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「ショートショート」東京感情線。

 五月蝿いくらいの人の声に車のクラクションに機械のように同一方向に流れる人の波に流され新宿駅東口を入る。流れに任せて少し進んだトイレ横の従業員追路を進んだ非常階段入り口。

 非常口の緑に光る電光掲示板の下にある『東京感情線ホーム入り口』の案内に私はドアノブを回し重々しい扉を押す。

 地下に続く階段を降り、今までの雑踏が嘘のような静寂の通路を歩く。トコトコと響く自分だけの足音を聞きながら進むと、突き当たりに左斜め上を刺した矢印と共に書かれた『東京感情線乗り場』の案内。

 階段を上がるとコンクリートの壁に囲まれたホームに『東京感情線到着予定18:30』と表示された電光掲示板。ホームの下は私から見て右から一本の線路が深淵の暗闇から一本伸び、そして左へと続いている。

 ホームには私以外に2人。1番乗り場の前のベンチに座り真っ直ぐ前の壁を見ている40代でスーツをピシッと着た男性。そして、3番乗り場の私を挟んで、左の柱に体を預けてスマートフォンを弄っているスカートの丈が短い少し派手目の化粧をした10代の女子高生。

 今の時刻は18時20分。私は掲示物の無いコークリートの壁を見ながら無意識に今までの事を考える。希望通りの会社に勤める事に成功して将来への明るい未来を夢見た新卒入社から早4年。しかし入社後は希望の部署ではなく数字を追う部署。毎日顧客対応でペコペコと頭を下げる毎日。会議では毎回のように怒号が飛び交い、ストレスで満たされたオフィス内の空気を無理やり私に吸わせるように先輩社員は私を罵声で平伏した。

 毎日退職を考えたが、希望部署の人達のキラキラした笑い声を聞くたびにいつか、私もっと小さな光を肴に毎日耐えていた。しかし、今日プツリと何かが切れてしまいこのホームに立っている。

 「間もなくホームに列車が到着します。黄色の線までお下がりになり、お待ちください。尚、停車位置は1番から5番となっております」

 わざとそうしているのか、しゃがれた男性の声。私は切符を買うのを忘れており、慌てて自分が登って来た階段横にある切符売り場に駆け寄り、財布から千円札を取り出しお金を入れると左上に1つだけ光る『新宿駅東口470円』っと書かれたボタンを押した。『新宿駅東口→新宿駅東口』っと書かれている切符を疑問に思ったが、到着のアナウンスが流れ慌ててバックに押し込むと3番乗り場へ急いだ。

 「ホームに電車が到着します。乗り口は1番、2番、3番、4番、5番となっております。降り口は左です」っとアナウンス後、私から見て右側の暗闇に2つの明かりと共にキュルルルっと機械音を鳴らしながら電車がやって来た。

 私の前に止まる電車。1両目と5両目は黒く、2両目から4両目は茶色を挟んだ車輌。

 トルルルルーの音と共に扉が開く。私が乗る車輌からは誰も出てこず、隣の4番車輌から私と同じくらいの男性が降りて来て、ふー。っと凝り固まった体を伸ばすと真っ直ぐ降り場の階段を下って行った。

 乗り込むとたまたまなのか3番車輌には私1人だけ。椅子は左右に車両を添うように置かれたベンチスタイル。木目調の床を歩き車輌内のちょうど真ん中の位置に座る。

 少しお尻が痛い硬さの椅子に座ると、「間もなく発車します。新宿駅東口を出発しますと、次の到着駅は新宿駅東口となります」のアナウンスと共にトルルルルーと言う音と共に扉が閉まった。

 ガタンっと体が衝撃で揺れるとゆっくりと走り出し、駅を抜け少しづつスピードを上げる。すぐにやって来る暗闇。

 暗闇ではっきりしたガラスに映し出される自分の姿は1番ホームにいた40代のサラリーマンと同じ顔をしており、目は虚ろでパンツスーツのシャツの襟は曲がっており、右肩に掛けたバックは入った書類のその重さに耐えれないのか、右肩は下がっており、朝ボサボサになっていたのでアイロンを使って真っ直ぐ整えた髪は撥ねていた。

 「私もこんな姿だったんだ」
ポツリと言葉が漏れると、プーっと2回電車が汽笛を鳴らすと、パッと明るくなった。ガラスに写された私の姿はホームの明かりで薄くなり、そして沢山の人が待つホームを通過する。そこには若者が楽しそうに友達と話す姿。駅員と口論しているカップル。高級スーツをプライドのように身に纏う男性に女性。ベンチで項垂れる男性。柱に寄りかかりコクリコクリとバランスをとりながら休む女性。一瞬の通過の色んな人の一瞬の人生模様。

