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思い込んだら

 多くの日本人が悩まされている「肩こり」だが、これは海外ではあまり一般的に知られていない。彼らは、基本、肩こりをしないのだ。その理由は、そういった概念が彼らの中にないからだそうだ。

 日本においては、なんと、かの有名な夏目漱石氏が肩こりという言葉を造作し、これまた有名な「門」でその言葉を使用した。それ以降、日本では空前の肩こりブームが巻き起こり、多くの人間が悩まされるようになったのである。夏目大先生がこのような言葉を生まなければ、もしかしたら、日本人がここまで肩こりに悩まされることもなかったかもしれない。

 要は、人間の脳みそというのはそれだけ、いい加減であるということだ。例えば、まったく気にしていなかったのに、友人に「血が出てるよ」と言われて、傷口を確認してから、急に痛み出した、なんてことはないだろうか。知っているということが弊害になることもあるわけだ。

 以前、友人がひどい肩こりに悩まされていたらしい。体を動かすのは好きな方で、運動不足というわけでもないのだが、どうも肩が重くて、疲れやすいという。仕事も、1日中座りっぱなしというわけでもない営業職で、それが原因とも考えづらい。念のため、病院や整体にも掛かったそうだが、明確な原因は不明。とにかく湿布などで誤魔化すしか手がないとのことだった。

 あまりに不憫だったものだから、何か他に考えられる原因はないのかと話を聞いてみると、そういえば、と話してくれた。

 ―そういえば、肩こりが重くなる前に変なことがあったな。仕事から帰る途中、駅を出てすぐのところで呼び止められたんだ。知らない人だった。何ですか?って尋ねたら「あなた、背中に人が乗ってますよ」って。気持ち悪くって、無視してそのまま帰ったんだけど。それからかもしれない。肩が重たくなったの。

 普段から変な話ばかり考えている私だが、実際こういう話は苦手だ。私が好きなのは不思議であって、怪談じゃない。友人には、力になれそうにはない、お祓いなどはどうだ、と適当な受け答えしかできなかった。

 後日、改めて彼と会う機会があり、その後の肩について尋ねたところ、どうやら快調になったそうだ。結局、何が原因だったのかはわからずじまいだったらしいが、嬉しそうに教えてくれた。

 ―お前と話した帰りに、思いついて試してみたんだ。駅を出たところで、知らない人を捕まえて「あなた、背中に人が乗ってますよ」って。そしたらスーッと肩が軽くなったんだよ。

 見知らぬ他人に突然話しかけ、そんなことを言うとは…。狂気は、自分が思うより、もっと身近に転がっているようだ。

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