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【読書ノート】おひとりさまの老後

人生で一番楽しくて輝かしい時期はすべての責任から解放された老後にある、というのが持論の私。そう言うと老後のために若いうちは我慢を重ねる人生なんて嫌だ、と言われることがありますが、そこには説明しづらい温度差があります。いやいや、違うのですよ。責任感が美徳の会社員時代や子育て世代は、やりがいという物差しで測ると尊くて、その意味ではキラキラした活力にあふれた日々には違いありません。ただ、そういうやりがいから解放されたあとに待ち受けるユートピアは、経験したことがないからこそ憧れる、そして希望に満ち溢れている、さらにはやり残した全ての夢を叶える可能性を秘めている、と考えると、ワクワクしてきませんか?

私が昔から尊敬する上野千鶴子さんが執筆した、10年前に刊行された「おひとりさまの老後」という有名な本があります。どうしても女性のほうが長生きしがちなので、老後はおひとりさま、と言うパターンは多くの私たちが迎える将来です。「ちょっと不安だなぁ」なんて感じがちですが、この本を読むと生き生きと楽しそうな上野さんのご様子が伝わり、なんとなく老後が楽しみになったりします。思い返してみれば、私の老後のユートピア思想は、刊行されたばかりの彼女の本を手に取った頃から始まったような気がします。

旦那さんの食事や機嫌を気にすることなく、外食や旅行を気ままに楽しみ、そんな生活だから住む場所の選択も自分ひとりの決断で済む、と言うのが、文章のスタイルを変えつつも所々で出てくる考え方です。「歳をとってまで男の顔色をみるのはもうイヤ」と多くの女性が思うの、よく分かるな。ほーんと、最後の数十年の人生で、自分のやりたいことを我慢するなんてバカバカしい。もちろん、老後の人生を旦那さんや彼氏と心の底から一緒に楽しめるのなら楽しいんだろうけど、気を使いつつの生活はご勘弁願いたいものです。

上野さんによると、老後住む場所の判断基準は第一に人間関係、第二に介護資源だそう。確かにど田舎に移住してしまうと、その距離が訪問客の足枷になったり、また密な関係性が自慢なタイプの田舎にポツリの介護施設だと入居者の間で人間関係が完結してしまう傾向があります。その点、都会型のロケーションだと、人間関係が内部で解決しなくて済むし、文化資源もあふれています。また都会ほど介護サービスの選択肢が多いのも魅力。そう考えると、田舎暮らしならではの美味しい空気と水、心を和ませる自然環境だけに気を奪われていてはいけない、と言うことになります。

私は沖縄出身ではないけれど、沖縄の気候風土と歴史に共感を覚えるので、将来は沖縄のどこかに住みたいと考えています。と言うとよくアドバイスされるのが、「沖縄の人たちは外部から移住してきた人を最後まで仲間に入れない」と言うもの。・・・いや、分かるんですよ?なぜなら私もアメリカ暮らし23年になるけれど、いまだに現地のコミュニティにガッツリ入れていないから。こちらで大学に通って、国家公務員としてアメリカ人と肩を並べて仕事をして、なんなら普段日本人とつるむような生活はまったくできていません。そこまでしてもアメリカ人の仲間に入れてもらえない私からすると、母国語が通じる沖縄で、たまの飲み会に呼ばれないくらいでたぶんダメージはあまりない、って言うかまったくないと思います。慣れた感じの疎外感をさらっと受け入れる。コミュニティってそんなもんって思った方がいいですよ、皆さん。ひとりでも楽しく過ごす術を身につけるほうがずっと楽しい人生への近道ですから。

と、人間関係の問題は自身の心の中で解決できるとして、解決できない大きな問題が金銭面かなぁ、と。

本書によると、これまでの調査で、老人ホームで個室と雑居部屋の両方を経験した入居者は例外なく、「個室のほうがよい」と答えているそう。日本に住む日本人でさえそうなら、スペースに恵まれたアメリカ生活が長い私は間違いなく個室しか無理でしょうね。っていうか雑居部屋ってなんだよ?雑魚寝って美味しいお魚?

やはり若い頃から経済的に自立して、困らない程度の貯金に勤しむ大切さを忘れてはいけません。

上野さんによると、多くのケア付き住宅は、食事がついて1ヶ月12万円から15万円程度、つまり高齢シングルの年金の範囲で暮らせるように設定してあるそう。ぜいたくしたいと思わなければこれでやっていける。ピンの方でも月額30万円程度。ちがいは、部屋の大きさや設備の豪華さ、食事の質くらい。

10年前の値段なのである程度値上がりしているのでしょうが、デフレの日本なので思うほど変わってないかもしれません。最近近況報告しあった友人の叔母さまが住んでいると言う介護老人ホーム(アシステッドリビング)が月額6000ドル(60万円)と言う話なので、14万円ならぜひぜひお世話になりたいところです。しかも食事付きで上げ膳据え膳だから、これまで家族の飯炊婆さんとしての人生を歩んできた私からすると、それだけでユートピア。

もうひとつ、老後への準備の段階で、意識的であれ無意識であれ、男女で温度差がある、と言うのもおもしろい件でした。男性が定年後に燃え尽きるのとは対照的に、女性は仕事のために自分の生活を従属させるほどオロカではなかった、と書いてあります。