 ホームを過ぎると再びトンネルに入ったのか暗闇が続く。そしてまたガラスに写される自分の姿。私はバックを掛け直し曲がった襟を直して手櫛を前髪に通す。枝毛で指にかかったのがブチブチっと数本髪の毛が抜けた。そして、真っ直ぐ座り直した。

 ガタン、ゴトン、と一定のリズムで刻まれ音に時々キーキーっと言うアクセントを加えながら走る音。ガタン、ゴトンの音に合わせて少しだけ揺れる私の体。そして、フォンっと言う音と共に大きかったリズムは主役の座を譲るように小さくなった。トンネルを抜けたのだ。

 トンネルを抜けると青紫の夜空に役割を終えようとひっそりと映えるオレンジの夕日。その空模様を邪魔するかのように五月蝿く光るビルの明かり。白・赤・青・緑・オレンジ。

 すると、さっきまで夜への引き継ぎを行なっていた空が腹を立てたのが、ポツリポツリと雨を降らせ青紫の空は鼠色の雲を纏い白く水色の光を溜め込み始めた。

 不満を溜め込んだ膨らんだ鼠色の光はエネルギーを放出し一気にギザギザの光を幾何学的に光ビル落とし、5秒後ゴーっと音を鳴らす。電車の蛍光灯が息を合わせたようにチカっと点滅すると、それの合図として大粒の雨を降らせた。

 そのビルは紛れもなく私が毎日通勤しているビルで、一度エネルギーを放出した雲はまた白く時々青く雲の中で光りながら放出するタイミングを伺っている様だった。

 その後、雷は2回落ち1回は私の通勤するビルから20分ほど離れた工場地帯。もう一回は某私立高校付近に落ちた。

 満足した雲は私立高校付近を抜けると役割を終えたのかずっと先にある山の向こうへ帰って行き雨は止みそして青紫の空に黄色い満月。櫛で解いたような鼠色の艶やかな髪の様に靡く雲が広がった。

 窓の外は再びオフィス街。雨が降った後で空気が澄んだせいなのか、白・赤・青・緑・オレンジの光は邪気を払われた様に瞬き窓ガラスに付いた水滴の中に閉じ込められ、風に吹かれて何処かへ飛んで行く様な儚ささえを感じた。

「これより、車掌が車輌内に参りますので、切符をご用意下さいませ」

 バックから『新宿駅東口→新宿駅東口』の切符を取り出し外の風景をぼんやりと見つめていると、左の扉が開き1人の男が一礼をして入って来た。グレーの上着は襟に白の差し色のラインが入っており、白の手袋をはめ右手には業務用のホッチキスの様にでかい道具。肩から掛けられた皮のバックをお腹に携え私の前までトコトコと歩みを進める。見ていたのを勘付かれるのが少し恥ずかしくなり床の木目に目を落とすと、私の前に2足の革靴が止まり「切符をご確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」っと柔らかな声で促す。

 「はい」私が手に持っていた『新宿駅東口→新宿駅東口』の切符を手渡すと、確認し右手の機械でガチャリと挟むと私に手渡した。

 そして、「宜しければ」っとその車掌は前の携えたバックに手を伸ばし、中から棒キャンディを3本取り出し「お好きなお味を」っと差し出して来た。

 「ありがとうございます」私は適当に選んだいちご味の棒キャンディと切符を取り切符をバックに入れいちご味の棒キャンディを手に持つと「あなたにとっていい1日の最後であります様に」車掌は一礼すると4両目に続く扉の前で振り向き一礼すると扉を開け消えていった。

 目を再度外にやると、さっきまでのビル街は抜け田舎道なのか風景は静かで人工物ではなく自然物が広がっていた。

 私は手持ち無沙汰で指でクルクル回していたイチゴの棒キャンディの袋を剥くと口の中に入れた。

 両顎がギュッと痛くなるくらいの甘さはやがて口に馴染んで来たのかほんのりとイチゴ味を醸し始め出す。

 「どれくらいぶりかな?」
小さくなるいちごの棒キャンディをクルクル回しながら考える。

 「美味しいな」
毎日詰め込むだけのご飯。作業的なガソリンだと考えてたご飯。夜遅くなるからいつもコンビニ弁当で済ませてたご飯。

 「美味しいな」
ガタンゴトンとなる車輌のリズムに合わせてつま先が自然とリズムを刻み始める。

「小さな頃は多分もっと今より美味しく感じたんだろうな」
ふと、住んでいた田舎の駄菓子屋さんを思い出した。シャッターを開けてもらうと赤色に青に黄色の原色カラーにペパーグリーンにビビットピンクのパステルカラーが広がる特別な場所。

