時虎太郎は

「好きな人に嫌な人間になってほしくない」

と叫んだらしい。

理由はなんであれ暴力は悪だ。

虎太郎は相変わらず一般的には最低な奴だ、と日和は思った。

そう思いながらもそのことを聞いた日和は授業がまだ午後もあるってのに学校を飛び出し虎太郎の家に向かっていた。

虎太郎家のインターホンを鳴らすとスウェット姿の虎太郎が寝癖頭をかきながら出てきた。

日和は何の脈略も無く虎太郎をビンタした。

「どう、痛いでしょ、あんたがどう思ってようが暴力は痛いの」

「今度椿ちゃんに会ったら改めてちゃんと謝るのよ」

(そして、ありがとう)

何か言いたげな虎太郎を背に日和は背を向け走り出した。

走りながら日和は思った。

私はこれから沢山の初めてを経験する。

どんな初めてが待っているんだろう。

星の数ほどには及ばないだろうけれど、鞄の中にあるチョコベビーよりは多くの初めてが待っているに違いない。

じゃあ、初恋と初失恋くらいは虎太郎にくれてやろう。

惜しくない、虎太郎になら。

失恋も、まあ悪くない。



それから20年。日和は虎でも巨人でも無く鷹を応援している。

我が息子には絶対にホワイトデーのお返しするのよと鬼のように言っている。


終わり、ランららら


ここまで読んでいただきありがとうございます。