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勝手口のチビヤモリ

母から連絡が来た。

春の陽気に唆さられたか
いつもより絵文字が多かった。

どうも3年ほどの前から家に住み着いている
チビヤモリが顔を出したそうだ。

勝手口裏の空調の隙間からひょっこりと。

今年も無事に越冬出来たようだ。

我が家は勝手にこのチビヤモリを
家族の一員として数えている。

僕は一度しか顔を合わせたことがない。

去年の八月だった。

僕は勝手口の裏に出た。

家の壁にへばりつく小さなヤモリ。

ベージュの壁に同化して見過ごすところだった。

チビと僕の間に無音が流れる。

家にへばり付く小さな背中。

同じ屋根の下に生きずとも
へばり付くその姿が愛おしかった。

家を守るにはか細い背中であるが
害虫を食べてくれているのかな。

つい背中に触れたくなって、指先を伸ばす。

チビは急いで空調の裏に消えた。

そうだよな。と僕の口元は緩んだ。

触れられない家族。

言葉を交わさない家族。

種族も違う家族。

勿論、血も繋がっていない。

ただ、僕はチビを家族の一員と認識した。

愛おしく思えたから。それだけ。

連絡は越冬した話だけではなかった。

チビは大変苦労していたそうだ。

デカヤモリに場所を奪われて暫く顔を見せなかった。

チビよ、頑張れ。負けるな。

家族は願っていたそうだ。

勝手口側の壁にへばりつく小さな背中が戻った日。

家族は歓喜の声を上げた。

たくましいヤモリちゃん。

健気に生きているチビヤモリの姿を見てると
心の洗濯が出来るよ。と話は締め括られていた。

「そうだね。」とだけ伝えた。

実際、家族の一員が無事に場所を取り戻し
今年も顔を出してくれた事は素直に嬉しかった。

また弱い小さなヤモリが何とか生きている姿に
僕はなんだか勇気のようなものを貰った。

僕の考えはコロコロ変わる。

一夜明けると、こう思っていた。

「デカヤモリも生きているだけなんだけどな。
 健気に生きているんやけどな。」

ただ、やっぱりチビが顔を出してくれた事に喜んだ。

だって、家族なのだから。

えこ贔屓して愛すのが家族なのだろう。

この世界の家族の形は無限である。

残念ながら愛がない家族も存在するだろう。

人間の関係は人とヤモリの関係性とは程遠い。

自身から愛を注いで愛を育みなさい。

そんな説教と綺麗事じみた言葉は必要ないだろう。

どうしようもないものは存在するのだから。

初めから関心と愛を持ち続けていれば
戻ってくる背中もあるかもしれない。

せめて後悔しないように。

せめて今あるものから。

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