「懐かしいな」
ビー玉くらいの大きさのいちごの棒キャンディが無くなるまで、そんな当時の事を考えていた。

「お客さまへご案内でございます。当車輌はこれより特急車輌の通過に伴い、10分程停車致します。発車まで今暫くお待ちくださいませ」

 そうアナウンスがあり、勢い良く走っていた車輌はスピードを緩めやがてプシュっと言う音と共に停止した。カシャンっと音が鳴ると私の座っている側の扉が開き静寂の中に電車の機械音だけが静かに響いた。

 少し硬いベンチ椅子なだけあってお尻が痛くなり立ち上がり背伸びをした。体を左右に捻り凝り固まった腰に柔軟を加えてやる。その時自然と後ろの光景が視線の隅に風景を落とした。

 風景は一言で言えば懐かしい。二言で言えば育った場所で私を作ってくれた好きな光景に似た場所。

 私は空いている扉から聞こえる夜虫の鳴き声に惹かれる様に外に出た。

 黄色い満月はほのかに光りを放ち光が届く範囲の雲が一つ。二つ。光が届かない雲は破れたクッションから出てきてその圧力から解放された中、自由を手にしたか様にふわふわと空を泳いでいる。

 スーっとする静寂にキリギリスの声。夏の終わりに寝坊したミンミンゼミの声。少し早く実った稲穂の靡体を擦り合う音。耳を澄ませなければ感じることのできない程、小さな川の流れに鳥の囁き。

 冷たい風に運ばれてオイルの匂いにそっと混じり合う葉の匂い。

 目の前には名前も知らない山は下に広がる稲穂の愛瀬を見守る様にそして隠す様に暗闇にから薄く見守り、稲穂はカサカサと自分の生を表現している。

 車輌の外に出て大きく息を吸った。冷たい空気は鼻の中で痛くなったが、毛細血管の隅々を通りつま先、指先そして頭をスッキリさせてくれた。自分の中にある灰汁がつま先から地面に吸い込まれ感覚。

 左右を見渡すと、1両目の40代のサラリーマンは空を見ており、5両目の女子高生は目の前に囲われた石の間から咲く白い花を座って眺めていた。

 私達はお互い話かけることもなく、1両目、3両目、5両目と一定の距離をとりながら自分と向き合っていたが、私達一人一人に人生があり、一人一人に東京感情線は寄り添う様に時折プシューっと車輌下から水蒸気を出し寄り添っていた。

 「お客様にご案内です。ただいま特急車輌が通過いたしましたので、当車輌は出発致します。お待たせしてしまい申し訳ありません」

 私と40代のサラリーマンと女子高生は再び車輌に乗り込み私は元居た中央の椅子に座る。

 トゥルルルルーの音と共に閉まる扉。プシューの音と後にガタンと一瞬揺れ少し揺れる体の後にゆっくり走り出しそして、段階的にスピードを上げる。ガタンゴトンっと一定のリズムに時々響くキーっとなるブレーキ音。

 そして、静かな風景はブアッと言う音と共に再度暗闇のトンネルに突入する。ガラスに移る私は重い書類の入ったバックを下げている肩は落ちていて、さっき手櫛で整えた前髪はいつもの様に跳ねて、背伸びのせいか履いていたスーツのパンツから片方だけシャツの裾が出てていたけれど、顔は何処か目に光がある様なそんな風に映っていた。

 「お客さまにご案内です。当車輌はまもなく終点新宿駅東口に到着致します。途中、特急車輌通過に伴う停車でお急ぎのお客様にはご迷惑をおかけし申し訳ございません。尚、当車輌はお客様の明日から良い旅をお送りいただけます事を当従業員一同心よりお祈りしております。最後に私から一言。またのご利用はお願い致しておりませんので、ご理解頂けますと幸いで御座います」

 車掌の少し皮肉が効いたアナウンスの後に車輌は今までに無いくらい大きな音でプープープーと3回鳴らすと「それでは終点。新宿駅東口。降り場は左側となっております。お足元にご注意しお降り下さいませ」っと共にゆっくりとスピードを落としプシューっという音がなりガタンっと停止した。

 私は席を立つと扉から外に出る。
ホームには4人の俯く人が東京感情線新宿駅東口ホームにいる。

 私はふーっと背伸びをすると、降り場のホームの階段を下った。私の後ろからはトコトコっと軽快なリズムで降りてくる足音が2人分ついて来ていた。

 トルルルルー。ガタン。っとまた東京感情線は走り始めた。


おしまい。

tano


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