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魅了するもの、されるもの

 東に位置する小さな国で、悲しい知らせが報じられた。

 その国を代表する画家の青年が、亡くなってしまったという。なんでも、彼と親交の深い画商の男が、絵の受け取りのためアトリエを訪れたところ、水彩紙の前で倒れている彼を発見したそうだ。

 彼の作品は、色使いこそ多彩ではなかったが、濃淡を用いた表現が特徴的で、見たものはみな、不思議な魅力に取りつかれていた。すべての国民が彼の新作をいまかいまかと待ち望み、それが発表される日には、さまざまなメディアが彼の作品を取り上げた。

 一方で、彼の作品は、保存に特別な加工が必要であり、また特殊な塗料のためか独特の臭いを放つという欠点があった。いったいどのような画材を使ているのか、その道の人は、ことあるごとに彼に質問をぶつけたが、そのたび彼は微笑んではぐらかし、アトリエ内に他人が入ることを強く拒んでいた。

 そんな彼の死因は、検視の結果、出血多量による失血死と判明した。ところが、奇妙なことに、彼には外傷も出血した痕跡も見つからなかったそうだ。警察は、悪質な殺人事件の可能性も見て、アトリエ内を隈なく捜査したが、犯人の手掛かりになるようなものは、見つからなかった。それどころか、そのアトリエには、一切の画材がなかったという。

ただひとつ、床に転がった、空っぽの絵具を除いては。

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