家族はやがて去る。仕事も仕事仲間もいつかはいなくなる。そのあとに残るのは、友人たちである。友人にはメンテナンスがいる。必要なときに駆けつけてくれ、自分をさせてくれ、慰めてくれ、経験を分かちあってくれるからこそ、友である。だからこそ、友人をつくるには努力もいるし、メンテナンスもいる。
ついでに言っておくと、メンテナンスのいらないのが家族、と思っている向きもあるようだが、これは完全なカンちがい。家族のメンテナンスを怠ってきたからこそ、男は家庭に居場所を失ったのだ。ほうっておいても保つような関係は、関係とはいわない。無関係、というのだ。

さみしいと言える相手をちゃんと調達しておこう。上野さんは自分の弱さを知っているから、人間関係のセーフティネットを努力してつくるようにしてきたそう。強そうに見える彼女自身、外国生活でストレスが多い時、愚痴をこぼせる相手を作っておいたのです。

私もこれまでいろいろな辛い経験をしてきましたが、友達がいなかったら、さらにでっこぼこの岩だらけの人生だったと認識しています。普段忙しくて、ついそんな友人たちへの連絡をおろそかにしてしまいがちですが、メンテナンスをしてこそ末長く手を取り合って生きていけるのですよね。と言うわけで、さっそく友人を飲みに誘い、ありがたいことに今から家に来て一緒に高いワインを開けることにしたので、早くこの記事を書き終わらせなきゃ・・・。

AV監督にして男優、二村ヒトシさんの「すべてはモテるためである」と言う書籍には居場所探しをするさみしいひとに向けたきわめつけのせりふがあるそう。いわく、あなたの居場所とは、「ひとりっきりでいても寂しくない場所」のこと。うん、めっちゃ分かる。私は自宅でひとりでも好きなことをしまくってただただ楽しめるタイプ、っていうか本当の意味で心も言葉もつながらない家族と一緒にいて、余計寂しさを募らせるより何億倍も楽しいと思っています。だから交友関係のメンテと同時に、ひとり時間の楽しみかたを身につけるのも同じくらい大切と言うのは100%賛同しかありません。

本書にはアメリカ生まれのサクセスフル・エイジングと言う考え方が載っています。定義は「中年期を死の直前まで延長すること」。老いを受け入れたくないアンチエイジングの思想で、こちらでは一般的なものです。よってアメリカ人はエクササイズやダイエットにいつでも興味津々で、毎日近所でランニングをするたびに何十人とすれ違います。ジムに行けば、パーソナルトレーナーを個人で高いお金を出して雇って、効率的なエクササイズを追求する。アメリカ生活が長い私ももちろん感化されて、最低必要とされる週3時間の運動を過去10年絶やしたことがありません。アンチエイジング、脳の活性化、ストレス&鬱軽減、どの視点から見ても運動は大切。

ただどうやってアンチエイジングに励んでも、孤独死の恐怖は免れない。そこで上野さんは訴えます。

孤独死で何が悪い。ひとりで生きてきたのだから、ひとりで死んでいくのが基本だろう。ひとり暮らしをしてきたひとが、死ぬときにだけ、普段は疎遠な親族や縁者に囲まれて死ぬっていうのも不自然。巷に溢れる「孤独死」に言われなき恐怖を感じるなかれ。実際の死は苦しくないし、孤独も感じない。

確かに。漠然としたイメージで死ぬのを怖がってるし、孤独死は哀れみたいな雰囲気をメディアが作り出しているのは大問題。

死んだら時間をおかずに発見されるように、密でマメなコンタクトを取る人間関係を作っておく。遺したら残された人が困るようなものは早めに処分しておくこと、と上野さんは説きます。確かに〜!「マディソン郡の橋」って映画を覚えていますか?死んだ母親が遺した日記から母の不倫による4日間の大恋愛を知ることになり、それが美しいラブストーリーだったわけですが、いや〜寒気がしましたよ。私なら命をかけた大恋愛だったとしても絶対に日記になんか残さない!死んでから子供たちに無駄に感情的な思い出を押し付けるなんて、私はそんなヘマはしないわ〜って固く誓ったものです。

最後に上野さんは「これで安心して死ねるかしら」と締めくくっています。若者たちからすると「うおっ、ネガティブ!」って思われるかもしれないけれど、子供がいる人、子供がいなくても終わりを想像しやすい年代に差し掛かった人にとって、この一言は多くの意味を含んでいます。愛人との日々を記した日記を残していないかしら?孤独死しても亡骸を処分させるのに最低限のマナーを守ってるかしら?などなど、現実味を帯びて冴えてくる思考回路こそが最高のアンチエイジングなんじゃないかしら。

最後に上野さんによるおひとりさまの死に方、5箇条をご紹介しておきます。

1:死んだら時間をおかずに発見されるように、密でマメなコンタクトを取る人間関係を作っておく。
2:残したら残された人が困るようなものは早めに処分しておく。
3:遺体・遺骨の処理については、残された人が困らない程度に希望を伝えておく。
4:葬式とお墓についても、残されたひとが困らない程度に、自分の希望を伝えておくこと。
5:以上の始末が最後に執り行える程度の費用は、謝礼と共に用意しておくこと。人が動く費用はタダとは考えないこと。

はーい、了解でーす。気ままで楽しい老後ライフが楽しみだな〜とウキウキしつつ、ある程度困らないお金と交友関係、このふたつに集約される生き方指南が楽しく描かれた大好きな本の紹介でした。






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